第2話「箱を壊す」
「旅の資金は政府から支給されますし、俺も同行しますから!」
大垣は叫び続けた。私は解錠して、少しだけ扉を開いた。顔を半分だけ覗かせて大垣を見上げる。大垣はほとんどドアに張り付くようにしていた。
村人以外の大人とちゃんと話すのは初めてで、私は胸がどきどきした。
「えーと、……大垣……さん?勇者っていっても、私はそういう、あの、訓練とかもしてなくて。つまり、その、私には、きっと……無理なので、もう帰っていただけないかと……」
大垣は目をキラキラさせて答えた。
「大丈夫です!勇者の血族であれば、きっと出来ます!というか、大垣でいいですよ!敬語も使わなくて結構です!立場ってものがありますから!」
「わかった。大垣。帰れ」
私は冷たく言い放って、ばたん!と扉を閉めた。鍵をしっかりとかけ、扉に背を向け、真顔で玄関から立ち去る。意外にも、もう扉を叩く音も叫ぶ声も聞こえなかった。
やっと諦めてくれたのか。
私は気が抜けて、ため息を一つついた。
ずいぶん時間を食ってしまった。はやく家事の続きをしなければ。リビングに戻り、ふと窓に目をやる。
窓の向こうに、小さく何かが見えた。
箱が、浮遊している。
周りの木と比べても、かなり大きい、一辺が人間2人分はあろうかという真っ白い立方体。現実味のないシュルレアリスムの絵画のような光景が、その箱に圧倒的な存在感を持たせていた。
ぴくり。箱が少し傾く。その箱と目があったような気がして、反射的にカーテンを引いた。
飾り気のない、真っ白な箱。顔のない、怒りも笑いもしない様子が、かえって異質さを際立たせていた。
(あれが、魔物……。)
これが恐怖なのか何なのか分からなかったが、取り憑かれようにぴくりとも動けなかった。
カーテンの隙間から外を覗く。その箱は、もう私の家の敷地内まで近づいていた。
(やっぱり、こっちに向かってきてる……?)
私は、覚悟を決めようと、目を閉じて、そしてもう一回開くと――大垣が、箱に向かって突進していくのが見えた。
「は……?」
どしん!
衝撃音がして、思わず目を瞑る。
恐る恐る目を開くと、箱に吹き飛ばされた大垣は、またも箱に向かって走り出していた。
また、固い箱に吹き飛ばされる。繰り返す。
なん、なんなんだ……。何をしてる。敵わないって、分かりきっているのに。死んでしまうかもしれないのに。どうして逃げない。
ぼろぼろになって走る大垣の姿に、一つの仮説が浮かんだ。
もしかして、私がまだこの家にいるから……?
地面に縫い付けられたように動かなかった足は、勝手に走り出していた。
階段を這い上がるように二階へと駆け、ある一室へ勢いよく入る。
ずっとそのままにしていた、父親の部屋へ。
がちゃがちゃがちゃがちゃと、机の引き出し、棚、クローゼットを漁り次から次へ物を引っ張り出す。
「無い……!違う。これも違う」
いつか写真で見た、紋章が刻印された勇者の剣を探し、狭い部屋を引っ掻き回す。
あれさえあれば、あれさえあれば。
そんな想いに取り憑かれ、必死に同じ動きを繰り返す。あんなでかいもの、見つからないわけないのに……。
焦りが募り、高い棚の上にあった箱を、思い切り床にちまけてしまった。
「あ……」
ごちゃごちゃと床の上にばら撒かれた、その中に、勇者の刻印はあった。
信じられないような心持ちで拾い上げる。
それは、全長20センチほどの小刀だった。ヒール近くの持ち手に、あの特徴的な勇者の紋章が記されている。
「な……こんなもので……」
こんなもので、あんな大きな魔物に勝てるわけがない。喉が詰まる。小刀を握った手が、がたがたと震えた。
荒らし尽くされた父親の部屋で、しゃがみ込む。
ここもまた、箱の中だ。
その瞬間、私の中に込み上げてきたものは、怒りだった。
部屋に備え付けられた窓を睨む。
私は、全てに怒っていた。
突然押し付けられた勇者という役目も!出て行ってしまう村の連中も!外には出られない、馬鹿みたいな山の中も!世界なんかを救うために、私を置いてった父親も!
私のために命がけで頑張ってくれた人を助けられない現状も!
ぱりん!
私は小刀を構え、窓をぶち破った。
スローモーションの映像のように、きらきらとガラスの破片が広がる。目下には、立方体と、呆けた顔で此方を見上げる大垣が居た。
きらり。刻印が発光する。勇者の剣は、いつの間にか私の身の丈ほどの大剣になっていた。
重力に従い、そのまま剣を振り下ろす。
「重力加速度!!!」
刀身が立方体にぶち当たると、がちん!!とおおきな衝撃音がした。
がががががががが、と音がする。両手に抵抗を感じながら、地面まで無理やり振り下ろした。
目の前で両断された立方体は、粒子となってすぅっと空高くへ消えていった。
ジャリ、と片足でガラスの破片を踏みつける。
家の周りにはあちらこちらに破片が散らばり、そこら中がキラキラと輝いていた。
右手に剣を抱え、左手をぐっぱぐっぱと開いて閉じてしてみる。摩擦で手がじんと熱を持っていたが、剣の重量は小刀の頃と変わっていないように思えた。
私は、ボロボロの格好で座り込んで居る大垣を振り返る。
そして、手を差し出した。
「世界を、救いに行こう」
差し出した左手の先。大垣は、未だ驚いたように口を開けていたが、
「嫌です」
そう、はっきりと断った。
…………え?
「……え?いや、だって、世界を救うために来たんじゃないの?」
当然湧いた疑問を口にする。
「いえ、俺は……、俺は……。
……俺は公費で、旅行がしたい!」
大垣は堂々と叫んだ。叫びやがった。
こうして、化野物議と大垣の、世界を救うための(?)旅が始まった。
「ところで大垣って、前にどっかで会ったことある?」
「いえ?無いと思いますけど」
✳︎
真っ暗闇の中。小さな松明だけが光源となり、淡く周囲を照らしている。
手拭いに、作業着。泥だらけのその人は、声高らかに笑っていた。そして1人、どこかの洞窟で宣言した。
『俺は、働かないぞ!』