あの夏
煩い蝉が
短い命を燃やして
夏を支配している
公園のベンチは
夢を捨て社会に出た僕が
初めて見つけた安息の場所だった
しかし
季節が進み
暑さに耐えれなくなるほど
居心地の悪い場所に変わった
君にとっての居心地の良い右隣も
そう変わっていったのだろうか
大学を卒業して5年
精神的に病み
目指した資格も取れず
ただ
友人に勧められた会社で
言われた事をやっている
周りと会話はするが
自分の事は語らず
他人に興味は持たず
孤独とは思うが
寂しいとは思わなくなった
そうだな
寂しいと思うよりも
人と関わる事の方が怖いんだ
千切れていく感覚はもう味わいたく無い
気付けば目の前に小さな女の子が立っている
じっとコチラを見ている少女は
小さな声で話かけて来た
「おにいさんだいじょうぶ?おちゃのむ?」
どうやら相当辛そうな顔をしていたらしい
この暑さにやられているのだろう
呆気に取られて何も応えられずにいると
女の子は大きな公園の反対側にいる母親と思われる女性の方に走って行った
『知らない人に話しかけちゃいけないとは教わらなかったのかな?』
少女と母親はゆっくりと公園を出ていくようだ
会釈をしている様な気がするが
この広い公園で目の悪い自分は母が見えるどころか、その母親がお婆ちゃんだったとしてもわからないだろう
『流石に汗だくなので会社に戻るか』
会社近くの公園
いつも人から逃げる様にお昼ご飯を食べるベンチ
これからしばらくこのベンチともお別れかな
遠くの空に分厚い雲が見える
夏の匂い
良い思い出も悪い思い出もある
今はどちらも思い出したく無い
会社に戻ると
まだ休憩中の人が多い様だ
時間に余裕を持っていつも行動する自分が
時々つまらなく感じる
『彼女は決まって5分弱遅れてくる人だった』
とくに思い出したくも無いのに
頭の隅に思い浮かんでしまう
「勇輝さん、今日も戻りが早いですね」
一つ年下の
木下 柚木さんがコチラに向かって歩いて来た
彼女もこの時間にはいつも部屋にいる
先日、結婚が決まったらしく
半年後には挙式らしい
2日前のこの時間
同じ様に話しかけられ
婚約の事を告げられた
黙っている僕の事を不思議そうに見ている
「ああ、小心者だからね」
「どう言う意味なんですか?」
僕の返答に首を傾げている
説明するのも面倒臭く
会話を終えて自分の席に戻ろうとする
「私、結婚するんです」
「、、、、一昨日聞いたよ?」
「はい。。。私、付き合って1ヶ月の人と結婚するんです」
一瞬、驚き顔を彼女の方に向ける
しかし、それ以上の大した感情も湧かず
「それは短いね。決断力が有って凄いと思うよ」
思った事をそのまま彼女に告げる
木下さんはその返答を望んでいた訳では無い様で
黙ってコッチを見ている
少し変な空気感になっている気がした
離れたところに居る年上の先輩が
「木下、ちょっとコッチ来てくれて」
「は、はい」
彼女は慌てて先輩の方へ移動して行った
自分はデスクに座り外を見た
さっきの公園に居た子供が雨に降られないか
そんなどうでもいい事が気になった
僕の背後で先輩とコチラを見ながら話している
木下さんの目に涙が浮かんでいる事は
この先も気づく事はないのだけど
そんな夏の昼下がり