おじさんの動揺
この時、わざと失敗すべきなのか?
それとも大人の行動にでるべきか?
亜沙美の視線は真っ直ぐ自分の目の中に入って来る。
若い子の目ヂカラに押され、少し身体を仰け反らせる様に後退る。
「お願いします」
何も言わない(言えない)ヘタレなおじさんに、もう一押しする若者。
冷静さを取り戻そうと視線を複合機に戻し詰まっている紙を探る。
「ダメですか?」
泣きそうな声を至近距離で聞き、治めるはずだった鼓動はより速くなり、完全に紙を探す手は止まった。
「俺、もうすぐ40だよ。。。そんな可愛い顔しておじさんをからかっちゃいけないよ」
そう言いながら視線を少し亜沙美に戻すと、目に涙が浮かんでいた。
この歳になると女性の演技や涙にも慣れているが、告白されての涙は例え演技でも初体験だ。
亜沙美は何も言わずにまだジッとこちらを見つめている。
「もっと、ちゃんと若くて有望でイケメンな男にした方が良いよ」
「それは貴則さんにしろって事ですか?」
少し怒った様な顔になりながら目から涙が溢れる。
この「つぅーーー」と、流れる涙の攻撃が第三波としてやって来た。「この子、これが全て計算だとしたらかなりのやり手だな」と、年齢分の余裕を少し回復したところに、何か突き刺さる物がある。
「いや、貴則じゃ無くて。この会社の人間じゃ無くても。。。君なら誰でも付き合いたくなるから。。。こんなおじさんじゃ無くても。。。」
「誰でも付き合いたくなるなら、、、私と付き合って下さい。」
こんなに押された経験が無く、返答に困り少し微妙な空気が流れる。
「ほら、兎に角資料をプリントアウトして!何か食べに行こう。そこで話の続きをしよう。」
「逃げませんか」
「逃げるも何も、仕事を速く終わらせて食事に行こうって言ってるんだよ」
「わかりました!」
そう言って複合機に向き直って色々なところを亜沙美が開けていく。
「そんなところも開くんだ」と、感心していると。いとも簡単に紙を抜き出していた。
「へっ?」とこちらは唖然としていると自分のパソコンに移動してどんどんプリントアウトされていく。
「早く資料プリントして下さいね」
さっきまでより少しトーンの高くなった声でそう言われ、慌てて自分のデスクにもどり仕事を終わらせて行く。