安心と平穏と
今日の仕事は全く進んでいなかった
何年ぶりだろう
心が乱れて何も出来なくなるのは
ただ時間が過ぎ
手に付かない仕事と色々な考えが自分を苦しめていた
《今夜も勇輝さんの家に行きますね!私が頑張ってご飯を作ります》
就業時間が終わろうとしているこの時間に
沙都美からスマホに連絡が来ていた
何と返事して良いかもわからず
パソコンの画面をジッと見つめていた
何人かの女性社員が机を片付け、帰る準備を始めている
「勇輝さん、ちょっと相談に乗って欲しいんですが」
気付くと横に亜紗美と菊池さんが立っていた
「んっ、どうしたの」
かなりぎこちなく
いつもと違う反応で応えてしまった
「体調悪いんですか?何かいつもと様子が違いますよ」
「そ、そう?なんか身体が、、、そう言えば暑いな」
「はやく帰って寝た方がいいですよ」
「そ、そうだね。そうしようかな」
「私達の事は、、、体調が治ってから相談に乗って頂ければいいので」
「有難う。ちゃんと時間をとるよ」
「気を付けて帰って下さいね」
そう言って、亜紗美と菊池さんは去っていった
『ダメだな。どうやらかなり通常の状態じゃ無いらしい。今日は帰るか』
スマホを取り出し
《今日は体調が悪いから1人で帰るよ。もし風邪だったらうつしたら申し訳ないから》
そうメールをして帰る準備を始めた
沙都美は少しコッチを見ていた様な気がしたが
気付かないフリをして上司に帰る旨を告げ、挨拶をして部屋を出た
ビルを出てゆっくりと歩いていると
背後から沙都美が走ってきた
「大丈夫ですか?」
「、、、大丈夫だよ」
『ダメだ、沙都美くんの顔が見れない』
やや、俯き加減にゆっくりと駅に向かって歩き続ける
「心配です」
そう言って沙都美はおじさんの横をゆっくりと歩く
「今夜はしっかりと寝るから明日にはマシになってるよ」
駅に着いてホームに向かう間
殆ど会話をせず2人は別れた
おじさんは頭の中がずっとグルグルとしていた
胸は苦しく
息も苦しい
『この感覚は覚えが有る。あの時のだ』
昔経験した自律神経失調症を思い出している
あの時は実家で親の前で何とか元気な自分を仕方なく演じていたが
今は家に帰ると1人だ
ただただ落ちて行ってしまう可能性がある
『今日は会社を早く出たから時間は沢山有る。ゆっくりと休むしか無い』
駅に着くと真っ直ぐにコンビニに向かった
『あの時は確かひたすら眠れなかった。もう少しで睡眠薬に手を出すところだった』
真っ直ぐにお酒のコーナーに行き
アルコール度の低いお酒を2本取る
会計を済ませて店を出た
お酒2本しか買わなかった
全くお腹が空いてない
お昼も飲み物しか飲んでいないのに
部屋に着くと取り敢えずシャワーを浴びた
部屋には沙都美の形跡が幾つか有る
洗面台には歯ブラシが2本
綺麗に折り畳まれた昨夜着ていたパジャマ
メイク落とし
それらをなるべく見ない様にして
髪の毛が濡れたまま
お酒を1缶一気に飲み干した
普段3分の1缶を飲むのがやっとで眠気に耐えるのが大変な、全くアルコール耐性が無い自分だが
『まだ、アルコールは回ってこないみたいだ』
目覚ましをセットして
もう1缶を開ける
半分位飲んだ時
血流が一気に速くなった
クラクラとして来た
歯はまだ磨いていないが
それどころでは無いらしい
酔いが来た事を理解し
おじさんは布団に潜り込んだ
脈が激しく打っている
目がギラギラとしているが
意識がだんだんと遠のいていくのが感じられた
時間は多分、6時半位だったと思う
おじさんは酔いと共に暗い世界に眠りについた
決していい夢は見れないと思いながら
目が覚めると
11時前だった
『4時間位眠ったのか。まだ夜だな。。。酔いは覚めているみたいだ。もう少しお酒を買いに行かなきゃかなぁ』
時間を確認する為に手に取ったスマホを見てみる
《心配です。看病しに行って良いですか?》
《何か怒ってますか?》
《行ってもいいですか》
《寝ていますかね》
6時過ぎ位からメールが来ていたらしい
全く確認せずに帰宅して出来る限り早くアルコールを摂取して眠りの世界に入ったので
気付いて無かったらしい
しばらく何と返信するか考え込んでいたが
《今まで寝ていました。大丈夫です》
と、だけ返信して
テーブルの上に残っていた常温のアルコールを一気に飲み干した
今度はちゃんと電気を消して布団に潜り込んだ
ウトウトとしだした時
何か物音がした気がしたが
頭から布団を被って眠気に身体を預けた
次は12時過ぎに目が覚めた
《まだ、全然夜だな。朝が遠い》
酔いが完全に覚めてしまったのか
全く寝れる気がしない
スマホを確認してみると
亜紗美と沙都美から連絡が来ていた
《大丈夫ですか。動けない位、辛い様でしたらいつでも呼んで下さいね》
亜紗美が気にして連絡をくれたらしい
沙都美のメールを開くと
《ノックしたんですけど出て来なかったので、、、寝てますかね。ドアの前に座っているので、起きたら入れて下さいね》
慌てて玄関のドアを開ける
「キャっ」
ドアにもたれて座っていた沙都美はやや前につんのめった
「ごめん。大丈夫?今、スマホを見て」
「大丈夫ですよ、私が勝手に来たので。少しは体調がは回復しましたか?」
「んっ、ちょっと寝起きでわからないや」
あれだけ心と頭がグルグルとしていたのだが
目の前に自分を心配して来てくれた沙都美がいて
ずっと待っていてくれた沙都美がいて
思わず手を取って玄関の外で抱き締めてしまった
「ちょ、勇輝さん。雑炊作りますから入りましょ」
そう言って腕の中から離れおじさんの手を取って部屋の中に入って行く
「座って待ってて下さい。料理は下手ですが、クックパッド見て材料を買って来たので、、、頑張ります」
「ああ、有難う」
正直、まだ全然お腹は空いていない
「お酒飲んだんですか?」
テーブルの上の空き缶を見て沙都美は驚いた顔をしていた
「、、、、なんか寝付けなくてね。身体が疲れ過ぎて眠れなかったのかな」
「そうなんですか、、、心配です」
おじさんに座る様に促し
沙都美はキッチンでスマホを見ながら料理を始めた
その様子を見ながら色々と考えてしまう自分がいたが
さっき迄より心が落ち着いている自分に気付いていた
しばらくすると沙都美が作った雑炊がテーブルに運ばれて来た
「味に自信は有りませんが、愛情はたっぷり入ってます」
猫舌のおじさんは少量だけをとり
息を吹きかけて冷まして
一口食べた
『ドラマとかだと女の子がフーフーして冷ましてそれを口に入れてくれるんだよな』
と、クダラナイコトを考えながら味を感じていた
正直、あまり味気の無い雑炊だった
だからという訳では無いが
あまり食は進まなかった
「ごめん、あんまり食べれないみたい」
「大丈夫ですよ。食べれるだけ食べて下さい」
沙都美はそう言ってキッチンを片付け始めた
何とか少しづつ食べて半量位のところでギブアップした
「ごめんね。味は美味しいんだけど、体調がついて来なくて」
「大丈夫ですって。シャワーお借りしますね」
そう言って沙都美はシャワーを浴びに浴室に入って行った
シャワーの音がし始めた時
沙都美のスマホを見たい衝動に駆られた
しかし
『頑張って見ようとしたところでロックが掛かっていたら見れないんだし』
そう言い聞かせて踏み止まった
沙都美はシャワーから出て来ると雑炊を片付けてから髪の毛を乾かし始めた
ドライヤーの音がうるさく
ほぼ会話もせずにボーとしていた
気付けば沙都美は隣に座っていた
こちらが気付くとそっと頭を肩に乗せて来た
「寝ましょうか。いっぱい寝て元気になりましょう」
黙っておじさんは頷いて
歯磨きを2人でした
布団に2人で潜り込み電気を消した
沙都美が何となく腕に絡みついて
柔らかい感覚が腕に伝わって来る
沙都美の寝息が聞こえて来た
『ドアの前で待っていて、すごい疲れたんだろうな』
そんな寝息を聞きながら沙都美の顔を覗き込んでみた
その数分後に
おじさんは先程までよりも
優しい眠りに包まれて行った
目が覚めたのは
いつもより1時間早い時間だった
隣に寝ている沙都美を見て
『この子がいるだけで、こんなに心穏やかに眠りに付けたんだ』
そんな自分に少し驚きながら沙都美の頬に触れた
沙都美は小さく目を開けてコチラを見た
少しニコッと笑顔になり再び目を閉じた
おじさんはシャワーを浴びる事にした
少し熱めのお湯を浴びて目を覚ました
昨夜アルコールを飲んだせいか身体がいつも以上に怠い
頭から熱いシャワーを浴びながら
『こんなに心を穏やかにしてくれる彼女を信じてみよう』
そう思い
心の中で
『逃げているだけじゃ無いのか?』
そう自問自答していた