朝はいつでも油断がならない! (平常運転)
遅くなりました!
朝がこんなに平和なことなんて、ない・・・。パンを咥えて走らないだけ、マシ!と思ったのは私だけジャナイハズだ!(マテ)
「さて、朝の支度はいいんですか、もう・・・」
と、タロ兄ちゃんが言ったところから、研司と健斗はスイッチが入ったように動き出す。
「ちょ、ジーくん、それ、俺が使おうと・・・」
「遅いのが悪い。ほら、ブラシ。アタマ寝ぐせついているぞ」
洗面所をさっさと使われて文句を言う健斗に、ブラシを渡してさっさと追い出す。
「健斗、こっち来てすわって」
タロ兄ちゃんが苦笑いをしながら、ブラシを持ってふくれっ面の健斗を台所の椅子に座らせ、髪をととのえてやる。少しクセっけの健斗の髪はすぐに愉快な寝ぐせがついてしまうのだ。
その様子をじっと見ていたゆーたんに「ゆーたんもブラシしておく?」と言って、柔らかな髪の毛をブラシで梳いていく。
うん、気分は仔犬たちのブラッシング。
ご機嫌のなおった健斗と、ニコニコの悠太。二人は膝の上でなにやらこしょこしょと内緒話(というか、健斗が一方的にだけど)をしている。
思ったより、この二人は早く仲良くなっているようだ。
「健斗、空いたぞー」
「あ、使う、使うー! タロ兄ちゃん、僕、パン二枚、チーズいっぱいで!!」
大慌てでタロ兄ちゃんの膝から降りると、朝食のリクエストをして洗面所に向かってかけていく。
目まぐるしく歩き回る兄ちゃんたちを見て、ゆーたんも一緒にウロウロとついて回る。
ジーくんの後ろを、パタパタ。健斗くんにくっついて、ぱたぱた。
気分だけは、朝の喧騒にお付き合いだ。
テーブルの上には、野菜のコンソメスープに、ゆーたんの出してくれたトマトのスライスを載せカリッと焼き上げたチーズトーストを籠に入れていく。
大きいお皿には、ふわとろのオムレツ。その脇に、焼いたソーセージとベーコン、ブロッコリーを置いていく。
「うーん、ゆーたんのホットミルクが冷めてしまいましたねぇ。
これを使ってミルク粥にしましょうか。リンゴの甘煮もありますし・・・」
「あ、僕も、ぼくも食べるっ! あのね、ゆーたん、ミルク粥って甘くっておいしーんだよ~」
「健斗、朝から、一体どんだけ食べるつもりだ?」
朝から元気な健斗の食欲に苦笑いしながらも、昨日の残りごはんを使ってミルク粥を作る。
うん、少し柔らかめにして、細かくしたリンゴの甘煮をのせ、シナモンを振れば出来上がり。
「「「いただきまーす!」」」
朝の食卓は人数が少ないので、台所の壁際にある小さめのテーブルを使う事が多い。
朝は茶の間に運んだり、片付けたりする手間も省きたいのだ。
ゆーたんは、タロ兄ちゃんのお膝に載せて貰い、ふんわりと甘いミルク粥をたべさせてもらう。
温かさと甘さが口の中に広がって、にっこり笑顔になる。
「気に入りました?」
とタロ兄ちゃんにきかれて、こっくりと頷く。こんな甘くっておいしいのを食べたのは初めてだもの!、とゆーたんは思う。
なんとか、お話をした方がいい事はわかるのだが、うまく言葉が出てこないのだ。
んー、っと悩むと、眉毛が八の字になり、しょんぼり顔になってしまう。
台所仕事のあるタロ兄ちゃんのお膝から、ジーくんのお膝に移ってもしょんぼり顔は変わらない。
「ゆーたん、無理にしなくていいから。ゆっくりでいいんだ。わかるか?」
ジーくんが、ゆっくりと噛んで含めるようにお話をしてくれる。
うん、とこっくりと頷いてみるんだけど、ちょっぴり悲しい。
おしゃべりはしたいのだ。お話をするのは大好きだから、声を出そうとすると、お社で聞いた叔母のヒステリックな声がよみがえる。
「ああ、なんてうるさいのっ!」「声を聞くだけで頭痛がするわ!」「二度と口をきくんじゃないわよ!」
意味が解らない言葉が多かったけれど、ゆーたんは、自分に対する負の感情はちゃんと受け取っていた。
そして、それは自分のせいだと身を固くして、隅で小さくなる。
怒らないで、怒鳴らないで、ぼくは、静かにしているから・・・。
お社の隅で、震えながら思ったことだ。先ほどの様に突発の時は声が出てしまう事もあるけれど、その後怒鳴られるのではないかという恐怖。叔母の機嫌が悪ければ食事を抜かれ、殴られる。
今でも、その恐怖から抜け出せない。
「ゆーたんは、おしゃべりがしたいんですか?」
ジーくんが朝の支度をするために、またタロにーたんのお膝に戻ってもしょんぼりしていたら、タロにーたんが、優しく頭を撫でながら問いかけてくる。
ちょっと戸惑いながらもこっくりと頷く。
「それでは、慌てないで。最初は、ご挨拶からはじめましょう。
大丈夫です。小っちゃい時は、誰もが、そんなにお話が上手なわけじゃないんですよ。てか、そんな饒舌な幼児とかって・・・
あ、健斗はごはんとオヤツに関してはとってもおしゃべりでしたよ。 でも、あれは沢山食べたかったからなんですけどねぇ」
そう言ってタロにーたんが遠い目をする。そう、健斗は、育ち盛りの鳥の雛のように、ぴいぴいと「ごはんー♪」と繰り返しては、タロ兄ちゃんを困らせていたのだ。
食べ過ぎておなか痛いと泣くくせに、毎回限界までたべてしまう健斗。アイツは、何を目指しているんだ? タロ兄ちゃんは今でも疑問に思うのだ。
でもでも、僕もね、にーたんのごはん、すきって言いたかったの、健斗くんといっしょなの!
きゅうっとにーたんのシャツを掴んで見上げると、ふんわりと微笑んでくれる。
「ん? ゆーたんも、ですか? じゃあ、ご飯の時、美味しいときは、『おいしい』って言うんです。
そうですねぇ、言葉がすぐにでなければ、ほっぺに触ってください。そうしたら、解るでしょう?」
ほっぺを触る・・・うん、こんな風?とほっぺに手をやって、小首をかしげると、何故かにーたんが頭を抱えた。
「うぅ、どうしましょう、ウチの子が可愛すぎるっ! ああ、上手ですよ。そしてね・・・」
そう言って、伝えたいけど言葉が出ない時の、ゼスチャーをゆっくりと教えてもらったのだった。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「じゃ、行ってきまーす!」
「行ってきます」
玄関先で学校に行く、ジーくんと健斗くんをお見送りする。
ゆーたんは、初めてお出かけする人をお見送りする。にーたんに教わって『いってらっしゃい』の代わりにバイバイと手をふるのだが、ちょっとパニックだ。
え、ジーくんも、健斗くんもおうちからいなくなっちゃうの?
もう、いっしょにごはんも食べられないし、遊んでくれないんだろうか?
そう思うとじわりと涙がにじんでくる。
泣かないように、タロ兄ちゃんの後ろに半分隠れながら、服をきゅうっと握りしめるのだ。
まさか泣かれるとは思ってもいなかった、健斗も研司も、プチパニックだ。
「え、ええええっ!? ゆーたん泣かないでっ! えとえと、僕たち学校に行くだけだから! すぐに帰ってくるからっ!」
「ゆーたん、泣かなくってもいいよ。ほら、玄関の大きな時計があるだろう? この時計の短い針が3のところに来る前に、健斗が帰ってくるから」
そう言って、研司が涙目のままで、話を聞いているゆーたんの頭をそっと撫でてやる。
そのとき、ちいさい、ちいさい声で、ゆーたんが聞いた。
「・・・・じーくん、は?」
三兄弟は、一様に固まっている。
ええ、ジーくんは? それは、みんなが聞きたかったけれど聞けなかったことだ。
「研司 ゆーたんに教えてあげて?」
「うん、ジーくん、僕も聞きたい!」
ここぞとばかりに兄弟が結託する。
「・・・時計の長い針が6のトコになる前には、帰る!」
よくできました、とばかりに拍手をされて、研司は逃げるように、出かけていく。その後を健斗が追う。
名前を呼んで欲しいとは思ったけれど、四番目はなかなかにツワモノなのだと、にやける顔を抑える事ができなかった。
ジーくん、このころの彼女は、JK以上。
最近、社会人のおねーさんたちと遊ぶことを覚えまして・・・兄ちゃんはアタマが痛いです!