お布団でころころ~(願望?)
「ジーくん、ジーくん、ゆーたんの敷布団お布団これでいいっかな?」
夕飯を終えた健斗と研司は、悠太の為の寝支度の為に、押入れから使えそうなものを引っ張り出していた。
子供用の布団なんて、普段誰も使わないから仕舞ったまんまだし、特にゆーたんみたいに小さい子向けの寝具なんて、奥の方にあるかどうか、だ。
夏布団なども一旦出して、棚卸のようにせっせと探していく。
まだ小さかった健斗が使っていた毛布や、タオルケットに、頂き物で使っていなかった綿毛布など、とりあえず、今夜使えそうなものを出してみる。
「んー、とりあえず、これだけあれば、いいだろう」
小さく山となった寝具をみて研司は、やれやれ、とため息をつく。もう少し早く連絡をくれれば布団も干してやれたのに、と。
「ねえねえ、ジーくん!これ、ゆーたん、喜ぶかな!?」
健斗が引っ張り出してきたのは、柔らかな黄色の毛布で、真ん中に可愛らしいウサギやクマの絵が描かれているものだった。
確かこれは、ご近所さんからの頂き物。子供用の毛布だといわれたんだが・・・。
ウチにこんな可愛いものを使うヤツはいなかったのだ。
「そうだな、ゆーたんなら使えるな、コレ」
やっと持ち主が決まりそうで嬉しいよ。このままお蔵入りするところだったからな。
物はいいものだと思うだけど、いい歳した男子がこんなファンシーな柄の毛布に包まれて眠るって結構ツライんだって。
可愛いものは、可愛い子が使えばいいんだって。
そんなこんなで、押入れから出した寝具を一階に運ぶ。
二階にあるのは、俺と健斗の部屋に、かーさんの仕事部屋に、客間が一つ。
悠太がもう少し大きくなったら、二階の客間を使わせようか。
「兄貴、これ、どこに置けばいい?」
茶の間で悠太を抱っこしていた兄貴に声をかける。
「ああ、ありがとう。とりあえず、こっちの和室に置いておいてもらえますか?」
まだ落ち着かない悠太と一緒に茶の間で寝るにしても、色々と片してからでないと、布団も敷けないからなぁ。
「・・・っ!」
一瞬小さな悲鳴が聞こえた気がして、慌てて茶の間に飛び込んだ。
座布団の上に寝かされていたはずの悠太の姿がなく、茶の間の隅に目をやると、小さく縮こまる子供の姿があった。
小さくなって何から身を隠そうというのだろうか。
怖いもの。自分に害を及ぼすものから身を守ろうと必死で考えた姿なんだろう。
声もあげずに震えているこの子をどうしたらいいのか、その時の俺には解らなかった。
兄貴が静かに声をかける。
「ゆーたん、どうしたの? 怖い夢でもみたの?」
そっと手を伸ばして、震える悠太を抱きしめる。兄貴の大きな手に包まれて、悠太の少し震えが収まってきているように見える。
「ゆーたん、今日稽古していないのを思い出して、怖くなったんだろ?」
さっきまでほろ酔い気分で茶の間に寝ころんでいた親父が起きだして、何やらカバンをガゴソゴソと探し出す。
稽古? 一体何のことだ?と、親父の方を見ていたら、悠太に向かって扇をひとさし差し出した。
「忘れていられるんなら、それが一番いいんだがな。ほんと、真面目だよなぁ・・・」
諦めのように、悔いているように呟いて扇をその小さな手の渡す。
すると、今まで泣きそうだった顔が急に真剣なものに変わり、舞扇を自分の前に置くと、綺麗な座礼をしてみせた。二歳の子が、だ。
その成り行きを呆然としながら見ていると、ふわりと正座から立ち上がり、扇を開いていく。
なんの音もないのに、その動きからはお神楽の謡いが聞こえる気がする。
風の音、葉擦れの音・・・
ふわりと翳された扇が様々な表情をみせていく。
そのうちに急にまとう空気が変わった。
動きもたどたどしい子供の動きではなく滑らかな慣れた動き。
「・・・帰りなさい。」
兄貴が低い声で告げる。
帰る、誰が?
「帰りなさい。これは悠太の器です!」
重ねて言うと、悠太は邪魔されたのを拗ねた子供のようにしぶしぶといった風情でこちらを振り返る。
ふんっと鼻をならした後に、頬を膨らませ唇を尖らせてくるりとこちらを見る。
これは悠太ではないのか?
『ケチ』と一言呟いて、糸の切れた操り人形のように悠太はその場に崩れ落ちる。その姿を予想していたかのように兄貴が手を差し伸べて、その小さな体をそっと抱きしめ、ため息をつく。
「・・・巫子?」
思わず口について出てしまった。
「いや、悠太は、それよりもっと始末の悪い『神児』だ。 そうでしょう、父さん」
兄貴は悠太をだっこしながら、小さい声で親父の問う。
先ほど語らなかった話を、どうあっても聞かなくてはいけないようだ。
ふと目が覚めて、今日のお稽古をしていない事に気付いた。
その時思ったのは「叱られるっ!」という事。その後に来るのは恐怖。
踊らないなんて絶対に許されない。
稽古もしていないなんて知られたら・・・。
あの優しい人たちも声を荒げて怒るのだろうか?
叩いて、蹴られて・・・。
「この役立たず」と罵られたら、ぼくはもういるところがない。
そんな、真っ暗な感情のまま、僕は意識をうしなったのだった。