我輩は聖剣である
我輩は聖剣である。
銘は……時代や地域によって様々な呼ばれ方をされているようだ。
どこで生まれたのか、とんと見当が付かぬ。何でも真っ暗な中でぎらぎら光っていたことは覚えている。
我輩はそこで初めて神と言うものを見た。
その神が言うことには、我輩は「ホケン」なのだそうだ。
ではそれが我輩の名前かと思いきや、違うのだと言う。どちらかと言えば、それは役割に近いようだ。
我輩の役割は、聖剣ではないのだろうか。
この世界は我輩の解らぬことだらけである。
それでも、世界を創った神の言い分なのだから、我輩には理解出来ずとも、それが正解なのであろう。
ゆえに我輩は神の求めに応じ、今日もこうして地面に突き刺さっておる。
聖剣にして「ホケン」でもある我輩は、世界が危機に瀕した際、救世主となる者によって引き抜かれるのだと言う。
刀身の半分以上を地中に埋められた――ことを抜きにしても動けない我輩は、ものをよく知らぬ。世界の危機と言うものも、具体的に如何なる状況を差すのか、とんと見当が付かぬ。
だが時折、真剣な様子で我輩を抜こうとする者がいる以上、その者にとってはその瞬間が世界の危機だったのであろう。
とは言えこの通り、これまで我輩を引き抜いた者など、存在せぬのだが。
真の意味で世界が危機に瀕することなど、そう簡単にはあり得ぬだろう。
実際の危機を知らぬ、我輩を抜く必要もない世界は、ゆえに今日も平和である。
にも拘わらず、我輩を抜こうとする者は、それこそ数えきれぬほど存在した。
そのほとんどが、二足歩行のニンゲンなる者達である。稀にニンゲンに似たような別の者もおったが――見た目の違いは我輩にはよく判らなんだが、纏う雰囲気と言うものは確実に違っておった。我輩の柄に手をかけながら「人間共め……我等魔族が何をしたと言うのだ!」とか、ぶつぶつ呟いていたことが多かったように記憶しておる――と言うことは、ニンゲンではない其奴等は、自身が言う通りマゾクと言う生物なのであろう。
同じようなことを呟いていたが、マゾクとエルフの違いも我輩には雰囲気以外に未だ判らぬ。
マゾクやエルフは概ねこのような切羽詰まった様子で我輩を抜こうとする者が多かったが、ニンゲンには色々な者がおった。
例えば、自身が我輩を抜くと信じて疑わぬ者。また例えば、何かの記念と称して軽い様子で臨む者。また例えば、動くことの出来ぬ我輩に何故か恐る恐る手を伸ばす者、等――一つ一つ例を挙げていけば、切りがない。
その他には、抜く気はまったくないが我輩を見に来たらしい者も。我輩などわざわざ見てどうすると言うのであろう。
様々なニンゲンを見てきたが、中でも我輩を最も辟易させたのは、ヨッパライと言う者達である。
何でもニンゲンの中には、このヨッパライと言う存在に変じることで、頗る愚かになる者も珍しくはないようだ。
辺り構わず大声で叫ぶ、足元が覚束ずあちこちぶつかる、口と言うのか顔に空いた穴から濁った液体を撒き散らす――酷い者になると、我輩目掛けて脚の間からまた別の液体をかけて来るのだ。何がしたいのかは解らぬが、いい気はせぬ。
加えて言えば、不快なヨッパライが去った数日後には、決まって我輩の前で額づく者も現れる。我輩の前に瓶やら果物やら色々並べて「神よ御許し下さい」と懇願するのだが……我輩はこの通り聖剣であり、神ではない。神に言いたいことがあるのだとしても、我輩には代わりにそれを伝えてやる術もないのである。
我輩は動けない。ゆえにものをよく知らぬ。
自分で動いて世界のあちこちを知ることが出来るはずのニンゲンが、時折このような見当違いな行動に出るのは、一体どうしたことなのであろうか。
しかしここ最近では、我輩を抜こうとする者も、すっかりいなくなってしまった。
まあ先程も申した通り、真の意味で世界が危機に瀕することなど、そう簡単にはあり得ぬのだ――ニンゲン達、そしてマゾクやエルフも、今になってようやくそこに気付いたのであろう。
些か遅いようにも思えるが、いつまでも気付かぬよりは余程よい。最後に見たニンゲン達は、かつて見たマゾクやエルフよりも余程切羽詰まった、血走った目で次々に我輩を抜こうと試みては、一様に失敗して一様に絶望の表情を浮かべておったが。
聖剣を必要としない平和な世界では、見物人すらもおらぬようだ。皆、我輩を思い出すこともなく、心穏やかに過ごしておるのであろう。
善哉、善哉。
ただ誰も来なくなっただけに、我輩の周囲は最早草で覆われてしまっておる。かつてはニンゲン達が、小まめに取り除いていたものだが――地面から露出した部分に蔓草が巻き付くことも、永い年月の中で初めての経験である。
それに、ほう、今日も来たようだ。コトリと言う生物が。
空を飛び回るこの小さな生物は、我輩の柄の上に乗り、軽やかな声を上げる。何を言っているかはまったく解らぬが、なかなか心地いい響きである。意味の解らぬことを捲し立てていたヨッパライとは、大違いである。
コトリが可憐な声を響かせ、雲は穏やかに流れ、風は静かに草木をそよがせる。
平和な世界ならではの風景……なのではなかろうかと、ものを知らぬ我輩なりに思ってみる。
願わくば、この穏やかな時間がいつまでも続かんことを――
我輩は聖剣である。
恐らく現在の銘はない。




