ZAZAZAZAZA
ちょっとおしゃれな茶屋でデートといったところか。
しかし、ここに集まっているのはデートにしては偏り過ぎる女性率。
つーか、女性しかいない。
こんな集まりだ。彼氏のプレゼントなにしたらいいんでしょう、ちょっと羨ましさとかなり嫉妬がこみ上げる相談でもするのかと思いきやだ。
「残像についてどう思う?」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
このお茶会の主催者。兼、お題を出した鯉川友紀は呼んだ四人に尋ねるも、その反応は当然ながら微妙だ。
「残像についてどう思う?」
聞こえてないのかと思い、もう一回尋ねる。
なんのトークだよって、キレたという声よりも先にキレたという行動。
右手一つで店のテーブルをたたき割ったのは、山寺沙耶だった。
「どんな相談だ、バカ!!」
「沙耶も何してんのよ」
破壊されたテーブルの破片。それらが店に飛び散らないよう、福道春香。
「いかんなぁ、お互いに」
木見潮朱里咲。
「あんたにてっきり彼氏でもできたのかと思ったわ」
山本灯。
この三人が店への物理的被害を抑えた(テーブルはおじゃんだが)。5人共、”超人”の名を欲しいままにする、身体能力の超越者。その通過点や到達点と言える。
「残像についてどう思う?」
「3回目!?いい加減にしろ!!鯉川!!」
残像を作り出す動き。
それはとっても単純な力であったり、難解な動きであったり、様々あって鯉川は意見を求めていた。
「私みたいな」
座ってお茶を飲みながら、ゆっくりと霧のように透けていき。
わずかな瞬間で、もう沙耶の背後に立ってお茶を飲んでいる鯉川。
「超スピードで像を残す基本テクニック」
残像に基本テクニックってあんのか?
「これって目が追いつかない奴には有効だけど、一々像を残すために何百回も往復しなきゃいけないんだよねぇ。日常生活的に使うとさ」
「まぁ残像出すんなら、手っ取りばやく敵をぶっ飛ばすのが早いでしょ」
「戦闘時は座っている事はそうないが、様々な場面は想定すべし」
「ところで鯉川は残像どれくらい出せるの?」
お前等、女の会話か?
「このくらい?」
お茶を灯に手渡してからこの店内を超高速で動き回り、店員やお客様にぶつかる事無く、15人ほどの残像を生み出すのであった。
「ボチボチね」
「シンプルだ。悪くはないぞ」
その反応は普通過ぎて、どうなんだろうか?
この鯉川の残像はシンプルと語られるだけあって、捉えられる姿はどれも同じに近い。数だけを多く増やしたと言える残像だ。
鯉川は残像を消し、沙耶の隣に立った。鯉川の残像はとってもシンプルだ。
「あくまで像だからね。残像に生きている感じがしないの」
「僕を指名か?」
「沙耶ちゃんや朱里咲さんみたいな残像ってどうやるの。優位性と欠点も教えて欲しいなぁ、ついでに灯と福道のも」
残像を作り出す。こと単純なスピードによる残像ならば、この中で鯉川が最も秀でていると一同は思っている。しかし、あくまで基本の延長上であり、応用面に関しては乏しい。基本を重視するのも大切だが、応用も知っていれば戦術にも広がる。
「一回だけだぞ。もしかすると、攻撃するかもしれないから。ガードしてね。朱里咲」
「わかったわかった」
指名された沙耶は仕方なく、鯉川流とは違う残像を持って、店内を覆った。
沙耶ちゃん流の残像は分身の如く、多くはないが精密な動きを持っていた。スピードで鯉川に劣る沙耶は、殺意と狂気、禍々しいオーラと空気や影、空ろなオーラを瞬時に切り替えながら、鯉川より数は劣るがとにかく多彩な動きを持ちながら、6体ほどの残像を店内に作った。
残像の一つは他のお客様が使うテーブルに置いてあった醤油を持ち、食べている蕎麦の上にぶっかけたり。つまようじを取り出し、親父の如く自分の歯を弄り、人の席に座って人のお茶を勝手に飲んだ挙句に、店員へ勝手に追加注文、当然お代は払う気なし。
生きていると思われても納得がいく、高性能な残像を出す沙耶であった。
「おーーーっ」
「まっ、こんなもん」
6つの残像が消え失せ、集められると沙耶は鯉川の隣に立っていた。つまようじもお茶も、その手にはなかった。残像達がいた地点に置かれた状態。
「そうそう!そーいう生きた感じの残像、私も出したいの!戦う私と、始末書を書く私で分けたいの!」
「それはどっちの残像も戦うだろ?」
生きていると思える残像は、人を騙すにはより有効。緩急をつけ、様々な行動を同時にとって結果も映し出す。沙耶は攪乱や逃走目的の残像だけでなく、1人でありがなら相手を取り囲み、全方位から攻撃を仕掛ける攻撃的な残像を生み出せる。
「ふむ。私も沙耶と同じではいささか、いかんなぁ」
「朱里咲さん」
この中では年長者。というより、鯉川達とは2つ世代が違う人物。つーか、福道と沙耶の戦いの先生である。沙耶のようにも、鯉川のようにも残像を作れる。そして、応用性はずば抜けている。
「残像は何も自分だけではないぞ」
丁度、誰も座っていない空いた椅子を見つけ、手に取った朱里咲は少し力を加えた。そこから阿修羅像のように自分の体が4つほど分かれ、椅子も四つの残像を作った。
ここまでなら沙耶も鯉川もできるであろうが、朱里咲の残像はこっからが見せば
「存在感の操作だけではなく、実体化あっての残像もある」
それぞれ別の方向に向いた4人の朱里咲は、椅子を店内から外へ投げ飛ばした。椅子は各々の方向へ投げ飛ばされ、残像であれば1か所だけがぶつかる結果を生むだろうが、朱里咲は違う。
なんと四方向、それぞれに椅子が壁にぶつかり、なおかつぶち破ったという残像を使った。飛び道具を残像にする、虚と思わせて全てが実となる残像による投擲攻撃。
朱里咲から離れ、数秒後には一つの椅子だけとなる。
「おー、すごっ。道具の残像をやり遂げるなんて」
「あんただけでしょ、あんなのできるの。残像の類でいいの?」
「いいだろうが。少しは見直したか?」
最高峰とも言える、残像のテクニックを魅せられた気がした一同であったが、そうでもないとすぐに気づかされる。残像にはまだ色々とあるからだ。
「鯉川も沙耶も、朱里咲先生もさすがですね」
「福道。お前はどんな残像を出す」
「手品程度でしかできませんが」
福道春香。この中で唯一、車椅子に乗った戦士である。歩行が困難な身でありながら、武術に関してはこの中にいる者達には劣らない。高速に動いて生み出す残像とはまた違う。
折り紙でもするかのような手つきを魅せながら、福道が披露する残像は、”一部分の残像”であった。
左腕の関節をいくつも外しながらのこと、敵にやられたと思われるような酷い傷を負ったかのように演出を施す。受けから生み出す残像は、相手に心理的な影響を与え、行動を攪乱するというもの。残像の攪乱でも珍しいタイプ。
「左腕が折れたー、と思わせておいて」
次の瞬間には元通り、再生。しかも、一撃どころか連打を繰り出せるほど、擬態となった残像だ。自作自演でやっているとちょっとダサいが、この中の連中からの攻撃を浴びるのもなんかシャクなんでこんな風な披露だ。
「一部分の残像かー。単純なスピードじゃなくて、テクニックだよね」
「そうね。でも、今の鯉川だってもっと鍛錬すればできると思うわ」
身体全体を残像にする。それも凄いことだが、より精密で奇抜さを求める鯉川にとっては福道の残像が羨ましかった。
「タルイことするわね、福道」
「いいでしょ、灯。あなたのと違って私の方が器用だからできるの」
「……その点については、何も言えないけどさ」
残る灯。彼女の残像は、タイプ的には鯉川と同種であるが、鯉川の圧倒的な量による残像ではなく、圧倒的に質に偏った残像であった。
非常に限定的で残像と認識し終えた時にはもう終わった行動。
”終わった拳”と、名付けられた神速なんて遅すぎる速度。灯が何かを殴ると構えた瞬間。
「!」
「!」
反応、感覚。一同が分かったと認識してから、全員が全身金縛りでもかかったかのように、灯の残像だけがこの場で動いている。この時点で灯はすでに何かを殴っているのだ。灯以外が見ている灯の残像は、あまりにも灯が速く拳を突き出している事で、順を追って動いているだけに過ぎない。
故に”終わった拳”。残像が生まれる事を副産物にした、超スピードの突き。
パサリッ
「蠅、鬱陶しい」
とても小さな虫を正確に捉え、拳を持って四散させる精密さ。殴り終わってからようやくみんなの金縛りが解けた。超スピードの突き。
「連打ができないのよね」
「するまでもないけど、物足りなさはあるわ」
「ふん」
各々、様々な残像がある。そして、故に思うことがある。
「あのー。言い出しにくいんですが、お店。どうしてくれるんですか?」
この店の店長らしき人が出てきて、5人に恐る恐る。会計ならぬ、修繕費や迷惑料を徴収しようとしていた。チンピラとかの方がまだ良かったと思った。しかし、商売人故の魂が彼女達へと突き立てた。
「沙耶と朱里咲先生が悪くないですか?店内で暴れるから」
「いや、鯉川がこんな話をするからだ」
「そうそう」
「あーっ……うーん……」
「ここはやっぱりね……」
彼女達は、一同に視線をどこかに逸らしながら
「ごめんなさい」
5つの残像を生み出して、あっという間にお店から飛び出し、姿が見えなくなるほど5人は散り散りに逃げたのだった。
死ぬ思いして訊いた店長は消えていった女性達を見てから、へたりこみ……。
「残像の使い手で良かった。殺されるかと思った……」
恐怖を乗り切った安堵感で、しばらく胃を痛めて仕事を休んだそうだ。
残像ってどこらへんまでが許容範囲でしょうかね。