第7話 いざシャンデルへ
よろしくお願いします。
今日の昼に急遽決まったシャンデルへの訪問。
準備を整え、俺、ソフィー、サイモン、その他5人の衛兵がシャムール侯爵邸を出発しようとしていた。
騎士団長とクラリスが、見送りに来てくれた。
「いつもなら阻止するとこですが、イスマイール君が一緒なら、なんの心配もありません。お嬢様、道中お気をつけて」
「お嬢様! 変な奴に襲われたら、師匠の後ろに隠れてね! 頑張ってよ、師匠!」
激励の言葉をくれる2人。
「それでは、行ってまいります。留守の間、屋敷のことは任せましたよ」
2人は頭を下げた。
ソフィーは馬に乗り、俺を含めたその他の人々は、それを囲むように出発する。俺は先頭だ。
少しずつ2人の姿が小さくなって行くが、俺たちが見えている間は、ずっと手を振っていた。
出発してからというもの、これといった問題はなく、どんどんと足を進める俺たち。
本当に何にも起きることはなく、4時間歩き続け、日暮れ前にシャムール侯爵領の都市シャンデルに着いた。
城門を顔パスで抜けた俺たちは、ここの都市長に会いに行く。
都市長が住む邸宅に向かっている途中、俺はあることに気づいた。
「・・・サイモン。左後方30メートル、屋根の上に注意しろ」
「は? あ、あぁ了解っす」
サイモンに命令を下し、俺はソフィーが乗っている馬の左に行く。
「イムさん、どうかしましたか?」
「なんでもありません、お嬢様」
「そ、そうですか」
ソフィーに変な心配を与えるのはマズイ。
俺は、サイモンに警戒するよう命じた左後方を振り向く。
姿は見えないが、確実に誰かが俺たちのことを見ていた。それが、なんなのかはわからないが、普通の人とは違う視線を感じたのだ。
すると、俺たちの前に、小さな何かが近寄ってきた。
一瞬、短剣に手をかけたが、その正体を見た俺は短剣から手を離す。
そう、小さな女の子が一輪の花を持って来たのだ。
「ソフィーお嬢様! これ、綺麗だからあげる!」
「あら! ありがとう、大事にするわね!」
立ち止まり、馬から降りて、その花を受け取るソフィー。すると、多くの民衆がソフィーのもとへと集まって来た。
流石の人気だ。
確かに、美人で頭も良くて、おまけに庶民たちのことを第一に考えた政策を打ち出しているソフィーは、シャムール侯爵領内ならどこでも人気者だろう。
帝国全土で恐れられていた俺とは、えらい違いだ。
「お嬢様、そろそろ」
憧れの存在ソフィーとの、ふれあいを打ち切るのは心苦しいが、護衛の関係上、多くの人たちに囲まれるのはマズイと考えた上での行動だ。
少し名残惜しそうな顔をしたソフィーは、周りの人たちに手を振り、馬に乗った。
俺たち護衛はそれを確認して、再び都市長の邸宅へと歩を進める。
10分ほど歩き、都市長の邸宅の前に着き、門を守備している兵に邸宅内へと通される。
馬から降りた、ソフィーを都市長が迎える。
「これはこれは、ソフィーお嬢様。お元気そうで何よりです。して、本日はなんのご用でしょう?」
「お久しぶりです、ゲーデル都市長。この度はこの都市で起きている、例の事件について話を聞きにきました」
「そうでしたかーー本来なら、この身が赴かなければならないところを、わざわざ足を運んでいただき感謝します」
清々しいほどのスキンヘッドを下げてくる中年の都市長。
俺の目が確かなら、体の芯がしっかりしている。昔は、戦士だったのだろうか?
「おっと、ソフィーお嬢様。後ろに控えている2人は? 他の護衛の方達とは、少し違う格好ですが」
「あらーー紹介がまだでしたね。イムさん、サイモンさん、こちらシャンデルのゲーデル・シュタイナー都市長です」
「初めましてゲーデル都市長。俺は、シャムール侯爵邸の使用人兼ソフィーお嬢様の護衛をしています、アスラン・イスマイールです」
「同じく、使用人兼護衛のサイモン・ベストっす」
「よろしく」と、都市長がまた頭を下げてくる。なんだか、優しい感じの人だ。
「皆さん、ここまでの道でお疲れでしょう。応接室へどうぞ、紅茶でも用意しますので」
「では、お言葉に甘えて」
都市長に案内されて、応接室へ通される俺、ソフィー、サイモン。
他の護衛たちは、他のところで待機させるそうだ。
椅子に座り、一息つく。俺とサイモンは、ソフィーの後ろで立っている。
「座ったらどうですか?」とソフィーは言ってくれたが、そうもいかない。
少しばかり、その問答が続いた。すると俺たちを座らせることを諦めたソフィーは、本題を切り出す。
「それで、都市長。現在までの、被害者はどのくらいですか?」
「はい、現在確認できるだけで、被害者は80人を超えています」
「は、80!?」
ソフィーが前のめりになり、驚いている。
俺もサイモンも、そこそこ驚いた。
2週間で80人以上とか、毎日どんだけ殺ってんだよ・・・。そんな都市、やだわ。
「早急になんとかしないとですね。流石に、これだけのことをしているのですから、捕まえたら、ただじゃおきません」
おっ! あの優しいソフィーでも、そうなるんだな。
よし、これで心置きなく、抹殺できる。
俺はサイモンと見えないようにタッチを交わす。
「とりあえず、当家から、追加の哨戒兵を出します。500人ほどの部隊を編成し、都市の各所を満遍なく見舞われる体制を整えましょう」
「助かります、お嬢様。奴らの暴挙は、この1週間で酷さを増しています。それまでは晩に歩いてる人が被害者だったのですが、3日前は寝ている民家に押し入り、一家全員・・・なんてことがありました」
「なっ!?・・・外道の極みですね、絶対に許しません」
すごいなーーもう、ただの無法者じゃないか。
それと、ずいぶん、小物だよな。弱いものの中で強いと息巻く、愚かで哀れでバカでアホなかわいそうな連中だ。
ーーあ、そういえば。ひとつ言いたいことがあったんだ。
「都市長、ひとつ質問してもいいですか?」
「ん? 全然、構わないよ。なんでも聞いてくれたまえ」
「その犯人たちの、おおよその人数と殺害方法を教えてください」
「こちらの見解では、犯人たちの人数は少なくとも20人以上。殺害方法は統一性がなく、首を切られた死体や四肢をもがれていた死体もあった」
なるほど。やはり、どこかの組織に属してはいないらしい。
組織なら、殺害方法に統一性がある。例えば、俺がいた裏組織『黒天神兵』では、心臓か喉を一刺しで仕留めるといった方法が、ちゃんとしたルールとして存在していた。
ーーまぁ、それができないときもあるから、臨機応変って事で、違う暗殺方法をとることもあったが。
でも、それだけわかれば、俺としては万々歳だ。
「そうですか。変なことを聞いてすみません」
「そんなことはないさ、敵を知るのは大切なことだからな」
都市長との話し合いを終え、ソフィーは手紙をしたためるために、用意された部屋へと向かっていった。
おそらく、護衛の誰かに屋敷まで届けさせるための手紙だろう。内容は、先ほど言ってた、増員の話だな。
俺とサイモンは、その部屋の前で待機しながら、今後の対処方法を話し合う。
「イム先輩。増員って、騎士団の人たちですか?」
「騎士団もいるだろうが、大部分はシャムール侯爵家が保有する軍隊だろうな。こっちとしては、クラリスが来てくれるとありがたいんだが」
「クラリス先輩? あぁ! あの可愛い子っすよね! お嬢様はもちろん美しいっすけど、クラリス先輩もなかなかの美人っすよね!」
「まぁーー顔はいいけど、お頭がちょっとな。でも、あいつは実力者だ。多分、お前より強いぞ?」
「まじっすか!?」と驚くサイモン。
実際に戦ってみないとわからないが、俺の目が確かなら、クラリスの方が一枚上手だと思う。
しかしだーー俺が見た感じ、サイモンは近接戦闘ではなく、遠距離から敵を仕留めることに特化した人物だと思う。サイモンの背中にあるクロスボウがその証拠だ。
普通、メインに剣や槍を持ち、サブとしてクロスボウを持つ奴はいる。でも、サイモンの場合は、クロスボウがメイン武器でダガーはサブ武器だ。
おそらく、クロスボウの腕に余程の自信があるのだろう。護衛の1人に、遠距離を対応できる人物がいるのはありがたいことだ。
「とりあえず、俺が気になった場所があったら、そこを警戒しろ。敵が攻撃態勢に入ってたら、即座に撃ち殺せ」
「オッケーっす。脳天に一撃加えてやりますよ」
「あ、そうそう。話は変わるが、少し前に、兵練場でお嬢様を狙ったのはお前か?」
「尋問のときもそれを聞かれたんっすけど、僕じゃないっすよ。聞いた話だと、イム先輩がお嬢様を守ったらしいっすね」
言われてみれば、こいつがあの犯人なら、最初に捕まえた時に俺の顔をわからないのは不自然だな。ソフィーを狙っていた時、俺も近くに居たんだから。
「そうかーーそれならそれでいい」
「は、はぁ・・・」
ソフィーほど狙われている人なら、刺客同士が鉢合わせてもおかしくない。
こいつが、それを知らないってことは、おそらく逃げたんだな。
そいつが屋敷に潜伏してないことが分かり。心の憂いが1つ減った。
それからは、これといった問題はなく、今朝、急遽決まったシャンデルへの訪問。その1日目は無事に終わった。
ありがとうございました。




