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使用人は元最強の暗殺者!?  作者: 銀狐
第1章 暗殺者から使用人へ
8/20

第6話 不穏な空気

よろしくお願いいたします。

翌朝、かなり早く目を覚ました俺は、適当な服を着て、庭園に行く。そこで、俺は短剣を抜き、素振りを始めた。

かれこれ10年はこの日課とも言える事をしている。

暗殺者から身を引いたとはいえ、現在、俺はお世話になっている侯爵令嬢ソフィーを護衛する大役を担ってる。


人を殺す側から、守る側になったとしても、訓練はいつも通りするべきだと思う。

結果として、刺客を殺すこともあるのだから、太刀筋が鈍らないようにするのは大切なことだ。


ざっと、500回ほど素振りをして、そろそろ終わりにしようかと思っていた頃。

庭園に近づいてくる1人の人物がいた。


「おはようございますイムさん。早いですね」

「おはよう、ソフィー」


寝間着姿のソフィーが、庭園に来た。


「ふふふーーだいぶ、使い分けが上手くなりましたね」

「2人きりの時は、楽でいいよーー他の人がいたら、呼び捨てになんてできないからさ」

「そうですね。でも見た感じ、完璧に使い分けてるじゃないですか。これも、暗殺者だった頃に培ったものなんでしょうね」

「あぁーー確かに、普通の人よりかは順応能力ってやつが高いと思うな。 暗殺者って、その場その場の環境に応じて計画を練らなきゃいけないし」


朝のたわいもない話。だが、なんだか癒された。

太陽も本格的に登り始め、新しい日が始まったことを実感させてくれる。


「さーてとっ、戻りますか」

「そうですねーーあ、イムさん。後で外に出たいので、護衛をお願いできます?」

「了解した。今日は大浴場の掃除があるから、終わったら俺から会いに行くよ」

「それは助かります。私も書類の整理をしなくてはならないので」


俺たちは中に戻る。

ソフィーと別れ、自分の部屋に戻った俺は、使用人の服に着替えて、仕事に向かっていった。



◆◇◆◇



掃除が終わり、ソフィーを部屋に迎えに行くと、扉の前にある男が立っていた。


「げっ!?」

「げっ!?とはなんだ? 昨日みたいに、また喉に、この剣を突き立てるぞ」


そう1週間前に、ソフィーを狙った、あの暗殺者だ。

顔をじっくりと見るとは初めてだ。昨日は、激昂していて、顔など特に気にしていなかったからな。

茶色の髪に、細々とした体躯。顔はそこそこと言えるが、覇気がなく、初見ならば誰もが、一般人と勘違いするような男だ。右脚には包帯が巻いている。俺が脅しのために右脚に短剣を落としてやったからだ。


「それで、なんでお前いるの?」

「お前じゃないです、サイモン・ベスト。先輩に捕まった時に、言ったでしょ」

「先輩? あぁーー俺のことね。 そういえば、言ってたな、聞いてもいないのに。てか本名か?」

「いやいや、聞いたじゃないっすか。それに、もちろん本名ですよ」

「俺が聞いたのは、組織名と依頼主だ。お前の名前なんて、微塵も興味ない。それに、暗殺者なら、軽々しく本名いうな」


聞いて本名を言ってくるなんて、暗殺者としては、失格だ。

通常、暗殺者は自分の本名を語らない。普段は組織から与えられた名前や称号、有名になれば異名の一つや二つを自分の名として名乗る。


俺の場合、組織内での称号『マスターリーパー』を名乗っていた。

名乗っていたというよりも、そのあだ名が浸透しすぎて、他のを名乗ることができなかっただけなんだけど。


ついでに言うと、俺の本名や顔を知ってるやつはほとんどいない。俺は、組織にいた時も、ずっと仮面をつけていた。

俺の素顔と本名を知ってるのは、裏の世界のやつでも、本当にごく少数だろう。


「さっきの話に戻るぞ。サイモン、なんでここにいる?」

「いやいや。先輩の名前、まだ聞いてないんですけど?」

「ん? アスラン・イスマイールだ。イム先輩って呼べ」

「了解っす。さっきの質問ですけど、僕はお嬢様が外に出るので、その護衛の1人として呼ばれたんですよ」


は? こいつが?

こいつ、見た感じ得物はクロスボウしか持ってないぞ?


「サイモン。お前、近接武器は持ってないのか?」

「持ってますよ。ダガーが1本、シャツの中に隠してあるっす」


まじかよ。ダガー1本って・・・。

まぁーーこいつは、最初から戦力だとは思ってないし、いいか。


「じゃあ、お嬢様が待っているだろうから、さっさと入るぞ」

「ほい」


扉を開け、ソフィーの執務室に入ると、そのには書類を見つめ、難しい顔をするソフィーがいた。


「お嬢様、お待たせしました。もしや、まだ仕事中ですか? 邪魔であれば、部屋の外で待っていますが」

「いえいえ全然大丈夫です。ちょっと、問題が起こりまして、そのことで他の書類に目がいってないだけです」


ソフィーが座っている、机の前まで行き、その頭を悩ませている問題が書いてあるであろう、書類を見る。


「シャンデル連続暗殺事件?」

「はいーーここから、4時間ほど歩いたところにシャンデルという、そこそこ大きな都市があります。そこで2週間前ほどから、毎日のように、暗殺されたと思われる死体が発見されているのです」


シャンデルか。昔、一回任務で行ったことがあるな。そんときは、暗殺じゃなくて要人警護で行ったんだっけか?

まぁ、そこらへんの曖昧な記憶はいいとして、あの都市に暗殺対象になりうる、組織の幹部や政府要人はいないはずだが。


「それでーー暗殺対象は?」


苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるソフィー。その瞳の奥には、隠しきれない怒りがこもっていた。


「・・・一般の庶民です」

「・・・なるほど、快楽目的の犯行ってわけですね」

「それに報告によると、その犯人と思われる人影は、同時多発的に目撃されているのです」

「複数犯か・・・」


正直言って、これは暗殺とは呼べない。

一般人を狙うとこから、組織に属している者ではないし、そこまで強い奴もいないだろう。

ただ弱い一般人を殺して、自分達が強いと思い込んでいる哀れな奴らだ。


俺と同じ立場のサイモンもそのことに気づいているようで、薄っすらと哀れみすら感じさせる笑いを浮かべている。

そして、俺とまた同じことを考えていた、サイモンは口を開いた。


「イム先輩ーーそいつら、放置し続ければ、多分お嬢様を狙ってきますよね?」

「だろうなーーそういう馬鹿共は、つけ上がると、身の丈に合わないことを始めるからな」


実際、そいつらがソフィーを殺しに来ても、皆殺しにすることぐらいは容易だ。

でも、そんな奴らが暗殺者づらして、悦に浸っているのは癪にさわる。


おそらくだが、ソフィーが俺とサイモンを呼んだのは、俺たちが暗殺者として生きていたことを知っているからだろう。


ってことは、これからソフィーが言ってくることは、だいたい予想できる。


「そこで、2人にお願いがあるんですが」

「わかってます。シャンデルに行くんですよね?」

「は、はい。それで、私の護衛をお願いしたいのですが」

「任せてください! 馬鹿共にその身をもって、本当の暗殺ってやつを教えてやりますよ!」


サイモンが意気込み、俺は静かに頷く。

それを見て、顔を輝かせたソフィーが感謝の言を口にする。


「破格の戦闘力を持つイムさんと、元暗殺者のサイモンさんがこの事件解決に1番適してると判断しました。 本来使用人が、行う仕事ではないですが、協力してくれて感謝します」


俺も元暗殺者なんだけどね。


「全ては、お嬢様の御心のままに。 俺たちはそれについていくのみです」

「そうっす! 僕、1週間はお嬢様を狙っていた身分で信じられないかと思いますが、必ず、お嬢様をお守りしてみせます」

「それは、大変心強いです。 サイモンさん、私は疑ってなどいませんよ? 私は、この屋敷で働いている全ての人たちを家族同然の存在だと、思っていますから」


お人好しもここまで行けば病気だ。でも、それがソフィーの美点でもある。

だからこそ、俺は任務を放棄したんだ。

こいつを殺すのは惜しいと思った。これまで、200を超える奴らを暗殺してきたが、そのような情が湧いたのは後にも先にも、ソフィーただ1人しかいない。


ソフィーが打ち出した政策は、どれも一般の人たちに寄り添うようなものばかりだ。

結果として、それがシャムール侯爵家の繁栄につながった。

それを、そこらの馬鹿貴族や有力者が気にくわないだけのことで、狙われるなんてとんでもないことだ。


最近それを知った俺は、昔の自分を大いに恥ずかしく思う。

ただ依頼で、何も考えず彼女を殺しに来た、愚かな俺を。


そして、そんな俺を助けてくれたソフィーには、感謝してもし足りない。

なら、俺に出来ることはソフィーの夢を叶える一助になることだ。

あの夜、ソフィーが俺に語った夢を叶えてやる。それが、俺に出来る唯一の恩返しだ。


「どうしたんですか? ・・・イムさん?」

「イム先輩? 大丈夫っすかー?」


しばらく俯いていた俺を心配したのか、2人が声をかけてくる。


「あ、あぁーー大丈夫です。ふぅ、それではお嬢様、支度をしてまいります。サイモン、行くぞ」

「ちょ、待ってくださいよ先輩! お嬢様、失礼します」

「・・・は、はぁーーよろしくお願いします」


ソフィーの執務室を出て、自分の部屋へと向かう。

ついでに、後ろからついてくるサイモンに話しかけた。


「サイモン、もしお嬢様を狙っている奴を見つけたら、確実に殺せ」

「捕らえなくて大丈夫っすか?」

「必要ない。今後、お嬢様に危害を及ぼす可能性のあるクズは、完全に抹殺する」


多分、今俺の目は暗殺者のそれになっているだろう。それも、いつにも増した濃厚な殺気を携えて。

その殺気を感じ取ったのか、サイモンは一歩後退りする。


「・・・イム先輩って何者っすか? 僕、元暗殺者ですけど、その殺気を放てる人には会ったことがないです」

「殺気で人を推し量ることはできないぞ? 強い人ほど殺気が強いとも限らない。逆に、強ければ強いほど、殺気を隠すのは上手くなる。そのくらい、元暗殺者だったお前ならわかるだろ?」

「それは、そうっすけど・・・でも、今の殺気は常人には放てないものです」


俺は少し、過ぎたことをしたと後悔した。

なんでか知らんが、ソフィーを害されることが無性に腹立たしく、異常なほどの殺意が湧いた。

暗殺者だった頃でも、ここまでの気持ちになったことはない。


「すまないな、少し気持ちが高ぶってしまったようだ」

「イム先輩は、ソフィーお嬢様を大切に思ってるんすね」

「あぁーー付き合いは短いが、あの人ほど素晴らしい人はいないと思ってる」


これは本心だ。

もし、俺が暗殺者でなく普通の人として、ソフィーを知ってたら・・・。


ーー多分、普通にソフィーを尊敬し、応援していただろう。


そんなことを考えていると、サイモンが小さいが確かな意思のある声で語り始めた。


「それはわかります。僕も、先輩に捕まり、騎士団の尋問を受けている時に、お嬢様が話しかけてきたんです」

「ほぉ、なんて言ってきたんだ?」

「『悲しくないですか?』って、それまで僕が行ってきたことを否定せず、時に涙を流し、親身になって僕の話を聞いてくれました。その時思ったんです、この人に仕えたいって」

「そうか、なら頑張らないとな。お嬢様にずっと笑顔でいてもらうために」


「はい!」とサイモンが返事する。

そして、俺たちはそれぞれ出立の準備のために自分の部屋へと向かっていった。

ありがとうございました。

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