第4話 屋根の上に御用心
よろしくお願いいたします。
今俺は、シャムール侯爵邸の屋根にいる。
なぜそんなところにいるのかって?
ちょっと、気になる場所があってな。そこに向かっている次第だ。
暗殺者時代に培った、音を立てない歩き方でその場所に急ぐ。
そして、その場所に着いた俺の目にあるものが飛び込んできた。
「やっぱり、いたか」
小さな声でそれを呟く。
なぜ小声なのかというと、その気になる場所で灰色のマントを被り、うつ伏せになりながら、クロスボウを構えている奴に気づかれないためにだ。
近づくにつれて、そいつが呟いていることが聞こえてきた。
「もう少しであのテラスに出てくるはずだよなーーふひひ、あいつを殺せば俺様は一生遊んで暮らせるぜ!」
残念なことだ、お前の一生はあと数日で終わるのにな。
俺はそいつの後ろに行き、声をかけた。
「ちゃんと狙えよ、うちのお嬢様はしぶといぞ〜」
「うるせぇ、そんなことは知ってる。あの女を何人の暗殺者が殺そうとして失敗してきたか。だから、今回使う鏃には毒が塗ってあるんだ、掠っただけでも、全身が痺れるほどの猛毒がな・・・は?」
「うっす」
しゃがみながら、挨拶をした。
男の目が点になっている。まぁ、びっくりするだろうな。いきなり、後ろに俺が現れたんだから。
「誰だ! おまっ・・・ぐぁぁっあぁっぐ」
うつ伏せだった、その刺客をひっくり返し、胸部を足で踏みつける。
「さてとーー素直に答えれば、命はとらないでやる。 お前はどこに雇われた? また、組織に所属してるならどこだ? 言え」
「離しやがれ! くそ! ぶっ殺すぞ!」
「そうか、自分の立場が理解できないかーーなら仕方ない」
俺は、短剣を抜き、足に落とす。切っ先から落とした短剣は、男の太ももに突き刺さる。刺さったところから、血が滲み出ている。
「足がぁぁぁぁ!! やめろ!やめてくれ! 話す! なんでも話すから!!」
脂汗をかきながら悶絶する刺客。
「そうか分かってくれたか、俺は嬉しいよ。 それで、お前の所属と依頼主は?」
「はぁはぁ・・・俺様は、『灰髑髏』に所属しているサイモン・ベストだ。依頼主は皇帝派閥のお偉いさん・・・これでいいだろ、許してくれ」
「『灰髑髏』? あの変態性癖暗殺者がいるとこか?」
「変態性癖暗殺者? あぁ、メリザス様だな。 そうだ、その組織だ」
裏組織『灰髑髏』は、とある一人の暗殺者がとても有名な組織だ。
そいつは狙う相手が、幼女と老婆ばかりという、なんとも救いようがない奴だ。
一回会ったことあるが、見るからにやばい奴だった記憶がある。
もちろん、実力じゃ負けるわけないが、その圧倒的な変態っぷりには、一歩引いてしまうかもしれない。そんな奴だ。
「そうかご苦労。 じゃあ、こっちに来い」
「な、何するんだ!? 解放してくれるんじゃないのか!!」
「そんなこと誰が言った? 俺は命はとらないとは言ったが、解放するなんて一言も言ってない」
「汚いぞ!! この卑怯者!!」
「はいはい、刺客のくせに汚いも卑怯もクソもあるか。さっさと来るんだよ」
足を引っ張り、そいつを屋根の淵まで運んでいく。下には、ソフィーがよく来る、噴水付きの庭園がひろがっている。
しばらく、そこで待つ。刺客に逃げられても困るので、先ほどと同じように胸部に足を置いておく。
5分くらい経った頃だろうか、下からソフィーと俺の代わりに護衛をするよう言いつけた、クラリスが出てきた。
目当ての2人が出てきたので、大声で叫ぶ。
「おーーい!! お嬢様! クラリス!」
二人が顔を上げて、屋根の上にいる俺を見つけた。
なにやってんの?って感じの顔で俺を見る2人。
「イムさん!! なにしてるんですかー??」
「師匠ー!! 危ないよ! 降りてきてー!」
「お嬢様!! 刺客を捕らえました!! どうしますかーー??」
胸部に置いてた足をどかし、そいつの首根っこを掴み、2人に見せつける。
すると、驚いた表情の2人はすぐに周りの人たちに声をかけ始めた。
ものの30秒ほどで、20人を超える人たちが集まり、大きなマットを用意し始めた。
「ここに、その人を落としてくださーい!!」
「承知しましたー!!」
この屋敷は4階建てだ。梯子を作るのも時間がかかることから、これが1番いい方法だと思える。
「よし、落ちろ」
「落ちろって、あそこにか!? 勘弁してくれよ! こっちはお前に足やられてんだぞ! ぶざけんな!」
「うるせぇ! 早く落ちろこら!」
抵抗する刺客を面倒に思った俺は、蹴って突き落としてやった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」って声が、下から聞こえてくるが、努めて無視する。
叫び声が鳴り止み、下を見てみると、刺客の男は騎士団の連中に身柄を拘束されていた。
そして、俺も落ちてこいと、ソフィーとクラリスが言ってくる。
なんの躊躇もなく、マットへと落ちる。落ちてくる俺を、マットは優しく受け止めてくれた。
地上に戻った俺は、その場に来ていた騎士団長に感謝の言葉をもらった。
あの兵練場での一件で、護衛として認められた俺は、加えて騎士団への入団も決心した。
そこで、その旨を騎士団長に伝えに行くと、一つ返事で了承してくれた。
「デニスさん、それであいつが先日お嬢様を襲った奴なのかを確かめてください」
デニスとは騎士団長のことだ。
俺が、騎士団長と呼ぶのに対して「そんな固くなくていい。君にはデニスと呼んでもらいたいな」と言ってくれた。
「もちろんだ、イスマイール君。もし別人だとしたら、警戒をさらに強化する必要が出てくるからな」
「そうですねーー俺も怪しい奴がいないか、探してみます。 もし発見したら、お嬢様に危害を加える前に、消します」
「うむ、信頼してるよイスマイール君。それじゃ、私はさっきの奴の尋問に言ってくる」
「足を怪我してるので、そこを攻めれば色々聞けると思います。 塩でも塗ってやってください」
軽く頷き、騎士団長は、連行された刺客の後を追っていく。
すると、今度はソフィーとクラリスが話しかけてきた。
「イムさん、ありがとうございます。流石ですね」
「すごいよ師匠! 暗殺前に刺客を見つけるなんてさ!」
「お嬢様が無事ならそれで何よりです。俺は、護衛として当たり前のことをしたまでですから」
謙虚は大事だ。
無駄に自分の功績をひけらかす奴は、だいたい次の戦いや任務で命を落とすと、相場が決まっている。
「それでもさ、師匠。 ひとつ疑問があるんだけど」
「ん? なんだ?」
「どうやってあそこまで行ったの? 屋根に続く入り口には、守護の人がいるはずなんだけど」
「あぁーー簡単だよ、屋敷をよじ登って行ったんだ」
シャムール侯爵邸は、家の側面が煉瓦造りになっている。おまけに様々な飾りやテラスなどが多いため、登るのはかなり簡単だった。
「え、師匠これ登ったの? まるでお猿さんだね」
「猿とは失礼だな。 このぐらい、暗殺者なら誰でも登れる。 現にさっきの刺客も昨日の夜のうちに登って、ずっと待機してたんだろうさ」
「でも師匠は、暗殺者じゃないでしょ?」
「・・・俺は鍛えているから、この程度の建物、なんてことはない!」
「おぉ! 勉強になります!」なんてクラリスが言ってる。ソフィーは、登れて当然ですよね?といった表情を浮かべている。
まぁ、登れて当然なんだけどな。暗殺者になるんだったら、必ず建物を早く登る訓練を受けるし。
「それでは、お嬢様。俺は、部屋の掃除がありますので、これにて失礼しますーークラリス、お嬢様を頼むぞ」
「はい、イムさん。お仕事頑張ってください」
「任せて師匠! 何人もお嬢様に指一本触れさせないよ!」
俺は頷き、仕事に戻る。
刺客を捕らえた後は、部屋の掃除。
なんか変な感じがする。
ありがとうございました。