第3話 いつでもどこでも
よろしくお願いいたします。
「これは・・・想定外ですね」
「はい、お嬢様・・・流石にこれは、可哀想になってきました」
ソフィーと騎士団長が、戦う俺たちに目を向けてくる。
正確には、俺の前で地面に倒れているクラリスに向けてか。
見届けている、騎士団の連中の中でも、どよめきが起きている。
試合開始の合図が出されれてから、俺は一歩も動いていない。
数多の攻撃を二本の短剣で跳ね返しては、クラリスを返り討ちにする。かれこれ、30分は戦っているのだが、俺に届いた攻撃は一つもない。
でもまぁ、それでも立ち上がってくる根性はすごいと思うがな。
リハビリくらいには、なると思った。でも、実際は、準備運動程度にしかならなかった。
「君強すぎ、何者なんだい?」
「川辺で倒れていた、浮浪者だ」
「そういうこと言ってるんじゃなくてさ、なんでそんなに高い戦闘技術を持っているの? ただの浮浪者が、そんな力持ってるはずないよ」
また立ち上がったクラリスが、俺に当然の疑問をぶつけてきた。
「もしかして、昔はどこかで雇われていた、凄腕の戦士とか?」
「まぁ、間違ってはいないな」
「あたしを、ここまでボコボコにしたのは彼以来二人目だよ」
彼以来ってか、その彼本人なんだけどな。
「君の力は最強の暗殺者、あのマスターリーパーにも引けを取らないよ」
でしょうね、本人ですもん。
そんなこと、当然言えないけどな。
「そんなことはないさ、お前の実力は確かだ。 俺が少し強かった。ただそれだけのことさ」
「少し? かなりの間違いでしょ」
「そうかもなーーそれで、降参するか?」
「うん、悔しいけど降参するよ」
クラリスは武器を地面に落とし、両手を挙げた。それを見た、騎士団長は試合終了を宣言した。
すると、ボロボロになったクラリスは俺に近づいて来た。あんだけやられて、よく立てるよな。タフすぎだろ。
「ねぇねぇ、いきなりで悪いんだけど、私を弟子にしてくれない?」
「本当にいきなりだな・・・まぁいいぞーーどうせ暇だし」
「本当!? また強くなれる! これからよろしくね師匠!」
謎の師弟関係が成立し、握手を交わすと、ソフィーと騎士団長が俺たちの横に来る。
「イスマイール君と言ったね、恐れいったよ。 君にならお嬢様の護衛を任せられる。ついでに、騎士団にも入らないかい?」
「いや、俺使用人なんですけど・・・」
「そんなこと全く関係ないぞ? 他の貴族の騎士団は違うと思うが、我が騎士団では、使用人でも強ければ騎士団に入ることができる。現に、クラリスも普段はメイドとして働いている」
「え、そうなの?」
事実確認をクラリスにする。
「うん、メイドしてるよ! フリフリのやつ着て、屋敷の掃除とかしてるよ!」
「あ、そう」
なんか多様性のある職場・・・おっと。
俺は、ソフィーに向けられた、あるものを感じた。癖で、ついつい目が鋭くなってしまう。
全く、いつでもどこでも、とはよく言ったものだな。おまけに、誰も気づいていない。
俺は腰に差していた短剣を一本抜き放つ。
「お嬢様、護衛の質を上げるのは大事ですーーでも、少し警戒がゆるすぎますねっ!」
俺はソフィーの体の横に、思いっきり短剣を振り下ろす。
その行為を確認した騎士団長は、自分の背後にソフィーを隠し、クラリスはロングソードを抜いて、俺に向けてくる。
またそれを見た、すべての騎士団の連中が、腰に差している剣に手をかけた。
「え・・・イム・・・さん?」
「貴様! 血迷ったか!? やはり、敵派閥の間者か!」
「師匠! 流石にこれは見過ごせないよ! 大人しくしてね、動いたら全員が師匠を襲うよ」
当たっていないとはいえ、いきなり主人を切りつけられたと勘違いした騎士団員が、ジリジリと俺との距離を詰めてくる。
「貴様、弁明があるなら聞こう」
「そうですねーーなら、お嬢様の足元に落ちてるものを見てくれますか?」
「足元だと? そうやって、逃げる隙を狙っているんだろ? 騙されんぞ」
俺から目を離さず、どんどん近寄ってくる。
しかし意外にも、それを止めたのは、主人であるソフィーだった。
「嘘・・・そんな」
「どうしましたお嬢様!? まさか、お怪我を!? 貴様ぁぁぁ!」
「皆さん、待ってください! コレを、コレを見てください!」
ソフィーが、あるものを右手で掴み、その場にいる全員に見せつける。
それを、見た人たちの態度が一変した。
「・・・これは・・・なんという」
「嘘でしょ?・・・師匠、なんで分かったの?」
ソフィーの手に握られていたのは、クロスボウから放たれ、俺に切り飛ばされ地に落ちた矢だった。
そう、俺はソフィーを狙っていた殺気に気づき、慌てて短剣を抜いたんだ。
それでも、いきなり剣を振ったのはよろしくなかったと反省している。
でも説明していたら、今頃、血まみれのソフィーが地面に転がっていただろう。
ようやく状況を理解した、騎士団長が怒鳴り、その矢を放った人物の捜索を団員たちに命令する。
そして、すごい勢いで俺に頭を下げてきた。
「大変申し訳ない。 お嬢様を守ってくれた人に対して、剣を向けてしまった。 心から、謝罪と感謝をする」
「いえいえ、説明もなしに剣を振った俺も悪かったですから。それに、これで俺がお嬢様を立派に護衛できることを証明できましたし」
「本当にすまないな・・・にしても、なんでお嬢様が狙われていると分かったのだ?」
「それはーーお嬢様に向けて、ものすごい殺気を感じましたので」
多分、俺だけではないと思うが、一流の戦士、特に暗殺者は殺気に対してすごい敏感だ。
しかも俺クラスになると、その殺気を発してる人数や、場所まで分かる。
殺気を完全に隠せる人間なんていないからな。そんな奴がいるとすれば、そいつは人間の心を捨ててしまった、バケモノだろう。
「イムさん、助かりました。ありがとうございます」
「当たり前のことをしたまでです。この先、この様な事が多々あるでしょう。でも安心してください、俺がお嬢様をお守りいたしますので」
確かに、この様な事は多々起きるだろう。でも、今度は撃つ前に見つけて、殺してやる。
そうすれば、ソフィーに災難が降りかかる前に、秘密裏に対処できる。
「はっはっは! お嬢様、このイスマイール君がいれば、かのマスターリーパーも目ではありませんな! 来るなら来い、返り討ちにしてくれるわ!」
「そうだね! 師匠にかかればマスターリーパーなんてフルボッコだよ! あたしは、負けちゃったけど」
いえ、もう来てますよ? あなた達の目の前にいますよ? まぁ、自分を殴れば、フルボッコ?にはできるが。
それが少し面白くてにやけてしまう。なんだかんだで、結構恐れられてたんだな俺。
「とりあえず、屋敷に戻りましょうーーここにいては危険です。いつまたさっきの奴が襲ってくるかわからないですし」
「そうですねーーそれでは、イムさん屋敷まで護衛をお願いします」
「あ、そうそう。 イスマイール君、さっきの騎士団入りの件、考えておいてくれ。我々はいつでも君を歓迎する」
「ありがとうございます。前向きに考えておきます」
シャムール侯爵邸に使用人として雇われ数日、初めてソフィーを刺客の魔の手から守った。
暗殺をする側だった俺からすれば、非常に新鮮な体験だ。
これからも、何人もの刺客が彼女を狙うだろう。
でも、俺がいる限り、彼女の命を奪う事は不可能だ。
来るなら来い、だが覚悟しろよ。シャムール侯爵邸には、元最強の暗殺者の俺がお前達を待ち構えてる。
ありがとうございました。