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使用人は元最強の暗殺者!?  作者: 銀狐
第1章 暗殺者から使用人へ
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第1話 転職

よろしくお願いいたします。

俺が次に目を覚ました時、そこはベットの上だった。

ふかふかで、シワひとつない純白のベットに、俺は身体中に包帯を巻かれ、寝かされている。

身体のあらゆるところが、痛む。目を開けるだけで精一杯って感じだ。


目を開けた俺を確認した、メイドの1人が大急ぎで扉から出て行く。

部屋にはしばらくの静寂が落ちる。


俺はもの凄い虚無感に襲われた。

家族同然と思っていた、組織の奴らに裏切られた。

戦っていた時には、気にもしなかった感情が、一気に襲いかかってくる。


「ちきしょう・・・絶対に許さねぇぞ」


ギリギリと歯が軋む。恨み、憎しみ、悲壮、絶望が一色単の感情となり、俺の中を駆け巡る。


すると、扉を開けて1人の美しい女性と、護衛と思われる初老のムキムキな男がやってきた。

俺は、その女性に見覚えがあった。

美しい銀色の髪を腰まで伸ばし、透き通る様な水色の目、すらっとした体躯に見事な双丘と、見る男性の目を釘付けにする様な絶世の美女だ。


「お目覚めですか? もう5日間も寝てたんですよ、どこか痛いとこなどありますか?」

「あんたが、助けてくれたのか・・・礼を言うーーとりあえず、全身が痛いな」

「貴様! ソフィーお嬢様に向けてなんて口の利き方だ!」


「良いのです」と、その女性は右手を上げて、護衛の男を制止する。

そして、彼女は俺を見据え、軽く微笑んだ。


「少し、この方と2人きりでお話がしたいのです。デニス、ローラ、席を外してもらえますか?」

「何を言ってるのですか、お嬢様! この様な者をお嬢様と2人きりにするなど、護衛として許せません!」

「そうです! 危険すぎますお嬢様! もしこの者が敵派閥の間者だったらどうするんですか!」


護衛の男とメイドが、主人に対して猛抗議している。

確かに、川辺で転がっていたやつと主人を2人きりにすることなど危険すぎるしな。


「いいから、席を外して下さい。 2度は言いません、外に出て行きなさい」


鋭い眼光で扉を指差し、部屋から出て行く様に促す。

その、迫力に押された2人は、渋々扉から部屋の外に出て行った。


護衛とメイドが、出て行くのを確認した彼女は、ベットの横にある椅子に腰掛けて、薄く笑った。


「お久しぶりですねーー帝国最強の暗殺者、アスラン・イスマイールさん」

「やっぱり覚えてたんだなーーあの時は、仮面を被っていたのによく俺だとわかったな」


そう、この目の前にいる女性こそ、俺が唯一殺し損ねた暗殺対象。

実質、ガルダ帝国の全ての利権を牛耳っている7大貴族の一角、シャムール侯爵家の令嬢ソフィー・ペルセウス・シャムールだ。

俺とそんなに変わらない年齢で、その美貌と優れた頭脳で、領民から絶大な人気を誇る才女だ。

まぁ、俺とは正反対の立場の人物といったとこだな。


「最初は、わからなかったんですけどね。川辺に落ちていたコレで分かりました」


彼女は寝ている俺の腹の上に、2本の短剣を置いた。


それは『マスターリーパー』の称号を持ってる者にしか与えられない、柄に死神の刻印が入っている黒い短剣だ。


なるほどなーーこれを持っているのは、『黒天神兵(ハデス)』最強の暗殺者だった俺しかいない。


ついでに言うと、俺は一回これで彼女の首を切り飛ばそうとした。

この短剣を覚えているのも当たり前である。


「あの時は、仕事とはいえ悪かった。結局あんたに諭されて、任務を放棄して組織に帰ったら大目玉を食らったな」

「その節は殺さないでくれて、本当にありがとうございました。言いたくないのですが、私はあの時、少し漏らしてたんですよ・・・」

「すごいカミングアウトだなーー確かに震えていたのは覚えているが」


彼女が政治の世界に口を出す様になってから、シャムール侯爵家は7大貴族の中でも、頭1つ上の存在となっている。ゆえに彼女は、それを気に入らない他の大貴族や派閥からかなり疎まれている。

いわゆる、いつでもどこでもその首を狙われている、といった状況だ。


「私を殺そうとしてきた人は数多くいましたが、後にも先にも最期を覚悟したのは、あなたが私の前に現れた時です」

「そうか・・・まだ、狙われてるのか?」

「はいーー昨日も庭に出ていた私の横に鏃が飛んできました」


まったく、どんだけ狙われてんだよ・・・。

俺も狙っていた1人だから、他の人のことはとやかく言えないけど。


「それでも生きてるなんて、あんた凄いな」

「以外としぶといんですよ私? 大抵のことには動じないですし・・・でも、あなたが私の前に現れた時は、流石に膝が生まれたての子鹿みたいになったものですよ」

「はっはっはーー確かにそうだったな」


つい、昔話に花を咲かせてしまう。かなり物騒な話ではあるが。

昔話がひと段落すると、彼女は真剣な面持ちで、俺に質問してくる。


「それでーー最強の暗殺者と謳われるイスマイールさんが、なんであんなとこで倒れていたんですか?」

「俺のことは、イムと呼んでくれて構わない。それでその質問の答えだが、簡単に言えば組織に裏切られ、殺されかけた」

「組織? 『黒天神兵(ハデス)』にですか? それはまた、なんで・・・」

「強すぎるんだとさーー俺がいると組織が壊滅する可能性があるんだと」


「そういうことですか」と、彼女は納得してくれた。物分りが早くて助かる。彼女は俯き、室内にしばらくの沈黙が落ちる。


しばらく俯いていた彼女は、いきなり顔を上げ、俺の手を取ってきた。その瞳は潤み、今にも氾濫しそうだ。


・・・え、なんで泣きそうになってんの?


「大変でしたねーー私に任せてください! 必ずや、イムさんを匿ってみせます!」

「え・・・いや、その・・・なんでそうなる?」

「イムさんは困っているんですよね? なら、助けさせてください! 絶対にイムさんを守ってみせます!」


謎の熱意を感じる。

なんなんだ、この究極のお人好しは・・・。


俺、昔お前を殺そうとしたんだぞ?そんな奴を匿う? 常人なら出てこない発想だ。


「流石にそれは・・・」

「何か問題でも? 心配しなくても大丈夫ですよ! 当家は知っての通り、帝国でも屈指の権力を持っていますので、経歴ぐらいは書き換えることはできます!」

「いや、そういう問題じゃ・・・」


・・・どうやら本気みたいだ。

助けてもらったのは感謝するが、それ以上をしてもらうのは、気がひける。

でもこの感じだと、断っても押し通してくるんだろうな・・・。


「で、でも・・・俺なんかがこの屋敷にいると、他の働いてる奴らが不審に思わないか?」

「それも大丈夫です。 イムさんには使用人の1人として働いてもらいます。 あ!ついでに私の護衛もお願いできます? イムさんの腕なら、これまで以上に外を安心して歩けますし」

「川辺に倒れてた奴を使用人なんかにしていいのか?」

「全く問題ありません。 当屋敷では奴隷も元殺し屋も働いておりますーーその人たちに比べれば、川辺で転がっていた人なんて、ふつうの人ですよ! それに、みんな仲が良くて素晴らしい職場ですよ!」


いや俺、暗殺者なんだけど? それも、とびきり腕の立つ。

奴隷? 元殺し屋? 全然、ハートフルな職場に感じないんだけど? 血で血を洗う、殺伐とした職場の間違いじゃないのか?


それに、そんな奴らを見境なく雇っているから、狙われる機会が増えてるんじゃないの?



・・・でも、価値はあるかもな。

他に行くとこもないし。それに彼女を殺しにくる暗殺者の中には、『黒天神兵(ハデス)』の連中もいるだろう。少しお門違いな感じは否めないが、そいつらを撃退して、この燻っている恨みを晴らすことができるかもしれない。


しばらく考え、俺は答えを出した。


彼女に救ってもらった命だ。ならその報いとして、俺は彼女の命を守るとするか。意外と楽しいかもしれないしな。


腹を決めた俺は、その旨を彼女に伝える。


「救ってもらった命だ。ならこれは、あんたのために使うとしよう。 このアスラン・イスマイール、人命(しんめい)()してあんたを迫り来る凶刃から守ると誓うよ」

「それは凄く心強いですねーー最強の暗殺者が、護衛をしてくれるなんて。 これで、自粛していた治安の悪い地域にも進んで足を運べます!」

「それは勘弁してくれーーえっと、お嬢様・・・でいいのか?」

「2人きりの時は、ソフィーで構いません。イムさんの秘密を知るのは私だけです、ですから安心してここでの生活を満喫してください。これからよろしくお願いします」


手を差し出してきたソフィー。

不思議なことに、先ほどまでの激痛は消えて無くなった。なんだか化かされたような感じに襲われるが、俺は左手をベットから出し、ソフィーと握手をした。


「よろしくな、ソフィー」

「よろしくお願いします、イムさん」




この度、俺は暗殺者から大貴族の使用人に転職することにした。おまけに、とびきり美人の護衛も担当するらしい。


新しい、人生の門出だ。おそらく、平坦な道ではないだろうが、一歩一歩着実に歩んで行くとしよう。

ありがとうございました。

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