第12話 珍事件再び
よろしくお願いいたします。
「おはようーーふわぁ〜」
「おはようございます、イムさん」
「おっはー! 師匠!」
ソフィーのおかげで、久方ぶりの快適な睡眠を得られた。
約束どうり、ソフィーは外には、出歩いてないみたいだ。それが分かり、心が安堵する。
「あれ? サイモンは?」
「なんか街に出てくるってさ」
あの野郎、護衛すっぽかしてなにしてんだ。後で、しばき倒してやる。
「さてーーイムさんも起きたことですし、外に行きましょう。イムさん、クラリスさん、護衛を頼みますよ」
「了解です、お嬢様」
「ほいほーい! 任せてお嬢様!」
さっさと支度を済ませ、都市長宅を出る。今日の行き先は、シャンデル中心部からやや離れた歓楽街の方だ。
今日も相も変わらず、ソフィーには尊敬の眼差しや黄色い声が寄せられている。
それにしても、こんだけの人に絡まれて、よく疲れないよな。俺なら鬱陶しくて、全力で逃走するだろう。
「おっ、歓楽街が見えてきたよ!」
「ん? おぉ、派手だなおい」
歓楽街の入り口に、セクシーな女性の絵が描いてある看板がある。まぁ、そういう場所だしな。そっこらじゅうに、ピンク色の店が立ち並んでおり、なんだか変な感じのところだ。
歓楽街に入ると、数多の客引きたちが、俺に話しかけてくる。
「お兄さん! 今なら、5銀ガルダ! いや、4銀ガルダだよ! やっすいよー!」
「にいちゃん、そんな店より、うちの店においでよ。今日は可愛い子がいっぱい揃ってるよぉ!」
「結構です」と跳ね除ける。護衛中に、そんな店に行く奴なんていない。そんな奴いるなら、よほどの馬鹿かアホだろう。
しかし、客引きたちは、俺だけではなくクラリスにも話しかけている。
「ねぇねぇ、君! うちの店で働かない? 君なら確実に1番になれるよ? 君可愛いし、スタイルも抜群じゃん! どう? ヤッてみない?」
ソフィーとクラリスの顔が赤くなっている。
ほぉ、さすがにソフィーにはそんなこと言わないんだな。よくわきまえてるじゃないか。
でも、万に一つでもそんなこと言ったら、もれなくぶっ殺して、魚の餌にしてやるところだ。
その点、ソフィーじゃなく、クラリスにしたのは賢い選択だ。
確かにクラリスは可愛い。金髪ショートヘアで、いかにも天真爛漫そうな顔は、多くの男性を虜にするだろう。
そんなことを考えていると、クラリスが俺に耳打ちしてきた。
「師匠・・・あいつ殺っていい?」
「・・・いいわけあるか、やめとけ」
殺害許可を求められたが、一蹴する。
流石の俺でも、「いいよ」なんて言えるわけがない。この男が一連の事件の犯人なら話は別だが。
でもまぁ、助けてやるか。
「すまない、俺の弟子に絡むのはやめてくれ。それに、こいつがこんなとこで働いたら、死人が出るぞ?」
「なに言ってんの、お兄さん? それはこの子が決めることだろ? ソフィーお嬢様の護衛だかなんだかしらねぇが、口を出してくるのは筋違いじゃないのかい?」
プチンっと、頭の中で何かが切れた音がした。
「・・・クラリス、殺っていいぞ」
「「「えっ!?」」」
なんかムカついたから、クラリスに殺害許可を出す。
「いやっ、あの・・・イムさん?」
「師匠、じょ、冗談だよ!!」
「殺るってなんだよ!? 殺れるならやってみろ! こ、こ、こ、怖くないんだよ!」
よしーー言質は取ったぞ。殺れるなら殺ってみろかーー任せとけ、そういうの大得意だ。
俺は短剣を1本だけ抜き放ち、そいつに向ける。
「ひ、ひぃぃぃ! 悪かったって! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「い、イムさん! この人も謝っています! だから、気を静めてください!」
「師匠! もう大丈夫、あたしなんにも感じてないからさ! ねっ? 剣を収めて!」
何故だか、ソフィーとクラリスがその男を庇い始めた。
これでは、俺が悪者みたいじゃないか。
まぁ、でもやり過ぎたかな? こんだけビビってるんだ、もう絡んではこないだろう。
そう思い、剣を収める。
「・・・シャムール家の使用人や騎士団の人たちは、ノリがいいって聞いたのに・・・嘘じゃないか」
腰を抜かしている、客引きの男はブツブツとそんなことを言っている。
そこで、俺はひとつの疑問が湧いた。
「そんなこと誰が言ってたんだ?」
「今、うちの店で遊んでいる人がそう言ってたんだよ・・・」
「・・・そうかーーお嬢様、クラリス、ちょっとこっちに」
俺はソフィーとクラリスを少し離れた場所に呼ぶ。
「お嬢様、先に謝っておきます。あの店に少し物理的な損害が出るかもしれません」
「え? それはどういう・・・」
「まぁ、じきにわかります。クラリス、俺はあの店に入ってくる、その間、お嬢様を頼んだぞ」
「師匠、店に行くの!? だめだよ! 護衛中だよ!?」
「心配するな、5分で戻ってくる」
そう言うと、その客引きに案内してもらい、店の中に入る。
「おい、1金ガルダだ、受け取れ」
「え、いや、そんなにもらうわけには・・・5銀ガルダで結構だよ?」
「俺はサービスを受けるつもりはない。その代わり、その男がいるとこまで連れて行け。店への入場料と案内してもらう手数料込みの1金ガルダだ」
「は、はぁ・・・」
客引きの男は恭しく金を受け取る。
そして、俺はその発言をした、クソッタレのところに案内してもらう。
その発言主のおおよその予想はついている。
店の中は、なんというか空気に色が付いているような感じだ。ピンクというか紫というか、とにかく妖艶な空気が漂う。
俺は部屋別に分かれている通路を案内される。扉でその先は見えないものの、姦しい声が聞こえてくる。
なんとなく、頭痛を覚えたが、とりあえず先に進む。
「ここだ。この部屋にいる」
「ご苦労だったーーちなみにこの扉の値段はわかるか?」
「え? 多分、4銀ガルダぐらいだと・・・」
「よし、受け取れ」
俺はポッケから4銀ガルダを客引きの男に手渡す。
「よし、しばき倒してやろう」
その扉を、俺は思いきり蹴り破り、中に入る。すると、そこには裸体の女性と戯れるサイモンの姿があった。
「きゃーーーーー!!!」
「お兄さん、なにしてるの!?」
「い、イム先輩!!??」
サービスを行っていた女性が叫び、客引きの男は驚きの声を上げ、サイモンは何が何だかわからない顔をしている。
「よぉ、サイモン。随分と楽しいことをしてるじゃねぇか」
「いやいやいやいや、なにしてるんっすか!? てか、なに普通にはいってきてるんっすか!」
「お前の性にだらしない、下の息子を殺しに来たんだよ」
即座にパンツを履くサイモン。まるで、自らの息子を守るように股間を押さえている。
女性と客引きの男は、その光景をただ呆然と見つめていることしかできなかった。
俺は、逃げようとするサイモンに躙り寄る。
「イム先輩! ちょっと落ち着きましょう! ねっ?」
「俺は至って冷静だ。そう、まるで獲物を狩る前の肉食獣みたいにな」
服とクロスボウを手に取るサイモン。ゆっくりと俺が近づくと、すごい勢いで扉の外へと出て行った。
俺は全力でサイモンを追いかける。
「まてこらぁぁ!! てめぇの息子を天に送ってやる!!!」
「勘弁してください!!! 僕が悪かったっす!!」
「使用人兼護衛のくせに、なに風俗行ってんだ、こらぁぉ!! てめぇご自慢の立派な息子を切り取ってやるから、大人しく捕まれ!!」
「いやぁぁぁぁぁ!! 助けてぇぇ!!!」
サイモンはパンツ一丁で、表に出て行く。俺も逃すまいと、あとを追った。
すると、正面に俺たちを待っているソフィーとクラリスの姿があった。
「あ、やっとでてき・・・っ!? ソフィーお嬢様、あたしの後ろにいて! てか、サイモンくん! なんでそんな格好なの!?!?」
「どうしたんでっ・・・きゃぁぁぁぁ!!」
「誤解っす! それよりも助けてください!! 僕の大事なナニがピンチなんですーー!」
無駄な弁明をするサイモンを後ろから取り押える。
「よし、捕まえたぞ! 覚悟しろ!」
「ひぃぃぃぃ! お嬢様ー! 助けてくださーい!」
「・・・こればかりは、弁護のしようが・・・」
「ないよーー諦めなサイモンくん」
「そんなぁぁぁぁ!!!」とサイモンの声が歓楽街に響き渡った。
切り取るのは、冗談としても、少しぐらいは痛い目にあってもらおう。
◆◇◆◇
「リーダー! 昨日の夜はデグリーが殺られました・・・ど、どうしましょう」
シャンデルのとある場所に、数十人の男たちが詰めていた。
その殺伐とした雰囲気の中で、一際嫌なオーラを放つ人物が、奥の椅子に踏ん反り返っている。
「心配するなぁよ、楽しくやろうぜぇ〜。なぁ〜に、仲間が何人死のぉが、俺たちゃあ殺しを楽しむだけよぉ」
顔に死神のタトゥーが彫ってあるその男は、不敵に笑った。
「そ、そうですよね! 一緒ついていきますサムさん!」
「おーいおいおい、サムはやめろぉって、俺のこたぁ、リーダーって呼べよぉ〜」
「は、はい! リーダー!!」
「よぉ〜し、なら今夜もいっちょ、殺しといこうかぁ〜。 よぉ〜し、てめぇら、行ってらっしゃーい。今日のノルマは3人滅多刺しだよぉ」
「はい!リーダー!」とその場にいた男たちが外へとでて行く。
そのリーダーと呼ばれていた男は、ゆっくりと立ち上がり、気持ちが悪いほどの笑顔を浮かべた。
「マスターリーパー先輩〜、やっと殺しあえますねぇ〜。俺、楽しみでちびっちまいそうですよぉ〜・・・ふふふ、はっはっはっは!!」
狂気とも思えるその笑い。
人知れず、その笑いはその場所にこだましていた。
ありがとうございました。




