第11話 主人の力は強し
よろしくお願いします。
シャンデル3日目の夜も、俺は昨日と同じように、屋根の上で周囲を見渡している。
かれこれ3時間以上、なんの問題も起きていない。風が気持ちいい静かな夜だ。
「暇だなぁーー今夜は動かないつもりか? 面白くない」
この事件を長引かせるのも面倒くさいし、さっさとこの一連の事件のリーダー的存在『狂人のサム』をぶっ殺したいところだ。
屋根から屋根を渡り歩いていると、下の路地で2人組の男女がいた。なんだかいい雰囲気だ。
俺は生まれてこのかた、女性と付き合ったことなど皆無。そもそも、恋愛感情なるものを発揮したことが一度もない。
あんな風に、愛が燃え上がり、次の世代が生まれてくるんだろうな。是非とも幸せになってもらいたいものだ。
そういえば、そんな話をこの前ソフィーとした記憶があるな。
俺は親の記憶がほとんどないから、幸せな家庭ってもんが今ひとつわからない。
ソフィーも、幼い頃に母親を亡くして、父親はずっと帝都にいるらしい。
だから、その話題になると、無駄に盛り上がってしまう。
「・・・いいねぇ、羨ましいよ」
別に、相方が欲しいわけではない。
今は、助けてもらった恩をソフィーに返すだけで精一杯だ。
だが、いつかソフィーの夢が叶った時、その時は、そのことを考えるのもいいかもしれないな。
「さてーー見回りを再開しよう」
お熱い2人を後に、俺は見回りを再開する。
屋根の上を少し歩いていると。なんか、肌に刺さるような気配を感じた。
「ん? 殺気だーーどこからだ?」
神経を集中させ、殺気を感じた場所をだどる。
・・・まずいぞ!
俺は、先ほどのカップルの所へと足を急がせる。さっきは、殺気など感じなかったから。どこかに隠れていたんだろう。
カップルのいた場所まで戻ってきた俺は、今にもカップルに斬りかかろうとする3人組を発見した。
俺は先頭の男に短剣をぶん投げる。降りてなんかいたら、間に合わないからだ。
放たれた短剣は、ぐるぐる回転しながら、その男の胸部に突き刺さった。
カップルの女の方が叫び声をあげる。
すると、他の2人は尻尾を巻いてどっかに消えてしまった。俺は下に降り、2人の安否を確認する。
「大丈夫か? 夜中に出歩くのはオススメしないぞ? 今この都市で起きている事件のことは知っているだろう。わかったらさっさと家に帰れ」
さっき、言っとけばよかったな。と思うところはあったが、結果として守ることができたんだから、良しとしよう。
一方、当の狙われた2人は抱き合いながら、一言も喋らず震えている。
確かに、イチャついてたところをいきなり襲われ、なおかつその男たちの1人が胸に短剣が刺さって死んだりしたらビビるに決まってるか。
加えて、俺みたいなフード付き黒マントの仮面野郎が上から降ってきたら、なおさらだな。
俺は、短剣が刺さったまま息絶えている、奴から短剣を引き抜く。
カップルはまだ俺のことを怖がっているみたいだ。
これ以上いると、こいつらの精神的負担が増えるだけと判断した俺は、また屋根の上へと登っていく。
登りきると、女の方が声をかけてきた。
「あ、あの・・・ありがとうございました!」
感謝をされた・・・なんだかこそばゆい。
男の方は、何にも言わずただ頭を下げてくる。
「幸せにな」
とだけ言って、俺は走り去った。
さて、残りあと20人か。今晩中に5人は殺しておきたいところだ。
できれば、苦痛を与える殺し方がいいな、自分たちだけ楽に逝かせてしまうのは、犠牲になった人々に申し訳ない。
指を1本づつ切り飛ばしていくのも悪くないし、腹かっさばいて内臓むき出しのまま失血死も捨てがたい。
次々と、残虐な殺害方法が頭に浮かんでは消えていく。
・・・我ながら物騒だな。いつもなら、心臓か喉を一撃で切り裂いて仕留めるのにな。
だが、俺はもう組織に属している暗殺者じゃないし、そんな奴らに慈悲を与えるほど優しくもない。なにより、あの善が服を着て歩いているようなソフィーが『ただじゃおかない』とまで言ったんだ。配下の者として、主人の望みを叶えるのは当然のことだしな。
◆◇◆◇
あれから2時間、先ほど逃げた2人は息を潜めたようだ。もうあと3時間もすれば日が昇ってくる。
今日はもう寝なくていいな。中途半端に寝るよりも起きてた方が個人的には次の日に響かないと思う。体が覚醒してるってやつだ。俺以外にも経験があるやつはいるだろう?
でも、そろそろ都市長宅には帰っておいたほうがいい。皆んなが寝静まっている間に、このマントと仮面を隠さなければいけない。
そう思い、部屋に帰ることにした。
早足で帰ること15分。前日同様、窓から部屋に入ると、俺のベットに寝ている人影がある。
ゆっくりと近づいてみると、そこにはピンク色のネグリジェを身に纏ったソフィーがいた。
「・・・は?」
なんて言葉も出るだろう。
なにしてんのこいつ? ここ俺が与えられた部屋なんだが・・・。
困惑している俺の気配に気づいたのか、ソフィーが目を緩やかに開ける。
「ん・・・あ、イムさん・・・お勤めご苦労様です」
「・・・お、おう」
「ふわぁぁ」と欠伸をしながら起き上がり、目をこすっている。
少しはだけたネグリジェが、目のやり場を困らせる。
「な、なにしてんだ?」
「帰ってくるまで待ってようと思ったのですが、ついつい寝てしまいました」
「あ、そう・・・」
なんで待ってようとしたんだ? 意味わからんぞ・・・。
「毎晩、この都市のために働いているイムさんがいるのに、悠々と寝ているのが申し訳なくて」
「寝てたけどな」
「・・・そこはご愛嬌ってことで」
まぁ、ソフィーの寝顔を見れたからいいか。
昼間に見るソフィーは自ら輝いてるようだが、夜のソフィーはまるで、儚く消えそうな妖艶な美を漂わせている。
目の保養にはもってこいだ。本日のベストオブハッピーに認定だ。
「それで、今日は何人を天に送ったんですか?」
「残念ながら1人だ。本当なら3人だったんだが、逃げてな」
「そうですかーーお疲れ様です。疲れたでしょう? ゆっくりと休んでください」
ソフィーはベットから立ち上がり、部屋から去ろうとする。
しかし、違和感を感じた俺はソフィーを引き留めた。
「なぁソフィー、なんで俺の部屋にいたんだ? なんか言いたいことでもあったのか?」
「えっと・・・まぁ、そうですねーーなんか、辛くて」
少しばかり悲しい顔をしながら、ソフィーは俺に話しかけてくる。
「なんと言いますかーー結局、イムさんを暗殺者として利用してるんじゃないかって・・・自分を責めてしまうんです」
・・・なに言ってんだか。
お前は何にも悪くない。俺が、無理を言っただけだ。
それに、これは俺にしかできない・・・いや、しなきゃいけないことなんだ。
すると、なぜだか勝手に体が動き、ソフィーを抱きしめる。暗殺の時は、怖いぐらい言うことを聞く体も、今は全く制御不能だ。
そして、言葉も自然と出てくる。
「い、イムさん!? な、なにを!?」
「大丈夫だ・・・お前は悪くない。 ソフィー、お前は正しい。だから、だから・・・」
胸にあるソフィーの手が強く握り締められたことを感じる。心なしか、右肩のあたりが少し湿っている気もした。
「ソフィー、お前は俺の光なんだよ。ゴミのように死んでいくはずだった俺を助けてくれた命の恩人だ。だから、俺はお前に尽くしたいと思っている。今なら、お前に死ねと言われれば、俺は喜んで命を差し出す」
「そ、そんなこと言うわけないじゃないですか! 私は、匿って守るなんて大口を言ったくせに、いつも守られてばかりで・・・ごめんなさい」
そんなことないさ。
お前が、俺の命を繋いでくれたんだ。
お前が、俺に生きる目的をくれたんだ。
お前が・・・俺の生きる理由なんだ。
「ソフィー・・・泣かないでくれ。俺はお前の笑ってる顔が大好きだーーそう、あの夜のように、自分の理想を語っていた時のような笑顔が」
「あの夜? あぁ、あの夜ですね」
あの夜ーーつまり、俺がソフィーを殺しに来た2年前の満月が光り輝く夜だ。
「お前は知らんと思うがーー俺はあの時、お前に惹かれてたんだと思う。帝国全土から恐れられる俺を前にして、一歩も引かなかったその根性。その理想。そのまっすぐな心に」
「惹かれてたって・・・そ、そんなっ!」
見上げてきたソフィーの顔が、かすかに紅潮している。
そういう意味じゃないんだけどなぁ〜。
「まぁーーあれだ、笑っているお前の方が俺は好きだぞ」
「そ、そ、そ、そうですか・・・笑ってる私が、好きと・・・はい! 分かりました、四六時中笑ってます!」
「いや・・・四六時中笑ってたら、それはそれでアレな人に見えるから・・・まぁ、ほどほどにな」
「は、はい。分かりました」
なんか難しいな・・・言葉ってやつは。
「あ、あとーーこの方法が一連の事件を早く解決する方法だろ? それは俺も分かってるから、気にしないでくれ」
「いや、それは・・・うぎゅっ!?」
もうなんか面倒くさくなったので、ソフィーのほっぺを両手で押しつぶした。
「いいの! これでいいの! おわかり? 返事は!」
「ふぁ、ふぁい! ふぁかりまひた」
「よしーー分かればいい」
両手をソフィーの頬から離し、一息つく。
ふと窓を見てみると、わずかに明るくなっている。
「朝か、早いもんだな」
「かなりの時間話していましたからね。イムさんは、これから寝るんですよね? なら、私はそろそろ失礼します」
「ん? 寝ないぞ? 今日も外に出るんだろ?ならお前の護衛をしなくてはいけない。寝てられるわけないだろ」
「え!? 寝ないんですか?・・・ダメです! 寝てください!」
ソフィーは前のめりで俺に訴えかけてくる。
寝るって言っても、頭が覚醒してねれないと思うんだけど。
というより、今から寝たら、昼過ぎまで起きないぞ俺。
それは護衛の関係上、あまり好ましくない。俺が寝てる間に、ソフィーが狙われでもしたら、目も当てられないからな。
「いやいやいや、今から寝たら昼まで起きないだろうし、その間にお前が外で狙われたら、罪悪感半端ないんだけど」
「なに言ってるんですか! イムさんは、昼夜を問わず働き詰めじゃないですか! そんなのいけません! 適度な休息は健康の基本ですよ!」
「でも俺、暗殺者時代に3日連続不眠不休の時だってあったぞ?」
「そうかもしれませんけど、今は暗殺者じゃないんです! 私が寝かせてあげますから、ベットに行ってください! それに、イムさんが起きるまでは、この都市長宅にいますから!」
ピシッとベットを指差すソフィー。
おいおいおい、勘弁してくれよ。なんなの? 新手の拷問?
寝ようとして寝付けない時って意外と辛いんだぞ。
「いやいいよーー悪いし」
「主人の命令ですよ! はい! さっさとベットに行く!」
「うっわ、きったねぇ・・・」
主人の命令とあらば、従わざるをえない。たかが睡眠の取る取らないだけで、主人権限を行使するなんて、なかなかに横暴な気がする。
でもまぁ、仕方ないからベットに入る。
すると、ソフィーが横に座って、ゆっくりと俺の頭を撫でてくる。
・・・なんだか恥ずかしい。
今まで味わったことのない、感覚が俺を襲う。
だが、それ以上に安心感に包まれる。これが、母の愛ってやつなのだろうか?
この効果は凄まじく、今まで覚醒していたはずなのに、一気に眠気を感じてきた。
「どうです? 寝れそうですか?」
「あぁーーなんだ・・・か・・・すぐに・・・」
とすごい勢いで、夢の中に落ちていった。
人生で一番いい寝つきだったと、俺は起きたあとに気づく。
ありがとうございました。




