第9話 狂人のサム
よろしくお願いいたします。
都市長宅に戻った俺は、ソフィーから個人的の呼び出しをくらった。
先ほどの詳細を俺に聞くつもりだろう。わずかに足取りが重くなる。此度の連続暗殺事件は、多少俺にも責任があると思ったからだ。
ソフィーの部屋に入る。
「あ、イムさん。どうぞ、かけてください」
「ああーーそうするよ」
2人きりなので、普通の口調に変わる。意識してるわけではないのだが、自動的にこうなってしまう。
椅子にかけ、ソフィーと向き合うかたちになった。
「それでーーイムさんは、その『狂人のサム』とやらを知ってるのですね?」
「もちろん知っている」
「聞かせてもらえますか?」
「奴は俺と同じ『黒天神兵』に所属していた、暗殺者だ」
『狂人のサム』こと、サム・ローズヴェルトは俺の部下だった1人だ。
昔から血の気が多いやつで、組織内でしょっちゅう問題を起こしていた。いわゆる、トラブルメーカーって奴だ。
「どんな人だったんですか?」
「一言で言えば、殺人大好きな異常者だった。結局、それが原因で奴はとんでもないことをしでかした」
「と、いいますと?」
「メルデンス村って知ってるか?」
俺は、今は無きとある村のことを思い出す。
「メルデンス村って、帝都の近くにあったあの村ですか? いきなり、住民が家に火を放って消えたって噂の」
「そうだ、でも消えたんじゃない。あいつが村民全員を皆殺しにしたんだ」
「・・・え」
俺は椅子から立ち上がり、昔話を始める。
あれは4年前のことだった。当時、マスターリーパーの称号をもらったばかりの俺は、とある部隊の指揮を任された。
その部隊の中の1人に、奴がいた。歳は奴の方が上だったが、裏の世界では実力こそ全てだ。歳なんてものは、全くと言っていいほど関係ない。
認めたくはないが、奴はとてつもない暗殺者としての素質を持っていた。ただ、すぐ頭に血がのぼる癖があったり、人を殺すことを至上の喜びとしているといった、狂ったところはあったが。
そんな性格のやつが、ついにその本性を全開にした事件が起きた。それがメルデンス村消滅事件だ。
なぜ、奴がそんなことをしたのかは今でもわからない。しかし、裏組織『黒天神兵』の上層部は激怒したらしく、討伐部隊を編成した。
おそらく、理由もなく村を全滅させたなんて、国家の中枢と深いつながりのある『黒天神兵』でさえ、許されないことだからだ。
俺はその事件が起きた時、違う都市に駐留していたが、早々に帝都に呼び戻された。
100人からなる追跡部隊と、俺が指揮をとる特別暗殺部隊が奴を追った。
「そ、それで、どうなったんですか?」
「奴は姿を消した。だから、組織は奴の存在をなかったことにし、村に火を放ち住民全員がどこかに消えたように工作した」
「・・・酷いですね」
そういった、曲がった事が嫌いなソフィーは俯いてしまった。
「・・・ソフィー、ひとつお願いがあるんだ」
俺は、ソフィーの前に跪く。
「なっ!? そんなことしなくても大丈夫ですよ! 顔をあげてください!」
「これから頼むことは、断ってもらっても構わない」
「・・・断りませんよーーだいたいわかります。黒いマントと仮面を用意してほしいのですね」
「そうだーー俺が奴を殺す。だが、奴を殺すのはシャムール侯爵邸で働く使用人の俺じゃない。最強の暗殺者ーーマスターリーパーの俺が奴を殺す」
ゆっくりと、ソフィーが立ち上がり、跪く俺の頭に手を乗せてくる。
「すみませんねーー汚れ役を任せてしまって」
「汚れ役は慣れているーーそれにこれは、けじめだ。ソフィー、お前が気にやむことはない」
「それでも、イムさん。感謝をさせてください」
俺は静かに微笑む。
感謝なんてされる筋合いはない。俺があの時、奴を見つけて殺していればソフィーは頭を悩ませることもなかっただろう。
俺にはこの事件を解決する義務がある。元とはいえ、部下の失態を尻拭いするのは、上司の仕事だ。
「それでは、マントと仮面を用意します。それと同時に、クラリスを含めた蒼天騎士団の精鋭たちをシャンデルに呼び出します」
「それはありがたいーークラリスたちが到着したら、俺は夜の街を巡回する。奴を含めた、この事件の犯人たちを順次始末していくつもりだ」
「わかりましたーー今すぐ手紙を書いて、護衛の1人に屋敷に届けさせます」
そう言うと、早速手紙を書き始めたソフィー。
手紙を書き終わると、俺を連れて、一緒についてきた護衛の1人に手紙を届けるように命令する。昨日の手紙を合わせて、これで2人目だ。
その護衛は馬に乗り、屋敷へと向かっていった。
◆◇◆◇
護衛が出発したのが、昼だったこともあり、クラリスを含めた蒼天騎士団の精鋭たちは、日が変わる前にシャンデルに到着した。
総勢、20を超える精鋭たち。
そいつらを率いてきたのはもちろん主席騎士のクラリスだ。
都市長宅の前にテントを設営する精鋭たち。流石に、都市長宅にこの人数を収容することは出来ないので、この方法をとっている。
その間、クラリスはソフィーに挨拶をしていた。
「ソフィーお嬢様ーー蒼天騎士団主席騎士クラリス・サーデント以下24名。お嬢様の要請に応えまして馳せ参じました!」
「ご苦労様です。急なことで、皆さんはには混乱を与えたと思いますが、よろしくお願いします」
「何を言ってるんですか、お嬢様! お嬢様の要請に異論を唱える人なんていませんよ!」
「ふふふーーありがとう、クラリスさん」
再会の会話を楽しむ2人。たった1日ばかりあってないだけじゃないか、とツッコミを入れたくなるが抑える。
とりあえず、俺も挨拶しとくか。
「よう、クラリス」
「師匠ぉー! 元気だった??」
「昨日の朝、別れの挨拶をしたばかりだろうが」
「はは! それもそうだね!」
苦笑いが出てしまう。
やはりこいつは、脳みそまで戦うための筋力に捧げてしまったようだ。
「とりあえず、再会の喜びはここらへんにしとこう。お嬢様、俺は行ってきます」
「え? 師匠、どっか行くの?」
「街を見回ってくる」
「へぇ、仕事熱心だねぇ〜」
そんなこと言ってくるクラリスをよそに、「お気をつけて」とだけソフィーは言った。
俺は一礼して、与えられた自分の部屋へと向かう。
部屋の中に入り、クローゼットを開ける。
そこには、クラリスたちが来るまでに、ソフィーが用意してくれた黒いフード付きのマントと、俺が中心街の雑貨屋で仕入れた、目のとこが開いている簡素な仮面が置いてある。
手慣れた手つきで、それを装備する。
そして、鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。
「昔みたいになって、ガチガチのフル装備じゃないけどーーまぁいいか」
昔は、ロープやら煙幕玉などの小物をたくさん持っていた。でも、今は黒いチェイン・メイルに黒のマントと仮面だけだ。
まぁ、この2本の短剣があれば、それだけでいいのだが。
「さてーー殺るか」
俺は窓から、飛び出て、都市の中心部へと向かう。
この晩より、ここシャンデルで起きている連続暗殺事件は、急展開を見せる。
ありがとうございました。




