第8話 懐かしい名前
よろしくお願いします。
シャンデル2日目。
俺とサイモンは、ソフィーの後ろで周囲の監視をしている。
『恐怖に怯えている、市民の皆さんに会いに行きます』
と言ったソフィーは、様々な人たちと交流している。
「最近はどうですか? 商売は上手くいってますか?」
「はい。お嬢様のおかげで、前に比べれば大盛況と言ったところです」
「そうですかーーそれは良かったです。今日も1日頑張ってください」
「ありがとうございます、お嬢様」
と商売人と話をしたり。
「お嬢様! お嬢様が作ってくれた学校で、今度祭りがあるんです! よかったら来てください!」
「そうですか! 時間の都合が合えば、是非とも行かせていただきます!」
と学生と思われる少女たちと会話を楽しんでいる。
そんなことが、100メートルごとに起きる。
いつ自分が襲われるかもわからないこの都市。誰もが恐怖に怯えているはずだが、ソフィーが前にいるからか、そんなことどこ吹く風と言わんばかりである。
お嬢様パワー、恐るべしといったところだ。
そして、また歩き続けていると、1人の頑強そうな男が、15にも満たないと思われる少年の胸倉を掴んでいる。
「は、離せ!!」
「お前、うちの商品を無賃で持って行こうとしたな! 許さねぇ、その身に罪の重さを教えてやる」
「ひっ、ごめんなさい! でも、家で弟や妹が腹すかせてるんです! 勘弁してください!」
「そんなことは聞いてねぇ! 覚悟しろ!」
男が拳を振りかぶり、その少年に殴りかかろうとしていたところ。
「おやめなさい」
「あ!? 部外者が口だすん・・・じゃ・・・そ、ソフィーお嬢様!?」
「私が、あなたの店の食品を買います。とりあえずそこのパンをください、おいくらですか?」
「え、え、えっと・・・ちょっと待ってて下さい!」
その男が、店の中に猛ダッシュで入っていく。その間に、ソフィーはその殴られかけた少年に話しかけている。
「大丈夫? 痛くない?」
「は、はい・・・。ありがとうございます、お嬢様」
「いえいえ、あなたが大丈夫ならそれでいいのよ。ほら、手を出して」
手を出したその少年に、自分の手をそっと重ね、人差し指を唇の前に持ってきた。
「皆んなには内緒にしてね、それで美味しいものでも買いなさい」
「え? これはさすがに受け取れません!」
少年の手の上には、輝くものが1枚ある。
家族3人が、3ヶ月は困らない程の金、白金ガルダだ。金ガルダ10枚分の価値にして、庶民なら滅多にお目にかかれない大金だ。
初めて見るであろう、白金ガルダを貰った少年は、手が震えている。
「で、でも・・・」
「受け取ってーーその代わり、2度と盗みをしたらダメよ。そのお金がなくなる前に、何か仕事を見つけなさい」
「あ、ありがとうございます」
「男の子が、そう易々と頭を下げるのは良くないわ。もし困ることがあれば、私の作った職業安定所に行きなさい。そこなら、きっと貴方にあった職を提供してくれるわーー貴方ならできる、私はそう信じています」
いつもより、少し厳しめの口調だが、目には明確な慈愛が映っている。これが、領民の心を掴んで離さない、ソフィーが人気の正体なんだろ。
店の中に消えていた男が戻ってきて、焼きたてのパンを貰い、ソフィーはまた歩き始め、俺たちはそれに追随する。
歩きながらパンを食べるのは、お嬢様の見栄え的に問題があるのかは疑問が残るところだ。
でもソフィーは、俺とサイモンにもパンを買ってくれたみたいで、それを渡してくる。
「焼きたてとは、気が利きますねあの男」
「多分、焼きあがる寸前だったんじゃないっすか? それにしてもうめっ!」
「ふふーーなんか、護衛の方とパンを食べながら、道を歩くなんて不思議ですね」
3人の間で、微かな笑いが起きる。
この都市で起きている、凄惨な事件のことなど忘れてしまいそうなほど、和やかな雰囲気。
「ふぅ、美味しかったです。さてとーーイムさん、サイモンさん、どこか寄りたいとこあります?」
「俺は、特にないですね」
「僕も、これと言って行きたいとこはないです」
「そうですか。なら、少しこの都市を巡回しましょう。お2人には、特に警戒すべき場所などを教えて欲しいのです」
「承知しました」と、俺とサイモンの声が重なる。
「ありがとうございます。では、行きましょう」
今度は、表の通りや露店などが立ち並ぶ都市中心ではなく、薄暗い路地やスラム街と呼ばれる地区に足を運ぶことにした。
まず、俺たちが向かったのはスラム街だ。
中心部に比べると、全体的に暗い。そこに住む人たちの心が暗いのもあるが、なんというか地区自体が暗いといえる。
「これでも良くなった方なんですけどね。もっと前は、そこら中で喧嘩やら殺人が頻繁に起きてた場所なんですここは」
「そうなんですかーーそれよりもサイモン、お嬢様の後ろにつけ、俺は前を守る」
「了解っす」
階段で寝そべっている人や、家にもたれ掛かっている人たちが、俺たちを凝視する。
でも、それは仕方がない。なぜなら、スラム街に純白のドレスを着たソフィーが歩いてるんだ。場違いにもほどがある。
すると、前から10人ほどの男たちが出てきた。
「おうおうおう! なんだぁ、おめぇらは?」
「失礼しました。私、シャムール侯爵家の長女ソフィー・ペルセウス・シャムールと申します」
「ぷ・・・ぷはっはっはっは! おい聞いたか! お嬢様だってよ!」
その他の男たちも、くすくすと笑っている。
「お嬢様ってことは、金目の物いっぱい持ってんだろ? 置いてきなーーそうすれば命まではとらねぇよーーでも、お嬢様で少し楽しませてもらうのもいいかもなっ! そう思わねぇか? てめぇら!」
「「「「うぉぉぉ!!」」」」
男たちが雄叫びをあげ、腰に差してた剣を抜き放つ。
俺は、一歩前に出た。
「お嬢様、お下がりください。サイモン、お嬢様を守れ、指一本触れさせるな」
「もちろんっすよ、任せてください」
「イムさん、殺したりはしないでください。お願いします」
「・・・承知しました」
俺は男たちと向き合う。
「あぁ!? 何してんだ? てめぇに用はねんだよ。痛い目にあいたいのか? 悪りぃが、俺たちは人を殺したことだってあるんだぜ?」
「そうかーーそいつは怖いな。ならそんなお前たちは、俺よりも強いってことかな?」
「はっーー当たり前だろうが、てめぇなんて、瞬殺だ瞬殺」
「ほぉ、ならかかってこいよ。それも全員でこい、その方が早く済むしな」
男たちが大爆笑した。1人で戦おうとしている俺のことを嘲り笑っているのだ。
「はぁ、はぁーーてめぇ、面白いな。滑稽にもほどがあるぞ・・・はっはっはっ」
「なら、さっさと来い、時間の無駄だ。こないのなら、こっちから行くぞ」
「できるものなら、やってみろよ。ほら来いよ、てめぇなんて全くこわくなっ・・・ぐぉっ」
一瞬でリーダーらしき男に詰め寄った俺は、その男のみぞうちに、強烈な一撃を加えた。
口から泡を吹き、その男は倒れる。すると、後ろの男たちがどよめき出す。
失神した男を、地面に寝かせ、そいつらを睨む。
「やれるもんならやってみろと言われたからやったぞ? それで、次は誰だ? できれば全員でこい、さっきも言ったが時間の無駄だ」
「くっ・・・舐めやがってぇぇ!!! おい、皆んな殺っちまおうぜ!」
「「「「おぉぉ!!」」」」
リーダーを瞬殺された、仲間の男たちは、一斉に俺に向かってきた。
1人づつ丁寧にさばいていく。遅すぎるその動きに、俺は欠伸が出てきた。そいつらを踏み台にしたり、宙返りなどで翻弄する。
次々と地面に伏していく男たち。
そして、あんなに吠えていた男たちも最後の1人を残すのみとなった。
その男からは、もはや戦意は感じられない。というよりも、今起こっていることが信じられないのだろう。この最後の1人になるのに、俺がかけた時間は、僅か3分。
その3分の間に、自分を除いた全ての仲間がやられたことに動揺を隠しきれていない。
俺は追い打ちをかけるように一歩、また一歩とその男に躙り寄る。
「さぁーーお前で最後だ。少し眠ってもらうぞ」
「ちょ、ちょ、待ってくれ! 謝る、謝るから、勘弁してくれ・・・いや、してください!」
その男が土下座してくる。
この場合は、ソフィーに判断を仰いだ方が良さそうだ。
俺は振り向き、サイモンの後ろに隠れているソフィーに話しかける。
「お嬢様、こいつがこんなこと言ってますが、どうしましょう?」
「助けてあげてください。その人なら、例の事件のことを知ってるかもですし」
「わかりましたーーおい、立て」
剣を置き、立ち上がる男。
そいつの首根っこを掴んで、ソフィーの前に連れて行く。
「どうですか? 私の護衛は強いんですよ?」
「は、は、はい。調子に乗ってすみませんでした・・・」
「わかればいいのですーーそれで、1つ聞きたいことがあります。この都市で最近起きている、連続暗殺事件についてです。何か知ってることがあれば教えて下さい」
「えっと、知り合いから聞いた話なんで信憑性があるかは、わからないんですけど・・・」
「聞きましょう」と、ソフィーは近くの階段に腰掛ける。
「知り合いから聞いた話では、暗殺者に憧れる、若い奴らが腕試しに人々を殺してるって、言ってました」
「・・・そうですか。他には?」
「えっと、後はそいつらの中に凄腕の元暗殺者がいて、そいつがリーダーらしいです」
「元暗殺者? お名前とかはわかりますか?」
「確か、『狂人のサム』とか言ってました」
・・・まじか、あいつこんなとこにいたのかよ。
こんなとこで、懐かしい名前を聞くとは思っていなかった。
ついつい、拳に力が入ってしまう。
確かに、あいつが首謀者なら、この事件の残忍さが説明できる。
ソフィーが俺を見てくる。俺は小さく頷いた。
サイモンは、わからない顔をしている。
それも無理はない、暗殺者であいつを知ってるやつなんて、そうそういないだろう。
だって、組織が全力でその存在をもみ消したんだから。
「ご協力感謝しますーーさて、予定変更です。都市長宅に戻りましょう」
ソフィーは危険場所のチェックを打ち切り、都市長宅に戻ることを決めた。
恐らく、早急に俺からそいつのことを聞きたいんだろう。
俺たち3人は、踵を返し、急ピッチで都市長宅に戻っていった。
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