08.口より先に手を出してみよう
前話の最後がほのぼの詐欺っぽいので、取り急ぎ続きをあげてお茶を濁すかんじに。
しかし、このサブタイトルで、ほのぼのを言い張って笑われないかが悩ましいところ。
08.口より先に手を出してみよう
望遠鏡のように構え、陽光にキラキラと輝いていたグラスを、すっかり表情の抜け落ちて人形のようなダークエルフの少女が、小さな両手を伸ばしテーブルの上にそっと置いた。
そこから、ダークエルフの少女に見えていた光景を、知ることはもう出来ない。
今、同じ光景がどの様に変化したのかを、誰も知ることが出来ないのと同様に。
脚の長い椅子から、苦労しながらもなんとか地面に降り立つと、幼いダークエルフの少女は深く頭を下げ、二人を残し、独り店の外へと裸足で出ていった。
さっきまではごく自然に、無邪気な笑みを浮かべていたのに。
上げた顔に浮かべていたのは、まるで笑い方を忘れてしまったようなぎこちない笑顔。
それを見た瞬間、それを自分たちが『浮かべさせてしまった』と悟り・・・胸を締め付けられるような痛みに襲われる。
それなのに、何が幼い少女を傷つけたのかが、いまも解らず・・・
故に、一体何が悪かったのかも、一体どうすれば良かったのかもわかりえず
二人は後を追うことも、動くことも出来ず、視界からその小さな姿が消えるまで
止まった時の中に取り残される。
「それが正解よ。
そこで無理に関わろうなんて、歪な想いだわ」
動けない二人に届いたのは、そんな・・・意志の強そうな響きの声。
癖の強そうな金髪で左目を隠した、声の印象通りにキツそうな顔つきの・・・
美少女と言うよりは美女という見た目の相手は、高価そうな服飾に身を包み。
いつの間にその距離にまで近寄っていたのか、二人の座るテーブルのそばに立って。
切れ長な眼の奥から碧の瞳を向けてくる。
何処かいたわるように
何処か蔑むように
「私はユーレリア、小さなギルドのリーダーをやってます。
貴女はかなり高レベルの方の様ですが、貴女が言っていることは正解です。
遊びは辛い思いをしてやるものではなく、楽しむためのもので有るべきだと私も思います」
腕を組んで二人を見下ろしていたユーレリアは、伊達メガネを指で押上げながら目を瞑り、小さく首を振った。
ゼフィリーとミリアの二人が自分を見上げる表情が、唐突に話しかける自分を訝しんでいるのではなく・・・
自分が言っていることに、全く納得していないものだと言うのが、理解できないとでも言うように。
「ゼフィリーさん、でしたっけ?貴女が言う通り、他人の邪魔になる存在は淘汰されるわ。
遊びとはいえ、BABELは始めるにあたって、高価な機材を用意しなければならない。
その上で遊ぼうというのに、ボランティアの真似事をゲームの中で強いられて・・・
はい、そうですかと素直に従って自分の楽しみを放棄するのなんて、ナンセンスだわ。
そんなの、歪で気持ちの悪い偽善でしょ?」
「そんなっ!」
食って掛かろうとするミリアを鋭い一瞥でだまらせて、ユーレリアがゼフィリーに視線を戻す。
貴女は私の言っていることが理解できるわよね、と。
事実、ゼフィリーにはユーレリアの言っていることがわかる・・・わからないはずがないのだ。
何故なら、彼女が言っているのは、ゼフィリーの言葉の焼き直し。
自分が無意識に、当たり前として意識の横に押しのけた部分に
虚飾を剥ぎとり、どぎつく陽を当てた代物。
「貴女がどんなに否定しても、あの子に貴女が向けている感情は、哀れみや同情の上にたった、上から目線の優越感で・・・そんな歪な関係、直ぐに破綻するわよ。
お互いが嫌な思いをするのが解っているから、キャラを作りなおせって言ったんでしょ?」
ユーレリアのその一言は、ゼフィリーの胸の奥に閉じ込めていた古傷を、鋭くえぐる。
☆ ☆ ☆
始めたばかりの頃に知り合って、フレンド登録をした相手。
勝ったり負けたり、損したり得したり、誰も答えを持たないから、常に体当たりの手当たり次第。
誰もが手探りで、何もわからない世界に立ち向かう、冒険仲間だった。
気があって、一緒にいればいつまでだって途切れる事なく話をしていられる。
そんな仲間が集まって作った、溜まり場みたいなギルド。
和気藹々と雑談が途絶えぬそこに、いつの間にか冷たい壁が出来上がっていると気づいたのは、何時の事だったのか。
BABELは、最初に選んだ職業を変えられない。
正確に言うのであれば、一定のレベルまで育てれば上位職へと上がる際に選択する機会があるが、それは育てた職業の延長線上にあるもの、基本的な立ち位置にドラスティックな変化は起こり得ない。
そして、レベル上げパーティへの誘われやすさは、職業によって厳然とした隔たりがあり、キャラは生まれた瞬間からそれを背負い続ける、と言うこと。
ゼフィリーはランダムで上位種族のキャラを引き当て、その種族にしか選べない職業を迷わず選択した。
初日開始組であり、何の情報もないままに選択し・・・結果、ギャンブルに勝ったのだ。
彼女と組んだパーティメンバーは、次回以降レベル上げパーティを組む際に、最初に彼女を誘うように成った。
それは彼女自身のプレイヤーとしてのプレイスキルも、話し好きで明るい彼女の人柄も大きく関わってはいるものの、間違いなくキャラクターの能力と職業が最大の原因であった事は、否定出来ない。
その内に彼女の種族と職業についての情報が公に流れ出し、パーティへの誘いはひっきりなしに来るように成り、すごい速度で彼女は成長街道を突き進むことに成る。
一方、元々が話し好きな、彼女のギルドメンバーは、各々のペースでレベルを上げ、サブスキルを育て、その成功や失敗で相変わらず雑談に花を咲かせていた。
レベルは遥かに高く、装備も立派で所持金の桁も大きく違う。
自分の今日得た戦利品の話や狩りの様子を、久しぶりにゆっくりとギルドに顔を出して話していた時に、感じてしまったのだ。
壁ではなく・・・深い溝を。
どちらが正しいのでも、間違っているのでもなく
拒絶されているのでも無ければ、妬まれ疎まれているのでもない
自分と、ギルドの仲間たちは・・・
ただ、違うのだという、酷く残酷な事実。
次の日、そのギルドのメンバーリストから、一人の名前消えた。
なんとも言えない苦味だけを双方に残して。
後悔しているか、と言われれば少しだけしている。
では、時を遡ることが出来たとして、別の道を進むことを選ぶか、と問われれば
多分、同じ道を選ぶとゼフィリーは答えただろう。
選んだ道は、楽しかったのだ。
全力で走り、錐先の様に研ぎ澄まし、ただひたすらに脇目もふらず先へ先へと進むことは。
まだ見たこともないものを見て、出来なかったことを、勝てなかった敵を、頭を捻り情報を交換して、意見を出し合い乗り越えていくのは、夢中になるほど楽しかった。
ある時我に返り、友人達が遥か後ろにいることに気づき、驚くほどに。
☆ ☆ ☆
「・・・で?ウチら偽善者呼ばわりしとるアンタはなんや?
あん子が閉じ込められとるこの街に態々来て、妬みに任して八つ当たりして、自分は悪ないてか?」
感情に任せて怒鳴りつけるようなゼフィリーに、ミリアは怯えて息を呑んだが、ユーレリアは冷たい視線をただ向け、鼻で笑った。
「PvPはシステムで確立されている以上、運営が許可した『正当な遊び方』ですよ?それを貴女にどうこう言われる筋合いはないです。
だいたい、誰も止めない理由だって、貴女にも解っているでしょ?」
妬み?そんなわけないでしょ。
自分と違う、得体のしれない相手が集団にいれば、集団の下す結論は排除だからです。
冷たい高圧的な嘲笑、口元にうっすらそれをにじませたユーレリアに、何も言い返さず。
ミリアの手を掴んで店を出るゼフィリーの背を、高笑いが打ち続けた。
タールのようにドス黒い、胸糞わるい気分のまま、ゼフィリーは大股で何処へ向かうでなく街を歩く。
最悪なのは、その気分の悪さを、何処にも、誰にも吐き出せないということ。
ユーレリアがおかしいのではない。
アレは誰もが持っている本音で、それを彼女は欠片も隠そうともせずに居るだけに過ぎず。
自分は同じ物を持っていながら、その本質から目を背けているだけだと、つきつけられたのだ。
そういった意味では、ユーレリアは正直者で、純粋であり。
ゼフィリーの目の前につきつけられた鏡であった。
自分の汚い部分までも、包み隠さず映し出す、心の鏡。
あの場にとどまっていれば、ユーレリアを殴り倒していただろう。
だがそれは、彼女の言葉が間違っているからではなく・・・
殴り倒してしまえば、その行為が彼女の言葉が正しいと証明してしまう。
自分よりレベルの低いユーレリアを、自分が感情のままに攻撃してしまえば
反撃できない弱い相手に、八つ当たりで暴力を振るうことを肯定する彼女と、自分は同じ場所に立つことに成る。
それが解っているからこそ、やり場のない感情を持て余し
反論することの出来ない自分に、更に負の感情が募る。
「まあそうカッカせずに、止まりなさいゼフィリー。
大女の貴女がそんな早足で歩けば、地味な嫌がらせです。
なにしろ手を握られた方は、ずっと小走りをしなければなりません」
苛立ってささくれた神経に塩を塗るような、冷静で容赦無い物言いでの指摘に
噛み付くような勢いで声の方に視線を向け・・・
そこにダークエルフの少女を抱き上げ、呆れたような目を向けているアルリールの姿を見出す。
「・・・あっ」
ようやく自分がミリアの手を握ったままであったことに気づき、慌てて手を離すと
わずかに息の上がったミリアが、前髪を汗で貼り付けているのを、頭が理解するのに時間を要しながらも、大きな音を立てて両手を合わせ勢い良く頭を下げた。
「またやってもうた、すまんミリア!
ウチ感情的になると、周りが見えんくなるねん」
あははは、だとおもった、と少しも怒った風もなく軽い調子で返され、ゼフィリーの頭に上った血も少し温度を下げる。
その様子を眺めていたアルリールが、ナインにベルティータの小さな身体を預けると
少し待っていてください、とナインではなくベルティータに断りを入れ、つかつかとゼフィリーに近づき。
ミリアに頭を下げていることで、ちょうどいい高さに下がっているゼフィリーの頬に
思い切り腰の入った右ストレートを叩きこむ。
完全な不意打ち、魔術師のアルリールからまさかの格闘攻撃。
もんどりうって、受け身も取れずに倒れるゼフィリーを上から見据え。
一つ鼻を鳴らしたアルリールが、無表情のままにナインの所に戻ると、ベルティータを半ば奪うようにナインの腕から抱き上げる。
「いまのは、私の嫁を泣かせた罰です」
「ちょぉ待ち、殴った後や無く殴る前に理由ぐらい言えっ、もしかしたら誤解かもしれんやろ」
「いや、その前に嫁につっこめよ姐御」
苦笑いしながら、一応礼儀としてツッコミを入れるナインが、倒れたゼフィリーに手を差し出し、大して力を入れたように見えないのにあっさりと引き起こす。
一連の流れに、ゼフィリーに対するお説教でも始まるのかと、身構えていたミリアだったが、全く予想外の展開に頭がついて行けずに、目を見開いて固まっている。
そんな姿に、まぁ仕方がないかとナインは頭を掻きながら。
「とりあえず街中で騒ぐのは上手くないから、姐御はこっちのパーティ入って。
・・・そっちの子も、この騒ぎの後に一人で取り残されたら気まずいでしょ?というわけでとりあえず移動しよう。
アルがこれ以上暴れる前に、街から離れたいんだ俺としては」
手慣れた操作でナインが二人をパーティに誘い、二人とも承認してパーティに加わったのを確認したと同時に、アルリールが転移魔法の詠唱にはいる。
「待ってくださいっ、この子が外に出ると敵が!」
慌てて止めに入るミリアの肩を抑え、笑顔のままナインが首を振ってみせる。
「街とは別のエリアで、敵がいない場所に行くから心配ないよ」
もっとも、ベルティータにとって安全かどうかは・・・行ってみないとわからないけど。
最後に小声で付け加えたナインの言葉に、顔を真っ青にしてミリアは慌てて帯に差していたワンドを握りしめた。
2012.09.20
2016.09.15改