06.たまにはのんびりしてみよう
綺麗な切りどころが見つからず、変な所で切れている気もしますが、愛嬌ということにしておいてください。
アルリールはベルティータ以外には、平常運転で『氷の魔女』状態です。
06.たまにはのんびりしてみよう
陽光にキラキラと煌く、流れ波打つプラチナの髪
スカートの裾から元気に姿を見せる、褐色の細い脚
両腕をめいっぱい広げ、風を捕まえるようにして
これ以上ないほどに嬉しそうな笑顔で、元気に走り回る少女は、先程から延々と、走っては転び、起き上がってはまた走りを繰り返す。
いったい何がそんなに楽しいのか、見ているものが不思議に思うほど、ただ純粋に走り回ることを、そして多分、転んで地から起き上がることをも、少女は楽しんでいた。
「なんかさ……懐かしいな」
遠くでそんな姿を見守っているナインが、ポツリという感じでそう呟いた。
隣で座っているアルリールも、珍しく黙ってそれに頷き返し。
柔らかく目を細め、何処か疲れたような、或いは切なそうなため息をつく。
この世界に始めてきた時、理由もなくただ嬉しくて。
興奮で街中を探検し、綺麗な音楽や、誰も知らない場所を探して歩いた。
そんな昔の、懐かしい思い出が、二人の胸の内で少女の姿に呼び起こされる。
MMORPGは、マラソンに良く似ている。
走り出したなら、先頭集団から落ちることに、言い様のない恐怖を感じる。
一度遅れたら、遅れを取り戻すにはかなりの無理をしなければならず。
それは、ほぼ取り戻すことの出来ない遅れだということを、感覚的に理解しているからだろう。
後発組や第二集団が、背後から迫ってくる幻の足音に怯え
周りを見回す余裕も、足を緩める思考もわかず
一緒に走っていた者達の、些細な点すら神経に障り
強迫観念に追い詰められ・・・いや、自ら追い詰めた精神が、虚飾を剥ぎ取られ、人間性をむき出しにしていく。
もっとも、BABELの日本サーバーにおける攻略組プレイヤーとされる者達は、他のゲームの最前線でエンドコンテンツを攻略しているプレイヤー達はもとより。
同じBABELの他国サーバープレイヤー達と比べても、明らかにぬるいくせに余裕が無い、という悪環境である。
原因の一つは、純粋に絶対的なプレイ時間不足である。
DIAISの問題があるために、プレイヤー層が社会人にほぼ限定されるという、BABEL最大と言っても過言ではない特性が、その点では完全に悪く働いており。
他者とのコミュニケーションを楽しめるゲームが、他者とはなるべく関わらずに、効率的に消化しなければならない課題、とかしている感がある。
言うまでもなく、原因はそれぞれの国民性や、経済状況、或いは各国における、ゲームと言うものの社会的地位など、複雑に絡み合っていて、単純に改善など出来ることではなく。
故に、悪くなった空気はそうそう一新されること無く、更に攻略が他国に置いて行かれるという、悪循環スパイラルに完全に嵌り込んで抜け出す事もできずにいるのだ。
ナインとアルリール、この世界での先頭集団に属する、トッププレイヤーである二人は、同じギルドに属する仲間である。
幸運なことに、ギルドのリーダーが常識的で公平な性格をしており、そこに集まってきた他の仲間も変わり者だが、皆良い人ばかりだった。
お陰で、剥き出しになった人間性の嫌な部分を、それほど見てきたわけではない。
ただ、ひたすらに息継ぎをせずに、ここまで走り続けてきたという事実を
文字通り無邪気に笑い転げるダークエルフの少女の姿に
・・・気付かされてしまったのだ。
言い換えるのであれば、自分の心が乾いていると自覚した二人にとって、目の前のダークエルフの少女の笑顔は、オアシスに見えた。
でなければ、仮にレベルキャップ、EXPカンストであったとしても、今までの二人であれば、何もせずにその姿を眺めているなどという『時間の無駄遣い』をする筈がない。
いや、耐えられるはずがない。
「あんなにキラキラしていると、誰かに攫われてしまわないか心配です」
アルが言っているのが、銀の長い髪や、金の大きな瞳の事でないことは、ナインには説明されるまでもなくわかっている。
「一足飛びに『攫われる』まで心配事が飛ぶのが・・・まぁアルらしいか」
「やの、まぁPvPもこないだ実装されとるし。
普通はストーカーされるーとか、イジメににでも合わんか心配やー、とかやろ」
「こないだって、実装されたのは1年以上前・・・」
苦笑しながら返事をしていたナインとアルが、弾かれたように振り向き、視線がゆっくりと上がっていく。
「姐御、いったい何時からそこに?」
全く気付けなかった。それこそ気配も感じられず、自然に会話に紛れ込んだ声の方に向かい、見上げた先には、規格外に長身の銀髪美女が、胸前で腕を組み、口をへの字にひん曲げて二人をジトッと睨み続ける。
平均的なエルフよりも背の低いアルどころか、人族でもわりと長身のナインよりも頭ひとつ高い上に。
部位鎧に隠れていない部分の服は、その下に収まる明らかに戦闘用に鍛えられた、筋肉のうねりや盛り上がりを隠しきれてはいなかった。
でありながらも、がさつさや野蛮さを感じさせるどころか、優美さと気品を溢れさせているのは、種族故か、それともプレイヤーの持つ資質なのか。
「そうやって、人の驚く様子を観察して喜ぶのは、良い趣味とは言えませんね、ゼフィリー」
「そこは半分同意してもええが、幼女眺めて鼻息荒げてるアンタらに、ウチも言われとうない。
ネームドモンスター狩りに顔出さんくなって一週間。片方だけならまだしも二人一緒やと、ギルドの連中も流石に何があったかて騒ぎ出す頃合いや」
解ってんやろ?
確かにギルドのメンバーは皆ええ奴やけど・・・
ええ奴集めてできたギルドかて、人間の集団てもんはチッチャな齟齬が生まれると、皆が皆大人で居てくれるわけでもないて。
敢えて言葉に出さず、視線だけで二人に問題を突きつける。
価値観も許容範囲も、ある程度同じ傾向を持つものが寄り集まって出来た今のギルドは、暗黙の了解と大人の対応をもって、ほとんど縛りがない。
そうでないギルドが多数存在していることも知っているし、消えていったギルドが多いこともまた、知っているし見ても来ていた。
「アンタら二人が、疲れたからしばらくゆっくりする、そう言うても誰も文句言わんし引き留めもせんよ。
ただ、それかて顔出して直接本人から言う、そんくらいの筋通さなアカンとちゃう?
ゲームん中だけでしか会っとらんが、ウチは二人を友達や思っとる」
ナインが複雑な表情で悩みながらも、口を開き何かを言うよりも早く、アルリールがゼフィリーの前に一歩足を進め。
特に感情を見せることもない、いつもの冷静な無表情のまま、自らの尖った長い耳を弄りながら、小さく息をつく。
アルリールのその仕草に、ナインが開いた口から言葉を出すこと無く噤み、小さく苦笑いを浮かべた。
アルリールとはそれなりに長い付き合いだが、今まで一度として、アルリールがその仕草をした後、相手が何かを言い返すのを、見たことがない。
つまり、もう自分が何かをいう必要がある、そんな場面ではなく成ったのだと、早々に悟って。
「折角ですから、お言葉に甘えさせて頂きますね。
私はMMOで関西弁を聞くのが大嫌いですし、たまたまランダムで上位種族のキャラに生まれただけなのに、貴女の見た目が私より美人な事に腹が立ちます。
さらに、それを鼻にかけようともしないので、陰口すら叩かせてくれない辺りも、実に業腹です」
アルリールが『氷の魔女』と陰口を叩かれる原因の一端。
飾り気も、遠慮もない直せん的な物言いに、ゼフィリーも流石に圧倒される。
付き合いは長いが、今まで自分に直接向けられたことがなかったのだが。
実際、やられてみると・・・丁寧口調である分だけ、ズバズバと直接心に突き刺さってくる。
「念の為に誤解が無いように言っておくと、関西弁も関西も私は嫌いではありません。
と言うより寧ろ、歴史を感じさせてくれるので好きな方です。
話を戻しますが、そんな訳で私は貴女が気に入らない点が多数存在します。
しかし、こうして心配してコッソリとこんな広い世界で探し、見つけ出してくれたり。
大雑把なふりをして、周りに細かく気を使う、優しいところが気に入っていますし。
美人の大女であろうがなかろうが、ゼフィリーは私の友達です」
「一応聞いとくが・・・今のはウチにケンカを売ってる訳や無く
アルもウチの事を友達とおもってる、ちゅうことでええんよな?」
何故そんなことを聞かれるのかわからない、と言う困惑した色を瞳に浮かべながらアルが小さく頷き、ナインの苦笑いが深くなる。
つまりは、そういう事やんな・・・
アルリールが高く評したとおりに、ゼフィリーがアルリールの言葉を読み解いていく。
「そう言うんやから、二人はあの子を護ろう言うんやな。
んでもな、それが上から目線で一方的な・・・はっきり言うが傲慢な押し付けで。
あの子の楽しみを奪っとる『親切の押し売り』ってのは解っとるか?
苦労できるのも、あの子の立派な権利なんやで?」
「姐御っ姐御っ、言ってることはよく分かる、と言うか俺も元々そっち側の意見の人間だ
で、上から目線ってわけじゃないんだ、とか言われても納得行かないだろうし・・・ん?ああ、なんだ簡単なことじゃないか。
姐御、ちょっと行ってあの子と話してくればいい」
ナインの思いつきのような発言に、ゼフィリーの視線がアルリールに向けられた。
基本的な事として、アルリールはその場のノリや勘というものを嫌う、酷く理屈っぽい性格をしている。
故に、バカな事を突然言い出したナインを、アルリールが難癖――と言ってはやや語弊があるが――何らかのアクションを起こしナインの意見を叩き潰す、と言うのはもはやお約束の流れとして、アルリールとナインの友人達には広く認識されている。
態々自分で反論するまでもなく、アルリールが論破するのだから、自分はそれに乗ればいい。
打算というよりも、それこそいつものノリを心が自然に選んだ結果、ゼフィリーは敢えて口を挟まなかった。
なにも、黙っていれば解決することを、好きこのんでしゃしゃり出ることなどないのだ、と。
故に、返って来たアルリールの反応に、ゼフィリーは便乗して続けるべく用意していた言葉を、飲み込まされる。
「少々癪ですが、これに関しては私も同意見です」
「・・・ウソやろ」
何とか返せたのはその一言だけ。
アルリールは呆然と立ち尽くすゼフィリーの目の前で、静かに首を振った。
「自分の目で見て、既存の何かに当てはめるような卑怯な逃げをを行わず、その価値を決めるべきです。
貴女は卑怯者でも、ましてや事実を見て価値を認められない臆病者でもないでしょう?」
☆ ☆ ☆
ああ言われてしまえば、友達と言った手前、ゼフィリーはアルリールの決定を覆すのは難しい。
だが、それ以上に、ああまでアルが言い切った以上、ナインの言葉が勘や思いつきだったとしても、アルリールなりのロジックによって、同じ答えに辿り着いたということは間違いない。
言いたいことはわかる。
どういったロジックが重なったのかの、予測も出来る。
だが、それを踏まえた上での自分の意見だったのだ。
ゼフィリーはアルリールが、そこまで汲み取ってくれなかった事に、少々がっかりした物を感じていた。
しゃぁない、あのちっこい子もする予定のない苦労をさせられとるんが、不憫なんは本当やし。
内心で自分をそう説得し、余り気ののらない足を踏み出し。
自分の半分以下・・・四分の一にも満たない程の、小さな背に声を掛けるために片手を上げ。
今まさに呼びかけようとした瞬間
両手を前に投げ出し、派手に地面に転ぶ少女の姿に唖然とさせられた。
確認するまでもなく、地面には躓くような段差も石ころもなにもない。
全く転ぶような要因のない所で、ヘッドスライディングでもするかのように勢い良く、体全体を投げ出した。
思わず駆け寄って助け起こしそうになるゼフィリーの中で、小さな警戒心が灯る。
その転ぶ様は、余りにも外見通り過ぎやしないか、と。
故に、その疑惑の種がすぐに芽吹く。
あの二人は、コイツに騙されてるんじゃないのか?
BABELは子供のプレイヤーが極端に少ない。
いや、言い直そう、現在もプレイしている子供のプレイヤーは、ほぼいない。
何故なら、DIAISの問題でライトユーザー層が離れたと言う代物である。
周りの友達が誰もやっていないゲームに、馬鹿みたいに高価な機材を揃えて参加するくらいなら
安価な機器でも楽しめる、友達がやっているゲームの方が、子供の参加理由としては当然であり
親の説得も簡単なのだから、自然にそうなる。
そんな低い確率である子供の新規加入者に、たまたまランダムで特殊個体キャラが当たる等というのは・・・確率的にゼロではないが、限りなくゼロに近い。
と考えれば、導き出される答えは必然的に、大人が外見に合わせるように演じている、と言う事に成る。
更には、心に引っかかった違和感が、その仮定を強力に支持する。
あれだけ派手に転びながら、目の前の少女は、悲鳴一つ上げなかったのだ。
それは余りに不自然で、『転ぶのがわかっていた』ようにしか見えない。
或いは、穿ち過ぎではあるだろうが・・・
誰かが助けてくれるのを、誘っているようにすら感じられる。
警戒しながら相手を冷静に探っているゼフィリーの目の前で、少女はむっくりと上体を起こし、ちょっと覚束ない様子で立ち上がると、小さな手で所々ほつれ土埃まみれになった、ボロ布のような貫頭衣をはたきはじめる。
誰も手を貸さずに、少女のことを遠巻きに眺めているだけ。
そんな周りの反応に、皆が自分と同じ結論を導き出したのだと、ゼフィリーは導き出した答えに納得し、一つ頷いた。
嫌悪感も顕な、蔑むような目を、自分の友人二人を騙す相手に向け
長身であるという理由以上の大股で歩み寄る途中、更に歩幅が上がった。
股のあたりをはたいていた少女が、首をひねって後ろを見ようとししながら、背というよりは尻のあたりをはたきだし。
自分に大股で近づいてくる、見たこともない様な長身な美女を見上げ。
次の瞬間、好奇心のこもった金色の大きな瞳をを輝かせながら、真直ぐに見上げたままの姿勢で、その美女に向かって走り出したために。
二歩、三歩、四歩走ったところで少女はバランスを崩し。
五歩、六歩目を踏み出したところで、大きな手にすくい上げられた。
年齢枠の制限解除や、上位種族の特殊個体なんかやないっ
この子は、あからさまな敵性種族やんかっ!
誰も近寄って助けなかった理由は、抱き上げて一層強く思い知らされる。
訝しむような猜疑の心
あからさまで隠そうともしない嫌悪の視線
内容を聞き取ることが出来るほどの、顰められていない陰口の雪崩
そして何より、所々に出来ている・・・転んだだけでは出来ない箇所に
数えることの出来ないほどの、服に染み付いた乾いた血の跡。
ああも直ぐに転ぶのでは、走って逃げることも出来ない。
細すぎる両足首にはめられた、金属製の大きな足かせは、小さな少女には大きすぎ、重すぎた。
幸いといっていいのか、そこには鎖も重りも付いておらず、遠目には脚飾りにしか見えないが、そんなものをつけたまま走れば、転ばないほうがおかしい。
体中の血が沸騰しそうな怒りをゼフィリーは感じていた。
ほんの少し前までの自分を、殴り飛ばしてやりたい。アルリールの言っていた言葉を、全く理解しようとしていなかった自分を。
助けようともせずに、無抵抗な相手に一方的に暴力をぶつけてきた、少女の周りの人間を。
PvPは、一年前に解禁されとるんやっけ?
ぞろりと心の中で、酷く薄暗い感情が這いずり頭を擡げるのを、ゼフィリーは止めようとしなかった。
目が座って行くのを当然と感じてもいたし、武器にかかる自分の手の動きを、遅いと苛立ちすら感じていた。
無意識に視界の中に見える人数を数え、それぞれの位置取りと装備を確認し、どれから狩っていくのかを値踏みし始める・・・
その眼の前で、ちまちました手をあわせ、丁寧にお辞儀するする小さな少女の姿が、ゼフィリーの中に湧いた負の感情を、一瞬で粉々に砕け散らせた。
眼の前に居る少女は、演技など何もしていなかった。
ただ純粋に、この世界を楽しんで、好奇心に目を輝かせ。
素直に、助けてくれた相手に対し、感謝の気持を表す。
自分に押し付けられた乱数の悪戯か、或いはシステムのバグか・・・
それが、どんなに運が悪く、楽しみにくくされているのかを気にもせず。
寧ろそんな事も含めて、純粋にこの世界で出来る事を楽しんでいた。
友人二人は、そんな少女と知り合い、少女のそんな心を護ろうとしているのだと気付かされ。
ゼフィリーは、武器にかけていた手をゆっくりと剥がすと。
代わりに少女のキラキラ輝くプラチナの髪を、精一杯優しく撫で付けた。
2012.09.18
2016.09.15改