05.魔法を使ってみよう
この話は改訂なので、昨日更新出来なかった分だけさっさと直して上げてしまいます。
更新速度が、気分次第なのは相変わらず
書いていて楽しい話を優先するのも、相変わらずです。
前話がチョットほのぼの詐欺っぽかったので、慌てて載せたのは、秘密です。
05.魔法を使ってみよう
普段は目深くかぶられたフードは、珍しく背中に追いやられ。
同じくローブの中にしまい込まれているのが定位置となりすぎていて、付き合いの長いナインですら忘れていた金色の長い髪が、たくし上げられ陽光に輝きながら背に流れ広がった。
一歩足を踏み出すだけで金糸の髪はさやとゆれる。
唯でさえ美形揃いの種族である。
何処か憂いを帯びたようなアルリールの横顔は、神々しいとさえナインには見えた。
こんな美人だったんだなと、相棒の知らない一面を垣間見てしまった事に、何故か妙な罪悪感を感じたナインが目をそらした所に、アルリールの声が追ってきた。
「ナインは、仮想現実の中で相手に抱く感情を、どう思いますか」
振り返った動きだけでアルリールの細い髪は舞い、ナインの視線を引き寄せる。
その澄み切った紫の瞳は、アメジストの様に美しく、真直ぐに正面からナインを見つめ揺れている。今まで一度だってこんな、表情は見たことがなかった。
アルリールは何時だって強く、揺らがず、冷静過ぎるほど冷静で、おかげでついた渾名が『氷の魔女』
そのアルリールが、今こんなにも不安そうにしている。
今までに見たこともない相棒の姿に、戸惑いを感じ相手の言葉を耳にしながら、内容が意識に登ってこない。
ナインの様子をどう受け取ったのか、アルリールが言葉を続ける。
「相手は仮想現実の中にしかいない。
しかし、それでもキャラクターを動かすのは人です。
では、相手に今私が感じている強い感情を、一体どうすべきなのか。
どちらに向いているものなのか、誰にぶつければいいのか・・・」
すこし、わからなくなって来てしまいました。
細く呟きながら、そっと目を閉じ・・・アルリールがゆっくりと優しい声で問いかける。
「こんなことを言っている私は、気持ちが悪いですか?」
「そ、そんな事、ある筈がないだろ。
アルは美人だし、外見に関係なく真っ直ぐで、その・・・綺麗だと思ってる。
相手が何かなんて関係ない、相手に何かを感じるのは、感じる側に心があるなら当然だって。
それが、現実と見分けがつかない位にリアリティがある仮想現実の中の相手なら、その感情が強く働いたって何も不思議はない。
ただ、まぁ俺個人の意見としては、現実と同一視するのは危険だとは思うけど」
一旦言葉を切ってから、何処か恥ずかしそうな笑みを浮かべ。
それでもアルリールの目を真直ぐに見つめ、はっきりと断言する。
「真直ぐに、相手にぶつけるのがいいと思う」
目を閉じたまま、小さく薄くアルリールが笑みを浮かべ。
ゆっくりと立ち上がりながら、傍らに立てかけてあった杖を手に握る。
「貴方にそう言われて勇気が出ました。
では、いつまでも嫌いにならないでいて下さい」
口の中での小さな囁きに、『えっ?』と聞き返すナインに
普段の仏頂面から想像も出来ないような満面の笑みを返し
杖の先を前方で騒いでいる集団に向け、高らかに宣言した。
「【ライトニングボルト】」
一瞬の停滞の後、杖の先に収束していた魔力は三本の雷光へと姿を変え
大気を焼き切るような、独特の刺激臭をその駆け抜けた後に残しながら
明らかに、低位魔法では有り得ないほどの光芒を引き摺り
遙か前方で、ロープを手にベルティータを囲む男達の身体にぶち当たると、一瞬で蒸発させた。
「これほどに黒々とした怒りを感じたのは久しぶりなので、少々戸惑ってしまいましたが。
確かに、いちいち諌めていても、この手の輩はその場限りの口先だけの反省しかしないので、こうして見せしめに『直接的に自分の手で叩き潰す』という貴方の意見に、ようやく私も踏ん切りがつきました。
PvPが実装されて一年ほど経ちますが、こうしてプレイヤーキャラクターを殺したのは初めてです」
思ったより罪悪感などは感じないものですね、などとあっけらかんとした口調で、いつもの無表情なアルリールに言われ。
なんだ!?いったい何が起こった!?と、男三人が蒸発する様を目の前で見てしまったらしい被害者の、恐怖に引き攣った叫び声が遅れて湧き上がるが、ナインには届かなかった。
それは偏に、遠くで上がった叫び声より遙かに、ナインは恐怖にひきつり、背に冷たい汗が流れているのを感じていたからだ。
アルリールの宣言は、低位魔法のライトニングボルト。
所持魔法数に制限が有るとはいえ、大概の術者は高位になってもライトニングボルトを破棄しない。
詠唱の呪文も短く簡単な物なので、まず失敗しない上、発動までが速い。
さらに消費魔力も低位魔法なだけに極めて低く、のみ成らず術自体の到達がその名の通りに雷光であり、敵に極めて避けられにくいという利点が有り。
魔法を覚えたての初心者黒魔法使いから、高位の黒魔術師まで、広くに使われる攻撃魔法である。
だがライトニングボルトは、低位魔法であるだけに威力という点で、それ以降に覚える攻撃魔法に劣る。
当然だろう、そうでなければ他の攻撃魔法を覚える必要がなくなってしまうのだから。
実際にアルが高価な攻撃魔法を手に入れるために、こつこつ資金を貯めて、知り合いから魔法を――今少し正確に言うのなら、魔法の呪文が記された、未契約のスクロールを譲ってもらった事も知っている。
一緒に冒険をしているのだから、今まで何度となくアルリールが魔法を使うのを見てきてもいた。
だが、いやそれ故に目の前の光景が、ナインには信じられないものとしてうつっていた。
通常は一本しか出ないはずのライトニングボルトを、どうやって三本も同時に撃ち出したのか
緊急事態――敵のAIが優秀なBABELにおいては、主に敵からの奇襲をうけたりした際に、術を高速詠唱、或いは詠唱の大半を破棄して、行使する術名宣言を行なうという事も、珍しい行為ではない。
不測の事態に備え、魔法の成功率をアイテムや装備で高めている慎重な魔術師であれば、そんな一見無茶な行為もやってのけるだろう。
だが、どうやってもそこには三回を連続発動させる際のタイムラグが発生するはずで、今回のような完全に同時発動などしないし。
幾ら低レベル帯のキャラクター相手でも、低位魔法一発で蒸発などさせられるはずがない。
だが事象として、三人は一人の漏れもなく一瞬で蒸発した以上、最低でも中位魔法のプラズマランス級の威力が有ったというのは、事実なのだ。
しかし、ナインの感じた恐怖は、そこにではなかった。
そもそも、ライトニングボルトは直線に進むことしか出来ない攻撃魔法だ。
まともな人間なら、こんな遠くから、人の多い街中で、そんなものを使うわけがない。
それを成立させるには、呪文が成立した瞬間、自分と標的までの空間に、直線的な隙間が見えていなければ、無関係な人間にあたって標的にはとどかない。
ましてや、それを三本同時にだ。
針の穴に・・・三本の腕でそれぞれ別の針の穴に、同時に糸を通す様な離れ業。
アルリールの言葉が真実だとするなら――それを、怒り心頭な状態で、やってのけたということになる。
・・・どういう頭の構造してるんだよ。
自分には絶対に同じ真似はできない事を、あっさりと見せつけられ。
ナインは内心で驚愕しながらも、黒魔術師を目指さなくてよかったと、安堵の息をつく。
余りそういう部分が強くはないし、MMOではなりようがないと理解してはいるが・・・物語の中に出てくるような、最強を夢見てしまう部分はナインにも少なからずあるのだ。
驚きすぎて驚くという感覚が麻痺し、少し冷静な思考が戻ってきてしまい。
事態が急変する寸前まで、自分がアルリールの言葉を、なにやら勝手に甘酸っぱい代物と勘違いしていた事実に、羞恥心がみるみる湧き出してくる。
叫びながらこの場を離れたい衝動を噛み殺し、なんとか踏みとどまるも、一人身悶えしそうになるのを、奥歯を噛み締めひたすらに耐えた。
「なにをぼけっとしているのですか?さあ行きますよ」
ナインの内心の驚愕や苦悩に全く頓着せず、いつもの冷静な抑揚のあまりない声で促され。
踏み出そうとした先にはアルリールの姿はなく、振り向くとやや憮然とした顔。
「何をやっているんですか、こっちですバカ9」
ベルティータの居る方とは、全く異なる方向を指さしながら、大きく肩をすくめてみせる。
首をひねって一体どういうことなのだ、と疑問に思いながらも黙ってついていくナインの耳に届いた言葉に、先程感じた――今までBABELで感じた事のある中で一番の恐怖を、あっさり塗り替えられる。
「一回殺されたくらいで、ああ言う輩が反省なんてするはずがないでしょう?
復活するたびに延々消し去って、魂に恐怖を刻み込んでやります」
「そ、それには、別に俺はいなくてもいいよね?
なら、俺はベルティータの方に行って、護衛してようと思うんだけど・・・」
ナインに向かって、深くため息をつきながら、残念なものを見るような目付きで、アルリールが首を振る。
「だから貴方はバカ9なんです。
いいですか?相手をただ叩き潰すだけでは、相手は改心なんてしません。
圧倒的な力で、何をしても無駄だと無力感で心をへし折って、恐怖を魂の底にまで刻み込んでも、卑屈に此方の目を盗む様になるだけです」
それじゃ、意味が無いでしょう?
優しく諭すように、ナインに説明するアルリールの言葉に
それならこんなことをするのをやめよう、と反論しかかるのを
紫の瞳に漂う冷気と、冷静な知性の光が、唇の中に押し込める。
「そこで自称『聖騎士』の、貴方の出番です。
恐怖のどん底に落とされた彼らを、救い許しを与える。
絶望と恐怖で心理防壁の下がった所に、優しげな言葉で促してやれば、あっさり改心してくます。
どうです?簡単でしょう」
ナインは、言葉の重さというものを、仮想現実の中でいやというほど思い知らされた。
アルリールは何時だって強く、揺らがず、冷静過ぎるほど冷静で、『氷の魔女』などという渾名がつく程に、凍り付くほど美しく恐ろしかったのだ・・・と。
☆ ☆ ☆
子猫を追いかけて、生垣に飛び乗ろうとした所を、ベルティータは後ろから捕まえられた。
両脇に差し入れられた手によって、宙に浮いた脚をぶらんとさせたまま左右に首をひねるも、真後ろにいる人物の姿は見えず。
首を真後ろにそのまま倒し、相手の顔と名前を上下逆さまな視界で見つけ、笑みを浮かべた。
「こんにちはベルティータ、今日もいい天気ですね」
街中などの特定エリアには、基本的に雨はふらない。
それを知っているはずのアルリールが、すっかり忘れてか、或いはそれを知っていても敢えてそう告げる事を選んだのか。
街から出ずに居るベルティータへの挨拶は、ごく普通の、しかしBABELではちょっと可笑しい言葉であった。
こくりと頷き返した金色の大きな瞳が、上下逆さまになったままじっと一点を見つめ、不思議そうな表情と、もの問いた気な空気が漂い始める。
ベルティータの視線の先に有るのは、アルリールの頭上に浮かんでいる、相手をターゲットしている事を示すマーカー。
前に会った時は、隣で苦笑して見守っているナインと同様に真っ白であったそれが、今日は真っ赤に染まっている。
どうしたの?と少し赤くなってきた顔を傾げるベルティータを、真正面から目があうように抱き直しながら、アルリールが小さく笑み返す。
「とある人へ向けた深い情動の結果です。
世界の全てを敵に回しても・・・と言える程に怖い想いでは無いでしょうが。
そうですね、世界の半分くらいは、敵に回してもいいのではないかと」
・・・それでも十分怖いですアルさん。
さっきはソレのおかげで、街中に雷が頻発していました。
口には出来ずに、そっぽを向いて内心で突っ込みながら、冷や汗をかくナインにアルが向き直り。
先ほどまでの惨劇が、まるで嘘か幻であったかのように、柔らかい笑みを浮かべる。
「なにか?」
「いや、なんでもないです本当です。
お邪魔なようだったら、ちょっと散歩にでも行ってこようかなーなんて考えていただけです」
ナインの鯱張った態度に、何も知らないベルティータが笑い、アルリールも苦笑を漏らす。
「そういう事でしたら、何か冷たい飲み物でも買ってきてもらえますか?
あちらの噴水のあたりで座っていますので」
ベルティータを地面にそっとおろし、手をつないで歩き出す。
それなら店に一緒に行ったほうが・・・言いかけてナインが口を閉ざす。
露店ならいざ知らず、ベルティータが下手に店舗に入れば、何が起こるか予想もつかない。
商品棚に並んだ商品が、連鎖爆発しない保証は何処にもないし、衛兵に取り囲まれて、捕まることもあり得る。
それに、今のアルリールには、街のNPCの店は物を売らないし、入店は拒否されるだろう。
PKは、獲物を選別し安全に経験値と所持金をかせげるが、プレイヤー間での風聞と、NPCからの物販制限が、デメリットとしてあるのだ。
「それは、女性の好みと気分を気遣って、俺にピッタリの買い物ができるかどうかって言う、いつもの挑戦ということだな?
・・・良いだろう今日こそ、アルに『貴方も明日からモテモテです』と言わせてやるからな」
指を突きつけ、鼻を鳴らして挑発的な物言いをすると
ナインが何の意味があるのか、腕まくりをするような仕草をしながら、近くの露天に向かって歩き出す。
その後ろ姿を二人で見送っていると、何やら大きな声で露天の店員と楽しげに話し始めたのを見て、アルリールとベルティータは連れ立って歩き出した。
ゆっくりゆっくり、踏みしめるような歩調で、たまによろめくベルティータと並んで歩くアルリールは、とても優しい笑顔でさり気なく気遣いながら。
「あの露天に向かった時点で、既に負けていることがわからないのが、バカ9です。
食事に誘われた女性が、何が食べたいかと聞かれて、何でもいいと応えるのと同じくらい。
もしくは、なんでもいいと言われた男性が、それじゃあと牛丼屋に決めるくらい。
相手の要求に気を使っていない気遣い、などというのは、ナンセンスです」
それは、気遣うふりをしている、只の自己満足だと思いませんか?
噴水の縁に並んで腰を掛けながら、アルリールがベルティータに首を傾げて同意を求め。
チチチッと、小さく鳴きマネをして足元で手をひらひらとさせる。
突然、変な行動を撮り始めたアルリールを、不思議そうに大きな金色の瞳が見つめていると
特徴的な小さくか細い鳴き声とともに、アルリールの足元に小さな毛玉の塊のような子猫が寄ってきた。
白く細い指先で顎の下を優しく撫でさすると、子猫はゴロゴロと機嫌のよさそうな鳴き声を上げ、アルリールの手に身体を擦り寄せてくる。
その小さく温かい身体を、そっと片手で抱き上げ、隣に座ったベルティータの膝の上にのせると
ベルティータは、おっかなびっくり小さな子猫の体に手を伸ばし、壊れ物でも扱うようにそっと撫でつけた。
だが、撫でる力が強すぎたのか、それとも別の所を撫でられたかったのか、子猫は不満そうな鳴き声を一つあげると、ベルティータの膝の上から飛び降り、小走りに何処かへ行ってしまう。
丸っこい両肩どころか長い耳の先まで落とし、しょぼんとしているベルティータの銀の長い髪を撫でながら、アルリールが控えめに笑い声を漏らす。
「それでも、手を伸ばし触れてみなければ、相手の嫌がる所もわからないのが難しいところです・・・
私は、あるがままの今を受け入れて、楽しそうに笑っている貴女のようには生きられないでしょう。
たとえ演じようとしても、きっと『楽しそうな振りをしている』ようにしか見えないでしょうし、演じようとすら思いません。
だから、そんな風にいられる貴女が、羨ましいし・・・好きです」
ピコッと褐色の長い耳が跳ね上がり、まんまるに見開かれた大きなツリ目の中で、金の瞳が真直ぐにアルリールの紫の瞳を見つめていた。
何を言われたのかわからない
・・・ではなく、何を言われたのか理解して、その発言が信じられない。
ベルティータの顔に浮かんでいるのはそんな表情。
幼い子供の顔に似合わぬ、複雑な感情が入り混じった金色の瞳。
だが、アルリールの紫の澄んだ瞳に、言葉通りに羨望の感情を見つけ・・・
「だから・・・私を置いていったりしないで下さい」
そう言って頭を下げようとするアルリールを、噴水の縁に立ち上がってベルティータが抱きしめた。
小さな手が一生懸命にアルリールの頭を撫で、幾度も頷く度に銀の髪が、アルリールの俯きかける顔を阻むように揺れていたかと思うと、ベルティータが不意にアルリールの右手を掴んで、白い細く長い小指に、自分の短い褐色の小指を絡めてから。
額同士を触れ合わせ、真直ぐに見つめ合いながら吐息の触れる距離で、二人で笑い合う。
薄い桃色の小さな唇が、声をのせずに『やくそく』と言葉を刻むのを、ゆっくりと傾いで行く視界の中でアルリールははっきりと見た。
ヤシの実の一部を叩き切り、長いストローを差しただけのジュースを、腕に三つも抱えてやってきたナインは、目に飛び込んできた光景に、最初は呆れ顔を浮かべていたが・・・
次第に沸き上がってくる笑いの衝動を抑えること無く、あけすけな笑顔で大笑いしだした。
全身ずぶ濡れで、服も長い髪もぺったりと身体に張り付き、毛先からは水の滴を滴らせながら
お互いに顔を見合わせるようにして大笑いしている二人が、二人して太ももをむき出しにして
着ている服の裾を絞っていたのだから。
2012.11.27
2016.09.14改