04.親交を深めよう
最後の辺りで手間取ってしまい、持ち越し投稿です。
主人公はアル&ナイではなく、喋れないダークエルフの幼女の方です。
紛らわしかったらすみません。
ALEXANDRITE
04.親交を深めよう
むっくりと上半身を横たえていた地面から起こし、右へ左へ頭を一巡り。
それにつられて銀糸の髪は、重さなど何処かへ置いて来てしまったかのように、ふわりふわりと自由に舞い、陽光に光の粒を振り撒き輝く。
もしこれで大きな目が、クルクルと動いて色々なものを見やること無く、半ば閉ざされた状態のまま手で擦ってでも居れば、誰もが寝起きだと思っただろう。
短い腕を組み、首を傾げること数秒、立ち上がって身に纏うボロ布の裾をはたき、砂を軽く落とす。
最初にベルティータが此処に飛ばされた時は、突然居場所が変わり驚くとともに混乱し、暫く動けずに居たものだが、今ではもうすっかり見知った場所である。
馴染みの場所で安心感すら抱いた表情で立ち上がり、だいたいいつも通りに広場への道をたどり始めた。
「ようチビっ子、相変わらず小汚ねぇなお前」
どう考えても罵声、しかも内容からするにそれを浴びせるのは、今回が初めてではないのだろう。
だが、言われた方は声のした方へと顔を向け、右手を大きく上げてぶんぶんと振る。
その背後に、子犬がシッポを振る幻覚が見えた気がして、野太い声の罵声の主は、目をこすり呆れた表情を浮かべた。
嘲りバカにした声で罵声を浴びせたのに、何故か嬉しそうに手を振られてしまった男は、顔を顰め節くれだった手で頭をかいてそっぽを向き。
調子狂うぜ全く、などとぼやきながらも、左右の手に持っていたうち、齧りかけではない方の林檎を投げてよこす様はどうにも気軽で、気使いも哀れみも同情も、余計なものは何も感じられない。
放物線を描いて落ちてくるそれを器用に口で咥え止め、そのまま深々とお辞儀をしてくるベルティータに、お、おう、と思わず頭を下げてしまうあたり、それなりの回数会ってはいるが、奇行になれるほど多いわけでもないことが伺える。
「何時もながら、何しだすかわかんねぇなお前は」
一見して関わるべきではないと思わせる凶悪な風貌、腕周りなどベルティータが二人並ぶより太い、もしかすると三人分より太いかもしれない。
その上身長は2メートルほども有るのだから、ただ立っているだけでも威圧感がある。
そんな岩のような大男が、唇を歪ませ苦笑いしているのだから、周りの視線を一時全て集めるも、直ぐに一対の瞳以外は顔ごとそらされる。
キャラクターの外見は、BABELでは自由に設定できる。
如何に外見が、強さとも能力とも全く関係のないファクターだとしても、そんな筋肉要塞が迫ってくれば、知り合いでもない限り目を逸らし、そそくさとその場から離れるのは当然の防衛行動だろう。
本人が、自分は凶暴だから関わると碌なことはないぞと、手間ひまかけて警告しているのだから、警告を無視して、態々トラブルに巻き込まれようとする必要など、何処にもないのだ。
触らぬ神に祟りなしと避けて通るのは、お互いのためであり、相手への礼儀でも有る。
故に、真正面から無警戒に近寄ってきて、笑顔とともにキャラカードを差し出してくるなどという行為は
「お前……正気かよ」
と、やられた方が思わず心配してそう声をかけてしまう程に、異常である。
大男が思わず受け取ってしまった後も、ベルティータは手を引っ込めず、金色の瞳が真っ直ぐに大男の紅瞳を見上げつづける。
一体何を訴えているのかわからず、しばし睨み合う二人だったが、漸くベルティータが自分のキャラカードを欲しがっている。
つまり、自分の事をフレンドとして登録したがっているのだと気づき、完全に度肝を抜かれた。
誰もが怖がり、或いは嫌悪の表情を浮かべて避けて行く、大男はそんな凶顔の主。
それを意図して外見を作ったし、それに見合った言動を最初から今まで続けてきた。
勿論、ゲームを始めた当初はPTも碌に組めず苦労をし、今以ってフレンド方面はボロボロだが、それでも妥協無く貫いてきた。
時に自分は外見など気にしないと、平静を取り繕って相対する相手も居たが。
それが、周りへの外見で人を判断しないアピールで、自分をだしに使っているだけだと透けて見え、薄っぺらさに吐き気がする経験もし。
そういう相手は、問答無用でぶん殴ってきた。
目の前のチビっ子は、こうまで真直ぐ此方を見ているのだ、自分のアイコンがPKを繰り返し真っ赤に染まっていることに、気付かないはずがない。
PVPの実装から一年がたち、フィールドだけでなく数度の段階を経て、街中も既に戦闘可能エリアとして制限解除されている。
つまりは、次の瞬間には殺されているかもしれない殺人鬼相手に、何の躊躇いもなく友だちになろうよ!と誘ってきたのだから、大男の反応も非難の言葉も実に常識的といえた。
ショリショリと林檎を無言で――
と言ってもこの世界でベルティータが話したことなど無いのだが
――かじりながら、決して視線をそらそうとしないベルティータに、根負けする形で大男はキャラカードを渡し、晴れて相互フレンドとして登録されることと成る。
自分に向けてちんまい指で、指さしてくる手を軽く払い除けると、ベルティータはあっさりひっくり返って、そのまま一回転後転し、ぺたりと座り込む格好で止まった。
突き飛ばしたり、殴りつけたのであれば、別にそんな姿を見ても嘲笑えたのだろうが、傷付ける意図のない無意識の反射が、予想外に暴力へと発展したために、心の納まりがなんとも悪い。
短い舌打ちをして、悪かったな、と声を掛けようと振りむいた先で、ベルティータの小さな身体がごろんごろんと更に転がり、通りの中ほどで俯せに止まる。
「やっぱストレス発散はゲームに限るなっ」
薄っぺらな笑い声とともに、賛同を求める様なニヤケ顔を大男に向けてきたのは、全く見知らぬ相手。
身につけている装備を見れば、始まりの街ではもう適正な経験値稼ぎができない、程度のレベルであろう。
簡単に言ってしまえば、回りにいるどんなMOBよりも強くなり、最初に調子に乗って勘違いする時期というやつである。
大男にしてみれば、誤差程度の違いでしか無いが、ベルティータにとってみれば、圧倒的な上位者。
そんな薄笑い男は、大男の事をベルティータを攻撃する、同好の士であると思い込んでいるのは、間違いないようだった。
薄笑い男に、なに話しかけてきてんだ手前ぇ、とばかりにひと睨みすると、相手はどう受け取ったのか肩を竦め。
面倒臭いがしょうがねぇなぁ、という表情を意識して浮かべながら、ベルティータの小さな身体を引きずってくると、大男の前に放り出した。
無理して作った自分を表面に貼り付けていることは、周りから見ればバレバレなのだが、本人だけが気付けていない為に、余計に存在が薄っぺらく見える。
「お前、一撃で殺せないなんてどんだけ雑魚だよ」
応えたのは、赤髪を箒のように立てた、此方も全く見知らぬ男。
どうやら薄笑い男とも知り合いという訳ではないらしい、二人の間で流れる微妙な空気が、そう知らせてくる。
「こうやんだよ下手くそ」
言うなり蹴り飛ばされたベルティータが、再び地面を転がり、淡い光に包まれながら消えていく。
街中、それも人通りの多い大通りでの出来事だというのに、何処からも悲鳴が上がる様子はない。
誰も止める気配もないどころか、視界に入っていないかのように、誰も気にも留めずに通り過ぎて行く。
気だるそうに周りを見回し、次いでベルティータを蹴った二人を見遣り、大男は深い溜息をついた。
ぽてぽてと何事もなかったかのように、呑気な足取りで
・・・途中何度か転びながら
ベルティータが戻って来る姿を見つけたのだ。
そして、戻って来るなり再びちまい指で、大男を指さし。
ちまちまわちゃわちゃと、身振り手振りで何かを伝えようとしている所で、再び蹴り飛ばされ、地面をころころと転がり消えていく。
そしてなぜか、またも散歩でもするような、軽い足取りで戻って来るベルティータを見て、今度は剣を引き抜いた薄笑い男に、大男が低く抑えられた声をかけた。
「……おい」
「なんか文句有んのかよ、アイツは敵だぞ、敵倒して何が悪い。
それともお前、そんな見た目で女子供は、とか言い出すつもりか?」
薄笑いを浮かべ、小馬鹿にした口調で誂った薄笑い男は、次の瞬間もう口を開くことが出来なかった。
「話が進まねぇだろ、邪魔すんな」
派手な音を立てて頭部が破裂し、周りに血をぶち撒けながら、その場で残った身体が後ろに倒れたかと思うや、淡い光りに包まれ消えたのだ。
鋭い風鳴の音を上げながら、左腕を振って拳についた血糊を払う、たったそれだけの動作で大男は周りから音と動きを止めてみせた。
「な……なんなんだよお前っ」
赤箒男は、多分運が良かったのだろう、なくした部位が頭ではなく脚だったのだから。
「今、俺様のことをお前と呼んだか手前ぇ?」
「アンタには、アイツも俺も攻撃してない、ただ敵のガキ狩っただけだろ、何で・・・」
「腹立ちゃ殴るし、ケンカ売られりゃ殺すだけだろ、ごちゃごちゃうるせえ奴だな。お前も死んどけ」
這いずって逃げようとする赤箒男を、面倒臭そうに蹴り飛ばすと、民家の石壁に朱色が飛び散り、思い出したかのように淡い光となって消えるのを、凄いとんだねぇーとベルティータが手庇で眺め大男に惜しみない拍手を送る。
「お前、もしかして今の奴らを俺様に……いや無いな、ビックリするぐらいバカだからなお前」
腰袋から取り出した林檎を一つ、ベルティータに放ってやると、今度も器用に口で受け止めやはり深々とお辞儀すると、首を小さく傾げて見せながら金色の瞳でジーっと見上げ、そう?と無言で問いかける。
「一分前に蹴り殺された場所に、呑気に帰ってくる利口が居るかよ」
呆れ顔で言われ、ポンッと手を打合せて納得し、何やら身振り手振りで訴えかけてくる内容に、大男は頭痛に耐えるかのように、こめかみを押さえ頭を垂れる。
「じゃぁなにか?お前今まで自分が殺されてたって気付かずに、今知ったのか?」
コクコクと頷き、何故かキラキラと尊敬の眼差しで見上げてくる四歳児に、がっくりと肩どころか全身の力が抜けてくる。
死んでもペナルティーが無い低レベルだから、平気で近づいて来やがんのかと思ったら
そんな計算できるほど利口じゃなく、馬鹿丸出しで来てやがった
いやっ、もしかするとコイツ、俺様のことを『林檎くれる人』だとでも思ってるんじゃないのか!?
「チビっ子っ、俺様のJOBは農家でも販売員でもなくモンクだ。いいか、わかったな」
言ってしまってから、激しい後悔が押し寄せてくる。
今の自分を客観的に見ると、2メートルを超える筋骨隆々の大男が、四歳児に向かい。
誰が見ても解ることを、ごくごく偉そうに上から威圧するように押し付けた上、念まで押しているのだ。
良くて痛々しい笑い話、悪くすると頭の残念な人に自分が見えると言う事実に、打ちひしがれかかる。
「それで、さっきからなに人指さしてんだ」
人を指さしちゃいけないって習わなかったのかお前は、と指を差し返す大男に、再び周りから音が消える。
街中で堂々と二人もPKしておきながら、平気な顔をしてその場に居座る大男が、常識と言うよりマナーを指摘するという、突っ込みどころの塊に
礼儀として突っ込むべきなのか、突っ込んだら殺される罠なのか悩み込み、結果全員が聞こえなかったことにした為に、沈黙がのしかかったのだ。
しかし、そこはベルティータである。
周りの空気などお構いなしに、伸ばした人差し指を相手の顔に突き付けた後、一度人差し指を降ろしてから再び伸ばす、という謎行動を暫く繰り返す。
しかし、どうも理解してもらえないとわかり、地面に向かい『ベルティータ』と自分の名前を指で書くと、それを指さし次いで自分の鼻を指さす。
「おー、何だそういうことかよ。俺様の名前アジーンは、数字の1からとってる。
びっくりするくらいバカのくせに、妙な所で賢いなチビっ子」
ショリショリと林檎をかじりながら、ベルティータはバカにされたと怒るでなく、褒められたと照れるでなく、相変わらずの笑顔でコクコクと、素直に大男・アジーンの言葉を肯定する。
悉く予想通りの反応を返してこずに、微妙にずれた事を仕出かすベルティータにも、いい加減慣れたというよりは諦めたアジーンは、本人的にはそんなことはないのだが、不機嫌そうにしか見えない顔でベルティータに、穏やかな視線を向ける。
「わかってると思うが、一応言っとくぜチビっ子。お前が目の前で殺されようが、俺様は助けない。
さっきのは、話の続きが気になってるのに、横から邪魔する蝿を追い払っただけだ」
真っ直ぐに金色の瞳が見上げ
こてんと右に首を傾げる。
銀の髪が流れ、地面に触れてふわりと舞う。
そんな子供っぽい仕草に、アジーンは背筋が震えた事を、認めたくはなかった。
向けられた、汚れなく透き通る金色の瞳が、本当にバケモノの様に感じたのだ。
何故なら、アジーンには読み取れてしまったから・・・
瞳の奥に鎮座する縦長の瞳孔が、静かに問うていたのは。
『助けてくれないの?』ではなく
『助けるって、何で?』という、ひどく純粋な物だと。
「クソみたいなPKが、最近あちこちで急に増えたとおもったら、原因はお前かチビっ子。
殺されても笑ってやがるから、新参どもは罪悪感も覚悟も覚えねえで、いきなり街中で襲ってきやがる」
アジーンは身を屈め、伸び放題の髪を掻きむしって居たが。
ピタリと動きを止めて、はっきりと非難の色を瞳に宿した凶暴なしかめっ面を、ベルティータに伸し掛かるように寄せていく。
「強ぇ奴ぶっ殺すから面白ぇんだろPKはっ、それを弱い者いじめしか出来ねぇクズ大量生産しやがって、このダメ人間製造機がっ」
耳元で大音量で怒鳴られたベルティータは、きゅっと目を閉じて長い耳を両手で抑えながら蹲る。
長い耳は、見た目通り普通の人間よりは高性能で、それ故今のような攻撃に非常に弱いのだ。
ただ、それでもベルティータは、笑っていた。
完全な八つ当たりで、被害者であるのに、まるで加害者扱いされ。
非難してくるアジーンの立場は、一般的な遊び方の端っこに、かろうじて引っ掛かっているPKという、個人の趣味に偏りきっている。
そんな訳の分からない文句、難癖を付けられていながら、ちまい手でアジーンの膝のあたりを、ぽむぽむ励ます様に叩く。
その行為が、一体何を意味しているのかを悟るや、ベルティータの鼓膜を破壊する様な大音響が、すぐ近くから発生した。
「俺様は、ダメ人間じゃねぇっ!」
攻略組に属するプレイヤーでさえ、幾度も牙にかけ。
その戦闘力を惜しまれ、今もギルドに誘いをかけられるも、鼻で笑い飛ばす。
なにものにも縛られぬ、孤高の獣の絶叫は、始まりの街にやけに哀しく響いた。
2016.09.14追話