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03.フレンド登録をしよう

 ちょっと短いですが、切りの良い辺りで。

 下書きなしだと文章がのっぺりするのを感じます。

 もう暫くは、お話は派手に動かないかと思いますが

 読み手の方が、自分ならこんなキャラで参加したいなと、のんびり楽しんでもらえたら嬉しい限りです。

 03.フレンド登録をしよう


 

 信じられない光景というものを目の当たりにした時、果たしてどう反応することが、人として正しいのだろうか。


 受け入れられずに絶叫するべきか

 頭を抱えて蹲るべきか

 見なかったことにして回れ右をするべきなのか


 そこには模範解答や、正解などといったものは無いのかもしれない。

 或いは、それらの反応ができるということは、目の前に広がっているものが『信じられない光景』ではないと示しているともいえる。

 可能性の一つとして考え、起こりうる事態と心は構えていたのだ、少なくとも顔から表情が抜け落ち、呆然と立ち尽くした二人はそう言うかも知れない。


 多くの低レベル装備を身にまとった冒険者達に囲まれ、わちゃわちゃと短い手足を動かし何かを主張している、噴水の縁に腰を下ろした褐色の肌の幼女が・・・

 バランスを崩して、背中から噴水に落ちていく瞬間を見てしまったアルとナインは、周囲が悲鳴や焦燥に包まれいくのを、どこか遠くの出来事のように感じていた。




 ☆ ☆ ☆




 アルリールの左手は、絶対に離さないぞと強い決意を漲らせて、ベルティータの右手を握りしめている。

 手を離せば、完全に溺れかかっていた数分前の出来事を、すっかり忘れ去ったかのように。

 満面の笑みを浮かべたベルティータが、何処かに走りだす事を、此処数分で嫌になるほど学んだのだ。


 更に言うのなら、走りだした数秒後には、段差も何もない場所で器用に転び。

 濡れた服――と呼ぶのも憚られる身にまとったボロ布――がもりもり土まみれになっていく事も、げんなりするほど学習させられた。


 あの後、周りを囲んでいたプレイヤーキャラクター達に、噴水の底からサルベージされたベルティータが二人に気づき、手を振って駆け寄ってくるのを、ナインとアルリールは黙ってみていた。

 もう少し正確に表現するのであれば、思考の再起動に手間取り、視界に入っている映像が見えていなかったのだから、見ていたではなく眺めていたとするのが正解である。

 当然だろう、二人はベルティータが新しくキャラクターを作り直し、見覚えのない相手から挨拶される覚悟はできていたが。


 ダークエルフ(仮)の4歳児を、また見る覚悟はできた居なかったのだから。


 そんな二人が見守る中、両手を前に放り出す――さながらヘッドスライディングのお手本の様な――見事な転倒をし、綺麗に顔面から倒れこむベルティータを、恐るべき速さと瞬発力で駆け寄り、地面に触れる寸前で救い上げたナインの庇いっぷりは、流石は高レベルのナイトと、讃えられるべき動きであった。

 もっとも、そう褒められても、本人的には微妙な表情を浮かべるのだろうが。


「それにしても、本当に現実と見紛うばかりですね」


 ナインとアルリールの二人がかりで、全身の水気を拭われたものの。

 まだ完全には乾ききっていない銀髪は、陽光にキラキラと輝きながらも、ぺったりと身体に張り付き。

 風呂に入れられる前後の子犬のように、なんとも言えぬ印象の差が違和感と成ってまとわりつく。


 その上、今までは柔らかく舞っていたためにわからなかったが、水気を吸って重みをました髪の先は地面に届く、非常識な長さ。

 放置すれば、歩くたびに土に跡を曳いて、髪が土色に汚れていく事は想像するまでもない。

 緊急避難的に、アルリールが手早くベルティータの髪を緩く大きな三つ編みにし。

 少々乱暴だが末端は髪同士を縛ってまとめ、太い三つ編みの房をベルティータの首にぐるぐる巻きにした事で、その問題には対処した。

 

「カンフー映画で見たな、そういうの」


 見たままの感想を口にしたナインの脛を、アルリールは軽く蹴りつけて下から睨み上げる。


「縁起でもないこと言うのはやめなさいバカ9」


「なにがだよ」


「辮髪は、倒された時に相手が掻き切った首を帯に挟んで運びやすいように、という礼儀の為のものです」

 

 冷静な声で薀蓄を以って非難され、そんな事普通知るかっと感情的に反発しかかるが、『そういう絵』が頭の中に呼び起こされ、腹の中に溜まる黒いものが熱くなった感情に冷水をぶっ掛けるた。


「なんか、ゴメン?」


 二人を交互に見やり、ちょっと関心したような表情を浮かべながらも、黙ってやりとりを聞いていたベルティータだったが。

 おもむろにスンスンと鼻を鳴らしだしたかと思うや、ジーっと一点を見つめそちらへ向かい歩き出す。

 手をひかれることで、アルリールの注意がナインからベルティータへと移り、進行方向から目的地を悟ると小さな笑いが漏れでた。


 これが初心者のふりをした演技で


 こんなマイナスを背負ってでも続ける気概のある姫プレイなら・・・


 騙されて付き合うのも、悪くはないかもしれません。


 アルリールのそんな思いが伝わったのか、ナインは軽く肩をすくめて軽く首を振り、まぁ反対しないさ、と賛同するのに、ベルティータが振り向いて不思議そうに首を傾げる。

 わかっているのだ、これほどの演技と気概があるのであれば、姫プレイをするにしても、態々『何も出来ない』キャラクターでやる必要など無く。

 冷静に損益を計算できるのであれば、続けるメリットよりデメリットのほうが高いと。


 目を輝かせて一生懸命手を引くベルティータは、焼き肉サンドの露天を通り過ぎ、隣の装飾品を売っている露天の前でしゃがみこむ。

 そのまま小さい手を伸ばした所で、ナインに肩を捕まれ引き戻され。

 アルリールには後ろから胴に腕を回され、そのまま抱き上げられて、目的の物から引き剥がされてしまい、眉を寄せて二人の顔を見上げる。


「待て待て待て、そんな何で止めるの?みたいな顔をする前に、ちょっと落ち着いて思い出してくれ。

 さっき服をさわろうとして火傷したよなっ、HPにダメージは無かったけど、痛かっただろアレ?」

「そうです、いくらなんでも無鉄砲過ぎます、何で普通に触ろうとしてるんですか」


 身振り手振りで意思の疎通を図るベルティータに、アルリールとナインは二人揃って頭を抱える。

 とは言えアルリールは、何を言いたいのかが全く理解できないことに対してだが。

 ナインの方は、何とか理解できた範囲での内容に関してと、理由はそれぞれ違う。


「……それで、彼女はなんと?」


「現実じゃこんな大きな宝石買えないから、取り敢えず一個欲しいんだって言ってる、と思う」


 完全に想定外の答えに、アルリールの思考はしばし止まり、ベルティータが手を伸ばしていたものを見て、更に困惑を深める。

 ナインの言うとおり、そこに有るのは完成した装飾品ではなく宝石。

 装備品を性能重視見た目無視で選ぶアルリールにとって、それは装飾品を生産するための、ただの素材アイテムでしか無い。


 いわばそのまま持っていても、何の価値もない代物。

 初心者にとっては、完全な無駄遣いだというのに、ベルティータはただ欲しいから買うと言っているのだ。

 価値観の絶望的な差異にアルリールは目眩を覚えつつも、心の何処かで納得もしていた。


 だからベルティータは、キャラを作りなおさず続けられるのだ。


「わかりました、そういうことなら止めませんが、触って何もなければと言う事で良いですか?」


 コクコクと頷いて見せ、躊躇いなく伸ばした手は、そのまま宝石を掴み、ちゃんと出来たよ!と見せ付けるかのように、満面の笑みで振り返るベルティータ。

 二人が言い出すことを躊躇っていた方法――実際のデータが少なすぎ判断ができない以上、実際に試してみるしか無い――を、ベルティータは現状を理解していない行動力で実行してしまい、もはや呆れる事にも疲れたとアルリールはニッコリと頷き返す。


「因みに初期装備すら無いバグに巻き込まれた、という自分の境遇を忘れているでしょうから、その魔力石はプレゼントします」


 あっ……と固まる姿と表情に、アルとナインは噴出すのを止められず、褐色の肌でも見間違い様のないほどに、ベルティータの顔は一瞬にして真っ赤に染まった。

 アルリールが支払いを済ませると、赤い顔のまま丁寧に露天商とアルリールの二人にお辞儀をするや、そそくさと手を引き露天から離れようとするベルティータに、苦労して笑いを噛み殺す二人の姿は、先輩プレイヤーというよりはすっかり保護者と化している。

 此処数日来、暗い顔をして過ごしていた事など嘘であるかのように、肩の力も抜け極自然に笑う姿には、現実逃避的な陰りはなく。

 心の何処かで折り合いをつけたか、何かが吹っ切れたのだろう。


 しかし、転換の引き金になったダークエルフ(仮)の少女は、そのことに全く自覚はない。


 いや、自覚がない彼女だからこそ、引き金になり得たのだから、それは当然か。


 故に、魔力石というものが魔力の外付けタンクとして、魔法職には低レベルの装備でもポピュラーな物であるという説明をするアルリールが・・・

 彼女を良く知る者から見ると、かなり言いづらそうな表情を浮かべていることにもまた、件の少女は気付きはすれど原因には思い至らない。


 BABELに於ける魔法は、詠唱が必要なのだ。


 高位の術者になれば、詠唱の破棄をしても術を行使することは出来る。

 とは言え、それもかなり高価な装備品で術の成功率を上げ

 行使するのも低位の魔法でなければ、ハイリスクなギャンブルとなるのだ。


 つまり、どういうことかといえば、BABELの魔法は失敗するとMPを失うだけでなく、暴発する。

 そして、たとえそれだけの装備を集め、術を選択したとしても、術の行使には使用する術の名を宣言しなければならない、BABELにおいてこれは絶対のルールである。


 そう言ったロールプレイなのか、あるいはバグによる物なのかは判らないが


 今まで一言も声を発していないベルティータのJOBが、魔法職であるなら


 魔法を使うことは・・・完全に不可能である。


 いや、武器も防具も例の黒い雷で装備できない現状、既にキャラクターとして詰んでいるのだが。

 あの後、別の露天でそれは発覚し、道端に落ちている石ころを掴もうとしてダメおしされた。

 幸いと言っていいのか、アイテムや素材は弾かれない事が魔力石で証明されていた為、傷跡は全てポーションで消すことが出来たが、それだけだ。


「新しい小技のついでに、フレンド登録のやり方教えとくよ」


 大事そうに手に握っていた魔力石を左手に持ち替え、好奇心で満ち満ちた目がナインへと向き直る。

 茨の迷路奥深くへ閉じ込められても、笑顔で迷いなくダイブしていくようなベルティータに、再び真面目に沈み込みかけていたアルリールの心は、あっさりと笑顔を引き出される。

 問題は何も解決していない、どころか多分今見えている問題は、氷山の一角にすぎないのだと、アルリールの本能が嗅ぎ取り警鐘を鳴らしている中、ナインは何くわぬ顔で説明を続けた。


「メインメニューを開いた状態で、親指と人差指を伸ばす」


 言いながら実際にベルティータの目の前でやってみせるナイン、小さいが特徴的な電子音と共に開いた指の間に、半透明のホロカードが浮かび上がり実体化する。

 ベルティータがぎこちないながらも真似をする横で、アルリールは手慣れた感のある、澱みない動きでカードを呼び出してみせた。


「出てきたのがキャラカード、レベルとかJOBとか大雑把な個人データが載ってるこれを、相手に手渡し受け取ってもらえると、相手にフレンド登録してもらえる。

 他のやり方もあるんだけど、何故かこれ以外の方法で登録すると、マナー違反ってことで文句を言われることも有るから気をつけるように」


 そう言いながらお互いに交換し、受け取ったカードに三人が三人共驚く。

 ベルティータは単純に、アルリールとナインのレベルの高さに驚いたのだが、残る二人は記載されたカードの内容に、声も出せないほど驚愕し、無言で視線を交わした。


 かろうじて判明したのは、レベルが1ということだけ。


 名前の欄は、やはり完全に空白で。

 アルファベットで略されるJOBは、見たことも聞いたこともないSPの2文字。

 更に酷いのが種族欄の???という表記、完全に何かを伝える気が無い。

 そんなベルティータのキャラカードを眺めるアルリールの驚愕は、純粋に表記自体を驚いているナインの物とは、少し色合いが違っていた。


 これが、バグであるなら、少しはマシなのですが・・・


 有る一点を鋭い目つきで見つめながら、内心での自分が呟いた言葉が、願望にすぎない、即ちその可能性が低いことを再認識する。


 肌の色がバグっただけでないことは、初見で直ぐに分かった。

 ベルティータの金色の瞳、常にまっすぐに向けられるその中央で、ネコのように縦長の瞳孔が、自分とは似て非なる種族であることを告げている。


 たまたま敵性種族が、バグでプレイヤーに選択可能キャラとして紛れ込んだ、と言う可能性も否定はしないものの、高いわけではないとも思っている。

 それでは最初に会った時に、ベルティータが自分の容姿を自分と認識できなかった事が、説明できない。

 第一、種族を明かさないことが余りに恣意的だ。


 残された可能性としてアルリールが思いついたのが、ゲームとしての仕様か、運営の悪意ある悪戯か、という二択。

 そこまで思い至って、昨日のナインを真似るかのように、がっくりと肩を落とす。

 



 運営には、前科がありすぎるのだ。




 何の罪もないプレイヤーが、何ら違反をしたわけでもないのに突然理不尽な目に遭い、ゲームの継続に不利益な状況に追いやられる。

 幾ら文句を並べようと、改善の要望を送り続けようと、一度として謝罪の言葉も改善も成されたことがない。少なくとも、公式にそういったことがされたという、記録も記憶もない。


 つまりベルティータは、踏み出した第一歩目に罠が仕掛けられていたのではなく。

 一歩目を踏み出す前のスタート地点に、既に落とし穴が仕掛けられており。

 そこへ突き落とされた、ということだ。


 こんな理不尽と悪意しか無いことされたら・・・そのままゲーム止めますよ普通。


 口を突いてで掛かる言葉を胸に押しとどめ、代わりにやけに深いため息を漏らしながら、アルリールは目の前のちびっこい友人に視線をやる。

 ベルティータは、全く理不尽と悪意に気分を害する事なく――どころか、恐るべきことに気付いてすら居らず、手に入れた魔力石を片手に、スキップでもしそうなくらい御機嫌な様子。

 そんな姿を見せられてしまえば、怒る気もすっかり消え失せ、目からも鋭さが抜け落ちる。




 この子が普通じゃなかったことを喜ぶべきか、悲しむべきか、それが悩みどころです。


 2016.09.12追話

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