表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/56

02.武器や防具は装備しないと効果はない

 派手に戦闘をしたり、活躍をしたり、システムの抜け道を見つけたり・・・そういう事とは無縁の主人公になると思います。

 また、不定期投稿になるかと思いますが、ご容赦ください。


 どなたか一人でも面白いと思ってもらえたなら僥倖です。

 02.武器や防具は装備しないと効果はない


 金の装飾で縁取られた、純白の金属鎧で身を鎧った長身の人族青年と、その膝位に頭のある、ボロ布としか言いようのないスモック姿の、ダークエルフにしか見えない幼女。

 二人は仲良く並んで手を繋ぎながら、目の前の光景をただ茫然と見ていた。


「俺、アルが見た目重視装備買ってるの初めて見た」


 思わず口をついて出たのだろうナインの言葉は、隣に立つベルティータに聞かせるためのものではなく、多分ナイン本人も意識せずに漏らした心の声。

 繋がれたというより、身長差によって半ばぶら下がるようになっている、右手の先に見えるナインの顔を、そうなの?と問い掛けるような表情のベルティータが見上げる。

 向けられた視線に、自分が声に出してつぶやいていたのだと気付いたナインが、正面のアルリールから視線を外し左下方へ向け大きく頷く。


「アルは結構美人なくせに、性能重視見た目無視で装備選ぶから、酷い時は凄いことに成るんだ」


 頭だけ、トカゲのきぐるみ見たいな装備だったこともあるんだよ、と笑い成分を欠片も含まない真面目な表情で告げられ、ベルティータの細い眉尻と耳が下がる。

 それでも金色の大きな瞳が、じーっと物問いた気に向けられ続け、そらされる気配が無い事で、ナインが慌てて首を振る。


「いや、俺はそういうの無理。一式揃えられるまで金ためて一気に全部変えるタイプだから」


 確かに言葉通り、ナインの全身は同じデザイン系の金属鎧で統一されている。

 首を左右に数度小さく傾げてから、頷いてくれる相手を見て、取り敢えずは信じてもらえたと知り、ほっと安堵の息を漏らす。

 

「あ、そうそう、小技教えとくよ。簡単にメインメニュー開くのは二つ、メインメニュー開けー!って強く念じるのが一つ、もう一つはグーから親指だけ立てて、この形でノック二回。正式なメインメニューの開き方よりコッチつかってる人の方が多い感じかな」


 驚きだか感動だか、とにかく目をまんまるにしているベルティータを、優しい目で少し眩しそうに見つめながら、それでねと言葉を続ける。


「応用すると、こういうことが出来る」


 親指を立て、ノックをせずに手を広げると、そこには赤い液体の入った透明な瓶がいつの間にか乗っている。

 ナインを真似したベルティータの手の上に現れたのは、小さな掌より遥かに大きな・・・血まみれの眼球。

 ベチャっと特有の音とともに小さな掌は血に塗れ、見上げた金色の瞳は、騙された~と強い非難の色を零している。


「収納と念じてください」


 落ち着いたやわらかな声は二人の背後から掛けられ、振り向くベルティータには笑みを、ナインには蔑みの目を順に向ける。


「ただの幼女愛趣味かと思えば、とんだド変態でしたか。ちょっと別次元すぎてついていけないので、そういう事は人族同士で思う存分堪能してもらって、我々妖精族を巻き込まないでください」


 つながっていた手を無理矢理引き離し、ベルティータのちびっこい身体に身を寄り添わせ、ナインの視線を遮るように隠す。


「待て待て待てっ、冷静に成って話を聞いてくれ。いくら相手が初心者とはいえ、俺が気付かれずにこんな難しいこと、こっそり仕込めるはずがないだろ」


 ピクリとアルリールの眉がナインの言葉に反応し、ベルティータを連れて立ち去ろうとしていた足が止まる。

 ゆっくりと時間を掛けて振り向いた顔、紫の瞳は簡単に人体を射抜きそうな鋭い光を放ちながら、冷たく無言のまま続きを促す。

 流石のナインでも、踏み外せば二度と這い上がって来れない、奈落を目の前にした様な張り詰めた空気を読み違えることはない。


「つまりアレは、俺が気付かれないように置いたものじゃない。

 ベルティータは教えた通りに『引き出し』アクションをやった。

 ここから導き出される答えは?」


 言いながら真白いハンカチを『引き出し』て、アルリールの紫瞳から目をそらさずに、ベルティータへと差し出す。

 既に巨大目玉は手の中にないが、ベッタリと手を濡らしている血液と、正体不明の粘液は一緒に消えてはくれないのだ。

 その上困ったことに、BABELは現状最高峰のVRMMOで、基本無料であるのが不思議な程のクオリティを誇っており、ゲーム内はもう一つの現実と思えるほどに、細部は拘りを持って作り込まれている。


 どういう事かといえば、血に濡れた手は時間経過で乾きはすれど、それによっていつの間にか何もなかったかのように綺麗になどならず、何時迄も不快感を伴って汚れも匂いも残るのだ。

 しかし、残念な事にナインの気遣いは少し遅過ぎた。


 ナインとアルリールが言い争っている間に、ベルティータは最初、不快感に手を振って血液や粘液を振り落とそうとした。

 幾許かはそれで振り落とせたものの、とても満足の出来るほどの結果は得られず、スモックにこすりつけるという積極性をもって、ベルティータは問題を解決してしまったのだ。

 当然ながらスモックの腹部には、血痕によってベッタリと小さな手の形が描かれ、それを引き摺るという・・・割りとホラーなデザインが、現在施されている。

 ナインの手からひったくるように取り上げたハンカチを、血痕の上から押し当てるも当然一度染み込んだ血液汚れが落ちるわけもなく、小さなため息を一つついてアルリールがハンカチに意識を集中する。


「【トランスポート】」


 一瞬ハンカチが仄かに発光したかと思うと、次の瞬間何の前触れもなく燃え上がり、瞬く間に燃え尽きる。

 ハンカチが焔をはいた瞬間、弾かれたように手を引いたアルリールは、何が起きたのかわからぬままに周囲を警戒するがそれ以上は何も起こらず、釈然としない表情のままナインの方へ非難がましい目線を向けた。


「ベルティータに関連する事象は、バグを起こすということですか」


「正解・・・かも知れないが、まだ断定はできない。判断するには実例が少なすぎるから」


 肩を竦めてみせるナインは、身を屈めてベルティータに笑み掛けると、急に真面目な顔をして右掌を見せるよう、右下腕を真直ぐ立てた。


「聖騎士の名に掛けて、俺は君を騙したりなんかしてない、だからこれからも避けないでいてくれないか?

 なんか、こう……小さい子に嫌われると、非常に心に来るんです」


 真面目な表情はものの数秒で、情けない表情に上塗りされ、それも重力に導かれるかのように、見る間に萎れ項垂れていく。


 それがある瞬間、不意に心が少しだけ軽くなる。

 柔らかな風が頬をくすぐり、髪を撫でで抜けたのだ。

 ナインが深呼吸を一つして顔をあげようと、膝頭に置いた両手に力を込めかけ・・・何時迄も終わらない、髪をなでつける風の正体に気付く。


 項垂れて下がっていても、まだ高過ぎる位置にあるナインの頭を、爪先立ちしたベルティータのちまい手が、よしよしと撫でているのだ。


 それに気付いた瞬間、名前を知らない衝動が、ナインの全身を駆け巡った。


「何ですかバカ9。その『今なら俺、ドラゴンでも何でも殺れるっ!』みたいな顔は?」


「ちょっ、人の心を読むなよっ」


 反射的に勢い良く顔を上げて言い返してしまい、驚いたベルティータがバランスを崩してよろめくのを、手を伸ばして支えようとするが、それより先にアルリールがナインから庇う形で引き剥がし、腕の中に仕舞いこんでしまう。


「さて、情緒不安定なバカ9は放っておいて、汚れてしまった服を着替えてしまいましょうか」


 およそ今までアルリールが、手にしたこともなければ、気に掛けたことすら無い、可愛らしいデザインの服を、ベルティータが拒否出来る時間を与えずに胸元へと押し付ける。

 気付いた時には、色とりどりの布の破片が周囲を紙吹雪のように舞っていた。

 目の前に立っていた筈のベルティータは、尻もちをついた状態のまま、まん丸の目でアルリールを見上げている。

 向けられた金色の瞳は、幸いなことに恐怖は浮かんでいないものの、驚愕と僅かな苦痛の色に彩られ、銀の髪から覗いている長い耳もヘニャリと下がって、警戒で微かに震えている。

 

「貴方の目には、今何が起きたように見えましたか?ナイン」


「服が爆発した」


「もう少し詳しく」


 流石に下手な冗談を此処で差す挟める空気ではないと、アルリールの何時になく真剣な声と眼に顔を顰めながら、僅かな逡巡の後にナインは口を開いた。


「服に伸ばしたベルティータの手から黒い雷が出て、それが服に接触した瞬間、服が爆発した様に見えた」


 聞くが早いか、アルリールはベルティータの傍らに膝をついてしゃがみ込み、怖がらせないようにゆっくりと伸ばした手で、ベルティータの両の手首を優しく掴み、手の平が見えるよう裏返し――

 焼けただれた小さな手を目の前にして、酷くショックを受け、何も言えずに俯く。


「アルッ、ポーション」


 ナインはそれを見て、極自然な仕草で『引き出し』た赤い液体の入った、硝子製らしき透明で硬質な小瓶を差し出すが、アルリールに押しとどめられる。

 アルリールの態度が、何を言っているのかを理解し、悔しそうな表情を浮かべるナインの手の中から、ポーションが掻き消えた。


「……攻撃したみたいに見えたのに、怪我するのか」


「みたいですね、でもHPは減ってません」


 返ってきた冷静な声の内容に、ナインも冷静さをわずかに取り戻し、どうすれば良いのか二人は無言で視線を交わし合うも、当然だが何方も答えが出せる筈がない。

 手段としては二人共に思いついてはいる。

 しかし、それを結論として提示するには、二人は優しすぎ、ベルティータの傷は痛々しすぎた。


 別の装備を買い与えることは、現在窮乏に立たされている二人の経済状況とはいえ、無茶苦茶なレア装備でない限り可能である。

 最前線の攻略組に数えられる二人である、彼らの求める装備の金額に比べれば、初心者の集う始まりの街の一つである此処で買える装備など、言ってしまえば端金程度の金額なのだ。

 だが、もう一度買い漁って来て、ベルティータに手渡そうとは思えないでいた。


 二度目は、苦痛を与えること無く装備できるかもしれない。

 だがそれはただの希望的観測であり、何の保証も裏付けもない願望でしか無く。

 圧倒的に、同じ結果になる確率が高く、説得力もある想定を覆せない。




 多分、正解は『それじゃ、ガンバって』と、今此処で別れることだ。




 そうすればベルティータは、誰憚ること無くキャラを消し、何事もなかったかのように新しいキャラでやり直せる。

 自分達と一緒にいれば、その分だけ時間は拘束され、ゲームを楽しむ時間が理不尽なバグで苦痛を感じる時間として重ねられていくだけ。

 打開策が思いつかない以上、それがベターな選択だ。


 たとえ見た目が、キャラクターの作成年齢制限を大きく下回る四歳程度という、見たことも聞いたこともないレアな確率を引き当てていても。


 たとえ種族が、都市伝説でしか聞いたことがない超レア種族どころか、本来選べるはずのない敵対種族などという、有り得ない代物を引き当てていても。


 日常行動すら苦痛なキャラクターを続けるのは、ゲームとして正しいのか?


 否だ、そもそもベルティータは元々作ったものとは違うキャラクターを、本人の了承もなく強制的に押し付けられたと言っていた・・・訴えているように見えた。


 なら、何を躊躇うことがある。


「あー、ベル?そろそろ夕飯の時間だし、一旦ログアウトして飯喰ってからまた合わないか?

 俺とアルは今日はこの街を拠点に動くつもりだし、そうだな……一時間後に噴水の辺りで待ち合わせとかでどう?」


 途中でアルリールが口を挟もうとしてくるのを、強引に話を推し進めると、ベルティータがOKサインを指で示し、先程ナインに教わった小技でメニューを開き、手を振りながらその姿を薄れさせ消えていく。

 黙って見守っていた二人だが、完全にベルティータの姿が消えると、顔を見合わせ二人同時に深い溜息を付いた。

 

「貴方に言わせてしまった、自分の勇気のなさが少々腹立たしいです」


「俺はまた、ベルを見捨てるようなことを言った!って怒られるかと思った。

 まぁそれも含め、矢面に立つのもヘイトを集めるのも、騎士の仕事だから覚悟の上なんだけど」


「『キャラ作り直して出直して来い』なんて酷いことを、私の口からとても……」


 眉をひそめたアルリールが、そう言って力なく首を振る。

 

「いや待て、待ってください、そんな悪人みたいなこと言ってないから。

 確かに外見が変わっても大丈夫なように、時間と場所を指定したし、キャラ作り直したほうがベルには幸せなんじゃないかと思って言ったけど、強制も強要もしてないよね俺?」


 会話が何時もの空気を醸し出し、立ち込めていた張り詰めた様な空気を払拭していく。

 普段をなぞることで、二人共に無意識に入り過ぎている力を抜き、狭まっている視界と思考を揉み解し、心に余裕を取り戻す。


「見捨てるなんて出来るわけ無いでしょ、恥ずかしげもなく聖騎士なんて自称するバカ9に」


「あー、凄ぇ不本意な言われようだけど、一定以上の信頼をされていると喜ぶことにしとく」


 顔を顰めながらも、どこか照れくさそうに頭を掻きながら、ナインがゆっくりと歩き出す。

 呼び戻された心の余裕が、周囲から幾つもの視線が集まっていることを教えてきたのだ。

 アルリールも何も言わずにそれに合わせ歩き出すことで、周囲から集まっていた視線がほどけていくのを感じ、目的のないまま街中を歩きづつける。


「正直、あんな状況で続けさせるのは無理だ」


 目線は通りの露天に向けながら、隣を歩くアルリール以外には聞こえない、個人チャットで聞こえてくるナインの声は、浮かべているいつも通りの笑顔とかけ離れて苦い。


「はっきりと言ってしまえば、『何も出来ない』ですからね」


 アルリールのほうは、普段通りの仏頂面のまま、手をかざして空を見上げるようにしながら、返す声も相変わらずだが、やはりどこか苦々しげに響く。


 JOBもレベルも何もない、取得スキルの習熟度のみというVR初期のMMOとは違い、BABELには旧来のJOBやレベルという概念が厳然とある。

 というのも、スキル性のMMOは確かに自由度が高く、サービス開始時爆発的に流行り、それ以降の物も踏襲し旧来の物を駆逐するかに思われたが、ある時潮が引くように旧来システムの作品にプレイヤーが流れ出したのだ。


 曰く、スキル性の物には、『出来ないことがない』のでつまらない。


 或いは、『自由過ぎて飽きる』という、矛盾とも取れる意見である。


 旧来型システムの最新鋭であるBABELは、戦闘系の取得スキルは基本的にJOBの制限がかかり、それを取捨選択する、それ以外のスキルは取得条件を満たせば取れると、いわば自由はあれど制限付きという形である。

 殴り合いでモンクに勝つ白魔術士は居らず、魔法の威力でナイトに負ける黒魔導師は居ないのだ。

 セカンドジョブと言われる、一次二次生産などにかかわるJOBをメインと自称しプレイする者達とて、ファーストJOBは――多少の例外はあるものの――全て所謂冒険者としてやっていけるものとなっている。

 ゲームの謳い文句からして、『闇の軍勢を打ち倒し、平和を取り戻すために、冒険者として戦え』と、戦闘を前提とした世界観だ。

 



 そこで、武器も持てず、道具もつかえず、鎧も着れない4歳児に、いったい何ができるのか?




「ベルだって、中身が見た目通りの子供って訳じゃない。

 だから、俺達ができるのは、婉曲的にああやって忠告することと、次会うときにどんなに姿形が変わっていようが、態度を変えずにフレンドとしてこの街を案内する事じゃないか?」


「流石は自称聖騎士です、恥ずかしい台詞がよくまぁポンポン口から出ますね」


 久々に歩いた始まりの街は、懐かしさやほんの少しの新たな発見に彩られ、ゆったりとした気持ちで散策をしたためか、気がつけば一時間はあっという間に過ぎ去っていた。

 またせてしまっては可哀想です、とアルリールに急かされたナインは、行きのゆったりした歩きとは対照的に、小走りで約束の噴水へと向かう羽目になった。


 2016.09.10追話

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ