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01.キャラクターをつくろう

 この作品は、オリジナルVRMMORPGもので、以前ブログに掲載していたものを清書したものです。


 妄想とんでも話ですので、肩の力を抜いて楽しんでいただけたらと思っております。

 そのうえで、なにか一つでも読んで頂いた方に残せたとしたら僥倖です。

 願わくば、読んでいただいた方々に物語の中に参加したいと思っていただけますことを。


 尚、感想への返信は、時間との相談で基本的に出来ないかと存じますが、何卒ご容赦ください。

 01.キャラクターをつくろう


 はっきりと目に見えて解るくらいに肩を落とし、情けないほどにうなだれた頭の先で、明るい茶色の髪がゆらゆらと揺れた。

 そんな萎れた青菜のような、しんなりとした様子とは正反対に、一歩踏みしめるごと軽くはない金属音を全身から響かせる茶髪青年の足取りはしっかりとしている。

 もっとも、生気を感じさせない引き摺るような足取りは、リビングデットという言葉を見る者の脳裏に簡単に思い浮かばせ、それを重くしているのが肉体的な疲労ではなく、精神的な徒労感であると教えてくれていた。


 ひょいっと器用に顔だけを上げ、左肩越しに後ろを見やる青い瞳は、疲れたと言うよりは、もうかんべんして欲しいと言う色合いを浮かべ。

 苦笑い気味に引き攣って上がる口の端は、今日だけでもう何度目かになる同じ問い掛けを、背後の相棒に投げかける。


「なぁ、最近のドロップアイテムが呪われ装備ばっかりなのって

 やっぱり俺達自身が呪われた・・・ってことなのかな?」

 

 実際、青年の口にする言葉通り、此処数日で敵が落として手に入れたアイテムは、小銭を除いてその殆どが『呪われ』装備で。

 極たまに、まともなアイテムを敵が落としても、倒した敵のレベルとは到底見合わない――所謂、ハズレやクズアイテムと呼ばれるものしか無く。

 開き直って、どうせ碌なアイテムが入手出来ないのだから、と自分達の実力にあった場所から、初心者向けの街でやり残したクエストの消化に来てみたのだが、結果は当初の予定通りに碌でもない。


 苦労に見合わない報酬というものは、出口の見つからない迷路と並び、人の心を折る二大巨塔の一つであり、見合わないというだけで、一応報酬やドロップアイテムが出ている事が、現状がシステム側のバグではなく、仕様であることを示しているため、余計に質が悪いともいえる。


 冒険者として、自身が受注したクエストや誰かの手伝いに行った先で手に入れたアイテムを売りさばき、それを活動資金にして次の冒険へ、或いはそれで貯めた金で新しい装備を揃える――という流れが当然となっているこのゲームの中での常識において。彼の嘆きは切実で・・・自分の身に降りかかれば笑い事ではない。


 言うまでもない事ながら、レベルが上がれば上がるほど装備品は高価になっていく。

 ましてや、全身を白く輝く板金鎧で包んだ青年は、ひと通り装備が揃っているように見える、という事は次に狙うであろう上級装備やレア装備ともなれば、入手に必要な金額は天井知らず。

 店売りの様に常に在庫があるわけではなく、偶々発見したそれを購入しようと金を持って帰ってきた時には、既に誰かに買われていることや、値段が倍に跳ね上がっていることも珍しくない。


 そして、レベル帯が上がれば値段が上がるのは装備品だけではない。

 消耗品とて同じように値が上がり、それをケチっていては命にかかわる。

 ・・・事もさることながら、プレイヤーの間で悪評が広がれば、PTパーティに誘われなくなっていく。

 良くも悪くもそのあたりは、実に日本人的であるともいえた。


「バッドステータスは付いてないですよバカ9。

 そんな顔してこっちを見ないで下さい、古代魔法で消し飛ばしてしまいたくなります」


 同じくうんざりした顔で、敵の落としたアイテムを陽に翳し見ていたローブ姿の相棒は、声からすると女性のようだ。

 一回り以上背も低く先の細いシルエットが、ゆったりしたローブでも隠し切れない所を見ると、彼女の種族は人間ではないのかもしれない。

 おもむろに、手に持って翳していた腕輪らしき物を、無造作に背後に放り捨てる。


「わっ、バカ、店で売れば多少は金になるんだぞ。

 それに解呪出来れば凄いアイテムに成るかもしれないのに」


 慌てて拾いに行こうとする青年の襟首を捕まえ、ローブの女性がため息混じりに声を漏らす。


「ジゼに解呪を押し付けるのですか?

 ギルド全員から集まったアイテムの解呪に追われ、彼女も泣いて喜ぶでしょうね」


 そこまで考えが至っていなかった自分を恥じ、一瞬黙りかけたが・・・

 すぐにも彼女の発言と行動が、全くイコールではない事に思い至り、改めて抗議する。


「それで捨てるのが正当化されるわけじゃないだろ?」


 女性の口を突いて出た呆れた溜息は、騙されかかった相棒の頭の中に向けられたのか

 或いは別の――もっと先の考えにまで至らない相手にか。

 しかし、続く言葉は非難の言葉でも、青年の問いかけに対する答えでもなかった。


「それは呪われもしますよ。

 そのレベルに成るまで、一体どれだけの敵を倒してきたと思ってるのです?」


「今言ってるのは、この前のクエのことだって、わかってて態と誤魔化してるだろアル」


 そこまで解ったのなら、気付かない振りをして、相手の話にのってあげる優しさを持てば良いものを


 だから貴方はモテないんですよ・・・


 溜息とともにローブ姿の小柄な女性が空を見上げ、ついに諦めたように肩を落とす。


「『闇の女王』なんて、頭の悪いクエストの名前だと思ったら……こんな嫌らしいしっぺ返しがあるとは思いませんでした。

 これって運営側の嫌がらせですよね、一体どれだけ捻くれた人が考えたのか。

 まさか、クリアしたキャラを闇に突き落とすトラップ・クエストなんて、人間心理の盲点を完全に突かれました」




 ☆ ☆ ☆




 座ると言うよりは寝そべるに近い、深い角度のつけられたシート。

 フットレストに苦労して引っ張りあげた足を置き、半透明のハッチを手元のボタンで閉じると、密閉された空間は静寂に浸された。

 身体は完全に床から切り離され、シートの所在の無さとあいまって、どこか宙に浮いているようにも感じられた為、妙な落下感に意味もなく不安を感じる。

 浮つく心を落ち着かせ様と、ゆっくり深く息を吸い込み――鼻をくすぐる新品特有の匂いに、心の中に期待と興奮が渦巻いていき、当初の目的を果たすまでに更に時間が掛かる。


 無意識で浮かべたのは、完全に子供の笑み。


 眼鏡を外し、左側にあるホルダーに仕舞い込み、ヘッドセットをおっかなびっくりかぶってシールドを下ろすと、そこには霞んだように文字が浮かんでいる。

 右耳のあたりを指先でなぞり、先ほど読んだ説明書の通り幾つかのボタンを操作していくと、ぼやけた文字ははっきりと読み取れるように成り、ゆっくりと文字が迫ってくるかのように感じた。

 指先ですぐ隣りのボタンを操作していくと、音が次第に耳に届き余り大きくならないあたりでボタンから指を離す。

 もっともこの映像も音量も、キャラクター・メイキングの間だけの短い付き合いだと、説明書にも冗談めかして書かれていた。


 ヘッドセットをつけた頭をヘッドレストに預けると、初めて首に予想以上の負担がかかっていたことがわかり。

 意識して無駄に入っていた肩の力とともに全身から力を抜く。

 未知の感覚に不安を覚え、身体は知らぬ内に緊張して力が入っていたのだろう、そう思うと笑いが漏れでた。

 自分の現在置かれている姿を想像してみて、閉所恐怖症であれば始める前に終わっていただろうことを知り、誰にともなく感謝する。


 DIAISと呼ばれるコクピット型のシステムが、このゲーム――BABELを楽しむのに必要である。


 ・・・そう、『楽しむには』であって、『参加するには』ではない。


 VRMMOとして世界でも最高峰の出来であるBABELに、参加するだけであればヘッドセットと専用グローブがあれば、遊ぶことは出来るのだ。

 ただし、簡易で遊ぶのであればBABELよりも最適なゲームは、他に幾らでもあった。

 BABELの他より自由度が高く、優れた部分――本当に別の世界にいるような感覚――を楽しみたいのであればDIAISは必須である。


 正式サービスが開始されると、参加者が爆発的に増えた。


 原因は、BABELがプレイに必要なディスクを、無料配布したことと。

 基本プレイから始まり、ゲーム内課金要素がなく、BABELは最も金の掛からないVRMMOと、正式サービス前に世間の話題を一掃していた。

 また全世界同時に開放されるという事もあり、世界各国のヘビィユーザーがこぞって参加し、とある国では政府機関に雇われたプレイヤーすら居る、などという噂や都市伝説が流れるほどに盛り上がりを見せた。


 では他のVRMMOは、BABELによって経営難に追いやられ、駆逐されてしまったのか?


 いや、そうはならなかった。なぜなら、簡易システム――即ちヘッドセットと専用グローブだけのユーザーが、直ぐに見切りをつけたからである。


 左右を確認するには、重いヘッドセットを付けた頭を振って肉眼で確認する必要があり、剣を振ったり手を動かすにも、実際に肉体を動かさねばならない、キャラクターの移動をするにはゲーム内の仮想コントローラーを操作してになるのだが、レスポンスが悪い上に戦闘中に移動することなどまず不可能である。

 だが、フルダイブ式のDIAISユーザーは、その横でまるでその世界の住人のように、当り前に飛んだり跳ねたりしながら戦闘をしていくのだ。

 簡易システムユーザーが、いくら仕様とは言え、不満を抱かぬわけがない。結果、正式サービス開始直後にプレイヤー数は爆発的に減少した。


 簡易システムで入っていたユーザーが、世界最高峰の出来で基本無料のBABELを、同じ土俵に立って続けなかった理由は単純にして明快、DIAISが非常に高価で、学生など収入のないユーザーがついて来なかったからである。

 噂によれば、システム概要を聞いた医療関係者が下手な介護システムよりも、優れていると唸ったとか。

 もっとも、それも当然といえるほどの価格設定で有り、設置にもかなりのスペースが必要とあっては、おいそれと手を出すわけにも行かず。

 プレイヤー数は横這い――正確には極めてゆるやかな誤差といえるほどの増加――で落ち着いたのだった。


 グローブに手を差し入れ一度強く握り締めると、血圧計のように一瞬だけ強く圧迫され、ゆっくりと圧が抜けていき、最後には触れているのもわからない程度に緩んだ。

 説明書を先に読んでいなければ、驚いて無理やり引き抜こうとしていたかもしれない。

 グローブの中の圧が消えたと同時に、スタートの文字が一度フリックし、軽快な音とともに、キャラクターの作成画面へと目の前が切り替わった。


 つまりは今、一人分の誤差が横這いグラフへ加わろうとしている、ということである。


 キャラクター作成作業は速かった、種族、性別、外見年齢、外見特徴、職業と次々と迷いを全く見せずに決定していく。

 これはBABELのキャラクター作成では、考えられないほどの速さである。

 BABELの特徴、臨場感やリアリティもそうではあるが、キャラクターの外見調整の細かさと、キャラクターとして選べる種族の多さもそのひとつである。

 所謂ファンタジーでの王道、人間、エルフ、ドワーフは基本選択肢にあり、それ以外に多種多様な種族が『ランダム』で数種類、キャラクター作成時にプレイヤーごとに提示され、ほぼ全てのプレイヤーは必ず此処で足踏みする。

 現在も続けているプレイヤーは、先の問題により多くはなく、当然種族の情報も網羅されているはずもない、というのに迷わずキャラクター作成が進んだのには当然訳がある。


 種を明かせば別売りソフトで外見の細部が設定できる為、予めそれを行なっておいたのだ――と言っても自分でやったわけではなく、この手のことが得意な知り合いの人間が、半ば強引に買ってでてくれた結果なのだが。

 そのデータをDIAISに読み込ませ、ただ最後に決定をするだけ、当然だが種族は基本種族の中からの選択ということになる。


 数分どころか数十秒で、画面の中には細身で耳の長い、美形の青年が堂々と立ち微笑んでいた。

 輝くような長い金色の髪に、深緑の瞳、背負った長弓。

 この選択で本当に良いのか、と最後に音声で問い掛けられ、躊躇いなく顎を引くと、画面の中の長身な美形が応えるように頷き返し、視界は一瞬で暗転した。


 暗闇と無音の檻に閉じ込められ、どれ程の時間が経ったのか。

 微かなシステム音が遠くに聞こえたと思った瞬間……




 目の前には、異国風の広場が広がり、押し寄せる生活音に圧倒される。




 頬に当たる柔らかな風には、匂いまでもが乗っている。

 眼の前に広がる世界が、現実ではなく仮想現実空間であるという事実は、一瞬にして頭の片隅に追いやられた。

 無意識に両腰の辺りに両手をやりかけ・・・


 躊躇いがちに踏み出された右足の下で、足の裏が砂を踏みにじる小さな音と、ザラつく感触が伝わってきた。

 確かめるように今度は左足を踏み出し、最初に浮かんだ驚愕の表情は、見る間に歓喜の表情に塗りつぶされ。

 喜びを噛み締める様に空を見上げた勢いのままに、バランスを崩してひっくり返り、偶然そこを通りがかった人物に、さほど勢い良くではないもののぶつかってしまう。


「おっと、大丈夫?」


 反射的に両手で支えてくれた相手が、微笑みから一転、怪訝な表情を浮かべまじまじと、上から下へ一巡り青い瞳がなぞっていく。


 遠慮無く凝視されている気恥ずかしさに背を押され、それならばこちらもと相手をよく見れば、輝くような純白の金属鎧はその縁を金の装飾で縁取られ。

 その胸元には垂直に上を向いた剣と、左右三十度ほど傾いて中央でクロスする弓と杖という、如何にもファンタジーな意匠のエンブレム。

 バックパックの上に背負った盾や、腰から吊るされた片手剣の柄どころか、その鞘に至るまで宝石が嵌め込まれ、精緻な細工が施されている。

 見るからに高レベルプレイヤーといった外見

 対して受け止められた方はといえば、たった今この地に生まれ落ちたばかりの、初心者というのも憚られる程の初心者。

 身に着けているものなど・・・


 我が身を見下ろし、違和感を覚える。


 はっきりとその細部までデザインを覚えているわけではないが、知人が作ってくれた初期の服装とはかなり違う。

 一瞬、知人が仕掛けた悪戯に引っ掛かったのでは?と言う思いもよぎったが、すぐにも否定する。

 作ってくれた知人は、確かに悪戯好きなところはあるが、少なくとも悪意のある悪戯をする人ではない。


 だったら、このスモックのようなボロ布は・・・


 足首にはまっている、錆びたような金属製の輪は一体何なのだろう。


 少なくとも、これだけは断言できるが、当初のデザインでは靴くらいは履いていたのに、今見えているのは裸足だ。


 現状を全く理解できないまま、混乱は混乱を呼び。

 事の顛末を遠巻きに見守っていた周りからは、好奇の視線と、とても友好的とは受け取れない声色での囁きが、しかめた顔達から流れ落ちてくる。

 そんな淀んだ空気を吹き飛ばしたのは、白鎧姿の青年の明るい声だった。




「ようこそ剣と魔法の世界BABELへ、歳若い冒険者……いや、何処かのお姫様かな?

 此処でこうして出会えたのも何かの運命、良ければフレンド登録してもらえないかな」




 言いながら、背負っていたバックパックのサイドポーチから、清潔そうな真っ白い布を取り出して差し出してくる。差し出された布と、優しそうに見守る青い瞳を交互に確認しながらも、混乱した頭はどうすればいいのかさらに困惑していく。

 生まれたばかりのキャラクターと同様、操作すらまだおぼつかず何もない所ですっ転ぶ初心者が、いきなり見知らぬ相手から、何やら専門用語を含んで話しかけられたのだ。

 かなりの社交性、或いは積極性とともに自分に自信があるものでもなければ、置いてきぼりにされるのはまず間違いない。


 進もうとしない事態に、彼の連れらしき――同様に高レベルらしい、見てわかるほどに精緻な刺繍を施された、美しい色合いのローブ姿の女性がフードを跳ねあげて、連れの青年の手から白い布と、支えている小柄な相手をひったくるように引き剥がす。

 呆れた溜息をつきながら、軽々と抱きあげられ、女性の薄い胸元に頭を押し付けられるように庇われたかと思うと、綺麗な澄んだ声で・・・目前の助けてくれた青年を、容赦なく罵りだした。


「バカですか貴方は。

 何処の世界に、たった今怯えさせた相手に向かって『運命だから友達になろう』なんて言い出す人がいるのですか?あぁ、たった今私の眼前にいましたね・・・

 そんなだからギルドの女性陣から鼻にも掛けられないのです、このバカ9」


 見上げたそこには、若干目尻の吊り上がった切れ長な目と、長い耳。

 自分の選んだ種族と同族の女性は、説明書に書いてあった通り、見惚れるほどに美形であった。

 そんな美しい外見からは想像できないほど、鋭く容赦無い罵声が嫌になるほど冷静に、彼女がバカ9と呼ぶ助けてくれた青年に突き刺さる。


 当然、青年・バカ9(仮)も言い返すのだが・・・完全に役者が違う。

 最終的には理詰めで完封された青年が白旗を上げ、エルフの少女が、今後に期待しないで改善を待ってますと告げるに終わり。漸く腕に抱え上げた相手へと、まっすぐに綺麗すぎて怖くなるほどの顔を向ける。


「うちのバカがお騒がせして申し訳ありませんでした」


 紫の瞳からは、先程まで纏っていた怜悧な鋭さが抜けるも、耳に届く声は先程までと変わらぬ整然とした落ち着いた声。

 身を屈めてゆっくりと腕の中の相手の足を地におろし、一人で建てるのを確認すると、エルフの少女は正面で膝を折り、腕を伸ばして布で顔を拭っていく。

 エルフの少女が顔を拭ってくれている間、相手は心持ち顎を上げ、目を閉じてじっとしていた。

 そんな反応に、エルフの少女はほんの僅かに眉を寄せる。


 ・・・なんだか、こうして人に世話を焼かれることに、抵抗がないみたいです。


 成人であれば、気恥ずかしさや子供扱いされることに、抵抗があるのが当り前である。

 人によっては、それを怒りだすかもしれないとある程度覚悟をしていたのだが、逆にエルフの少女がやりやすいように気を使い、世話されることを積極的に受け入れる行動に戸惑った。


 さて、これをどう判断するかですが・・・判断材料が少なすぎて、正解が引けるはずがないでしょうね。


「私はアルリールと言います。

 いきなりバカ9が、運命だの何だのと訳の分からないことを言い出してすみません。あれはいつもの妄言なので、気にせず聞き流してやって下さい。

 もしよろしければ、あなたのお名前を教えてもらえますか?」


 かなり言いづらそうにアルリールに言われ、視線を少し上げて相手の頭上に今名乗った通りの文字が浮かんでいるのを見る、そっと手を伸ばす。

 相手に名乗ったことと、相手の視線がアルリールに向けられたために、名前が一時的に空間に表示されているのだが、当然そこには何の手応えもない。

 VR初心者に特有の、『見えるものはとりあえず触れるはずだ』という思い込みに、アルリールの表情が若干綻ぶ。


 さて、この子は本当の初心者か


 或いは、凄腕の姫プレイヤーか


 果たしてどっちですかね?


 冷静に内心でそう呟きながらも、アルリールは既に答えを自分の内では出していた。

 目の前で小さな顔を左右に振って周りを見渡し、どうにか自分の姿を見る事の出来るものがないかと見回し、幸運にも直ぐに窓を見つける。

 そちらに踏み出した一歩目で派手にひっくり返るのを、まるでそうなることがわかっていたかのように構えていた、アルリールの両手の中に小さな背中が落ちてくる。

 アルリールに赤面しながら恥ずかしそうに頭を下げ、よろめきながらぎこちなく再び歩きだそうとすると。透き通るように白いほっそりとした手に、肩を掴まれ引き止められた。


「全身は見えませんが」


 何故か頬を染めたアルリールが、ウエストポーチから取り出し、真っ直ぐに立てて構えてくれた手鏡を覗きこみ・・・




 そこには、見知らぬ誰かが映り込んでいた。




 後ろを振り返って見てもそんな人物は居らず、横から覗き込んでみても、やはり映るのは同じ顔。

 長い耳を意識して動かしてみると、鏡の中で相手も同じ動きをする段になって

 ・・・ようやくそれが自分の姿だと、絶望的に落ち込みながら認めた。


 太陽の光を集めたような金色の髪は――銀月のこぼした雫のような銀色で


 深い森林のような深緑の瞳は   ――暗闇に輝く猫の瞳のような金色で


 淡く透き通るような白い肌は   ――暗く沈み込むような褐色の肌で


 細身ながらも健康的な長身の青年が――病的にやせ細った、十にも遠く満たない幼い少女に


 背負っているはずの優美な長弓も矢筒もなく、靴すら履いていない姿は、確かに冒険者と言うよりは寝間着姿で城を抜けだしたお姫様に近いが、更に最適な表現なものがある。

 ボロ布で身を包み、、鎖のない錆びた足枷を足首につけたまま、上手く歩くことも出来ず。

 ガリガリにやせ細り、すぐによろけるその姿が、強くその言葉に説得力を与え過ぎ

 ・・・誰も口に出来なかった。




 逃亡奴隷




 頭を抱えてうずくまる少女の頭上には、大量の疑問符が生産され続けるが、幾ら悩んでみたところで、キャラクター・メイク時の理想像と現状の姿の、絶望的に隔絶された距離・・・いや、決定的な断絶が、何故発生したのかなど答えが出るはずもなく。

 どころか、BABELにおいて、強力な敵対種族としての位置づけを確立している、ダークエルフそのものの姿で生まれた以上、どう考えてもバグでしかない。

 如何に選べる種族数が多いBABELであろうと、敵対種族をプレイヤーが選ぶことは出来ない。

 そも、キャラクターメイキング時点で作り上げたものと、現在のアバターが異なる時点で何らかのバグが発生しているとしか言えない。


 唯一解ったことは、自分が名無しである原因。

 ゲームというものに不慣れなことと、浮かれすぎていたために、キャラクターネームを付ける過程を、確認もせずにすっ飛ばして登録してしまった――自業自得だということだけ。


 小さな体で身振り手振りで説明しようとするが、『何かを必死に訴えようとしている』以上のことは伝わるはずもなく。

 むしろ、そんな必死な様子を、アルリールは微笑みを浮かべ頬を染めながら、相槌を打つように小さく頷いて温かい目で、何処か幸せそうに見守っているだけ。

 アルリールでは埒があかないと早々に悟って、アルリールのそんな姿に唖然としているもう一人。

 バカ9とアルリールに呼ばれていた、板金鎧に身を包んだ長身の青年の方に視線を移し、その膝のあたりを引っ張って自分の方へ意識を向かせ、同じように身振り手振りで伝えようとすると、相手はなんとかそれを理解しようと努力してくれるが・・・


「私は、長い?……背の高い?、弓使いで、グラマー?えっ違う?……セクシー?」


 少しずつずれていき、何が起こってこんな異常な状態になっているのかを、伝えることが出来ない。


 決定的な解決法は極簡単に有るんだが・・・そう思いつつも、ダークエルフ(仮)の幼い少女がそれを行おうとしない以上、青年はそこには口を出せずに、黙ってジェスチャー当てクイズに根気よく付き合った。

 しばらくたって、腕を組み難しい表情を浮かべながら、青年は立ち上がり一つ強く肯く。


「要するに、この世界の事も、自分の事も良くわからないという事は解った!ならば、この聖騎士ナインとしては、見て見ぬふりは出来ないな。

 やっぱり、俺達は君と此処で出会う運命だったんだ」




 優しくて良い人なんだけど、この人に相談したのは失敗だったんだ・・・




 見上げるダークエルフ(仮)の少女の顔が唖然とし、次第に幼さに似合わない諦観の表情を浮かべる。


「貴方はただの騎士ですバカ9……いえ、ただのではなく『残念な』騎士ですね。

 さて、すっかり遅くなってしまいましたが、いつまでも名無しのままではこの子も可哀想ですし、何より私達も何かと不便です。せめて呼び名くらいは付けてあげたほうが良いでしょう。

 それとも、考えてあった名前があるのでしたら、ぜひ教えて貰いたいのですが」


 しばらく腕を組み、眉を寄せて悩んでいたダークエルフの少女が、不意に地面にしゃがみ込み、足元の地面を指で引っ掻いて指をさす。


「ベルティータ、可愛らしい名前です。

 では、改めましてよろしくベルティータ、これで私たちはお友達です」


 差し出された白く細い手を、褐色の小さな手が握り返すと、そのままアルリールがその手を引いて歩き出す。


「そんな訳ですので、私の幸せのためにこのまま買い物に行きましょう。心配しなくとも荷物持ちは此方で用意済みです。何やってるんですかバカ9、さっさと行きますよ」


 2012.11.26

 2016.08.04改

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