ネタバレ防止装置
E氏には悩みがあった。
彼の趣味は映画観賞である。
話題の映画を映画館で見るのが大好きだった。
そんな趣味を持っているが故の悩みを解決する装置がネット通販で販売さているのを発見した
迷わず購入した。
その商品の名は、『ネタバレ防止装置』という。
ネットの映画評論のサイトは見ないようにしている。
それでも必ずどこからか耳に入ってしまう情報を防ぐことができるのだ。
補聴器のような形をしていて、両耳に入れて使う。
ネットにつなげで常に最新版をダウンロードできる仕組みになっている。
映画館で券を買うときや、ポップコーンとコーラを買う列に並んでいるときに、すでに映画を見終えた観客がパンフレットを片手に友人や恋人と映画の感想を言っているのが耳に入る。
その結末が衝撃的であればあるほど、自然とその声は大きくなる。
「まさか、○○が犯人だったなんて!」
そんな会話が耳に入ってきて、何度つらい思いをしたことか!
それがこれから見ようと思っていた話題作ならなおさらだ。
そんな話を楽しげにしているカップルを見て、E氏は自分の攻撃衝動を何度も抑えてきた。E氏が事件の犯人になってしまう。
「実は、主人公がはじめに×××××××」
『映画のネタバレになる可能性のある発言をキャッチしました』
E氏は、試しに自分で映画のネタバレを語ってみた。
例の、秘密があるからまだ見てない人には黙っていてねという宣伝で有名になった映画だ。
あの児童心理学者のことをネタバレされた苦しい思い出がよみがえる
あの時は、先に見た母親が結末をネタバレした。
母子家庭で、苦労して育ててくれたことへの感謝の念が吹っ飛びそうになった。
「でも、もう安心だ。これは役に立つぞ。
これでもうイスタンブール発カレー行きの急行列車の時みたいなこともなくなるのだ!」
ミステリーマニアの友人が、自分がどれほど罪深いことをやっているのか自覚することなくつぶやいた。
過去の名作だろうと、こっちは結末を知らなかったというのに。
十二回刺してやろうかと思ったほどだ。
映画館でもネタバレを恐れなくて済むようになった頃には、E氏は普段の生活でもネタバレ防止装置を身に着けるようになった。
「これで、安心して同僚と日常会話ができる」
小型で目立たないため、身に着けていることを相手に悟られることもなかった。
ある日、同僚の奥さんが妊婦で出産についての話になった。
「産婦人科の先生に、×××××××」
『映画のネタバレになる可能性のある発言をキャッチしました』
(なんだ?いきなりネタバレ防止装置が作動したぞ?故障か?)
耳からネタバレ防止装置を外すと、同僚は帝王切開、カイザーについて話していた。
家に帰ってから、企業のホームページを調べてみると、シェークスピアの戯曲「マクベス」のネタバレになる可能性に反応したということが分かった。
「こんなものにまで反応するのか。ちょっとやりすぎじゃないか?」
ある夜、E氏は自分の会社の部長にホテルのバーに呼び出された。
「君に話しておきたいことがあるのだ。このことは君の母親にもすでに相談してある。
若いころの私は、ある理由から恋人と結婚できなかったのだ。
しかし、彼女は私との間の子を身ごもっていた。
そう、実は私が君の×××××××」
『映画のネタバレになる可能性のある発言をキャッチしました』