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KNK48(キノコよんじゅうはち)  作者: 爪折次五郎
8/8

八本目

 中央会場は観客三千人が収容できる円柱型をしており、上には大きな三角の屋根が付いた、巨大なキノコをモチーフとした建物となっている。中に入ると、一番奥にキノコの娘たちが歌って踊れるステージが設置されているのが見えた。


 六十人近いキノコの娘たちは、フリゴさんの姿が見えないものの、ほぼ全員がそこに揃っていた。彼女たちは全員もれなく敵意を自分以外のキノコの娘に向けており、険悪なムードが漂っている。


「私が整形したってデマを流したのは、あんたでしょう! この前、私と肩がぶつかって、何も言わなかったじゃない。あんたに違いないわ。卑怯者!」


「あんたこそ、掲示板に私の中傷を書いたでしょう! 卑怯者はあんたよ!」


 バライロウラベニイロガワリのキノコの娘、色変 薔薇嶺さんが、ヒトヨタケのキノコの娘、黒肥地 一夜さんに食って掛かり、互いに罵倒をしていた。

 

 そして、色変 薔薇嶺さんが、黒肥地 一夜さんを軽く小突いたことで、二人はついに取っ組み合った。僕は走る速度の勢いを借り、二人の間に割り込む。


「止めてください。皆どうしちゃったんですか? こんなことして何になるんです! 外を見てください! ファンの皆が、大変なことになりかけています。喧嘩なんてしていないで、皆の言葉で、説得してくださいよ!」


「邪魔しないで、私達は今、誰が一番かを決めようとしているところなのよ! 一番はセンターになれるの! 一番じゃないと駄目なのよ!」


 ハマクサギタマゴタケのキノコの娘、アマニタ・プレムナさんが、僕を邪魔者だといわんばかりに叱咤してきた。

 

「これはキノコの娘の問題なのよ、部外者は出て行って!」


 チシオタケのキノコの娘、血潮 ヘモさんも同じように僕を追いだそうとする。

 

「どうしても出ていかなければ、まずあんたから始末するよ?」


 で、えー、コキララタケの小曽爾きららさんが……いや、コレラタケのガレリーナ・コレレさんだったかな? が、手厳しい意見を……。

 

「そうだ、そうだ! お呼びじゃないんだよ!」


「さっさと出てけよ、人間が!」


「痛い目会いたいか、この野郎!」


「……」


 ……と、キノコの娘AとBとCが叫んだ。


「人気なんか、どうでもいいじゃないですか。あんなの、大衆の勝手な数値化です。今すべきなのは、人を殺さずに生気を供給して、人と共生することと、今いるファンを大事にすることじゃないんですか!?」


 僕は脅しにも負けず、なんとか説得しようとする。しかし、皆は何かにとりつかれたかのように、憎悪を膨らませていた。


「うるさいわね、数十年しか生きていない、ぽっと出の若造に、私達の何が分かるわけ?」


 キノコの娘Dにそう言われて、僕はハッと気がついた。そうだ、彼女らは何年もの間、この森で平和に生活を続けていた。互いに支えあい、自然の恵みを分けあい、競争などせずに生きていた。それらの生活は一変し、急に競争社会に放り出され、新たな意識を目覚めさせてしまったのだ。これは、僕のせいなのだ。


「ねえねえ、私は? 私は? 若造?」


 先輩が何故か、興奮ぎみにそこに食いついた。


「ええ、若造よ。十分若くてガキンチョよ」


「えへへ、私若いって。ガキだってさ」


 先輩は頬を緩ませながら、照れている。

 虚しくならないのかよ。


「先輩、外に出ましょう。僕の言葉では、彼女たちを止められない」


「諦めるの?」


「いえ、キノコの娘たちを説得できるのは、彼女らの仲間であるフリゴさんしかいません。彼女を探し出します。そして、彼女に助けてもらうしか……」


「でも、どこにいるか分からないわよ? 彼女だけ単独みたいだし」


「大丈夫です。どこに居るかは、わかります。”あそこ”しかありません」


 外に出た瞬間、僕は愕然とした。いつのまにか、あちこちでファン同士の殴り合いの乱闘が行われていた。もはや、誰も選挙のことなど気にしていないようだった。ただ、前方にいる、目についた敵を無差別に殴る、暴徒の集団と化していた。


 投票を呼びかける声、敵であるキノコの娘を中傷する声は聞こえない。ただ、怒声と奇声、それと悲鳴だけが辺りを支配していた。


「フリゴさんが居る場所……それは、あそこしかない。初めて出会った、あの倒木があるところしか」


 僕たちは、森へと入り、あの倒木のある場所へと走った。フリゴさんと、初めて出会った、思い出のあの場所へ。


「フリゴさん!」


 僕と先輩は目的の倒木がある場所に到着し、息を切らしながら、辺りを見渡した。


「……」


「……普通にいないんだけど」


 いや、最近記憶力が悪くていけない。確か、フリゴさんと初めて会った場所。それはフリゴさんの家だった気がする。うん。たしかそうだった。間違いない。


 僕たちは再び走り、フリゴさんの家に扉を乱暴に開けて突入した。家の奥にフリゴさんがヘッドフォンを聞きながら、暗い顔でうずくまっていた。


「フリゴさん……ここにいると思っていましたよ」


 フリゴさんは、ヘッドフォンを外し、泣きそうになりながら僕の元へと床を這って寄ってきた。


「朽木~……皆、おかしくなっちゃったよ……前は少ない食料を皆で別けあって暮らしていたのに……今はお互いを憎んでいる……何故なの……? 前みたいな共産主義に戻りたいよ……」


「ごめんなさい。僕のせいです。……この、戦いを止めるには、言葉で皆を説得するしかありません。そして、それをできるのは、フリゴさん。貴方だけです」


「無理だよ……私の声なんて誰も聞いてくれなかった」


 駄目だ、自信を失っている。よく見るとボロボロだ。きっと、一人で皆を止めようと、今まで戦っていたのだろう。


「もう一度、声を届けるのよ、フリゴ。……アイドルらしく、歌に乗せて」


 先輩がフリゴさんの前に静かに進み、何かを手渡した。それは、KNK48のデビュー曲の楽譜だ。


「KNK48のデビュー曲は、平和を愛し、皆と共存することをテーマとした曲よ。これを歌えば、きっと皆、正気に戻るわ」


「先輩、無理ですよ……今あるのは、曲だけです。歌詞がない以上、歌うことはできません」


「歌詞ならあるわ。フリゴ、貴方が書いていたのがね。この前、意気揚々と私に見せにきたじゃない」


 そういえば、そんなことを言っていたなと、思い出す。本当に自作して、先輩に見せたのか。


「あの時、私は貴方の一生懸命書いた歌詞を読んで、あまりの酷さに大爆笑しちゃったわ。それはもう、床を転げまわるぐらい。お腹が痛くなって、呼吸が困難になった……正直悪かったと思っている……貴方顔真っ赤にして、しばらく口聞いてくれなかったものね。でも、あの歌詞が今は必要なのよ」


 ひどいもんだ。

 もしお子さんをお持ちの方が、似たようなシチュエーションになったら、ぜひとも笑わずに、褒めてあげてください。子供は深く傷つきますので。


「やだよ、また笑われるもん」


 小さな子供のように、フリゴさんはぷいと拗ねた。


 先輩は僕のほうを振り向き、無言で首を振った。「無理だ」そう言いたいのだろう。僕が言うのも何だが、あんたのせいだ。


 僕は立ち上がり、奥の部屋へと進んだ。ギターを手に取り、フリゴさんの元へと戻る。


「なら、僕も一緒に笑われますよ。一人で笑われたら悲しいですけど、一緒なら、笑われても辛さは分散されます。キノコの娘は、そうやって生きてきたんでしょう? 一人じゃなく、共生し、皆で共に生活してきたのですから。一緒に来てください。フリゴさんの願いを、叶えましょう。皆で一緒に成功し、もう一度笑いましょう」


 僕はフリゴさんに手を差し出した。彼女はしばらくそれを見つめていたが、急に目に炎の種火が見えたかと思うと、猛烈な勢いで手を握り、立ち上がった。


「私、歌う! 皆を正気に取り戻すため、歌う!」


 フリゴさんが戻ってきた。体は小さくとも、誰よりも勇気がある、アマニタ・フリギネアのフリゴさんが復活したのだ。


 先輩が僕の背中を叩いた。いつの間にか、手にギターを持っている。


「あんたがギター出来るなんて、知らなかったわ。しばらく、触ってなかったから、腕が鈍っているかもしれないけど……私も行くわ。最高の演奏を期待しているわよ」


「すいません。実は大見得を切っただけでして……本当はギター出来ないんですよ」


「じゃあ、ドラムね」


「できません。ごめんなさい」


「なら、ギターはジョン、ドラムはジェームズに弾いてもらうわ」


「イエス 最高ニクール ナ ナンバーヲ オトドケ スルヨ」


「ニホンノカンキャクニ タマシイノ ビートヲ キカセテヤルゼ」


 二人の外国人は、それぞれ楽器を手に取り、外へ出た。

 僕は彼らが何者なのか知らない。いつからそこにいたのかも知らない。



「うおおおおおお! 死ねえええええええ!!」


「ぶっ殺せええええええええ!!」


 外では乱闘が悪化していた。どこから持ちだしたのか、武器を持っている者達もいる。バット、カナヅチ、パイプ椅子、鎌、クワ、弓、AK-47など、キノコの娘たちがそれら武装したファンを引き連れ、今、まさに衝突せんとしていた。

 このままでは手遅れになってしまう。


 僕たちは、中央建物横に併設してある、屋外ステージへと楽器を運びあげた。


「さあ、フリゴさん。歌って、皆を正気に戻すんだ!」


「フリゴ、貴方にしか出来ないのよ!」


 僕と先輩が、フリゴさんに勇気を与える。


 ジョンと先輩がギターを弾き、ジェームズがドラムを叩く。僕はやることがないので、後ろで控えめに踊った。


 イントロが流れ始める。


 争いあい、留まることをしらないファンたちであった。しかし、どこからともなく聞こえてきた音楽に、ひとり、またひとりと戦いの手を止めていく。


「……なんだ、この曲は?」


「一体どこから聞こえてくるんだ?」


「何故だ、戦う気が、怒りが消えていく……」


 ――――――――――――――――――――――――――――

 タイトル この世で一番大事なものは平和と愛

 作詞 フリゴ 作曲 アラン・スミシー 


 愛してる 貴方を愛している 

 扉の向こうの君に そう伝えたいよ

 父さん母さんに感謝して もう一度 そう言いたいよ


 この世で一番大事なもの それは愛 あと平和

 だから愛している 平和愛している いいよね平和


 全ては平和 大事なのも平和 ピースアンドピース(ピースアンドピース)

 平和を乱す人がいるの? そんなら目玉をくりぬいてしまえ


 平和こそ全て 平和こそ正義 愚か者には体に教えこめ 

 戦争と平和 唯一神平和 エブリディ平和 


 平和ばっかじゃん 愛もがんばれよ

 うんたらかんたら なんとかかんとか


 ふふふふ~ん平和~ はははは~ん愛~

 ふふふのふ~平和~ はははのは~愛~


 ――――――――――――――――――――――――――――


「なんて美しい歌なのだ!」


「心が浄化されるようだ!」


「素晴らしい、一文一文が心に染みわたるようだ!」


 何か言わされています感が拭えないけど、とにかく武器を手に持ったものは、もうそんなものは不要とばかりに、それを投げ捨てた。


 皆が正気に戻っていく。あるいは、狂っているのかもしれないけど。


「俺達は、一体何をしていたんだ?」


「順位とか、そんなものは、関係ない! 俺達は好きな人を愛する。それだけで十分じゃないか!」


「俺達はなんて愚かだったんだ! そうだ、一番大事なもの、それは愛と平和だ!」


 ファンたちも、キノコの娘たちも戦いを止めた。はいはい、ハッピーエンドね、良かったじゃん。


「皆さん、これがKNK48のデビュー曲、『この世で一番大事なものは平和と愛』です。皆さん、これでお分かりでしょう。ランキングや順位、それらは重要なものです。でも、全てじゃない。人間が生み出したもの、それらは全て、仲間同士が円滑に生活するために存在するのです。争いの為に存在するものではありません。この曲は、それらを歌ったものです」


「うおおおおおおおお! この曲を、世界中の人に教えてあげなくては!」


 ファンの歓声が沸き起こる。先輩はいつのまに用意したのか、プレスされたCDを手に掲げ、皆に見せつけた。


「皆さん、もし仕事に疲れた時、人間関係に限界が来た時、そんな時はこの曲を聞いてください。別に疲れてなくても聞いてください。商店を経営している方は、営業時間中、毎日流してください。朝起きた時、休憩時、食事を取る前と後、寝る前の最低五回聞いてください。そして、毎日を健やかに過ごせることをKNK48に感謝してください。一人最低五十枚を購入後、家族、友人、職場の人たちに配布し、KNK48がいかに素晴らしいかを広めてください。それが貴方達の使命なのです」


「……」


 流石に皆、一瞬引いていたけど、もう一度音楽が流れると、反射的に再び湧き上がり、「平和のためなら、安いものだ」などと言って、その理念に賛同した


「さあ、皆さん。互いに手を取り合って、互いの存在を、仲間の存在を確かめ合いましょう」


 僕たちは、互いに手を取り合い、ともに結びついた。一万人いたファンたちは互いに強く結びつき、一つの輪になる。そう、まるでフェアリー・リングみたいに。


 ――――――――――――――――――――

 *フェアリー・リング


 一、キノコが地面に輪になって生えること。

 二、フェアリーのリングのこと。

 三、妖精の輪っかのこと。


「今日も一日中――していた」


 六葉社 木野国語辞典より

 ―――――――――――――――――――


 ただ、残念なことに、僕の隣にいた人はすごく汗をいっぱいかいていたので、汗で手がねとねとしていた。反対側の手はキノコの娘だったんだけど、ナメコのキノコの娘、滑木滑子さんだったので、こちらもネトネトとしていた。


 僕は先輩が言っていることよりも、この両手のネトネトをなんとかしたくて、デビュー曲とかはもうどうでもよかった。


「フリゴ、ありがとう。目が覚めたわ」


「俺たち、なんであんなことで互いを憎んでいたんだろうな……恥ずかしいよ」


「貴方は恩人よ、なんてお礼をいっていいか……」


「「「「「「「「本当にありがとう」」」」」」」


 キノコの娘AからVがフリゴさんの元へ駆け寄り、次々に感謝の言葉を述べる。


「マジ感謝」


「ありがとなぁ」


「すごいやつだよ、お前は」


「あの変な歌詞なに?」


「ニューリーダーの誕生だ!」


 さらにキノコの娘WとXとYとZと……あ、アルファベット26文字しかないじゃん。

 まあいいや。とにかくきのこのむすめが、ふりごさんのところにいっぱいきて、いっぱいおれいをいいました。


 フリゴさんが、照れくさそうにしながら、皆を前にしてこう言った。


「いやあ、しかし、危ないところだったわ。こんな騒ぎが続いていたら、もう少しで、サラマンダーたちが、騒音の苦情を言いに来ちゃったでしょうね」


「……」


「……」


「……」


 僕を含めた人間たちが、一斉に無言になった。


「……え、サラマンダーって……あのサラマンダー?……サラマンダーいるんですか? ……この森」


「いるわよ、この森にサラマンダー。知らなかったの? ああ、別にとって食ったりはしないから、別にビビらなくてもいいわよ」


「……知りませんでした」


 ……………………………………サラマンダー、いるんだ。


 …………ふーん。……サラマンダーねぇ。


 ……へー。


 ……目の前のこの子たちは、なんだっけ? ああ、そうだキノコ娘だ。……キノコの娘ねぇ……サラマンダーのことが頭でいっぱいになって、なんかどうでも良くなってきたな……。


 *


 色々あったものの、とにかく事件は収まった。


 このKNK48選抜総選挙騒動で、死者1175人、負傷者3892人が犠牲になったものの、デビュー曲のお披露目は大成功で終わった。


 月日は経ち、彼女たちはKNK48のデビュー曲を発売、順調にCDを売上、オリコン一位も獲得した。


 しかし、先輩がプロデュースする、生後48年以内のサラマンダーのメスたちによるアイドルグループ、SALAMANDER48(SAMAR48)が登場すると、世間はサラマンダー発見のニュースでもちきりになり、KNK48のファンは、SAMAR48にそのまま移行する形になった。


 僕は仕事を辞め、実家のある田舎へ帰ったので、それからのことは知らない。


 おわり



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