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KNK48(キノコよんじゅうはち)  作者: 爪折次五郎
7/8

七本目

 日曜日、僕は布団の中で眠っていたのだが、フリゴさんからの電話で叩き起こされた。


「『キノコの森』へすぐに来て! 早く!」


 何があったかを聞き返す前に、電話は切れてしまった。切羽詰まった声で、何か緊急事態が起こったのは明らかだった。


 いったい何が? 僕は着の身着のまま車を運転し、キノコの森へと急いで向かった。僕が見たのは、キノコの森を埋め尽くす。異常な数の人。平均のお客さんが八百人だとすると、今、ここにいるのは一万人ほどの大量のファンだった。

 そう、ファンだ。一般客なんか一人もいない。いわゆる、異臭で問題になるようなタイプのファンで、現に今、あまりの悪臭に僕は意識を失いかけていた。


「朽木―っ! 大丈夫かーっ!」


 ガスマスクを付けた先輩が僕の元へ走ってきて、僕の顔に予備のガスマスクを装着してくれた。

 おかげで、息が楽になる。


「危ないところだったわね、あと三十秒遅れていたら、死んでいたわ シュコー」


「ゴホゴホ いったい何が起きているんですか? 説明してください シュコー」


「総選挙よ。KNK選抜総選挙が始まったのよ! シュコー」


「け、KNK総選挙!? シュコー」


「いや、今日で結成百日記念だったから、何か特別のイベントをやろうかなー、と思って、自主性を高めるために、メンバーに好きにやらせることにしたんだけど。そしたら、なんかこんなのが始まっちゃって…… シュコー」


「そんな、人気格差問題も解決してないのに、メンバーに好きにやらせたんですか?  シュコー」


「最近は特に問題を起こさなかったから、油断していたのよ……  シュコー」


 何をやっているんだ、それではこれは、公式イベントではないか! ファンが勝手に立ち上げた、投票サイトの比ではない影響力を与えるはずだ。


「そう、ただの人気投票ではないわ。生き残りをかけた戦いよ。四八位以下の娘は、自動的に脱退させられるのよ  シュコー」


「だ、脱退!? 何を勝手なことを、そんなの認められるわけないじゃないですか シュコー」


「自主脱退扱いになるらしいのよ……止めたところで、どのみち居づらくなるでしょうし、これだけ大規模な投票の結果なら、無視することもできないでしょうね……  シュコー」


 48位以下……つまり、62人のメンバーのうち、14人が強制的に脱退させられることとなるのか。弱者が切り捨てられ、名実ともに、KNK48となるのだ……。


「……あの、すごく今更なんですけど、なんで『KNK48』なんですかね。62人だから、『KNK62』にしておけばよかったんじゃないですか……?  シュコー」


「まあ……いろいろあって……なんとなく  シュコー」


 察するに大人の事情ってやつらしい。僕はちょっと軽蔑した目で先輩を見た。


「でも、これは明らかに人気下位の娘にとって、不利な選挙ですよ。彼女たちは、反対していないんですか?  シュコー」


「いいえ、むしろ人気下位の娘達が推進したといっていいわ。彼女たちは、自分たちの人気が低いのは、上位陣の不正票の横行によるものだと常日頃から考えていたから……この選挙に反対の立場を示したのは、フリゴだけよ……  シュコー」


 フリゴさんの名前が出たことで、彼女の安否を心配する感情が芽生えた。仲間たちをランキングで格付けされるのを嫌がっていた彼女のことだ、きっと彼女は皆を説得し、開催を阻止しようと一人で抵抗したに違いない。シュコー


 あっ、いけね、地の文に シュコー って書いちゃった!


「選挙管理委員会でーす。今から電子投票券をお配りしますんで、引き換え券をお持ちのうえ、慌てずに取りに来てくださーい」


 投票券の配布が始まったらしい、ファンの波が大きく動いた。この数で全員に行き渡るのは、時間が掛かりそうだ。


「安心しなさい、朽木。ちゃんと私達の分は、確保してある シュコー」


 先輩はどこで手に入れたのか、二つの機械を手にしており、そのうちの一つを僕に渡した。落としたり、紛失したりしないようにするためか、紐が付いてあり、先輩はそれを首にかけた。


「これが電子投票券ですか? なんだか、スマートフォンみたいな機械ですね シュコー」


 裏を見ると、フリゴさんのヘッドフォンと同じ、“EGG”というメーカー名が書いてある。

 画面には、キノコの娘全員の名前がアルファベット順に並んでおり、アマニタ・フリギネア(Amanita fuliginea)のフリゴさんの名前が先頭にでていた。


 名前を選択するための矢印のカーソルが点滅しており、下には決定という表示が出ている。どうやら、名前の中から一人だけを選び、決定を押せば、投票扱いになるようだ。


「しかし、このやり方では公正な結果は出ないでしょうね……おそらく、ネット投票以上の、不正まみれになるはず シュコー」


 僕は先輩のその言葉に驚き、目を丸くした。


「なぜですか? 一人一台しか配られていませんし、これでは工作もできないでしょう。皆投票券を手に入れてすぐ、推しメンに投票していますから、妨害もできないはずです シュコー」


「甘いわね、朽木……投票締め切りは15時までよ。そして、締め切りまでは、投票先を後から変更することがいくらでも可能……これが、何を意味すると思う……? シュコー」


 先輩は、なにやら不吉なことを口走っているようだが、僕には分からない。後から投票先を変更できる? 単に操作ミスで入れ間違えてしまったのを修正する以外に、何か意味でもあるのだろうか。


「すぐに分かるわ……もう、中間結果が出ているわね シュコー」


 先輩はノートパソコンを取り出した、どうやら選挙管理委員会のものをくすねてきたらしく、画面には投票状態がリアルタイムで映しだされている。

 投票数はまだまだ、少ないものの、上と下ではすでに大きく差が開いている。下位のキノコの娘たちにとっては残念なことだが、多くの場合、ネット投票の順位とたいして変わらない結果となっていた。


 すると、ファンたちの波のほうから、なにやら騒ぎが聞こえてきた。


「……始まったわね シュコー」


 大きな悲鳴と、怒声が聞こえた。見ると、小太りのファンが一人、何かを叫びながら暴れている。


「うおおおおっ!! 僕は猫の舌ゼラたんのファンだ! 猫の舌ゼラたんに投票しない奴は、僕がぶっ飛ばすぞ! くらえ、猫パンチ! 猫キック!」


 そう言いながら、周りの人に無差別に殴りかかっていく。


「な、何をやっているのですか。あんなことをしたら、逆に印象を悪くするじゃないですか……それに、猫の舌ゼラさんは、人気投票一位……放っておいても上位なのは間違いないのに シュコー」


 僕は目の前のファンが行っている行動が信じられずにうろたえる。


「違うわよ、彼は確か、ドクササコのキノコの娘、毒嶋 笹子のファンよ。あれはなりすましのネガキャン。ああやって、迷惑行為を働いて、猫の舌ゼラへの投票率を少しでも減らそうとしているのよ シュコー」

 

「なんだって!? そんなことが許されるわけがないじゃないですか!?」


「うわぁ……猫の舌ゼラのファンは最低だな……投票するのは止めよう」


 周りで、そんなことを呟く声が聞こえてきた。彼らもサクラなのかもしれないが、少なくとも猫の舌ゼラの印象を悪くするのは一役買っているのは間違いない。


「にゃーっ! 止めてくれにゃー。暴力は駄目なのにゃー」


 語尾が『にゃー』のあざといキノコの娘、ニカワハリタケのキノコの娘、猫の舌ゼラさんが登場し、妨害工作を働くファンを止めようとしている。


 彼女は人気一位であるがゆえに、妬まれ、嫉妬され、不正行為による票集めをしたなどと疑いをかけられている、ある意味人気投票の一番の被害者ともいえよう。


「おい、あそこで暴れているのは、お前のファンだろ、何とかしろよ!」


 ファンが責任をとれとばかりに、ゼラさんを責める野次を飛ばす。


「違うにゃー、ゼラを呼ぶ時、ファンの皆は『ゼラちん』って呼ぶにゃー。『ゼラたん』なんて呼ぶのは、成りすましファンに違いないにゃー」


 ゼラさんは必死で周囲の人たちに身の潔白を訴えるものの、批判の声をかき消すことは出来なかった。


「朽木、見ろ。ネットでの人気ランキングで、猫の舌ゼラの順位が下がったぞ シュコー」


 先輩はパソコンの画面をこちらへ向けた。

 見ると、猫の舌ゼラさんの順位は11位にまで落ちていた。


「な、なんですか、これは……こんなのがまかり通るのだったら、自分の推しメン以外に妨害工作を働くやつが出てくるに決まっているじゃないですか……」


 ……ん? あれ?


「……先輩、僕のマスク シュコー っていうのが聞こえてこないんですけど、これ大丈夫なんですかね?」


「ン……大丈夫だろ……。 シュコー」


「本当にそう思っています? じゃ取り替えてくださいよ」


「やだよ、唾付いてるじゃん、ばっちいよ。それはいいとして、大変よ、朽木 シュコー」


「今度は何ですか?」


「ネットで人気五位のヤグラタケのキノコの娘、櫓屋望星に、彼氏がいるってデマが流されているわ シュコー」

 

「なんですって!?」


 見ると、ひと目でコラだと分かる粗末な合成で、櫓屋さんとスーツ姿の男性が、新宿歌舞伎町と思われるホテル街へと、今まさに入っていく画像が映し出されていた。


 いや、キノコの娘は『キノコの森』から出られないから……。

 僕はあきれ果ててそう思った。


 いくらなんでも、こんなものに騙される奴はいないだろう。そもそも、こんな根本的なところから間違えているところを見るに、これを作った犯人は、ファンでもなんでもない、無関係な人物だ。


「櫓屋が最下位になったわ シュコー」


 すげー急降下! ちょっと待て、この写真のどこに騙される要素があるんだよ! ファンは冷静になれ、もっと自分の推しメンを信頼しろよ!


「クロカワのキノコの娘、黒皮犇に飲酒疑惑が! シュコー」

 

 *当作品のキノコの娘の年齢は、全員三桁以上です。


「シロシベ・キューベンシスに、薬物使用疑惑が! シュコー」


 ……。


 ……あの、面接3番目だった、小刻みに震えている、グギギってキノコの娘? それは、まあ……仕方ないんじゃないかな……。


 投票結果はめまぐるしく代わり、上と下がグルグルと回る。もはや、次の順位の予測ができない。


「あの、ちょっといいですか?」


 いきなりファンの一人に話しかけられてきたので、僕は驚いて顔を上げる。


「なんですか?」


「あなたの投票券、もし良かったら売ってくれませんか?」


 見ると、手のひらに万札を握っていた。買収だ。大事な票を、金で買おうとしている。

 僕は怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、気づけば、周りでも似たようなことが横行していた。この男一人を咎めたところで、どうにもならないだろう。拳を握り、何とか耐える。


「いえ、これは売れません……」


「そうですか、失礼しました」


 ファンの男は残念そうに去っていく。


 なぜ皆はこんなふざけたことに、疑問をもたないでいられるのだろう。ファンが勝手に立ち上げて、勝手に投票するならば好きにすればいい。でも、これはフェアじゃない。自分の好きなアイドルの価値を、財力と汚い手段で無理に高めるやり方だ。それに、売る方も売るほうだ、そんな奴らが、ファンを名乗るだなんて許せない。この投票の結果次第で、多くのキノコの娘のアイドル生命が失われることになるのに、皆、わかっているのだろうか。


「先輩もそう思いますよね!?」


 僕は先輩の方を振り向きながら、怒りをぶつけるようにそう言った。すると、先輩の首にぶら下がっていた、電子投票券が無くなっているのに気がついた。


「……あれ……先輩、投票券は? ……」


「……ん? ……落とした…… シュコー」


「……首にかけていたのに?」


「……うるさいわね! じゃあ盗まれたのよ! シュコー」


 逆切れしてきた。そういえば、先輩なんか最近不動産に手を出して、多額の借金があるとか噂されているけど、あれ本当なのですかね。


「……そういえば、キノコの娘たちの姿が見えませんね」


 気づけば、猫の舌ゼラさんの姿も見えなくなっている。


 彼女たちの殆んどは、色彩的に目立つので、人混みの中でも見つけやすい。特にファンの人たちは……こう……地味な服を皆来ているので、特に顕著だ。それにも関わらず、今は誰一人として見当たらない。


 この数のファンたちをコントロールするのは、もう不可能だ。選挙を止めるなら、彼女たちを説得し、彼女たちの言葉で中止を言い渡してもらうしかない。

 特にフリゴさんはこの選挙に反対している、唯一のキノコの娘だ。早く合流しなければ。


「キノコの娘たちは、このキノコの森、ファンが移動を許される区画のどこかに固まっているのだと思うわ。監視の目を行き渡らせる必要があるはずだし コーホー」


「あれ? 先輩マスク変えました?」


「え? 何が? シュコー」


 あ、戻った。気のせいだったみたい。


「おそらくあそこね、中央会場。60人も入れる建物は、他にはない シュコー」


 先輩は円柱型の会場を指さした。

 僕たちは互いの顔を見合わせ、頷く。


「行きましょう。僕達が止めないと」



(いい加減 シュコー って打つのが面倒くさくなってきたので、次から省略します 作者)


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