五本目
「ありがとうございました。退出してください」
もう何十人目だろう、結局のところ先輩が認めるキノコの娘は出てきていない。かなり変わった外見の人はいた。でも、先輩はどうせコスプレだろうと頑なに認めようとはせず、今に至る。
「じゃあ、次の方」
僕は力なくそう言ったが、扉を開けて入ってくる人はいない。
仕方なく立ち上がり、扉を開くとあれだけあった長蛇の列は綺麗さっぱりと無くなっていた。ヴィロサさんが両手をクロスさせている。
「打ち止めでーす」
その瞬間、僕達の敗北が決まった。これだけの時間と手間をかけたにも関わらず、先輩に彼女らが人間ではないことを証明することが出来なかったのだ。
落選したキノコの娘たち六十人近くが、前庭で鬱屈とした表情を浮かべて固まっていた。
「人間の女一人認めさせることができないなんて、私達の存在意義ってなんなんだろうな……」
「私、キノコの娘であることに、自信がなくなっちゃった……」
皆、しょげかえって、敗北に打ちのめされていた。
「はー、終わったみたいね。あーあ、退屈しのぎにはなったけど、家でレベル上げでもしてたほうが良かったわ」
先輩が伸びをしながら、家から出てきた。その一言にカチンと来たのか誰かが、小さく呟いた。
「さっきからなんなのよ、その女……人間のくせに、私達のことを好き勝手言ってくれちゃって」
すると、先輩に怒りの矛先を向ける言葉が現れだし、波紋のようにしだいに大きくなっていく。
「そうよそうよ、もういいからやっちゃって養分にしちゃいましょうよ」
「久しぶりに人間の食事よ。若い人間二人、美味しそうじゃない」
「べ、別にアイドルなんて、最初から興味なかったんだからね!」
あわわ、なんだかやばいことになっている。僕は先輩に小声で懇願した。
「先輩、この際嘘でもいいから彼女たちをキノコの娘だと認めてくださいよ。そうしないと僕達ふたりとも、キノコの娘の養分ですよ」
「だから、キノコの娘なんていないのよ。あんたこそ目を覚ましなさい」
駄目か、見ると六十人のキノコの娘全員が立ち上がり、こちらへとジリジリとやってくる。
「ヴィ、ヴィロサさん。彼女たちに、こちらへ近づかないように言ってください」
僕は身の危険を感じ取り、キノコの娘のリーダーであるヴィロサさんに助けを求めた。
「グヒヒ……私はこっちの男のほうをいただこうかしら……」
しかし、ヴィロサさんもすでに、獲物を狙う捕食者の目をしていた。両手を前に出して、こちらへとにじり寄ってくる。
……この人、さっきからリーダーっぽいこと何もしてねぇな。
「フリゴさ……」
もう頼れるのはフリゴさんしかいない。しかし、振り向いた時にフリゴさんの姿は見えなかった。僕達を置いて逃げたのだろうか。
「先輩、逃げますよ!」
僕は森のなかへ逃げ込もうと、先輩の手を取り、走りだそうとした。しかし、すでにキノコの娘たちはフリゴさんの家を取り囲み、逃げ道を完全に塞いでいる。まるでゾンビ映画のようで、その絶望具合は計り知れなかった。
なんてこった。僕は頭を回転させて、自分が囮になって、先輩だけでも逃がせないかと包囲網の隙間を探す。しかし、キノコの娘の連帯感は正確で、どこにもそんなものは見られない。
「すいません、先輩……こんなことに巻き込んじゃって。僕のせいなんです」
「いや、だからさ。彼女たちは単に脅しているだけよ。私はキノコの娘なんて信じないから」
温度差が悲しい。死の淵際でせめて良い所を見せようとしているのに、ちょっと報われなさすぎじゃないですかね。
「ふふふ、安心せえや。楽に殺したるで。痛みを感じないようにな……」
そう言って、関西弁で話すキノコの娘が、僕達の元へにじり寄ってきた。面接で暗殺が得意とかアピールしていた、猛毒ニセクロハツのキノコの娘、ルッスラ・S・ニグリカさんだ。
タキシードを着こなしたスマートな体がにじり寄り、こちらとの距離を詰める。
僕は目をつぶり、ここまでかと観念した。
その時、フリゴさんの声が轟いた。
「皆、待って!」
見ると、森の奥から、フリゴさんがこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。彼女は横に、まだ見たことのないキノコの娘を連れている。
僕と先輩はそのキノコの娘を見て、あまりの異様な容姿に驚いた。それは、ここにいる、六十人のキノコの娘のどれよりも、比べ物にならないくらい人間離れしていた。
なんと、彼女の下半身は巨大な蜘蛛のような形をしていたのだ。
先輩の袖を掴み、慌てて彼女を指指した。
「先輩、見てください! あれ、あれ! 下半身が蜘蛛! 蜘蛛や! 蜘蛛になっとるんや! あれは、紛れも無く人間やないで!」
僕は興奮しすぎて口調がおかしなことになってしまった。とにかくあれは、人間のコスプレでは説明が付かない。
「何、あのグレゴール・ザムザのなりそこないみたいなの……アニマトロニクス?」
しかし、流石の先輩もあれが作りものだとは言い切れずに、初めて見る、驚愕の表情を浮かべている。
何しろ、六本もある昆虫のようなモコモコした足が、恐るべきスピードでうごめいており、信じがたい滑らかさで歩いてくるのだ。それは近づくにつれ、より鮮明になり、本物であることを確かにさせた。
フリゴさんは全力疾走してきたのだろう、息を切らして僕達の目の前までやってきたとき、酸欠でとても話せる状態じゃなかった。しばらくして息が整うと、ようやく彼女は口を開く。
「クモタケのキノコの娘、岸之上 紫蜘さんよ……ハアハア」
「先輩、どうですか? 彼女を見ても、まだ、作り物かトリックだと思いますか?」
僕は明るい顔で、先輩に確認を取る。先輩はそれでも何かしらの理由付けをしようと、最後の抵抗を試みて、口をパクパクとさせていた。
やがて、先輩は自らの敗北を口にした。
「こりゃ、説明のしようがないわ……。負けたわ、人間じゃないよ、これ」
六十人のキノコの娘達からは、すでに殺気は消えていた。そして、その一言を聞いて、ワッと大きな歓声を上げた。ついに先輩に認めさせることが出来たのだ。
「認めてくれるんですね? キノコの娘だと認めてくれるんですね!?」
「しょうがないでしょ、他にどう納得しろっていうのよ……こんなの」
フリゴさんが僕に抱きついてきた。他のキノコの娘たちも、雄叫びを上げ、ガッツポーズをしている。皆が興奮し、能力を使用しているのか、足元の地面から、多種多様なキノコがニョキニョキと次々に生えている。
「なんですか、こんな隠し球があったんですか。最初から彼女が出てくればこんな苦労しなくて済んだのに」
僕は心底安心し、抱きついたままのフリゴさんに言った。
「だって、岸之上さん、超人見知りするし、下半身を人に見せるのが嫌いだからね。一応面接に来るように呼んだんだけど、今までずっと森のなかに隠れていたみたい」
岸之上さんは俯いており、顔を真っ赤にさせていた。他のキノコの娘たちから賞賛の声を次々とかけられ、自分がこうも祭り上げられているのに困惑しきっているようだ。
僕は改めて先輩に向き直る。
「先輩、約束覚えていますよね。彼女たちをアイドルにするって約束」
「まあ、正直いうとね。彼女たちがキノコの娘であろうと、そうでなかろうと、アイドルにしたら面白いんじゃないかって面接中ずっと考えていたのよ。皆例外なく可愛いし、個性もある。森のなかにファンを呼び込んで、握手会ね。いいじゃない。ちょっとしたビジネスになりそうだわ」
「じゃあ、やってくれるんですね?」
「ええ、キノコの娘をアイドルにする計画……そうね、名前が必要だわ……キノコの娘……『キノコの娘プロジェクト』……なんてどうかしら」
僕とフリゴさんは、歓声を上げ、もう一度抱きあった。
「ありがとう、朽木、あなたのお陰で、キノコの娘は、人間たちと新たな調和をとれそうよ」
「ハハハ、お礼を言うのは早いですよ。貴方達が一流のアイドルになって、沢山のお客さんをここまで連れてこないと、成功とはいえないでしょう」
「そうだけど、何かお礼をしないと」
すると、それを聞きつけたキノコの娘たちが、僕を中心にして、集まってきた。
「よおし、皆で恩人の朽木を胴上げだ!」
皆がわあわあ言いながら僕の体を掴み、空へと持ち上げる。
「うわあ、皆、大げさだなぁ」
「わっしょい! わっしょい!」
僕はニヤつきながら、浮遊感を体全体で受け止めている。皆が僕の働きを認めてくれ、新たな人間たちとの共存関係となる役目を果たしたことを評価してくれたのだ。夢見心地だった。
しかし――。
「ぐぉぉぉっ!」
僕の体内に、すさまじい激痛がながれ、意識が途切れた。
「……あれ、なんか動かなくなっちゃった」
「泡吹いているわよ、なんかヤバイんじゃない?」
「急にどうしたのかしら」
地面に降ろされ、痙攣している僕を、皆が心配そうに覗きこんでいる。
「あ、ヤバ。そういえば、朽木の体内に入れていた、殺人胞子を取り出すの、すっかり忘れていた。興奮して、発動させちゃったみたい、ごめーん」
フリゴはうっかりしていたと、舌を出して、申し訳無さそうにそう言った。
「フリゴさんはうっかり屋だなぁ」
「恩人を殺すなよー」
「キノコの森と人間の架け橋になった朽木、ここに死す」
一同が声を合わせて笑う。わっはっは、とね。
いや、お前ら、笑い事じゃないだろ……ふざけんなよ……。
……とりあえず……だれでもいいんで……助けてください……。