四本目
「はあ……なるほどねぇ、アイドル計画に、敏腕プロデューサーか」
ヴィロサさんは、興味津々で話を聞き終わり、子供のように目をキラキラ光らせていた。
「面白そうじゃない。私も手伝うわ、あの女に、私達をキノコの娘だと認めさせればいいんでしょう?」
「それが一筋縄ではいかないのよ、あんたも見たでしょ? キノコ生やすとこ見せても、あの女、手品か何かだと思って、まるで信じないの」
フリゴさんが苦々しげに、この問題の難易度の高さを語る。
「信じないなら、信じさせるまでです。見たところ、フリゴさんも、ヴィロサさんも、元のキノコの形を色濃く反映している。だったら、もっと人間離れした、ひと目でキノコの娘だと信じたくなるような娘もいるんじゃないですか?」
「……そうか、私達にはない、特殊な能力を持ったキノコの娘もいるし……彼女たちを呼んで、あの女の前でそれを披露させれば……イケるわね。あの女の驚愕する表情が見れるわ。やりましょう、キノコの娘、全員集合よ!」
フリゴさんが俄然やる気を見せる。目的が少々本筋からずれている気がしないでもないが、まあ、とにかく結果をだせればそれでいいのだ。
「で……、どうやってキノコの娘たちを呼ぶのですか?」
家の中には電話機のようなものは見られなかったが、一体どうやってこんな山奥で集合の合図を送るのだろうか。僕はちょっと期待しながら、彼女たちの連絡手段を見守った。
フリゴさんは庭に出ると、貯蔵庫らしき離れから薪を持ち出し、火を起こした。そのへんに落ちてある、葉っぱが付いたままの生枝を乗せ、大きな風呂敷のようなものを使うと、なれた手つきで煙を扇ぐ。
……。
のろしかよ!
原始的な方法すぎるだろ! なんかこう……胞子を使って連絡とるとか、そういうのを期待していたのに。なんだか調子が狂うなぁ、これじゃあ先輩にキノコの娘だと信じてもらえないのも無理はないぞ。
「あ、来たわよ」
早え!
ものの数秒も経っていないのに、新たなキノコの娘はすぐさま現れた。ただ、一人だけだったが。
「グランディもテングタケ属だから、私の家のすぐ近くに住んでいるのよ」
こちらへ向かって歩いてくる、彼女を見て、僕は一瞬遠近感が狂ったのかと思った。
そのキノコの娘は身長が二メートル以上あった。おまけに、彼女のショートの髪からは小さな棘がいくつも生えており、額には巨大なツノのようなものが二本生えている。彼女もヴィロサさんのように白のドレスを着こなしているが、こちらは漂白したように真っ白というわけではなく、茶色が混ざったような白だった。
「彼女はオオオニテングタケの、アマニタ・グランディ」
僕の知らない種類のキノコだ。
「よろしく、アマニタ・グランディです。フリゴ、何か用ですか? この食料を解体するとか?」
巨大な体だが、穏やかそうな顔である。物言いは、まったくもって危険きわまりなさそうだけど。
しかし、キノコの娘全員を呼ぶ必要なんてなかったな、彼女一人で事足りるではないか。
「グランディ、貴方、アイドルになるつもりない?」
「アイドル?」
また説明だよ。いちいち来るたびに言わないと行けないから、面倒くさすぎる。メールの送信機能に慣れた現代っ子の僕は、ちょっとイライラした。
「はあ、なるほど。つまり家の中にいる、敏腕プロデューサーさんに、私達がキノコの娘だということを証明すればいいわけですね。いいですよ、協力します」
僕とフリゴさん、そして巨大なグランディさんは、フリゴさんの家の中に意気揚々と入る。ただ、グランディさんは天井が頭にぶつかりそうになるので、屈んで入りにくそうに進まなければならなかった。
椅子に座って音楽をおとなしく聞いていた先輩も、流石にこの巨大なキノコの娘の訪問には驚いたらしく、こちらに目を向けるやいなや、大きく身じろいだ。しかし、すぐに落ち着きを取り戻して、ヘッドフォンを耳から外した。
「見なさい。この立派なツノ、それにこの高身長。人間じゃないのは明白でしょう」
フリゴさんはグランディさんを先輩の前に連れ出す。フリゴさんは、すっかり有頂天で、早くも勝ち誇ったをしていた。
それでも、先輩の疑いの強さというものは、僕達では計り知れなかった。
「いや、背が高いのは遺伝でしょうし、ツノが生えているくらいで、人間ではないなんて言い切れないでしょう」
僕は一瞬、先輩が何を言っているのか理解が出来なかった。予想外の反応に狼狽えながら、このわからず屋にしどろもどろで説明する。
「い、いや、人間なわけないでしょう……ツノが生えていても人外だと認めないなら、鬼なんてどうやって自分を証明すればいいんですか……あいつら角以外だと、パンツと金棒と天然パーマぐらいしかないじゃないですか」
「でも画像検索すれば、角が生えた人間なんていくらでも出てきそうじゃない」
……んー……いや……確かに、出てきそう……。大量の角が生えた人間の画像が出てきそう。僕はそれ以上、何も言い返せなかった。
「仕方ないわね、グランディ、悪いけど不合格みたい。家の外に出ていいわよ」
中腰の姿勢のままでは辛いので、グランディさんは椅子に座っていた。そして、立ち上がった時、しこたま頭を天井にぶつけた。
僕はその時、確かに見た。グランディさんの角がグニャリと曲がるのを。先輩は見逃したようだったから助かったけど、僕はなんだか自分も騙されているのではないかと、自信が無くなってきた。
ところでグランディさんは、オオオニテングダケだから、口癖で『オオオ』とつぶやくと勝手に思っていたのだけれど、別にそんなことはなかったね。
グランディさんが退出し、部屋には僕とフリゴさん、それとどっしりと構えて椅子に座る先輩だけになった。
「コレで終わりかしら?」
先輩が他愛もないと言った様子で腕を組む。
「そんなわけないでしょ。それじゃあ、次の人」
フリゴさんが玄関扉を開けて、外にそう伝える。
「次?」
僕が窓から外を見ると、いつのまにか、家の外にはキノコの娘の長蛇の列ができていた。
ヴィロサさんは、最後尾の位置を知らせる看板を持って、事の顛末を新たに列に加わったキノコの娘に説明し、アピールの仕方や攻略方法を皆にアドバイスしている。
キノコの娘のリーダーだけあって、よく働くなぁ。
列の先頭に並ぶキノコの娘が、部屋の中へと入ってくる。さすがにグランディさんほどではないが、その娘もかなりの長身の持ち主だった。
「に、二番、舞茸のキノコの娘、水楢舞です」
舞茸といえば、食卓でも割と見る食用キノコだ。彼女は全体的にヒラヒラしており、髪もスカートも、舞茸のように分岐している。残念ながら彼女はグランディさんのように、人から離れた見た目ではない。
先輩は机に一人で座り、高圧的な目で見つめる。いつの間にか部屋の中央にセットされた椅子を指した。
「お掛けください。えー、あなたは自分のどんなところが人間離れしていると思うのですか?」
なんか段々面接みたいになってきたな……。
「は、はい。私は踊りが仕事なんですけど、私の踊りは他人の体力や、精神を癒やす力があるんです」
「では、やってみてください。どうぞ」
彼女はかなり緊張していたが、一度踊りだすと完全に集中し、優雅に、かつ力強く舞った。
揺れ動く舞茸のような髪とスカートを見ていると、確かに僕の体は軽くなり、ここまで先輩のぶんの荷物を背負って登ってきた疲労が、嘘のように消えてしまった。横に座っている先輩も、猫背が治り、目の下のクマが消えている。
踊りが終わり、僕は大きな拍手をした。
「すごい、本当に疲れが消えてしまった。先輩、これは間違いないですよ。彼女は人間じゃありません」
僕は一人盛り上がったが、先輩が彼女を見る目は冷たいものだった。
室内が急に、張り詰めた空気へと変貌する。
「あなた……踊っている時、何か別のこと考えていたでしょう? 迷いが見えたわ」
「え、い、いえ、そんなことは……」
水楢舞さんは目に見えて動揺し、平静さを再び失った。
は? 踊りの評価? アイドルプロデューサーとしての職業病が出たらしいけど、いや、踊りそのものじゃなくて、この不思議な力のほうを評価しろよ。
「それに、足が伸びきっていなかったわ。貴方なら、あと十センチは上がるはず。それをしなかったのは、緊張のせいだけじゃないわね」
水楢舞さんは椅子から崩れ落ち。床に手をついた。
「確かに、そうでした。私の踊りは完璧じゃありません。急いで来たものだから、コンロの火を消したか気になって……。足が伸びなかったのは、深爪しちゃったからです。痛みを我慢すれば、もっと上げることが出来ました。全力ではありませんでした」
彼女は心情を吐露し、力なくそう言った。
すると、先輩の顔から、ふっと冷徹さが無くなり、かわりに温情に満ちた表情へと変わった。
「でも、あなたの踊りには他の人にはない、情熱が確かにあったわ。これで諦めないことね。練習すれば、必ず上達するわ。いまの踊りが幼稚に思えるぐらい……」
「本当ですか?」
「あなたにやる気さえあればね」
水楢舞さんが力強く立ち上がった。彼女の目には、闘志を込めた力強さが新たに宿っていた。
「次は、もっと良い踊りをします! そして、あなたに認めさせてみます!」
「ええ、待っているわ。私はそう簡単なプロデューサーじゃないから、難しいと思うけどね」
先輩は満足気な顔を浮かべそう言った。
「失礼致しました!」
なんだ、この茶番。
これの目的ってなんだっけ? ああ、そうだ、先輩に彼女らが人間じゃないことを証明することだった。脇道にそれすぎだろ。
「はい、じゃあ、次」
水楢舞さんが退出し、また部屋の中の空気は面接会場のようになった。新たなキノコの娘が入室する。
琥珀色のおかっぱ娘で……なんかアル中みたいに、小刻みに震えている。
「お名前をどうぞ」
「ゲッ、ヘッ、へッ。シビレタケモドキ ノ キノコノコ、シ、シロシベ・キューベンシス」
顔色は悪く、目が時々白目をむき、口からはよだれを垂らしていた。ひと目で見て分かる、やばい人である。
「……」
「ギッ、ギッ、ギッ、ギイイイイイイイイイイイイイイイ」
奇声を発しながら、彼女は首を猛烈な勢いで振り回し始めた。
「つまみ出せ」
先輩の一声とともに、僕とフリゴさんは速やかにそのキノコの娘を外に連れ出し、僕たちは何も見なかったことにした。
「次の方どうぞ」
「四番、筆山美空です。よろしくお願いします」
入ってきたのは着物の上に袈裟を羽織った、和風のキノコの娘だ。
良かった、まともそうだ。
髪の色が青く、毛量が半端無く多い以外は普通に見える。いや、普通に見えたら駄目なんだろうけど、さっきのキノコの娘を見た後だとすごくホッとする。
ただ、自分のキノコの名称を言うのを忘れていたので、フォローをかねて尋ねる。
「筆山さんは、なんのキノコの娘なんですか?」
「ああ、すいません。うっかりしていました。弘法筆のキノコの娘です」
弘法筆……? 僕と先輩は首を傾げた。
「筆娘?」
「いや、そういうキノコがあるのよ。すごく珍しいから、知らなくても無理ないわね」
今ではすっかり出番がなくなったフリゴさんが、解説をしてくれた。
「で、あなたのアピールポイントは?」
「はい、どんな小さなものにでも文字を書くことが出来ます」
「は?」
僕が戸惑っている間に、筆山さんは米粒を取り出し、それに文字を手早く書いた。その米粒を、先輩に手渡す。僕も覗きこんで見せてもらったが、確かにそこには綺麗に『菌』と書かれていた。
こりゃ駄目だ。どう考えても、人間には不可能ではないじゃないか。
僕は小声で先輩に囁いた。
「駄目みたいですね、お引取り願いましょう」
しかし、返事がない。見ると、先輩は目を見開いて、指で摘んだ米粒を固まったまま見ていた。
「す、すごい……こんな小さな文字を書けるなんて、人間じゃない……」
ええええええええ!!
なんで、ここ一番驚いてんの!? あんたの驚く琴線ってどこだよ! すごいけど、こんなのテレビとかでたまに出ているだろ!
「合格」
先輩がそう通告しようとしたのを、僕が慌てて遮った。
「ダメです! こんなん普通に人間でも出来ます! 失格です、失格―!」
「あっそう? あんたがそう言うなら、そうしましょう。じゃあ悪いけど朽木面接官の意向により、落選ということで」
……あれ、これでいいのか? 言い終わって、改めて考えるが、すでに筆山さんは残念そうに背中を丸めて退出している最中だった。それを見送るフリゴさんが、ものすごい怒りを含めた目で睨んでいる。
僕は何をやっているんだ。先輩がようやく認めてくれたというのに。どんな能力でも、だれでもいいじゃないか。
もうさっさとひと目で人間じゃないと分かるキノコの娘に来てもらいたい。
「次の人どうぞ」
「五番、ヒメロクショウグサレキンのキノコの娘、緑青姫乃です」
青い。一言で表すとそれ意外思い浮かばない。服も髪も、肌の色から瞳の色まで、全てにおいて、青一色である。
「先輩、彼女肌が青いですよ。人間の青さじゃないです。」
「多分血色が悪いのよ」
「……いや、血色とかのレベルじゃないと思いますけど、人間の限界を超えた青さですよ」
「ザリガニだって、鯖を与えて続けたら青くなるわよ。彼女も鯖が主食かもしれない」
……森の中なのに?
「あんた、肌の色で差別するの!? 黄色が悪いか? 白いのが偉いんか? 皮膚の下は人間みな、同じ血と骨でできてるんじゃあ!」
やばい、なんかトラウマを思い出させちゃったみたい、急に先輩が暴れだした。僕とフリゴさんの二人がかりで押さえつけ、なんとか気を落ち着かせることに成功した。
気を取り直し、僕は改めて質問をする。
「えーっと、失礼しました……緑青さん、何か人間離れした特技はありますか?」
「はい、私の人間離れした特技は、触れたものをすべて腐さらせてしまう能力です」
おお、これはかなり期待ができそうだ。
「ちなみに趣味も腐っていて、性格も腐っています」
「そ、そうですか。どうも……」
それは別に説明する必要は無かったけど……まあ聞かないことにしておこう。言わなくていいことや、恥ずかしい気持ちというのは、後になって気づくこともあるのだ。
「まぁ……とにかく能力を見せてください」
「じゃあ、この樹の枝でも腐らせますか」
そう言って彼女は床に落ちていた樹の枝を握り、何やら念じ始めた。僕たちは固唾を飲んで見守る。
…………。
何の変化も起こらない。
…………。
何も変わらない。
「……あの、どれぐらいかかるんですか?」
「二日位です」
「いや、あの、後がつかえているんですけど……」
「夏場は早く腐るんですけどね。動物の死体とか」
もう能力関係ないじゃん。ただの腐敗だよ、それ。
「失格、次!」
次にドアを開けて入ってきたのは、オッサンっぽいキノコの娘だった。
……と、いうよりもオッサンにしか見えない。キノコの娘は皆個性的で、変わった格好をしているが、顎ヒゲの生えた、むさ苦しそうなオッサンなのは意表をつかれた。
「このオッサンみたいなキノコの娘はなんて名前ですか?」
僕はフリゴさんに解説を求めた。
「これはキノコの娘じゃなくて、ただの迷いこんできた山菜採りのオッサンね。今は立て込んでいるので、元の世界にお引取り願いましょう」
オッサンは、背中を丸めて山を降りていった。まるで間違って女性専用車両に乗り込んでしまった、あの日の僕のようだ。
ただ、お家に帰れるのは正直羨ましいと思いました。