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KNK48(キノコよんじゅうはち)  作者: 爪折次五郎
1/8

一本目

 朽木譲二です。三連休ということで、僕は今、キノコを狩りに山の奥に来ています。普段、休日はインドア派の日本代表みたいな生活をしているのですが、せっかくの連休だし、何か別のことでもしようかと入山したのです。


 ですが、慣れないことはするもんじゃないですね。靴の中に泥は入るわ、傾斜が急で滑るわ、倒木を掴んだ途端、虫が這い出てくるわ、戦慄しております。山をなめていました。


 おまけに僕、キノコに幻想を抱いていました。キノコってよく見ると気色悪いです。今いるここは、やたらキノコがいっぱい生えています。キノコなんてスーパーのエリンギや、しいたけぐらいしか見たことないですけど、ここに生えているのは、白いのとか赤いのとか、黄色いのとか色合い的に見ていて不安になってきますし。傘の裏のひだなんか見ていると、人間の原始的な恐怖が蘇ってくるような気分です。


 おまけにキノコって動物の死骸に生えたりするのですね。バッチリ見ました。たぬきか野良犬か、腐乱していて、それにもうビッシリと……あれだけでもう、食べる気が無くなります。


 他にも樹の幹に皮膚の病気のように生えていたり、卵のようなやつとか、脳みそにしか見えないのとか、それがあそことか、こことかに生えていて僕の体にも胞子が付着して、この森のなかに一体化されそうな気分になってとりとめのない後悔と恐怖が僕の中で渦巻いているなぜおとなしく家でゆっくり映画でも見ていなかったんだなぜ好き好んでこんなところへ来たんだ帰りたい帰りたい帰りたい


 まあ、そんなにキノコが嫌なら無理しないで、帰ればいいんですよね。


 別にここに来たのは誰かに強制されたわけでもなし。そもそもキノコ狩りのシーズンだって、テレビで特集していたから、僕の中のミーハー魂が躍動しただけですしね。

 ぼっちは機動力に優れます。


 ただ、問題がひとつありまして。


 帰り方がわかりません。


 遭難者って自分が道に迷ったことを、中々認めようとしないらしいです。それで不用意に歩きまわって、さらに奥深くに迷い込んでしまう。それがまさに、今の僕なのでした。


 途方に暮れております。三連休の初日。一人暮らしのうえ、山に入ることを誰にも言っておりません。誰かが遭難したことに気がついてくれるのは、おそらく連休明けに僕が出社しないことに、同僚たちが気づいた時になると思います。


 まあ、それまで死ぬことはおそらくないでしょう。水分は、ペットボトルの五百ミリスポーツ飲料水が残っておりますし、湿気も多いので、朝露を集めれば、水も確保できそうです。

 さらには、うんざりするぐらい辺りにキノコが生えているので、餓死することはないと思います。


 ただ、このやたら生えているキノコが、食料の不足を解消してくれる命綱でもあり、僕を陰鬱な気分に一層させる、不気味な視覚効果をもたらすのです。


 僕はポケットに入れていた、電源の切れた真っ黒な画面のスマホを取り出して、電源ボタンを入れてみました。まあ、付きません。電池が切れているから当然ですね。 

 どういうわけか、辺りにキノコが増えたかと思いきや、急に電池の消耗が進み、あっという間に消えてしまったのです。アンテナは立っていましたし、電池さえあれば電話は繋がると思うのですが。

 文明が自然に負ける瞬間っていうのは、エネルギーが枯渇した時なんですね。


 他に所持しているのは、食べられるキノコを見分けるための、キノコ図鑑。キノコを入れるカゴ、それとその中にある食べられそうな、キノコ、キノコ、キノコ。

 もう一生見たくないくらいのキノコの姿を、ここ数時間で見ています。本来なら、とっくに山を降りて、カゴの中のキノコを専門家に選別してもらい、家でキノコ鍋をつついていたはずなのに。


 まあ、愚痴っていてもしょうがないですね。いい加減空腹も限界に近いので、そろそろキノコを食べようと思います。


 今のところ、山に入ってからは何も食べてないです。それは、キノコを食べる気になれなかったからなのですが、別にキノコを何が何でも食べたくなかったからじゃなくて、いまいち、キノコの種別が分からないというのがあるのです。


 あんまり大きな本だとかさばるので、持ってきたのはポケットサイズの図鑑です。どうせ最後はプロに選別してもらうから、詳細な説明が書いてなくてもいいやと思った自分を悔やみます。乗っている写真がどうも小さくて不安です。

 そもそも、キノコにも結構個性がありますし、虫に食われたりもしていて欠けていたり、成長途中の奴とか、成長しきって傘が開いたやつとかもあって、判別が難しいです。


 僕みたいな、ずぶの素人には毒キノコの判別は難しいので、なるべく確実に食べられると確信できるものだけに絞りたいと思います。何しろ病院もない山奥、毒に当たればおしまいです。危ない橋を渡る意味が無いです。


 僕は倒木に腰掛け、辺りを見回しました。樹と藪しかありません。日も差し込んでこないうえ、地面はキノコだらけ。不思議なことに、それらの多くは図鑑にも載っていません。

 なんだか、ここが日本ではないような、そんな気がしてきます。


 それでは、姉さん。今からキノコを食べます。もし万が一のことがあれば、母さんによろしくお願いします。


 朽木譲二




 ……なんだか遺書みたいになっちゃったな。


 僕は手帳とペンをしまいながら、縁起でもないなと思った。

 これを書いたのは、経緯を改めて文章で書くことで、自分の気持ちを整理して、落ち着かせようとしたからだ。そして、文章は手紙という形に体系づけたまでなのである。

 万が一にしても、僕は死ぬなんてことはまったく考えていない。それだけは言っておく。


「まあ、いいや。とにかく腹ごしらえだ」


 カゴの中にストックしていた食べられそうなキノコを取り出し、僕は図鑑と照らし合わせて、食べても安全そうなキノコを探した。


「ええと、これはクリタケか……何々、よく似たニガクリタケってえのがあるのか。じゃあやめとこ」


 僕は胃袋行きとなるのに不合格となったキノコを、遠くへ投げ捨てた。


「これは?……ウラベニホテイシメジかな? でもクサウラベニタケっていうのと似ている気がするなぁ。これも止めとこう」


 一応区別方法は書いてあるのだが、ポケットサイズであるがゆえに簡素なうえ、写真が小さいのが、どうにも心もとない。類似品のない安全なキノコだけを狙うことにする。


 しかしそうすると、どれもこれも毒キノコに見えてきて、なかなか安全なものが見つからない。毒キノコはカラフルな色のものだけという都市伝説があるけれど、地味な色の毒キノコというのもあるので、中々難しい。


 次。


 カゴから新しく取り出すと、それは黒々とした繊維状の傘をした小さなキノコだった。

 あれ、こんなの入れたっけ? 

 色が黒いって時点で食べる気になれないため、図鑑でいちいち照らし合わせることなく、僕はそのキノコを放り投げて捨てた。目視で実物と図鑑の写真を確認するのは時間がかかるのだ。


 次のキノコを調べるため、籠に手を伸ばす。すると、再びさきほどの奴と同じ、黒いキノコが出てきた。


 それを放り投げて、手を伸ばすと、また同じ黒キノコだ。


 またかよ! おかしいぞ、一つだけならともかく、そう何個も混入するはずがないのに。


 不思議に思いながら、図鑑で一応名前を調べてみる。クロタマゴテングタケ、猛毒。まあ、そうだろうね。


 次のキノコに手をのばそうとした時、僕が背にしている倒木、その後ろからクロタマゴテングタケがひょいっと飛び出してきた。それは、放物線を描きながら、カゴの中に着地した。

 不自然な動き、明らかに誰かが投げ入れたのだ。


 僕は音を立てないように、そうっと立ち上がり、倒木の向こうを覗きこんだ。見ると、黒い髪をした小柄な女がしゃがんでいる。こちらに小さな背を向けており、髪は先端になるにつれて淡くなっているのが、クロタマゴテングタケの傘とまったく同じだ。


 彼女が投げ入れたのは、明白だった。


「あの……」


 僕はこんな山奥で人と出会えた喜びもあったが、それ以上に採取カゴの中に毒キノコを勝手に入れ込んでくるという、はた迷惑な行動をしてくる彼女に、なんとも困惑した気持ちで声をかけた。しかし、彼女はどういうわけか、ヘッドフォンを耳に付けており、音楽でも聞いているのか、声が届かないようだ。

 僕は、彼女の肩を叩いて、大声で言った。


「何しているんですか」


 その女の人は背中から突然話しかけられたため、大きく身じろいで、勢い良く振り向いた。仕事柄、可愛い子はしょっちゅう見ている。それでも彼女の白い肌と整った顔立ちに、一瞬見とれてしまった。


 彼女はヘッドフォンを、首にかけ、取り繕うように立ち上がる。全身が見えると、随分変わったファッションが目についた。

 シャツはボタンを付けずに、着崩しているし、背の低さを補うように履いている上げ底のブーツは、白くて山歩きには不向きそうだ。とりわけ目立つのが、先程のEGGと書かれたヘッドフォンだ、一昔前の物らしく、所々塗装が剥げていた。


 手を後ろに回して警戒することなく、こちらに近づいてくる。胸がやたら大きく、それを誇示するかのように、胸回りの露出が高い。

 非常に背が低く、顔立ちも若く見える、胸元以外は中学生ぐらいの特徴が多く見えるのだが、僕はそれよりも歳は高齢だとなんとなく感じ取った。普段から、見た目と年が一致しない子を見ているから、何となく分かるのだ。


「いや、なかなか踏ん切りが付かないみたいだったから、後押ししてあげようとしたんだけど」


「え?」


 彼女は僕の目をじっと見て、そんなことを言い出した。意味がわからず、聞き返す。


 僕はすぐさま彼女が、何か勘違いをしているのだと思った。視線が籠の中のキノコと、彼女を何度か往復し、彼女がしている誤解の予測を立てた。


「ひょっとすると、僕が自殺をしようとしていたと?」


「違うの?」


「違いますよ! キノコ狩りをしていたら、迷ったんです。食料を持っていなかったから、キノコを食べようとしていたんですよ」


 僕は餓死しないように、食べられるキノコを探していたのだが、彼女はそれを見て、自殺を決行するために、毒キノコを探していると真逆の見解をしたのだ。


 しかし、なんと恐ろしい人だろう、勘違いとはいえ自殺の幇助をするとは。


「僕は生きて帰りたいんです」


「いや、でもさ。君、死後の世界に興味ない? 人生に疲れているとか、現世に何か不満があれば、いい毒キノコ紹介するけど」


 ……何言っているんだ、この人!


 僕が自殺願望者でないことを露骨に残念がり、それでもなお死を薦めてくるなんて。普通じゃない。あんまり、深入りしないほうがいい人みたいだ。


 とはいえ、僕が無事に山へ降りるならば彼女の助けが必要だ。機嫌を損ねないようにやんわりと断る。


「いえ、結構です。特に興味はないので」


「死はいいわよ。悩みを全て解決してくれる。借金も、人間関係も、苦しい病気も」


 聞いてねえし。それに、死は再開のない中断だ。問題解決をするものじゃない。どうやら、僕の価値観とは分かり合えないタイプの人のようだ。


「あの、僕はそんなに思いつめたような悩みなんて今のところまったくないんで……それよりも、里まで案内してもらえませんか?」


 すると彼女は渋面になり、大きな舌打ちをした。


「チッ、駄目か。ポジティブ人間め」


「なんなんですか、さっきから、まるで僕が死ぬのを期待しているみたいじゃないですか」


 明らかに不躾すぎる態度に、僕も流石にカチンときてしまい、反抗の言葉を口走ってしまった。


「ええ、だってそうだもの。だってあんたが死んだら、いい養分になるからね」


 彼女はまるで悪びれることなくそう言った。


「養分とは?」


「キノコの養分よ、私、キノコの娘なの」


 あらら、予想以上に駄目な子だ。


 今になって、この娘も僕と同じ遭難者なのではないかと脳裏によぎった。ここで長いことさまよっていたものだから、脳に深刻なダメージを受けてしまったのだ。


 あるいは、彼女こそ自殺願望者で、ここにいるのも命を絶つためかもしれない。だから、僕に一緒に死んでくれとお願いしているのだ。可哀想な子だ。でも、可愛い女の子と一緒でも心中するつもりはまったくない。借りているレンタルビデオ返却しないといけないもんね。


「ここはキノコ娘たちが住む世界、『キノコの森』あなたは知らずのうちに、異世界の森に迷い込んでしまったのよ」


 はいはい。事務所の先輩から世の中には変な人間がいっぱいいるから、気をつけなさいねと忠告を受けていたが、これは強烈だ。


「ははぁ、あんた信じてないわね。まぁしょうがないか、」


 僕の彼女を見る目が変化したのを察知したみたいだ。どうやら洞察力は鋭いようである。


「キノコの娘なんて、いるわけがないだろう。いいから、二人で協力して、ここから降りよう」


 僕はもう敬語を使う必要性もないと感じ、タメ口に切り替えた。

 肩を落として、お荷物にしかなりそうもない彼女を連れて、どうやって山を下山するかを、頭のなかで計画する。


 彼女はしゃがみ、右手を地面へとつけた。


「これを見ても、信じられないかしら?」


 すると、彼女の右手周囲の地面が不気味な発光を始め、そこからクロタマゴテングタケがニョキニョキと無数に生えてきた。


 僕は驚き、尻もちをついた。その信じがたい光景は、彼女が本物のキノコの娘であることを証明していた。


「う、うわあああああああ! ほ、本物だぁ! キ、キ、キノコ人間だぁああああああああ!!」


「私の名前は、アマンダ・フリギネア、ご覧のとおり、クロタマゴテングタケのキノコの娘よ」


「ああああああああああああああああああああ!!」


「でも呼びにくいし、可愛くないからフリゴでいいわよ、あんたの名前は?」


「ああああああああああああああああああああ!!」


「……ちょっと」


「あああああああああああぁぁ……ぁぁ……ぁぁ……ぁ……」


「……」


「……」


「落ち着いた? あんたの名前は……」


「うおおおおおおおお! うおおおおおおおお! あおおおおおおおおおお!」


「うるせぇぇぇええ!! さっきから驚きすぎだ!!」  


 フリゴさんの平手打ちが飛んできて、僕はようやく口を黙らせた。


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