ファーストコンタクト
「おい見ろよ。珍しい犬がいるぜ」
酒場で喉を潤していた客達は、扉付近から聞こえてきた声に一斉に振り向く。
だが、すぐに元の喧騒とした雰囲気に戻っていた。
ここ、ルスナイシティには珍獣が現れたとしても、それを見る知的生物の方が遥かに珍しいと感じられるからだろう。
ルスナイシティは貿易国クリスティの玄関口で、あちこちの土地から多様な種族が訪ねてくる町である。
カウンター席に座っていた、スカイブルーの髪の色の男が席を立った。
見た目は二十代半ば、短髪にゴーグル、日に焼けた肌色。オレンジ色のジャケットと同色のパンツに身を包んだ彼は、見た目はごく一般的な人間だが、その際立った配色が人目を引いた。
外に出た男は煙草に火を点け咥えると空を仰いだ。人工の青い空が彼の碧色の瞳に映っている。
「珍しい犬って、アレの事か?」
視線を斜め前方に向けて、目に入った白いモコモコとした物体を見据える。
大きさは男の腰の高さまであろうか。多少大きめだが、犬としては珍しくもない。
だが、その姿は確かに一般的な犬とは違っていた。
白に近いプラチナブロンドの毛色で、頭部と、腹部分を剃って前後に分かれた箇所と、そして尾っぽの先にモコモコと綿毛の様に固まって見える。剃った部分はピンク色の地肌が見えるくらい刈り込まれていた。
首輪の代わりに大きなピンク色のリボンが付いていて、垂れた両耳の上部にもそれぞれ同色のリボンが付いている。
瞳は真っ青な色をしていた。その視線と男の視線が絡み合う。
犬は男の胸元にある大きな緑石がはめ込まれたペンダントを見て、尾を真っ直ぐ上に向けた。そして腰を上げると彼目掛けて全速力で走った。
「へ?」
何事だと思った瞬間、男は犬に飛びつかれ、あっという間に地面に押し倒されていた。
「何だ!? おい、こらっ! 離せっ」
周囲にいた通行人が彼らを取り巻き見物人と化していた。
――やっと逢えたわ!――
男の頭の中に少女の声が響いた。
「やっと逢えたわ? って今のお前か?」
半信半疑で尋ねて見ると、犬は千切れんばかりに尾を振り、男の胸元に顔を埋めてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれはね~思わずその石に反応しちゃったの!」
男が乗るバイクのサイドカーに、見た目十代半ばの少女が座り頬を膨らませている。
彼女の首には大きなピンク色のリボンが一つ。見事なプラチナブロンドの髪にも同色のリボンが右と左付いている。
バイクのエンジン音と風を切る音で、少女はかなり大声を上げて話を続ける。
男は正面を向き黙ったままだ。顔半分を覆うゴーグルの為、表情は伺えない。しかし口元は僅かにニヤリと口角が上がっている。
少女は男が付けているペンダントを見つめて溜息をついた。
自分にかけられた呪いを解く為に必要な物の一つが、この男が身に付けている緑石の宝石である。
あの日以来、少女はそれを奪う為に男に着いて行く決意をした。
男はそれを承知で少女を傍においている。
「あまり興奮するなよ! お前、また犬に変わっちまうぞ!」
そう怒鳴り、隣にいるブルーアイズの少女をチラリと見て目を細める。
やっかいな珍獣だと思っていた少女に、やがて心惹かれていると気付いた自分を思い、男は緩む頬を叩き、再び口元をへの字に歪めた。