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掌編集(四千字内作品)

彼が心配

作者: 汁茶

 恋する乙女に悩みはつきもの。

 夜の闇の中、枕に顔を埋めてあの人の顔を思い浮かべる。眼を瞑って脳内再生エンドレス。高まる動悸、刻む鼓動はエイトビート。リズムにのって流れる血液、脳内麻薬はフル生産。

 ……眠れねえ。眠れるわけがねえ。

 要するに、恋の病って不眠症なの? そんな疑問を抱きつつ鏡に映る顔を覗き込む。眼は連打を浴びてマットにへたり込んだボクサーのように腫れぼったく、お肌はインスタントラーメンにうっかり入れ忘れて放置されたままのかやくのようにカサカサで、髪は水分を失ってフライパンにこびり付いた焼きそばのようにボサボサで……って、こんなの彼に合わせる顔じゃない。つか、そこまで酷く無い。比喩表現の無駄使い。

 つまり、彼のことが心配で心配でしょうがないから――

 徹夜明けの日曜日に朝早くから、こうしてあの二人を尾行していてもおかしな話じゃないよね。うん、そうだよね。

 ………………って二人ぃぃぃっ!?

 バスケ部に所属している泉藤純也くんはデートにでも行きますと言わんばかりにキメている。その隣にいる私と同じクラスの川村亜希穂は白のワンピに身をつつみ、チェック柄のリボンでツインテール。小柄な身体に爽やかな愛らしい笑顔を周囲に振りまいている。きっと心の内側ではすすけたような黒の悪魔服を身に纏い、ツインテは鬼の角のように逆立ち、見る者の背筋を凍りつかせるような狡猾な笑みを浮かべているに違いない。

 私の見てくれだって徹夜明けでなければそんなに悪くないはずだし、内心だって菩薩のようだけど、あの男を惹く何かがちょびっとばかり羨ましい。ホントのホントにちょこっとだけ妬ましい。

 しかし、さっきまで一人だったのに、やっぱり付き合ってたのかよあの二人。

 マッグの看板の陰に身を潜め、拳を固めて怒りに震える。キチって飛び出し、私の中の獣を解放してめちゃくちゃにぶん殴ってやりたい。いや、陵辱してやりたい。

 が、冷静になれ、私。

 並んで歩いている? たまたまかもしれないじゃない。そう、アイツ等はたまたま同じ時間に、たまたま駅前の広場にいて、たまたま歩調を合わせて、たまたま同じ方向に歩いているだけなのよ……。

 はい、考えた側から全力で否定。「そんなわけねー」との大合唱が脳内にこだまする。

 とは言うものの、ここですぐアイツ等を問い詰めても、私自身考えたような言い訳を繰り出してくるかもしれない。そして、それを完全に否定出来ない。

 スパコン「京」の一京倍の演算能力を持つかもしれない私の頭脳を駆使して導き出した結論は――

 とりあえず尾行。

 幸い、いや不幸にもか、こんな事もあろうかと思い、恋する乙女の七つ道具を持ってきている。双眼鏡、高性能ボイスレコーダー、動画機能付きデジカメ、暗視ゴーグル、スタンガン、ニューナンブ(模擬弾)、あんパン。

 うむ、完璧だ。「武装しない乙女は滅ぶ」とどこぞの哲学者が言っていた。

 連中が駅に向かって歩いて行く。どうやら電車に乗ってどこかへ行くらしい。気づかれないよう付いて行く。たまたま同じ方向に行くのだ、これはストーキングではないと何故か自分に言い聞かせる。

 二人が乗ったのと隣の車両に乗り込み連結部分の窓から様子を監視。なんだかとっても楽しげに会話している。この路線には遊園地があったが目的地はそこだろうか? 別に気になるわけではないが、知ってやってもいい。

 私は近くに座っていた頭の悪そうなガキに声をかける。

「ヘイ、ボーイ」

「なーに? おばさん」

 おば……最近のガキは頭も悪けりゃ眼も悪いのね。花の女子高生の私に向かっておばさんとは。このガキには私がラフレシアにでも見えるのかしら。

「この小型集音マイクをあそこにいる男の子につけてほしいの。ちゃんとできたら飴をあげる」

「えーやだー」

「アイスクリームもつけるわ」

「どうしよっかなあ」

「チョコレート」

「バーゲンダッツのデラックスロイヤルバニラー」

 調子にのんな、くそガキ。てめえに選択の余地はねえんだよ。

 他の乗客の死角になるように体でガキを隠し、片手でガキの口を押さえ、拳で頭をグリグリする。

 やるか? との問いにコクコクと肯く。子どもは素直が一番よ。

 泉藤くんに接近して転んだふりして集音マイクの取り付けに成功。泉藤くんがガキを助け起こす。あんなくそガキにも優しいのね。亜希穂の方は話を邪魔されて少し不満げだ。ザマァ。

 戻ってきたガキに飴をくれてやる。さらなる報酬を期待するような眼でこちらを見上げてきたが、キッと一瞥すると母親らしき女のところへ逃げていった。お母さん、子どもを一人で動きまわらせては危険ですよ、いろいろと。

 イヤホンを耳につけると、ノイズに混じって二人の会話が聞こえる。

『アッキーは……ジュンジュン……』

 ぬう。愛称で呼び合っている。かなりアウトに近い。しかし友達のラインはまだ踏み越えていないようにも思える。いや都合のいい解釈だけど。

 遊園地前に着くと二人は降りた。

 その間、やれ部活がどうの、クラスの誰さんがどうの、テレビがどうの、ファッションがどうの、実りの無い会話を延々聴かされて、私の精神は崩壊寸前。ふらふらとした足取りで続く。

 カップルというのはどうして、ああもつまらない話題で盛り上がれるのかしら。世界情勢だの経済だのについて語ってみればいいのに。もっとも私の恋人(想像)がそんな話題を振りまいた事など一度もないけど。

 二人は手をつないで遊園地に入っていく。むかつくけど記念写真を背後からパチリ。

 一人でチケットを買う私を係員が胡散臭げに見る。余計なお世話だよ、チクショウ。「友達が中にいるんですぅ」といった顔を装う。むなしい。

 集音マイクの射程内から双眼鏡で二人の様子を監視した。それからの二人の行動は、なんと言うか、ベタなカップルの行動そのもので特筆するべきことはほとんど無い。

 二人で手をつなぎ「次はあれに乗ろう」とか言いあって、ジェットコースターだの、フリーフォールだの、コーヒーカップだのまったりとアトラクションを楽しむ。何のアトラクションにも乗ることなく、二人の楽しげな声を聞き続けた私の苛立ちは周りの喧騒と相まって、ただでさえ徹夜明けの鬱気分に拍車をかける。

 今、ここで幸せ感を振りまく連中に向かって体中に爆弾を巻きつけたテロリストが突っ込んだとしたら、私は拍手喝采するだろう。私を巻き込まなければという条件付だが、そいつは私にとって尊敬すべき殉教者だ。

 ホラーハウスで『きゃー怖い』『大丈夫、僕がついているよ』『ありがとう、ウフフ』の三文芝居が行なわれた時には、持っていたあんパンを握りつぶし、スタッフの中に本物を紛れ込ませて二人の骨も残さないほどバラバラにしてぶち殺してやればいいのにと本気で思った。

 昼食時にパラソルの下で『アーン』が行なわれて「死ねばいいのに光線」を全力で陰から送り続けたが一向に死なないことにがっかり。レディコミの占い、いや呪いは当てにならない。

 そんなこんなで精神的に病んできた私。「早く帰れよ馬鹿野郎」と罵りつつも自分からは帰らない。それはなんと言うか負けな気がする。

 いや既に負けているよとの心の声を無視して観覧車に乗る二人を観察。夕日が沈む頃、乗るとはどこまでベタなんだ。つーかアイツ等距離近くね?

 二人は見つめあい、泉藤くんの心音がやけにうるさい。観覧車が頂上に近づくにつれ二人の顔と顔が接近し、ついに……キ、キスぅ~っ!?

「イ~~~~~ヤァァァァァ~~~ッ!!!!!」

 天も裂けよ地も割れよとばかりに私の絶望に満ちた絶叫が辺りに轟く。何事かと周囲の人が振り返る。

 だが悲劇はこれで終わらなかった。

『今日、家に寄ってかない? 家に誰もいないんだ……』

 イヤホンから聞こえる泉藤くんの声。亜希穂はコクンと頷く。私は声を失い、その場にへたり込む。なんと言うかアウト。もうダメ。試合終了。

 その後の私はただボケーッとして、さながら夢遊病者の如く二人の後を追った。何の感慨も抱かず、ただそうする事が己に課せられた義務であるかのように。

 二人が仲良く家の中に入っていくのを見届けると、身も心もズタボロの身体を引きずって、私も自分の家に帰る。道すがら何度もフワァと欠伸をする。

 今夜はよく眠れるかもしれない……もう心配することも無いのだから……。




 翌、月曜日の放課後、屋上。

「これが証拠よ」

 彼に昨日隠し撮りした写真の数々を見せつける。さらにボイスレコーダーのおまけつき。

 彼の顔色が青ざめて、写真を持つ手がわなわなと震える。

「そうか……俺は……君が心配してくれたとおり、亜希穂に騙されていたのか……」

 亜希穂に二股掛けられていた事を知らせると、光井くんは意気消沈してがっくりと項垂れる。可哀そうに。浮気相手が同じバスケ部員だなんて。私は昨日と同じく、愛する光井くんのために一緒に泣いてあげた。

 そうして一頻り彼に寄り添い慰めた後、

「ドンマイ」

 私は聖母のように微笑んで、 

「あなたには私がついているじゃない。ね?」

 優しく告った。

 私に注がれる光井くんの熱い眼差しは、私の心配が完全に減った事を確信させた。

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