始まり
老人はうずくまった男を冷たく見下した。
「人を侮り利き手を傷つけるなど無様の極み」
その声は低くだが朗々と響いた。
男は腕についた血のにじむ噛み後を見やる。だがそれでも老人をきつく睨んだ。
「素手の相手に手傷を負うなど未熟以外のなんだ」
「父上、俺は、都のものに、都に復讐を」
それは血を吐くような響きだった。それでもその言葉に老人は動じた様子はない。
「そうだ、あれを血祭りにあげて、そのさまを見れば都など、帝など恐れるに足りぬと分かるはずだ。都を我らが復讐を」
「まことに幼稚だな、お前はもはや我が後継に足りず」
老人はうずくまる若君にゆっくりと近づいてきた。
若君はびくりと肩を震わせた。
「どうか、我が家の婿になってくだされ」
そう唐突に言われた。言われた内容が頭に入らずしばらく呆然としている。
「では婿殿、我が館においでくだされ」
そう言って老人は膝をついて若君の手を取り立たせた。
「いったい何を言っている」
とにかく話の内容も状況も全く理解が追い付かない。とにかく状況を把握しようと周囲を見回しても誰も彼も呆然とした顔をしている。
男に至っては顔から表情が抜けてしまっていた。
「何をしている。婿殿をお連れしろ」
そのまま周囲の人間が若君を取り囲みそのまま歩きだす。
その有様を若君についてきた使用人たちがどうしていいかわからず立ち尽くしている。
「親父、どうして」
男は血が下がった顔で老人に取りすがる。しかし老人は男を鬱陶しげな顔で吐き捨てるように言った。
「この方を我が家の婿に向かえれば、我が孫が帝の血縁じゃ」
言われたことをしばらく反芻する。そして若君なりにその言葉をかみしめて消化しようとしていた。
「お前は、この方をここで殺めて、帝の血など人と同じと周りを説得しようとしていただろう。だが。それでどうにかなるのはごくわずかじゃ、それならば我らがそうなればいい、帝の血を引く一族となれば都の奴等とて、何も言えまい」
にんまりと笑う老人に若君はせめてものと悪態をつく。
「なるほど、子をもうけたら消すつもりか」
若君はそれでも気概を失うまいと老人を睨み据えた。
老人はにんまりと笑った。
「そうならぬように励みなされ」
だが、ほかに手はなかった。若君は思う、もしかしたら若君が死んだあとでも、若君の子供があるいは孫が都に戻る日が来るかもしれない。
その日を夢見てこの地で生き延びていく。
遠い未来に起きる戦記のこれが始まり。
若君が源氏なのか平氏なのかは明言しておりません。まあ、都落ちした公家が武家になるときってこんな感じかなと思いつつ書きました。子供のころ応仁の乱で京都から地方に逃げた公家の子孫だと言われたことがあります。調べたら藤原系でした。
後、サバランの美食礼讃ではフランス革命から逃げてアメリカ滞在記があったのですが。そこで命がけのニートをしている若者に会ったエピソードです。
明らかに働いたほうが楽なのにどうして働かないのかとサバランは不思議に思っているようでしたがたぶんその若者は高位貴族だったんじゃないかと思います。働くことは悪いことだと思っていたんだろうな。
専業主婦が兼業主婦になるのは嫌とどんなに困窮しても働かないに似た現象かな。と。




