喪失
なぜこんな目に合うのか目の前の男は誰なのかわからない。
男の第一印象は横幅が広いということだった。
がっちりとした顎にふさふさと松の葉のようなひげを生やしごつごつとした若君が見たこともないような太い腕をしていた。
ぎょろりとまるで猫の目のような丸い目をむいている。
「都の奴らは俺たちから奪うばかりだ」
憎々しげに告げる。
「だから思い知らせる。お前が今度は奪われる立場になるのだ」
絞り袴からけりを放とうとするのを間一髪で避けた。
「何故?」
男はにたりと笑う。
「だから今度は我らが奪う立場になるのだ。お前のような奴はこれからみじめに死ぬがいい。いい見せしめだ」
若君は呆然と男を見ていた。
「お前の親はどうなった?」
「それは出家して寺に」
「どうせ死んでいるぞ、守りを失った貴様らの立場は何よりももろい、どうせ金を積んだのだろうが、金だけとられて始末されたに決まっている」
男はそう言って若君をあざ笑う。
「ゆっくりと苦しんで死ね。今までお前らが享受してきたものが何であったのか思い知りながらな」
そして男は高笑いしながら立ち去っていく。
侍が藁で包んだ田戸の死骸を引きずってきた。
「この近くに埋めれば穢れとなりますので、確か適当な川がありましたから」
そう言って馬にひかせた荷車を用意して死骸を積み込み捨てに行った。
若君は去っていった男の言葉を思い出していた。
何を享受していたのだろうか。さして恵まれた境遇ではないと思っていた。かつての帝の末と言っても若君の家族の序列は高いほうではない。
ましてやその立場すら理不尽に奪われたのだ。それなのになぜ恨まれるのか。
そして若君は恐ろしくなった。
自分はいったい何を失ったのだろう。本当に自分の立場を今まで考えたこともなかった。
寺に言った家族はどうなったのだろう。本当に死んでしまったのか確かめる術もない。
文をやり取りするすべも若君は失ったのだから。




