望まれない
危ういところで避けたが袖が切り裂かれていた。
「何を」
「うるさい」
目を細め再び刃物を持ち直した。
いきなりのことに若君は呆然としていた。
しかし、このままでは殺されてしまう。
「何をする気だ」
「気づかなければよかったのによ」
田戸は吐き捨てるように言った。
「そうすればもう少しだけ生かしてやったのによ」
怒りの表情はない、ただまるで麺のように無表情なまま刃を若君に向けた。
「荘園の経営?そんなもんお前にできるわけがないだろう。このまま荒らされるならお前さんを殺してその経営権、わしが貰えばいい、そのほうがみんな喜ぶだろ」
「だが、それはもともと我が家が」
「そんなもん、公卿で亡くなったら持つ権利なんてねえ」
吐き捨てるように言う。
「弱いもんに何かを持つ権利なんかない。たとえそれが命でもだ」
そう言って刃物を振り回す。
「どうせお前はすぐに死ぬ。それが速いか遅いか、どうせお前は生き延びられない」
振り回される刃物を避けるのに若君は必死だった。
だが、とっさに懐に入り込んだ。懐まで入れば逆に刃物は届かないのではないかというそんな考えがよぎる前に突っ込んでいっていた。
思いっきり体当たりを加え二人ともに床に倒れた。
その時何やら枝を折るような音がした。
若君はとにかく刃物を取り上げるべく起き上がり刃物をつかんだ。
その手はあっさりと刃物を落とす。とられまいと抵抗する様子もなくその手は力なく広げられた。
若君は不思議そうに手の中の刃物を見てそれから田戸を見下した。
その目は大きく見開かれたままだ。そして、首が奇妙な方向に曲がっていた。
どうやら倒れたはずみに首の骨を折ったようだ。
「嘘だろう」
思わず息をのんだ。しかし田戸はピクリとも動かない。
妙な角度で倒れたのだろう。そこに二人分の体重がかかったのだ。
「いかがされた若君」
物音を聞きつけたのか侍がようやくやってきた。
そして倒れた田戸を見ていった。
「死体の始末は、適当に埋めておきますので」
京の都でもそれなりに人死にはあった。そうした死体の始末も侍の仕事だった。
呆然として若君はふらふらと外に出た。
放心し、烏帽子も落とした若君を見知らぬ男が見ていた。
体格のいいその男は馬鹿にしたように若君に近づきその場で若君を殴り倒した。




