なくなった
毎日、田戸から聞いたことを復唱するのが習慣だった。
そして、しばらくして畑や他の管理をするためにそちらを見学しようと言い出した。
「そのようなこと、若君がなさることでは」
老いた侍はそう言って若君をいさめた。
「そのようなことになったのだよ、私はもう今日に戻ることはないだろう、遠く離れた雛の地で生きていくしかないのだから」
食べる藻も最低限だった。薄い粥を老いた侍の妻が用意する。周辺の草は食べられるらしく積んでいくこの辺りの若者がいたが、よく似た毒草も混じっている。この辺りの人間は間違えないが遠くから来たものに見分けはつかないだろうからやめておけとあざけるように言われた。
それでも生きていくしかないと思い詰めていた。
もうあのころとは違う。
今いる使用人よりも多くの奴婢にかしずかれ、寝殿造りの館に住まい毎日ただ勉学に励んでいるだけでよかった。その当たり前の生活が今はとても遠い。
働くということは宮中に出仕し帝に仕えるということだけだと思っていた。
それこそが自分の使命だと。だが今は自分の口を養うためだけに働くことになった。
何のために生きているのか。何のために生きていくのか、それでも生きたいとあがく己はとても無様だと自重した。
「だが、生きねばならないさ、死ぬまでは人は生きるものだから」
落ちるところまで落ちた時分だが、それでもついてきた者たちもいる。それらを守る義務も若君は感じていたのだ。
物悲しい顔をして侍はうつむいた。侍も若君もあのとき何が起きているのかわからなかったが。何事か起きていたのだろう。
そして気が付いたときは何もかも失った後だった。
若君は書付を束ねていた。そして妙な違和感を感じた。
最初から通して読んでみる。そしていくつかとびとびになっていた。誰かが書付を数枚抜き取ったのだ。
「これ、触ったか?」
侍に聞くと首を横に振る。
そば仕えの侍が知らないとなると別の誰かだろう。
若君は部屋を出て誰か見知らぬ誰かがいるのではないかと探した。
そして、田戸がいた。
田戸はすでに自らの住処に戻ったはずだ。
だがその手に若君の書付を持っていた。
「それ、どうするんだ」
尋ねた時彼は懐から刃物を取り出し若君に斬りかかった。




