生業
翌日、わらがチクチクする寝床からよろよろと這い出し、老侍夫婦に手水などをあてがわれ身支度をしていたところ田戸がやってきた。
「申し訳ありませんがお暇をいただきたく存じます」
はっきりと目を見てそう言われた。
「なんで」
思わず問いただすが、相手の目を見てすべてを察した。
すでに若君は公卿ではない。つまり何の権力も持っていないということだ。そのような相手に仕えていても何のうまみもない。
「では、これからどうすれば」
若君は荘園のもうけだけが生きるよすがだ。それをどうにかするのが田戸の仕事なのだがその田戸がいなくなれば荘園のもうけなど無くなってしまう。
「仕方ありませんので一年だけ仕事を教えて差し上げます、一年で何とか覚えてください」
それが彼なりの情けだと分かったが今まで一度もやったこともないことをたった一年で覚えることなどできるのだろうか。
「では、ざっとですが仕事内容をご説明します」
若君は文箱を侍に用意させた。
できるだけ細かい字で田との説明を聞き書きしていた。
しかしその内容は煩雑で所々意味の分からない言葉があった。
若君は今までまともに畑や田甫を見たことがなかった。その見たことないものに対する説明では半分は意味の分からない言葉だった。
まず、種を土に植えて育てる。そこからして初耳だと聞いてたとはあきれ果てていたがとにかく必死に若君はそれに食らいつくしかなかった。
本来十年かけて学ぶことをたった一年で覚えなければならないのだ、唇をかみしめて何とか理解しようとしていた。
本来ならすぐに見捨てられるはずだったのだ。それを一年という期限付きではあるが仕事を教えてくれるというのだ。京に戻るあてのない自分にはそれにすがるしか道はなかった。
その傍らで侍たちも若君の様子を見ていた。
彼らの仕事は主に仕えること、すなわち家事一切だった。当然ながらその中に農業はない。
農業が全くのド素人の集団が農地運営をする。とてつもなく無謀な取り組みだったしかしそれしか生きるすべはない。
若君の両親は公卿として生きられないと悟ると適当な寺に寄進して出家の道を選んだ。
それもまたやりようだ。寺なら最低限の生活は保障してもらえるだろう。
しかしその生き方を選ぶには若君は若すぎたのだ。




