第八話 常闇の胎動
遂に、常闇の胎動が始まる。
【ノイズ】の正体とは?
呪術・科学・言霊が結集した最終決戦計画とは?
全てを懸けた戦いの火蓋が切られる。
第一章:胎動
ある日の鈴ヶ淵周辺。
高濃度の邪気に汚染された残滓が、次々と濃縮し、変異していく。
「あの者の胎動を感じる…。目覚めは近い。もはや一刻の猶予もない!」
男の顔には、わずかな焦燥と強い使命感が宿っていた。
事務所のデスクでは、春の訪れを感じさせる季節の中、岸本優介が深いため息をついていた。
「はぁ…今回の依頼は散々だったな」
「でもよかったじゃない。無事に事件も解決したんだしさ」
「よくねえよ! 俺はぜんぜん無事じゃねえし! しかも日当八千円だぜ?」
岸本の指には包帯が巻かれていた。
「岸本が怖かったから、つい噛んじゃったんだよね、ココちゃん?」
真琴の視線の先には、尾を振るパグがケージに入れられていた。
今回の依頼は迷い犬の保護だったのだ。
「前から言ってるけど、あんたは精神修養が足りないのよ。動物は感覚が鋭いから、【捕まえてやる!】ってのがバレバレなの」
「どうせ俺は動物に嫌われるよ…」
毒づきながらも、無邪気に犬と戯れる真琴に、岸本の顔にわずかな笑みが浮かんだ。
突然、電話が鳴り響く。
「はい、岸本探偵事務所」
「岸本か。今日は来客の連絡だ。明後日の予定は空いているか?」
電話越しの機械音…【ノイズ】からの連絡だった。
「空いてるが…唐突だな。一体どうした?」
「呪滅探偵の精鋭、一位から三位までの三人を明後日そちらで引き合わせたい。時間は午前十時。詳細は到着する呪滅探偵たちから直接聞いてくれ。…健闘を祈る」
ガチャン。電話は一方的に切れた。
「【ノイズ】からの依頼? 今回は何なの?」
「呪滅探偵の一位から三位が来るとか言ってたぞ。事件の依頼って訳でもなさそうだし、何だろうな」
真琴の表情が瞬時に変わる。
「わざわざ、あの御三方が…? 穏やかな話じゃなさそうね」
真琴の表情を見て、岸本の胸がざわめいた。
第二章:神霊十将
約束の日の朝、珍しく岸本は髭を整え、髪をとかし、糊の効いたシャツを着込んでいた。
「へぇ、馬子にも衣装じゃない」
「お前がやれって言ったんだろ…変じゃねえか?」
「岸本の普段がだらしないだけよ。御三方との顔合わせなんだから、ピシッとしなさい!」
真琴は指を突きつけ、厳しい目を向けた。
呪滅探偵の上位三人とは、よほどの大物なのだろうか。
岸本は緊張しながら予定時刻を待った。
午前十時十分前、事務所のドアが軽くノックされた。
「はい、どちら様…」
岸本がドアを開けると、人間離れしたオーラを放つ三人の姿があった。
最初に現れたのは、身長二メートルを超える大男だった。
ジーンズに紺のタンクトップというラフな格好。
まるでボディビルダーのような体躯で、大地を揺るがすような存在感がある。
「俺は神霊十将三位【鉱鬼】、真砂泰山だ! よろしく頼む。真琴くんから凄腕と聞いてるぞ!」
握手を求められ、応じた岸本の手は、硬い金属の塊を握ったかのようだった。
四十歳そこそこだろうか、快活で若々しい。
次に現れたのは、凛とした佇まいの二十代の女性。スーツ姿で、優秀な秘書を思わせる。
「神霊十将二位【火風双真】、天宮焔と申します。お会いできて光栄ですわ」
物静かだが、瞳は炎のように燃え、全てを焼き尽くすような存在感を示していた。
最後に現れたのは、年齢が掴めない青年ーー。
少年のような澄んだ瞳だが、何百年も生きた仙人のような威厳を併せ持っていた。
「私は神霊十将筆頭【万象】、御堂神司です。君が岸本優介君だね」
ボブカットに上質な黒のタートルネックとスラックス。シンプルな装いだが、神威とも呼ぶべき力が伝わってくる。
「えっと…初めまして。怪異探偵の岸本優介です。真琴とはペアで仕事をしております」
狼狽しながらも、なんとか挨拶を返す。
「お久しぶりです、御堂様、焔様、泰山様!」
真琴の敬礼する瞳には、深い畏敬の念が込められていた。
来客用ソファに腰を下ろし、御堂が話し始めた。
「岸本君、単刀直入に言う。近日中に、神にも匹敵する呪詛…常闇が復活するだろう」
その言葉に、事務所の空気が凍りついた。
真琴の顔から笑みが消え、強い怒りが浮かぶ。
「ここ数年、鈴ヶ淵一帯に撒き散らされた邪気が集積し、濃縮されつつある…。常闇復活の兆しと見て間違いない。このままでは、奴は神の力さえ超える真の暗黒神へと進化するだろう」
御堂は静かに続けた。
「我々の力だけでは、奴の完全討伐は不可能だ。我々の呪術、岸本君の言霊、ヴィクトル先生率いる科学の力。この三つが結集しなければ、世界を救うことはできない」
御堂は岸本に向き直り、深々と頭を下げた。
「岸本君、ぜひお願いがある。我々に同行してほしい。常闇復活に備え、鈴ヶ淵近くの本陣まで!」
「…俺の力が役に立つなら、喜んで行く。あなた方に言われるまでもない。俺は、アイツを倒すと決めている!」
岸本の瞳には強い決意が宿っていた。
第三章:希望の言霊
岸本と真琴は、御堂の用意した車で数時間かけ、鈴ヶ淵に到着した。
「ひどいな。これが常闇の引き起こした災害か…」
鈴ヶ淵一帯には、かつて常闇が残した爪痕が色濃く残っていた。
空気は重く、粘つく不快感が漂う。
「ええ…。そして地中に澱んだ邪気が集まり、呪詛を生んでいる。今はまだ緩やかな胎動だが、常闇の復活が近づくにつれ、その活動は激しくなるだろう」
その時、御堂の目に緊張が走った。
「皆、用心しろ! 邪気が急速に凝縮している…来るぞ!」
ゴゴゴゴォ…。
地中から黒い渦がうねり、巨大なタール状の呪詛が三体這い上がってきた。
「でかい! なんだ、この化物…?」
「岸本、気をつけて! 触れたらただじゃ済まないわよ!」
呪詛が通った先の樹木や岩、コンクリートが全て溶け落ち、蒸発していくのが見える。
「焔、泰山。まずは我らの力を岸本君に見せよう。焔は右、泰山は左の呪詛を頼む」
「承知致しました、御堂様」
「ちょうど三体か…腕が鳴るぜ!」
焔の身体が宙に浮く。風の神の力だろうか。
「醜い呪詛め…滅せなさい」
ゴォォォォ…!
焔が手を翳すと、火炎と暴風が巻き上がり、強烈な火炎旋風となって呪詛を包み込んだ。
呪詛は抵抗する間もなく灰となり、崩れ去った。
「次は俺の番だな、行くぜぇ!」
泰山の巨躯がさらに膨れ上がり、皮膚に鉱石が瞬時に形成され、金属の巨人へと変貌した。
ドドドドドドドッ!
嵐のような連撃が呪詛に炸裂し、大地を揺るがす。
超音速の連撃から発生した衝撃波により、呪詛の身体は粉々に砕け散った。
「グオオオオ!」
一際巨大な呪詛が咆哮し、御堂に迫る。
彼は静かに手をかざした。
途端に呪詛の全身が凍結し、風の刃が切り裂き、豪火の柱が焼き尽くした。
正に一瞬の出来事だった。
「三人ともすさまじい…あの力は何なんだ…?」
「神に同格と認められれば、詠唱なしで神の力を扱えるのよ。あれでも、力の二割も出してないと思うわ…私もまだまだね」
御堂は冷静に、だが厳しい目で岸本を見た。
「岸本君。繰り返すが、近年このような呪詛が地上に現れる現象が多発している。私はこれを常闇の活性化と見ている。私も拒絶の言霊を使えるが、おそらくそれだけでは足りない…君の言霊の強化が必要だ」
御堂は懇願した。
「どうか私の元で修行を積んでほしい。君が私と同等の言霊を紡げた時、君の言霊は世界を救う希望となる!」
(真琴の心の闇を、ヴィクトルさんたちの絶望を、俺の力で救えるのか? …もしできるなら、迷う必要はない!)
「わかった。俺なんかでよければ、いくらでも力を貸す。鍛えてくれ、御堂さん!」
二人は熱く手を握り合った。
第四章:科学班
御堂の本陣ーーそれは壮麗かつ広大な神社の境内に設けられていた。
岸本が到着すると、ヴィクトル・メンゲル率いる特異事象科学解析局の面々が揃っていた。
何台もの大型トラックには様々な機器類が満載されている。
「岸本、久しぶりだな。今回は儂の研究の集大成となるだろう」
その後ろには、無数の特殊車両が並んでいた。
「何だこれ…軍隊かよ…?」
「岸本様のご明察の通りです。自衛隊の高機動車を使用して、完成致しました」
メンゲルが微笑む。
「常闇の討伐計画は、国家レベルで進んでいるのだ。これはvic-03と名付けた。以前使用した対呪詛用破壊兵器を改良・大型化し、下位の変異体レベルなら一撃で破壊可能にした。…怪異破壊機器MG-01も、飛躍的に性能を向上させた」
「ヴィクトルさん、お疲れ様でした。後は岸本君との力を合わせ、必ず常闇を仕留める!」
御堂の目に、固い意志が宿っていた。
第五章:否定の確信
その夜から、鈴ヶ淵の本陣で岸本の修行が始まった。
「まずは三日間、不眠不休で君の言霊『怪異なんていない』を一日一万回唱えてくれ」
御堂の声が厳しく響く。
「一万回…!?」
「君の言霊はまだ『願望』の域だ。必要なのは世界を塗り替える確固たる意志。肉体の限界を超えても言霊を紡ぎ続けることで、言葉の意志と意味を細胞レベルで叩き込む」
岸本はよろめきながらも言霊を紡ぎ続けた。
「怪異なんていない! 怪異なんていない!」
初日は疲労と苦痛に耐える作業だった。
二日目には喉が潰れ、幻覚が見え始めた。
三日目には意識が朦朧とし、体が鉛のようになった。
だが、その限界を超えた時、岸本の言霊は変わった。
それは単なる声ではなく、彼の心の奥底に染み渡り、存在そのものが言葉を体現しているかのようだった。
四日目、修行はさらに厳しさを増した。
御堂は結界内に強力な怪異を出現させた。
不眠不休で疲弊した岸本に、怪異が襲いかかる。
意識は霞み、身体は蝕まれていく。
「岸本君、究極は全ての感情を捨て去り紡ぐ『否定の確信』だ。喜怒哀楽が君の言霊の真実性を濁らせる」
朦朧とした意識の中、岸本は膝をついた。
「無理だ…俺にはできない…」
その弱音に、御堂は穏やかに語りかけた。
「そんなことはない。君はすでに何度もその境地に達している。私は全てを見てきたよ」
意味が分からず戸惑う岸本に、御堂は続けた。
「歪野に囚われていた少女たちの怪異の時、激痛に耐えながらも、彼女たちの『こんな不幸や絶望はあってはならない』と強く否定し、その魂を救っただろう?」
「…え?」
「真琴の時もそうだ。彼女の凍った心を溶かし、玄峰の魂を救ったのは、紛れもなく君だ」
「なぜ…俺の過去の依頼を…?」
御堂は懐から、そっと一つの依代を取り出した。
「私が作り、真琴に、君に渡したのだ。君以外の優秀な怪異探偵にも呪滅探偵を付けて技量を測った。だが、君だけだったよ。真琴と共にどんな呪詛も怪異も跳ね除け、解決してくれた」
御堂は静かな笑みを浮かべ、岸本の目を見つめた。
「あんたは、もしかして…」
「そう、私のもう一つの名は【ノイズ】だ。」
第六章:真実の言霊
岸本に指令を送っていた謎の人物こそ、神霊十将筆頭、御堂神司だったのだ。
「私は長年、常闇を倒す強い否定の言霊を紡ぐ怪異探偵を探してきた。君こそ常闇を否定し滅ぼす力があると確信している」
「もし私の正体を知れば、君は私に頼りすぎただろう。孤独な探偵として自らの足で歩き、『否定の確信』に至る必要があったのだ…」
常に冷静だった御堂の顔が、深い悲しみに曇る。
「…だが、それによって君や真琴くんが負った心の傷に、私は深く責任を感じている。君の成長のためとはいえ、酷な道を選ばせてしまった。本当にすまない…」
御堂の言葉は、これまでの謎を解き明かし、岸本の心に決意の火を灯した。
(御堂さんも、ずっと孤独に戦って来たんだ…全ては常闇を倒す為、それに自らの全てを注いで来た…!)
岸本は奮い立つ。
深呼吸し、全身の力を抜く。
疲弊した肉体と、孤独と決意で研ぎ澄まされた精神。
彼は全ての感情を排し、怪異など存在しないという絶対的な真実を、存在全てに帯びさせた。
そして、世界の根幹を決定づける重みで言霊を発した。
「怪異なんて、いない」
その瞬間、御堂が作り出した怪異は、砂の城が崩れるように脆くも消え去った。
御堂は目を閉じ、満足そうに頷いた。
「免許皆伝だな、岸本優介」
第七章:常闇討伐計画
岸本が修行を終えた翌日、御堂は本陣にて最終決戦の計画を提示した。
「皆、心して聞いてくれ。最終決戦の計画を提示しよう。この計画は、皆の混乱を招くのを防ぐ為、神霊十将三位までのトップシークレットで、極秘裏に進められてきたものだ」
岸本や真琴を始め、本陣に揃った面々の表情に緊張が走る。
最終決戦ーーそれは、かつて常闇が引き起こした大災害で生じた数万人の無念が結実した巨大な怪異を利用するという、常識を超えたものだった。
「まず、常闇の弱体化を図る。
呪滅師・科学班の総力による肉体への飽和攻撃だ。
神霊十将を始めとする精鋭百人、上級呪滅師二百人、ヴィクトル率いる科学班の呪詛破壊装置百台で、常闇の肉体を極限まで弱らせる」
「次に常闇の取り込み。巨大怪異への誘導・捕獲を行う。
弱った常闇を、数万人の怨念が結実した巨大怪異の淵まで追い詰め、その内部に飲み込ませるのだ」
「最後に、私と岸本による怪異内部への侵入・破壊。
常闇を取り込んだ怪異に私と岸本が侵入し、科学班の怪異破壊機器六十台と言霊を同時使用、常闇ごと怪異をこの世から消滅させる!」
御堂の激が飛ぶ。
「今叩かなければ、常闇は神の力さえ超えるだろう。呪滅師、言霊、科学の力を結集し、奴を討つ。皆私に力を貸してくれ!」
大きな歓声が巻き起こる。
岸本は真琴と顔を見合わせた。彼女は静かに頷く。
岸本は、真琴の心の闇、ヴィクトルの娘を無くした絶望、御堂の孤独な戦いを知った今、迷いはなかった。
「俺たちの手で、全てに決着をつける…やるぞ、真琴!」
「もちろんよ!遂にこの時が来たわ…。頼りにしてるわよ、相棒!」
二人は【ノイズ】という運命の導き手と出会い、強い意志を固め合った。
【ノイズ】の正体が明かされた第八話、いかがでしたか?
御堂の孤独な使命を知り、岸本は常闇討伐への決意を固めます。
次回より、壮絶な戦いが始まります。
20時頃更新予定、お楽しみに!




