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第五話 真琴、知られざる過去

怪異に飲み込まれた真琴を救う岸本。

怪異の内部で、彼は真琴の力の源であり心の傷である、トラウマの記憶を垣間見る。

バディの絆が試される一戦。

挿絵(By みてみん)


変異体【名詞】

通常の呪詛よりも異質かつ強力な能力を持つ呪詛の総称。



第一章:古電話の声


冬の厳しい寒さが和らぎ、街路樹の枝先に春の柔らかな息吹が忍び寄る三月の午後。

岸本探偵事務所に、古めかしい電話のベルが鋭く響き渡った。


岸本はゆっくりと受話器を手に取った。

「はい、岸本探偵事務所」


「岸本か。今回は真琴くんへ依頼をさせてもらいたい」

耳障りな合成音、【ノイズ】からの電話だ。


「真琴、【ノイズ】からお前に依頼だそうだ」

「私に?今回は呪詛の案件なのね」

淡々と受話器を受け取る。岸本はそっと耳を傾けた。


「場所は千葉県、廃工場の事案だ。予備調査の結果、呪詛の発生が確認された」

ノイズが一瞬激しくなり、音声が途切れ途切れに続く。


「既に呪滅探偵が一名、消息を絶っている。詳細な資料・情報は送ってある。岸本を補佐に付け、現場に赴いてほしい…健闘を祈る」

ガチャリと電話が切れる。

部屋に残るのは静かな余韻だけが残された。



資料によると先月、千葉県・鼠舞浜市郊外の廃工場で解体作業が行われていた。

しかし5人の作業員が突如として消息を絶つ。


予備調査で強い邪気が観測され、先日別件で取り逃した呪詛【鬼頭】による被害と断定。

呪滅探偵が向かうも消息を絶ったという。


また、瞬間的に怪異の数値も観測されたが、現在は完全に消失。

機器の誤作動の可能性が高いが、万が一を考え、補佐に岸本も同行するよう指示がされていた。



第二章:錆と波音の狭間


鼠舞浜市の郊外、かつての工業団地跡に佇む廃工場。

岸本と真琴が車を降り、足を踏み入れた瞬間、異様な空気が二人を包み込んだ。

空はどんよりと曇り、遠くで海の波音が不気味に響く。


「!なんだこれ、重機が…」

「…まるで蜂の巣ね…」


目に入ったのは、解体用の重機の残骸。巨大なブルドーザーやクレーンが無数の穴を穿たれていた。


(一体、どんな力がかかったらこんな事になるんだ……?)

恐怖と驚愕が混ざり合う。

一方、真琴は一切の躊躇を見せず、工場内の奥へ進む。

「間違いなくここにいるわ……呪詛の強い禍々しさがビリビリ伝わってくる」


真琴の声は冷静だが、目は鋭く輝いていた。

工場内は薄暗く、硝子の破片が、微かな音を立てて砕ける。



第三章:静かなる反撃


さらに奥へ進むと、ヒタヒタと静かな足音が近づいてくる。

一つの影――長身で細身の男のシルエット。

黒く長いコートが地面を引きずり、影のように揺れている。

顔は薄闇に隠れ、白い歯だけが不気味に光る。


「ほう、来客とは珍しい……。」

男はニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべ、二人を睨む。


「あんたが【鬼頭】?呪滅探偵よ。前任者はどうしたの?」

「奴は私の世界に取り込ませてもらった…。退屈な戦いだった。貴様たちの力はどうだ? 楽しませてもらうぞ!」


男の身体が弾け飛び、肉体が無数の銃弾となり、嵐のように二人に降り注ぐ。


だが、真琴は相手が動くより早く呪文の詠唱を始めていた。

空気が一瞬で冷え込む。


「高天原に坐す氷の神よ、清浄なる水の精霊よ、氷の結界、堅牢なる壁よ、今ここに顕現せよ! 結!」


瞬時に、二人の周囲を厚く硬質な氷の壁が包む。

ガガガガガガンッ!!


銃弾が氷に当たり、凄まじい被弾音を響かせる。火花が散り、工場内の空気が震える。


さらに、真琴の詠唱が続く。

声は力強く、風を呼び起こす。


「風の神よ、天の息吹を賜れ。邪を集め嵐の核と成さん、凝縮の渦を巻き起こし、力の塊とせよ! 縮!」


ブオオオッ!!

凄まじい風が巻き起こり、工場内に渦を成して呪詛を飲み込む。

風の檻が形成され、男の姿を強制的に再構築させる。


「!? バカな……! 貴様一体……」

「お前はもう囀るな…」


言葉を吐きかけたその顔を、真琴の足が容赦なく蹴り上げる。

腹、膝と続けざまに、まるで鉄の棒で殴打するような重い蹴り。

呪詛の口から黒い血が噴き出し、体がくの字に折れる。


「お望み通り、力を見せたわよ……少しは退屈しのぎになった?」

真琴の目はゴミを見据えるように冷たく、唇に歪んだ笑みが浮かぶ。

「完敗…だ…だが、貴様だけは…」

呪詛の最後の言葉を待たず、呪文を紡ぐ。


「呪滅!」


ゴウッ!!


轟音と共に、浄化の光の柱が立ち上がる。

工場内を白く染め、呪詛の身体が次第に崩壊するが、その顔には、一瞬の笑みがあった。

光が渦を巻き、異形の存在が塵に還った――。


(?……何だ?微かな歪みを感じる…まさか!)

「真琴、その場を離れろ!怪異の予兆がある!」


突然真琴の周囲に歪みが広がった。

「バカな!呪詛を滅したのに、何故!?」

咄嗟に躱そうとするが、真琴の体に歪みが巻き付く。


「真琴っ!」

岸本の叫びが響く。

反射的に飛び込み、彼女の腕を掴もうとするが、遅かった。


【鬼頭】は、身体の奥底に隠形の怪異を宿して自由に使役する【変異体】だったのだ。

二人が虚空に消えたあと、廃工場の静寂が再び訪れる。



――高位の呪滅探偵は、神の力さえ使役する存在だ。

火の神は鉄を溶かし、水の神は砲弾を弾く盾を成す。

風の神は岩を切り裂き、土の神は大地を砕く。

古来の神々を呼び、呪詛を滅する術者たち。



――だが、呪詛にも異能を高めた【変異体】が存在する。

ある呪詛は人を喰らい邪気を増し、ある呪詛は互いを交わりながら更なる異形へと進化する。

また、ある呪詛は怪異を取り込み、その力を自らの物にし、使役するというーー。




第四章:闇の底の泣き声


(!…ここは【鬼頭】が死に際に顕現させた怪異の中か!?真琴はどこだ…)

黒い虚空が広がり、足元さえ定かでない。

遠くから、微かな嗚咽が聞こえてくる。


(どこだ?どこから声が…)

やがて、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。

一人の少女が蹲り、膝を抱えて肩を震わせていた。

外見は七、八歳ほど。幼い顔立ちに大きな瞳。だが、その声、その表情――見覚えがあった。

紛れもなく、真琴だった。


「真琴……」

声をかけると、少女はびくりと身体を震わせ、怯えきった目を向けた。


「おじさん、誰……?」

一拍置いて、少女が駆け出す。


「待ってくれ!話を…」

岸本は思わず手を伸ばし、彼女の肩に触れた。

その瞬間――堰を切ったように、真琴の記憶が崩れ込んできた。

幼い頃の光景、喜び、恐怖…すべてが鮮烈に蘇る。



第五章:鈴ヶ淵の記憶


それは、穏やかな春の日のことだった。

鈴ヶ淵という小さな地方都市。緑豊かな丘陵に囲まれ、清らかな小川が流れ、四季折々の花々が咲き乱れるこの土地で、真琴は幼い日々を過ごしていた。


祖母の信恵は地元の神社で神職を務める女性で、厳しくも優しい人だった。真琴と弟の良輔は、彼女の下で自由奔放に育った。


ある日、信恵は真琴に、自然との対話を教えてくれた。

「真琴、自然には精霊が宿っているのよ。耳を澄ませて、心で話しかけてごらん。」


神藤家は高位の呪滅師の血を引く家系だった。

彼女はすぐに精霊たちと対話できるようになった。

風の精霊が髪をくすぐり、水の精霊が指先で遊ぶ。信恵の瞳には驚きとほのかな誇りが宿っていた。


真琴は、信恵と良輔、皆で笑い合う日々が、永遠に続くと思っていた。



だが、平穏は長く続かなかった。

鈴ヶ淵を通る高速鉄道の建設計画が持ち上がったのだ。

線路の予定地には、遥か昔の大災厄を引き起こした、神にも匹敵すると言われた呪詛…【常闇】を封印する結界石が置かれていた。

信恵を始めとする住民の反対運動が功を奏し、予定地は変更された。

すべてが解決したはずだった。


しかし、ある日、結界石は無残に破壊された。

杜撰な工事のミスか、何者かの陰謀か――真相は霧に包まれたままだった。


その夜、鈴ヶ淵は暗黒の雲に覆われた。

空は墨のように黒く、不気味な風が木々を揺らし、地面から這い上がるように巨大な人型の呪詛が現れた。


どす黒い邪気を全身に纏い、瞳は鬼火のように妖しく光る。その姿は、闇そのものを体現したかのようだった。


数百年の飢えを満たすかのように、人々を次々と飲み込み、咀嚼する。悲鳴が夜空に響き、血の臭いが風に乗って広がった。


真琴の神社にも、その足音が近づいてきた。

地面を震わせ、屋根を軋ませる。真琴は自室の布団に身を縮め、震えていた。


突然、屋根が破壊される轟音が響いた。良輔の絶叫が耳を刺す。


「わあぁっ! 助けてっ! 誰かぁ!」


弟の必死の泣き声に、真琴は葛藤する。(私が良輔を助けなきゃ……待ってて、今お姉ちゃんが……!)

だが、身体は動かない。


(私が出て行って、なんになるの…? 二人ともお化けに食べられちゃうだけ……だよね?)


良輔の断末魔の叫びが響く中、真琴は布団の中で耳を塞ぎ、嵐が過ぎ去るのを祈るしかなかった。


夜が明けると、鈴ヶ淵は廃墟と化していた。

崩れた建物、血塗れの道、高濃度の邪気で汚染され、沈黙した街。

死者は二万人を超え、政府は箝口令を敷いた。「未曾有の直下型地震が発生し、市街地が壊滅的な打撃を受けた」――そんな公式発表で、事件は闇に葬られた。

真実を知る者は口を閉ざした。


事件直後、上位の呪滅師四人、中位の呪滅師十人が現場に急行したが、圧倒的な力の前には無力だった。

空腹を満たした呪詛の影は、鈴ヶ淵の地の底に消え、次の餌を待っているかのようだった。


夕暮れの荒野に呆然と佇む真琴に、声がかけられた。

「神藤信恵さんの…お孫さん、かな?」


振り向くと、満身創痍の老人が立っていた。

血まみれの身体に、粗末な布で止血された左腕の欠損。

深い皺の刻まれた顔は戦いの痕跡を物語る。

目は疲れ果てながらも、優しい光を宿していた。


「おばあちゃんは…?」

真琴の声は震えていた。家族の面影を求める幼い問い。


老人はゆっくり頷き、深い息を吐いた。

「おばあちゃんは、最後まで立派に戦ったよ……」

皺がより深く刻まれ、悲しみが顔に浮かんだ。


真琴の胸に燃えるような感情が湧き上がった。

結界石を破壊した何者か。

家族と故郷を無残に壊した巨大な呪詛。

何より、弟の叫びを聞きながら無力に震えるしかなかった自分自身が、心の底から許せなかった。


「おじいちゃん、お化けと戦ってたの?」

真琴の瞳には、強い怒りと憎しみの炎が宿っていた。

確固たる決意が小さな身体を駆り立てる。


「私にも、お化けの倒し方を教えて!」



第六章:呪滅師の日々


その瞬間から、真琴の日々が一変した。

老人――玄峰のもとで、呪滅師となる苛烈な修行が始まった。

心技体を極限まで鍛え上げる道。

特に重視されたのは「心」の修養。

神々にとって、人間の技や体力など些末なものに過ぎないからだ。


だが精神だけは違う。

極限を超え、鋼のように鍛え抜かれた精神力に神々が納得すれば力を与え、同格と認めれば神の力そのものを行使する権利を得られるのだ。


師匠・玄峰との模擬実戦も日常となった。


「縛!」

真琴の鋭い声が響き、空中に蜘蛛の糸のような注連縄が迸り、玄峰を捉えようとする。

だが、老人は難なく躱す。

直後、風の呪文が真琴の身体を切り裂く。

鋭い痛みが走り、彼女は膝をついた。


玄峰が静かに呟く。

「まだまだ甘すぎるな…視覚に頼りすぎている」

だが、声には優しさが滲む。


「しかし手加減はしたぞ? 弟子に死なれては洒落にならんからな」

彼は微笑み、真琴に手を差し伸べた。

その手は温かく、力強かった。


真琴は更なる修行に身を投じた。

灼熱の鉄板の上を裸足で歩く。

極寒の冬、滝の下で一晩中耐える。

土に埋められ、孤独と酸欠の闇の中で詠唱を繰り返す…。

あまりの苦痛に、真琴の肉体と精神は悲鳴を上げた。


だが、それでも真琴は諦めなかった。

続けるうちに、痛みが薄れていく。

代わりに目覚めたのは、風のように清廉でありながら火のように燃える心。

氷のような冷静さと大地のような揺るぎなさ。

彼女の精神は、自我を保ちつつ完璧な均衡を成していた。



第七章:再戦


再びの模擬実戦。

真琴の放つ風の刃が、目にも止まらぬ速さで玄峰を追う。

彼は難なく避けつつ、水の詠唱を紡ぐ。

発動しようとした瞬間――


猛烈な風に巻き上げられ、強烈な雷が玄峰に叩きつけられた。

空気が焦げ、閃光がドームを照らす。

真琴は二種の詠唱を同時に発動させる境地に達していた。


玄峰は膝をつき、荒い息で言った。

「完敗だな…免許皆伝…だ…」

真琴はくすりと笑い、手を差し伸べた。


「手加減しましたよ? 師匠に死なれちゃ洒落にならないですものね」

玄峰は笑いながらその手を取った。


こうして真琴は最年少で、呪滅師の最精鋭十人――神霊十将の第九位となった。

その後も実戦の渦中で技に磨きをかけ、急速に練度を高めていった。

風と水を自在に操り、華麗に戦場を舞う彼女の姿は【滄風ノ巫】の二つ名を得た。


(呪詛どもが憎い…。この世の呪詛を一匹残らず絶滅させてやる! そしていつか、あの化け物を…!)

真琴の心に宿る炎は、決して消えることはなかった。



第八章:玄峰との誓い


真琴の記憶が最後の糸を紡ぎ終えたとき、岸本は再び底なしの闇に沈んだ。

【依代】の力は真琴の微かな思念を宿し、その行方を辛うじて導いていた。


闇の帳が揺らぎ、ぼんやりとした人影が浮かび上がる。

それは記憶の中で見た玄峰の姿そのものだった。

現実の肉体か、幻の残滓か――影のような存在が静かに息づいている。


「君が岸本くんだね…一度会って、伝えたいことがあった」

玄峰の瞳には深い悲しみの影が揺らめいていた。


「真琴の人生は、そのほとんどが過酷な修行と呪詛を滅する戦いに費やされてきた。普通の少女が味わうはずの温かな幸せや楽しみ――それらを彼女は自ら捨て去った。呪詛を葬るという思いだけが、彼女の生きる原動力だった……」

声は低く、震えを帯びて響く。


「だが、岸本くん…君と出会ってから、真琴は少しずつ変わっていった。よく笑い、よく泣くようになった。君の存在が、彼女の闇を照らす光となった――私はそう信じている」


玄峰はゆっくり手を伸ばし、真琴を指し示した。指先は微かに震え、まるで最後の祈りを捧げるようだった。

「真琴を救えるのは君だけだ…これからもそばにいてやってくれ。彼女の心の支えとなって、守り続けてほしい……」


言葉の余韻が静寂に溶けゆく中、玄峰の姿は霧のように薄れ、消えていった。

残されたのは、岸本の胸に刻まれた深い約束の重みだけだった。



第九章:光の叫びが届くまで


再び、岸本は泣き続ける真琴の傍らまで辿り着いた。

足音が闇に響き、彼女の小さな肩が震える姿が浮かび上がる。


真琴が顔を上げると、しゃくり上げながら大粒の涙を流す岸本の姿があった。

頬を伝う涙は止まらず、男の顔を濡らしていた。真琴は涙を浮かべながら、か細い声で問いかけた。


「おじさん……なんで泣いてるの?」


岸本は袖で乱暴に涙を拭い、声を絞り出す。

喉が詰まり、言葉が途切れ途切れになる。


「真琴、お前……こんな辛いこと、…悲しいこと、…誰にも相談しないで……」


声が次第に大きくなり、絶叫に変わる。

「ずっと一人で耐えてたのかよ……ずっと一人で抱え込んでたのかよぉっ!」


岸本の目には強い怒りと悲しみが混じり合っていた。手が虚空を握りしめる。


「そりゃ、俺なんか冴えないオッサンだよ! 頼りになんか全然ならねぇ! でも、辛さを共有して励まし合うことくらいできるだろっ!?」


「おじさん……」

真琴の涙がぴたりと止まった。

瞳に初めての光が宿る。

岸本の言葉が心の氷を溶かしたかのように。


「過去はもう変えられない! でも、これから巻き返していけばいいんだよ! お前はそのために、血が滲むような努力をしてきたんだろっ!?」


岸本の声は力強く響いた。

闇を払うような熱い叫び。

「こんな暗闇の怪異なんてクソ喰らえだ! 自分を思い出せ! お前は…神藤真琴! 精鋭神霊十将の、呪滅探偵だろぉっ!」


その言葉を受けて、少女の身体は花弁が散るように舞い上がった。

闇の中で光の粒子が渦を巻き、彼女の姿を再構築する。

幼い少女から、元の凛々しい呪滅探偵の姿へ――真琴はゆっくり目を開いた。


「そうだった…私は呪滅探偵…あんたの、相棒……。」

ふっと気を失い、倒れ込む真琴を、岸本は力強く受け止めた。

彼は力の限り叫んだ。


「怪異なんていないっ!」


その瞬間、漆黒の闇は一瞬にして光に包まれた。

眩い輝きがすべてを浄化し、虚空を埋め尽くす。

光が収まると、そこは元の廃工場に戻っていた。


埃っぽい空気、崩れた壁、遠くに聞こえる波の音――現実の世界が静かに息づいていた。



第十章:煙草の煙と、午後の光


事務所に戻ってから、真琴はいつになく悶々としていた。

来客用ソファに座り、甘いスナック菓子を食べつつも、どこか憮然とした顔だ。


「岸本、今回は助けられたわね…でも、怪異に飲み込まれてからの記憶が全然ないんだけど。岸本は覚えてる?」


岸本は煙草をくわえ、火を点ける手を止めた。

窓から差し込む薄い陽光が、疲れた横顔をぼんやり照らす。


「いや、俺も必死でさ……。悪いけど、よく覚えてないんだよ」


「ふーん……」

真琴は呟き、ふっと息を吐いた。

唇に柔らかな笑みが浮かぶ。

まるで重い鎖が外れたかのように、瞳が輝きを帯びる。


「でもさ、何だか気持ちが軽くなったっていうか…胸のつかえが取れた感じがするんだよね。何でだろ?」


屈託のない笑顔でそう言って、彼女は軽やかに肩をすくめた。


これでいい……。

真琴の抱える怒り、悲しみ、孤独、絶望……。それは底知れぬ闇のように彼女の心を覆っていた。

彼女は自分の過去をほとんど語らない。言葉にするのも憚られる壮絶な過去。


岸本も知っていると告げるのは簡単だ。

だが、それは真琴の心に土足で踏み込み、尊厳を傷つける行為に他ならない。


もし、真琴が過去を語り、救いを求める時が来たなら……その時は、すべてを受け止め、そっと寄り添おう。


岸本は煙草の煙をゆっくり吐き出し、窓辺の淡い光の中で、ひっそりと小さな決意を固めた。

煙がゆらゆらと舞い上がり、静かな部屋に溶けていく。

真琴の壮絶な過去と、岸本の救出劇はいかがでしたか?相棒の秘密を知ったことで、二人のバディの絆はより強いものとなりました。


次回は、かつてない程の強敵が2人を待ち受けます。

岸本と真琴、更に科学の力が合わさった異能バトル、お楽しみ下さい。


第六話 殺人ピエロの夜

20時頃に更新予定です。


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