第二話 呪滅探偵現る
第2話更新しました!
・可愛い少女(?)相棒の真琴、登場
・連続幼女殺人事件の闇
・岸本と真琴、初共闘
20時更新、毎日連載中!
異能バトル×ダーク×ちょっと泣ける、始めました。
呪滅探偵【名詞】
主に呪詛の調査、封印、無力化を実行する特殊調査員の通称。
神道や仏教の伝統を基にした能力者で構成される。正式名称は呪滅師。
依代【名詞】
高位の呪滅探偵だけが製作可能な護符。
複数人が所持することで、お互いの思念を共有できる。修練を積むと、より広範囲に、精度の高い共有が可能となる。
第一章:意外な来客
10月も半ばを過ぎ、街路樹の葉が黄金色に染まり始める頃だった。
街は秋の装いに変わり、人々はコートを羽織り、落ち葉を踏みながら歩く。
そんな穏やかな季節に、岸本の事務所は相変わらずの混沌を保っていた。
事務所は古いビルの三階にあり、ドアには「岸本探偵事務所」と書かれたプレートが傾いて掛かっている。
デスクには書類の山が積み上がり、床には空のビール缶が転がり、窓際の観葉植物は水を乞うように葉を萎れさせている。
男やもめに蛆がわく、とはよく言ったものだ。
その日、岸本は来客用のソファで、うたた寝を決め込んでいた。
昨夜の残業が体に染みつき、瞼が重い。
夢うつつの境で、ぼんやりとした記憶が浮かぶ――昨日の電話のやり取り。あの耳障りなノイズ混じりの声。
だが、そんなことを考えている暇もなく、事務所のドアがノックされた。コン、コン。控えめな音だ。
岸本は微睡んだまま動かない。
すると、ノックは次第に激しさを増していった。
コンコンから、ドン、ドン。
そして、ドンドンドン! まるでドアを叩き壊さんばかりの勢いだ。
「おいおい、朝から何事だよ……」岸本は呟きながら、体を起こした。
大家なら、今月の家賃は払ったはずだ。
ツケの溜まった飲み屋もない……はず。
NHKの集金人なら、どう断ろうか。雑念が頭をよぎる。
仕方なくドアに向かい、鍵を回す。「はいはい、どちら様……」
ガチャリとドアが開くと、そこに立っていたのは小さな女の子だった。
身長は150センチあるかないか。
12歳か13歳くらいだろうか?
黒髪をポニーテールにまとめ、ファストファッションのシンプルなTシャツにジーンズ、足元はスニーカー。
街中で見かける普通の少女だ。
岸本は、普段の探偵業で鍛えた営業スマイルを浮かべ、声を掛けた。
「ああ、いらっしゃい。お嬢ちゃん、何の用かな? 迷子かな? それとも、親御さんの依頼で……」
バキッ!
突然の衝撃に、岸本の視界がチカチカした。顔面に鋭いチョップが炸裂したのだ。
「失礼な! 私は23歳よ!」
痛みが頰を走り、思わず後ずさる。少女――いや、彼女は頰を膨らませ、岸本を睨みつけた。
声はハキハキとしており、年齢不相応な自信と威厳に満ちていた。
小柄な体躯とは裏腹に、存在感が強い。
岸本は頰をさすりながら、呆然と彼女を見つめた。
23歳? この小柄な体で?
頭の中で、昨日の電話の記憶がフラッシュバックする。
あの【ノイズ】との会話。
確かに、相棒として呪滅探偵が来ると言っていたが……まさか、こんなのが?
疑念は拭えない。
彼女は本当にあの凄腕の専門家なのか?
「ふん、信じられない顔ね。あんたが岸本よね? 私は神藤真琴。よろしく。呪滅探偵よ。さ、早く中に入れてちょうだい。話があるの!」
真琴はそう言うと、勝手に事務所に入り込んだ。
彼女の歩き方は堂々としており、背中のバックパックが少し重そうに揺れる。
岸本はドアを閉め、ため息をついた。
今日もまた、普通の朝とは縁遠い一日になりそうだ。
第二章:昨日の電話
話は昨日に遡る。
事務所の電話が鳴ったのは、夕暮れ時だった。
窓から差し込むオレンジ色の光が、埃の粒子を浮かび上がらせる。
岸本はデスクで煙草をくゆらせながら、埃の薄く被った受話器を手に取った。
いつもの声が聞こえてきた。
「岸本か。今回は少し特殊な依頼をさせてもらいたい」
声は機械的に加工されており、かすかなノイズが混じる。
耳障りで、毎回イライラする。
岸本はこの名も知らぬ依頼主を、密かに【ノイズ】と呼んでいた。
裏の仕事専門で、匿名で怪異絡みの案件を振ってくる謎の人物だ。
「場所は隣県、横溝市の雑木林だ。車で1時間も走れば、現場に到着するだろう。ただ、今回は2人で任務に就いてもらう。明日にも、相棒がそちらに向かうはずだ」
「相棒? 複数人で取り掛かる怪異なんて、何年ぶりだよ?」
岸本は首をかしげた。
普段の仕事は一人で充分だ。
怪異の調査と消去は、少なくとも中堅以上だというささやかな自負もある。
「今回は怪異だけじゃない。【呪詛】付きの案件なんだ。専門の特殊調査員……呪滅探偵の話なら、聞いたことはあるだろう?」
確かに聞いたことがある。
怪異は比較的新しい現象だが、呪詛は古い。
奈良時代から続く歴史を持ち、強い怨念等が由来し、人間に災厄をもたらす。
現代では、神道や仏教を基にした特殊能力を持つ呪滅師たちが、通称「呪滅探偵」として調査と封印、無力化を担っている。
全国で数千人規模、発生頻度が高いため、専門家が多いという噂だ。
「今回そちらに寄越す、神藤真琴くんは、神霊十将…呪滅探偵の中でも十本の指に入る凄腕だ。
詳細な情報・依頼内容は神藤くんに全て伝えてあるので聞いてくれ。……健闘を祈る。」
要件を伝え終わると、ガチャリと一方的に電話が切れた。
いつも通りだ。
岸本はため息をつき、受話器を置いた。
呪滅探偵か……面白そうだな、と思ったのを覚えている。
窓の外では、夕陽が沈み、街灯が灯り始めていた。
第三章:資料の闇
事務所に戻り、神藤真琴はバックパックからファイルやノートを取り出した。
彼女の動きは素早く、プロフェッショナルだ。
小柄な体で、ソファにちょこんと座る姿は可愛らしいが、表情は真剣そのもの。
事務所の空気は埃っぽく、彼女の存在が少し異質に映る。
「で、あんたが神藤真琴……呪滅探偵の?」
岸本はまだ頰をさすりながら、疑わしげに尋ねた。
「そうよ。呪滅探偵の十本の指に入るって聞いてるでしょ?」
真琴はニヤリと笑い、資料を広げた。
「さ、早速本題に入りましょ。今回の案件、ただの怪異じゃない。
呪詛と怪異が絡み合ってるから厄介なのよ」
岸本はソファに腰を下ろす。
「分かったよ……で、どんな案件だ? 【ノイズ】の奴、詳しいことはお前が知ってるって言ってたが」
「あはは、あなたも彼のこと【ノイズ】って呼んでるんだ」
真琴はくすりと笑ったが、すぐに表情を引き締め、資料をめくり始める。
ファイルは厚く、写真や報告書が挟まれている。
おそらく、ノイズの裏ルートから入手したものだろう。
岸本は資料を覗き込み、数枚めくるうちに「あっ」と小さな声を上げた。
「横溝市、幼女5人連続殺人事件の現場、か……」
真琴は無言で頷いた。
彼女の瞳に、静かな怒りが宿っていた。
資料のページをめくる音が、事務所に響く。
1週間ほど前のニュースだった。
岸本は事務所で歯を磨きながら、ぼんやりテレビを見ていた。
速報が流れた――横溝市の雑木林で、幼女ばかりを狙った連続殺人犯、歪野靖史が潜伏する小屋が見つかり、犯人が刃物で抵抗したため、その場で射殺された。
被害者は5人、全員が幼い女の子だった。
詳細は伏せられていたが、残虐な犯行だったのは明らかだ。
世間を震撼させた事件で、岸本もぼんやりと記憶に残っていた。
だが、真琴の持参したファイルには、ニュースでは語られなかった凄惨な闇を暴いていた。
その内容に、岸本は胃が捩れるような吐き気を催した。
被害者は全員、想像を絶する苦痛を与えられていた。
しかも被害者たちは、暴行の過程をカメラで撮影されていたという。
犯人の歪野は、変態的な嗜好の持ち主だったらしい。
ファイルには、警察の内部報告書らしきものが含まれており、写真も添付されていた。
血だまりの跡、散乱した小さな衣服、歪んだ表情の遺体……。
岸本は資料から目を背けたくなったが、探偵としてそれは許されない。吐き気を堪え、一通りの内容を読了した。額に汗が浮かぶ。
「真琴、事件の詳細は分かったが、これがどうしたっていうんだ? 警察の領分だろう。」
「また、女の子が1人消えたの。しかも、何の痕跡も残さずにね」
真琴の声は、先ほどまでの快活さが消え、氷のように冷たかった。
だが、瞳には強い怒りの炎が燃えていた。
「今回の予備調査で、『呪詛』となった歪野が確認されたわ。女の子たちは『怪異』となった上で、歪野に囚われている可能性が高いの。つまり、呪いと怪異が混ざった特殊な状況とみてるわけ」
岸本は眉をひそめた。「というと……どうすれば良いんだ? 俺は呪詛なんて対処できないし、真琴も怪異は専門外だろ?」
ハッ! と真琴は小さくため息をついた。
「だ、か、ら! 私とあなたがコンビを組むんでしょ! 呪詛と怪異が同化してる場合、両方を同時に叩くの。怪異だけ消去したら、呪詛が更に多くの犠牲者を求め続けるし、呪詛だけ封印したら、今度は怪異になった女の子たちが、別の形で暴走しちゃうかもしれないでしょ」
彼女は顔をぐっと近づけ、岸本を睨みつけた。
小さい体なのに、圧が凄い。
岸本は思わず後退りした。
なるほど、十本の指に入るというのも頷ける。
この小柄な呪滅探偵、神藤真琴。
彼女とのコンビで、この呪われた事件に挑むことになるのか。
事務所の空気が、重く張りつめた。外では秋風が窓を叩いていたが、室内は嵐の前の静けさだ。
岸本はため息をつき、コーヒーを淹れ始めた。
カップから立ち上る湯気が、二人の間に漂う。
第四章:現場への道程
「いい? さっきも言ったけど『同時に』ってのが重要なの。そのために……これを渡しておくわ」
真琴がバックパックから取り出したのは、和紙で作られた小さな人型の護符。
「【依代】よ。これを2人で持つと、互いの精神が通じて、ある程度の意思疎通ができるようになるの。これを使って、時間を見計らいながら同時に叩く! 1分2分のズレならなんとかなるけど、10分以上のズレはマズいわよ」
真琴の説明は明瞭で、岸本は頷いた。彼女の自信に満ちた態度が、少し心強い。
「了解。ただ、現場は雑木林だろ? トレッキング用の装備とかは必要なんじゃないか?」
「それも既に予備調査で調べ済み。現場は起伏も少ないから、スニーカーでも問題ないわ」
真琴はフフン、と得意げだ。
バックパックを背負い直し、事務所のドアを指差す。
「じゃあ、早速現場へ向かおう。暗くなってからじゃ、いくら起伏が少なくても危険だろう」
岸本は、営業車兼自家用車のキーを取り出した。
平日の午前中は順調に車が進み、「ノイズ」の言う通り小一時間で現場に到着した。
横溝市の雑木林は、都市部から少し離れた自然地帯。
秋の葉が色づき、風が木々を揺らす。
まだ日は高いが、林の中は薄暗い。昼間に来るという選択は正解だったようだ。
単なる雑木林だが、ここで凄惨な連続殺人が行われていたと考えると、進むにもやや気後れがする。
木々の間から差し込む光が、斑模様に地面を照らす。
そんな岸本を尻目に、真琴はさっさと林の中を進んでいく。
「早く行くよ! 日が暮れちゃうわ!」
それについては同意なので、岸本も歩みを進める。
落ち葉が足元でカサカサと音を立てる。
「あなたの扱う怪異だけど、今回はどの辺りか分かる? まずはそれを探さなきゃね」
「確実にこれ、というのはないけど、経験上、何かの建物の場合が多い。今回だと、事件になった小屋……かな」
「ふーん……じゃあ、そこを待ち合わせ場所にしましょ。小屋まで付き合うから、そこから別行動ね」
真琴の意外な付き合いの良さに、岸本は妙に感心してしまう。
彼女の小柄な後ろ姿が、木々の間で軽やかに動く。
歩いて20分ほどだろうか。
問題の小屋の前まで辿り着いた。
まだ、現場検証の跡が生々しい。
黄色いテープの残骸が木に絡まり、地面には足跡が残る。
近くまで寄ると、微かだが異様な雰囲気が感じ取れる。
怪異の発生場所とみて間違いないだろう。
空気が重く、肌にまとわりつくような違和感。
「じゃあ、ここから別行動だけど……同時にって何分後にするんだ?」
「今は16時か……じゃあ、今から10分後、16時10分にお願いね」
真琴はしれっととんでもない事を言う。
岸本は目を丸くした。
「いやいや、それは無理だ! 怪異を特定するのだって、最低数十分はかかる」
「大丈夫、私の方はすぐ片付く……すぐ近くに気配があるわ、吐き気を催すような邪悪な気配がね。あなたの方も、時間は大丈夫なはずよ。きっと怪異化した女の子たちは『転がってるだけ』だと思うから」
「転がっている……だけ?」
いまいち納得のいかないまま小屋に向かう岸本を見ながら、真琴が後ろから声をかける。
「あとはあなたの精神力次第……頼んだわよ」
第五章:灰色の世界
岸本が山小屋の扉を開けると、そこは灰色一色の世界だった。
空気は淀み、埃っぽい匂いが鼻を突く。小屋の内部は荒れ果て、壁に血痕のような染みが残る。
そこに6人の少女たちが寝て……というより、文字通り「転がっていた」。小さな体が無造作に散らばり、目は虚ろ。
彼女たちは怪異化し、この空間に囚われていたのだ。
突然、岸本の全身に激痛が走る。
大量の悪寒と、血液が逆流するような感覚。
涙を流しながら嘔吐し、七転八倒する。
骨が軋み砕けるような苦しみ。
これは、おそらく少女たちの苦しみ…。
この閉ざされた世界で、死後も苦痛を与え続けられていたのだ。
彼女たちの怨念が、岸本の体を蝕む。
瀕死の芋虫のように這いつくばりながら、一番近くの少女に触れた瞬間、少女のかつての感覚がなだれ込んで来た。
視界が揺れ、少女の記憶がフラッシュバックする。
「ぎゃあああ! 痛い痛いよぉ!! お母さんお父さぁん!!」
「いだい いだいぃぃ……何でこんな事するのぉ……」
「いたい……いた……い……」
「……わかっちゃ……った……わたしがわるいこだから おこられるんだ……」
「あっちのこ……なにされてもうごかない……よいこだから おこられなく……なった……もん……」
岸本の全身の毛が総毛立った。
心臓が早鐘のように止まらない。
激痛も吹き飛ぶ、圧倒的な怒りが、悲しみが、少女たちを助けられなかった後悔が岸本を突き動かした。
こんな幼い子ども達に、なんて酷い仕打ちを!
こんな……こんな残酷な諦めをさせるなんて……許さない、絶対に許せない!
少女に、愛娘の綾香の面影を感じながら、号泣する。
脱力した少女を抱きしめる。
しかし目まぐるしく動く感情の中でも、岸本は最後の一線で冷静だった。
怖かったね。今すぐ、君たちを解放してあげるからね……5秒前、4、3、2、1……。「怪異なんていない」
すると、少女たちは少しずつ、砂の人形が崩れるかのように消えていった。
虚ろな少女の顔が、わずかにほほ笑んだように見えたのは錯覚だったろうか。
灰色の世界が崩れ、小屋は元の荒廃した姿に戻る。
岸本は満身創痍で立ち上がり、息を荒げた。外の光が差し込み、解放感が体を包む。
第六章:呪滅の儀式
一方、真琴は、林の中を確信を持って進んでいた。
吐き気を催す邪悪な気配……呪詛化した歪野が、すぐそこにいる。
木々の間を抜け、気配の源に近づく。
不意に、雑木林の上に影が現れた。全身に、無数の触手のような刃を持った異形。
既に人間の面影は殆ど無い。
長い舌をネロネロと出しながら、歪野は真琴を舐めるように見つめる。歪んだ声が響く。
「ケッ! ガキかと思ったらババアかよ!……まあいい、オモチャたちは全部ぶっ壊れちまってたところだ。お前で遊んでやるよ!」
無数の刃が、高速で真琴の上半身を切り裂く。
破けたのは服だけで、真琴の胸元があらわになる。
歪野の刃は、彼女の肌を掠めるが、傷は浅い。
真琴は眉一つ動かさず、立ち続ける。
「どうした、ブルって動けもしないか? 今度はどうされたい? 指を1本ずつ…」
「動かなかったのよ、わざとね」
真琴が歪野の言葉を遮る。
彼女の声は冷徹で、瞳に殺気が宿る。
「あんたがどんなヤツなのか、実際に見たかったの。一片でも慈悲の感情があれば手心を加えてもと思ったけど……良かったわ、ドブ以下のゲス野郎で」
「これで、お前を心置きなく駆除することができる……」
歪んだ笑み。地の底から響くような暗い声。真琴の周囲に、異常なまでの殺気が広がる。
歪野に戦慄が走り、踵を返して走り出した。
ヤバいヤバいヤバい! なんだあのババアはっ! 俺の危機察知が、全力で逃げろと言っている! 狩場は幾らでもあるんだ、ここは捨てて……
「縛!」
真琴の鋭い声が響く。
歪野の前に、細い蜘蛛の糸のような注連縄が出現し絡みつく。
歪野の体が硬直し、動けなくなる。
「う、動けねえぇ! なんだこりゃあ!」
ヒタヒタと迫る真琴。
その瞳は先ほどとは打って代わり、ゴミを見下ろすような冷たいものだった。
歪野の顔面に、真琴の蹴りが一撃。華奢で小柄な身体からは想像もつかない重い蹴りに、歪野の顔が苦痛で歪む。
「女の子に暴力を振るうのは得意でも、自分がされるのは苦手みたいね」
「お、お俺に何をするつもりだ……!?」
歪野の顔に恐怖が浮かぶ。異形の体が震える。
「あんたは何もしなくていいわ。『何もできない』と言った方が適切かしら」
続いて、呪文の詠唱。真琴の声が林に響く。
「大海原の主、大綿津見神よ。汝の清き水の流れを借り、水の結晶となせ。凍土の深き牢獄に封じ給う!結!!」
大地から氷の渦が出現し、歪野を絡みとる。絶叫を上げる歪野。
渦は彼の体をみるみる凍結させ、土中へ引きずり込む。
「水の神様にお願いして、あんたをかたーい凍土の中にご招待するわ。光もなく息もできず、圧力で絶えず激痛を伴うけど、まっ、あんたにはお似合いね……多分200年もすれば自我が消滅して、楽になるわ」
「たす……けて……まだしにたくない……」
凍結で窒息しつつ命乞いをする歪野。声は弱々しい。
「あんたが殺した子たちの命乞いを、一度でも聞いた事はあった?……5秒前、4、3、2、1……呪滅!」
その途端、凄まじい勢いで氷塊が土中に潜り、風が吹きすさぶ。
しばしの沈黙のあと、何もなかったかのように秋の虫たちが鳴き始めた。
林は元の静けさを取り戻した。
第七章:夕暮れの帰路
岸本が小屋を出た時、既に真琴は小屋前で待っていた。
彼女の服は破れ、やや疲れた様子だが、表情は凛としている。
「ただいま……終わったよ。そっちの首尾は?」
「肩慣らしにもならなかったわ。呪詛としても、まあ下の上ってとこかしら」
また、無用に得意げだ。
二人は林を抜け、車に戻る。
真琴は歩きながらふと思った。
岸本は、せいぜい苦痛に七転八倒しながら、何とか怪異を消去するくらいだと思っていた。
……が、実際は強い怒りと悲しみ、後悔、そして最後には僅かな満足感を感じた。
それらが入り混じった気力で、逞しくピンチを跳ね除けてみせた。
彼の力の根源は、一体何なのだろうか。
岸本も、同時に思案していた。
真琴が歪野と相対していた際に、僅かながら彼女の感情を感じ取れた。これも「依代」の力なのだろうか。
真琴の、獲物をじりじりと追い詰める残虐性、呪いに対する強い憎しみ、仕留めた後の虚しさ、悔恨。
まだ23歳という若さで凄腕という事実。
一体どんな人生を歩んで来たのだろう。
岸本がふと目をやると、真琴の胸が大変な事になっているのに気付く。
「服、破けてるぞ……これ着とけ。目のやり場に困る」
岸本は、自前のコートを真琴に手渡す。
「ん、ありがと……って何よこれ、ぶかぶかじゃない」
「しょうがないだろ、俺のなんだから」
夕暮れの雑木林を抜け、車を走らせる。
夕日と秋の風が心地よかった。
車内は静かで、二人はほんやりと、互いの存在を意識する。
第八章:新たな始まり
帰宅して夕方、またもや【ノイズ】から一報が入った。
事務所の電話が鳴り、岸本が受話器を取る。
「お疲れのところ悪いね。緊急性が高い事案なので、上から今すぐ報告を求められているんだ」
ざらつく合成音が響く。
「結果は上々だよ。呪詛も怪異も、同時に無力化した」
「さすが岸本くん、神藤くんだな。また何かあったら頼む。通常の報告書も、2、3日中に提出してくれよ。以上だ」
ガチャリ。また一方的に電話を切られる。
「あはは、いつも安定の【ノイズ】だねぇ」
真琴が、屈託ない表情で笑う。
彼女は事務所のソファに座り、足をぶらぶらさせている。
「お前なぁ……一回きりの、即席のコンビじゃなかったのかよ」
「ま、当分いいじゃない。空き部屋もあるしさー。それより、部屋汚すぎ! 少し休んだら掃除だからね?」
真琴はそう言うと、ソファから飛び降り、事務所の散らかり具合を大げさに指さした。
床には空のコーヒー缶が転がり、書類の束は崩れそうになっている。
岸本は、彼女の軽快な物言いに小さく笑った。
「掃除って……真琴がやるのか?」
「はぁ? 半分はあんたの仕事でしょ! 私が半分やるだけ感謝しなさいよね!」
真琴がむっとした顔で言い返す。だが、その目にはどこか楽しげな光が宿っていた。
岸本は、ふっと一息ついた。
安心半分、やれやれ半分――そんな微妙な感情が胸に広がる。
ひとりで過ごすだけだったこの事務所に、こうして話し相手がいるのも、悪くないかもしれない。
窓の外では、秋の夜空がさらに深みを増していた。
星がちらりと瞬き、遠くの街の喧騒がかすかに聞こえてくる。
岸本は煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吐き出した。
真琴の笑い声が、事務所の古びた壁に反響し、どこか温かな余韻を残した。
お読みいただきありがとうございました!
怪異探偵と呪滅探偵コンビ、初の任務完了!
しかし、今回の事件は、巨大な脅威の序章に過ぎません。
次回は、強大な力が岸本と真琴を襲う…。
その後は、更なる展開へと発展して行きます。
今後の物語にもご期待ください! 応援の評価・ブックマークもお待ちしています!




