5話
むさ大の中庭。
ベンチに4人が並んで座っていた。
陽翔が缶コーヒーを開ける音が、風に溶けた。
「この時間、誰にも知られてない気がする」
結菜が、空を見ながら言った。
「観測されてない粒子みたいだな」
湊斗が、笑わずに答えた。
「シュレーディンガーの午後」
大翔が呟く。
「それ、ちょっと詩的すぎない?」
陽翔が笑う。
「でも、わかる。誰にも見られてない時間って、なんか特別だよね」
結菜が、ベンチの端に座り直した。
風が、4人の間を通り抜ける。
言葉は少ない。でも、共有されている。
湊斗は、結菜の横顔を見た。
結菜は、何も言わずに頷いた。
その頷きが、午後の粒子を確定させた。
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碑文谷のアパート。
陽翔が、ベランダに干したシャツを見ながら言った。
「今日の中庭、なんか良かったな」
「誰にも見られてない時間って、青春の定義かもな」
大翔が、ノートを閉じた。
「俺たち、科学部の頃は“見られたい”ばっかだったのに」
陽翔が笑う。
「今は、“見られなくてもいい”って思える。それって、成長かもな」
大翔が静かに言った。
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奥沢のアパート。
結菜は、ノートの余白に言葉を綴っていた。
「誰にも知られていない時間。それが、いちばん美しい。湊斗の沈黙は、たぶん共鳴だった」
窓の外で、夕暮れが街を染めていた。




