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1話
春の風が、むさしの科学大学の銀杏並木を揺らしていた。
風は西から吹いていた。偏西風。季節の境目を、静かに告げる風。
湊斗は、研究棟の階段に腰掛けていた。
隣には結菜。ノートを閉じる音が、風に溶けた。
「今日の風、偏西風だね」
結菜が、空を見上げながら言った。
「どうしてわかるの?」
湊斗は、問いながらも答えを知っていた。
「空の色が、少しだけ西に傾いてる」
結菜の声は、風よりも静かだった。
湊斗は、何も言わずに頷いた。
2人の間に、風だけが通り過ぎていった。
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碑文谷のアパートでは、陽翔がコーヒーを淹れていた。
「湊斗、今日も結菜と昼休みか?」
大翔が、論文のPDFをスクロールしながら聞く。
「たぶん。あいつら、言葉少ないけど、通じ合ってるよな」
陽翔が笑う。
「お似合いの2人だ」
大翔が呟く。
「俺らは兄弟か」
陽翔が肩をすくめる。
「それ、悪くないと思う」
大翔が静かに言った。
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奥沢のアパートでは、結菜がノートの余白に言葉を綴っていた。
「偏西風。春の境目。湊斗の沈黙は、たぶん肯定だった」
窓の外で、風がカーテンを揺らした。




