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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「ろくろ首」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「ろくろくび


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (2:1:0)

      (3:0:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


与太郎よたろう:25才にもなってふらふらふらふらして仕事もしてない、

    いわゆるプータローのフリーターのニート。


叔父おじ:与太郎の叔父。兄貴と違ってろくでなしの与太郎に頭を悩ませてい

   る。与太郎が嫁が欲しいと言い出したことで、お屋敷から頼まれて

   いた事を思い出し、お婿さん候補として甥っ子をお屋敷へ連れてい

   く。


叔母おば:叔父の妻。与太郎には甘く、こっそり陰で小遣いなどをあげたりし

   ている。相手は25の大きな子供なのにである。


ばあや:お屋敷のお嬢様にお仕えしているばあやさん。

    お天気のお話にも、お天気「様」と様の字を付けてお話しになる

    ほど、お言葉遣いのおよろしいお方。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


与太郎:

叔父:

叔母・ばあや・語り:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。




枕:落語の世界にはよく愚かしい役回りの者が出てきて、名前が一様に

  与太郎よたろうと言います。何かものを教えても、たいがいしくじる。

  わりとしゃべり方もあんまりキレッキレじゃない。

  そして落語というものは、はなしの種類が三つに分かれます。

  人情噺にんじょうばなし滑稽噺こっけいばなし、そして怪談噺かいだんばなし

  怪談噺かいだんばなしてものは大体だいたい背筋せすじが震えあがるのが当然でございます。

  「もう半分」や、「真景累しんけいかさねがふち」に「牡丹灯籠ぼたんどうろう」、

  など有名なものも多いです。

  ところが先ほど述べたこの与太郎よたろう、これが絡んでくると、怖いはなし

  もだいぶマイルドになりますようで。


叔父:おい与太よた与太よた、何してるんだよ。

   そんなおもてにつっ立ってる奴があるか、中へ入れ。

   近所から見てたってみっともねえだろ。下駄泥棒げたどろぼうかなんかと間違まちが

   られるぞ。


与太郎:あ、うん。


    …。


叔父:おいおい、いくら叔父おじさんのとこだからってな、入ってきてぬーっ

   と立ってるやつがあるか。挨拶あいさつくらいしたらどうなんだ?

   挨拶あいさつしろ。


与太郎:挨拶あいさつ?うん。

    ……さようなら。


叔父:なんでェさようならってのは。

   来たばっかりで帰るのか?


与太郎:帰らないよ。いま来たんだもの。

    だってさ、叔父おじさんこの前さようならの挨拶あいさつだって、そう言った

    じゃねえか。

    帰る時に挨拶あいさつして帰れって言うから、挨拶あいさつって何だっつったら、

    さようならだって言ったじゃないか。

    だから、さようなら。


叔父:そりゃ帰る時の挨拶あいさつだよ!

   来た時は丁寧ていねいに頭を下げて「こんにちわ」、

   暑い時には「おあつうございます」、

   寒い時には「おさむうございます」。

   これがおめえ、挨拶あいさつってんだよ。


与太郎:そうかぁ…じゃぁあの、おさむうございます。


叔父:寒くないよ。


与太郎:…おあつうございます。


叔父:暑いほどの陽気じゃねえ。


与太郎:……おぬるうございます。


叔父:なに言ってやがる、そんな挨拶あいさつがあるか。

   で、何だ今日は?


与太郎:うん、あのねえ、あのー…兄貴がね。


叔父:あん?おめえの兄貴がどうかしたのか?

   言付ことづけかなんか持ってきたか?


与太郎:そうじゃないんだよ。

    あのー…おふくろもね。


叔父:おふくろさんの言付ことづけか?


与太郎:えぃや、そうじゃないんだよ。

    あのね、今日ちょっと、叔父おじさんに相談があって来たんだよ。


叔父:ほお、おめえにあらたまって相談なんぞ言われると、何だかくすぐ

   ってェな。

   まぁいい、こっち来て座れ座れ。

   で、なんだその相談ってな。


与太郎:だからさ、兄貴がさ、今年33だよ。


叔父:そうだ、おめえの兄貴は33だ。そんな事おめえにあらためて言わ

   れなくたって、叔父おじさんだって知ってらあ。

   それがどうした?


与太郎:三年前にさ、お嫁さんもらった。


叔父:ああ、もう三年にもなるな。

   で、どうしたんだよ。


与太郎:そしたらね、子供が生まれた。


叔父:おう知ってるぞ。一度会ったが可愛かわいかったな。

   それがどうしたんだよ。


与太郎:その子供が、だんだん大きくなるね。


叔父:あたりめえじゃねえか。

   だんだん小さくなったらなくなっちまうだろ。

   だからどうしたんだ。


与太郎:あのね、朝なんかあの、ご飯とか食べる時さ、あの、

    兄貴がこっち座ってるとおかみさんが向こうへ座ってさ、

    あいだに子供がちゃぶ台に手をついて、立ち上がったりしてるん

    だ。

    それで、おぜんの上の物を手でつかんで食べたりなんかしてさ、

    見てると可愛いんだ。


叔父:なに言ってやんでェ。

   それがどうしたんだよ。


与太郎:あのね、それがどうしたって言うけどさ、兄貴の事をその

    おかみさんが呼ぶ時にね、「ちょいとお前さん」、とか「あなた

    」とか…はは…はァァ…。


叔父:な、なんだよ。

   そりゃ、おめえの兄貴のかみさんなんてなぁな、職人のかみさんに

   しちゃあよくできたかみさんだよ。

   あなた、とかお前さん、くらいの事は言うだろ。

   それがどうした。


与太郎:それがどうしたそれがどうしたって叔父おじさんさっきから言うけど

    さ、おらァなんざね、家へ帰っておまんまなんか食べたって、

    うまくも何ともないんだよ。

    おふくろと差し向かいでもってさ、おふくろはもう顔はしわくちゃで

    汚いし、歯は入れ歯だしさ。

    おまんまの時なんか大変だよ。たくあんなんてんだり吐き出し

    たりしてさ、やっと飲み込むと今度は入れ歯を上下とも外して、

    どんぶり入れた上からお湯じゃぶじゃぶかけて、中で洗濯してん

    だよ。

    歯の抜けた後は洞穴ほらあなみたいな口になっちゃってる。

    あの口でおらの事を「あなたや」、って呼はねえ。


叔父:なに言ってやんでェこの野郎。

   どこの世界におふくろがてめえのせがれつかまえて、「あなたや」って

   言う奴があるか!

   それがどうしたんだよ。


与太郎:叔父おじさん、それがどうしたそれがどうしたって言うけどさ、

    あのさ、あたいもね…


叔父:なに?


与太郎:あたいもさ…


叔父:はっきりしろってんだよ!おめえな、年いくつになった。

   25だろ!?25にもなって「あたい」って奴があるか!

   「あたい」なんてのはな、7、8つの可愛い女の子の言うセリフだ

   。

   無骨ぶこつな毛ぇ生やしやがって、木造蟹もくぞうがにみてえな足しやがって、あたい

   ってのがあるか!


与太郎:じゃ、あの、「ぼく」。


叔父:おめえは「ぼく」てぇ顔じゃねえ!

   その下に人参にんじんでもつけろ!

   ーーぼくにんじん(朴念仁ぼくねんじん)ってよ。


与太郎:あ、ぁあははァ…。


叔父:喜んでやがるよおい。

   しょうがねえなこいつは。

   他に言いようがあるだろうが。


与太郎:あのね、それじゃあ「おいどん」。


叔父:なんだそのおいどんてな。


与太郎:西郷隆盛がそう言うんだ。


叔父:西郷隆盛と一緒にする奴があるか。

   他にねえのか?


与太郎:それじゃあ…「あたし」。


叔父:まぁいいだろ。

   あたしがどうした。


与太郎:あたしもさあ、あのだから、あの、25だからさ。

    ぃやあの、あの…、あ…あの…あ、あの…さ……。

    兄貴に負けねえ気になってさ…。


叔父:あぁそうかそうか!

   じゃあおめえも25だから、兄貴に負けねえ気になってなんか商売

   でも始めようってのか。そらァ結構けっこうだ。

   あっぱれ見上げたもんだな。

   おめえが商売するって言うんなら、叔父おじさんが元手もとでぐれェ出してや

   ってもいいぞ。

   で、何をやろうってんだ?


与太郎:何をやろうじゃないんだよ。

    働こうなんて、そんな変な話で来たんじゃないんだ。


叔父:なにィこの野郎。


あのね、だから…その…あたしも26だからね、

    兄貴に、負けねえ気になって……【しばらく笑いながらもにょ

    もにょ言ってる。二拍分くらい】


叔父:なんだこの野郎、ツラぁ伸ばしやがったよ。

   だらしのねえツラだよ。普段からしまりがねえけどよ。

   ふわふわふわふわしたこと言いやがって、

   なに言ってるかさっぱりわからねえ。

   はっきり言ってみろはっきり。


与太郎:へへへ…はっきり言うと、なんかきまり悪いよ。


叔父:はは、なんでェ、おめえでもきまり悪いって事があるのか。

   叔父おじさんとおめえの間できまり悪いなんてこたァねえ。

   はっきり言ってみろ。


与太郎:じゃあ、はっきり言うけどさ…

    だからね、あたいもほら、25だから。


叔父:25だからどうしたんだ。


与太郎:そのぁの、兄貴に負けねえ気になって…


叔父:だからどうしようってんだよ!?

   兄貴に負けねえ気になって?


与太郎:ッーー~~…っ、ぅ~……。


叔父:なんでェ、目がすわってきやがったよ。

   い付くんじゃねえか?大丈夫だろうな?


与太郎:ぃっ、ぃいっっ、


    ぃ嫁さんんがもらいぃたいぃ!


    お嫁さァん!

    およぉめさぁぁん!!


叔父:~~ぅわかったわかった!

   わかったってんだよ!


叔母:あらあら、与太郎よたろうもついにそういう気になったのかい?

   【けらけら笑う】


叔父:ばあさんそこで笑ってる場合じゃないよ!

   与太よた、そらァおめえだって25だ。

   まんざら昨日にまたから生まれたわけじゃねえや。

   とうとう食い気から色気へ移ってきやがった。

   25にもなったら、嫁さんをもらいたいぐらいの事を考えるのは

   無理もねえ。

   だけどな、おめえの兄貴はちゃんと女房にょうぼう子供をやしなっていくだけの、

   手に職てぇものがある。

   おめえが嫁もらったとして、どうやって飯を食わせる?


与太郎:はしと茶碗です。


叔父:んな事は言われなくたって分かってんだよ!

   どうやって暮らしを立てていくって言うんだ?


与太郎:それァ叔父おじさん大丈夫だよ。

    ちゃんと考えてあんだから。

    かみさんかせがしたり、おふくろを働かしたり。


叔父:他力本願たりきほんがんじゃねえか!

   虫のいいこと言っちゃあなんねえ。

   人間はな、女房にょうぼうを持とうっていうんだったら、一人前じゃなくちゃ

   いけねえんだ。


与太郎:大丈夫だよ、おまんまなんか五人前食う。


叔父:そんなに食わなくたっていいんだよ!

   あぁ、そういやこないだ聞いたぞ。

   岩田いわた隠居いんきょのとこだかでもって、またずいぶんと食ったそうじゃね

   えか。


与太郎:え?あぁあれね。

    叔父おじさん、あれはそうじゃないんで。

    あれはね、あの、ご隠居いんきょさんに頼まれてたんだ。

    今度大掃除するから与太郎よたろう来て手伝っておくれよ、って言われて

    てさ、その日になったら忘れちゃったんだよ。

    それで夕方近くになって、あ、そうだ、今日大掃除だったなと

    思って行ったらみんな終わっててね、手伝いの人が皆でこれから

    天丼を食べようっていうとこだったんだ。

    「なんだ今ごろ来たってしょうがねえな与太公よたこう

    けどせっかく来たんだから、じゃあ天丼ひとつお上がりよ」

    って言うから、いらねぇってそう言ってやったんだ。


叔父:ほぉ、えらいな。

   おめえでもなにか、働かねえで食っちまったら済まねえと思ったの

   か。


与太郎:そうじゃないよ。あのね、一つ食うと後を引いていけねえから、

    一つじゃいらねえって。


叔父:…大変なこと言いやがったなこの野郎。


与太郎:で、いくつなら食べるって言うから、そこにある五つみんなって

    言ったら、「おもしれえ、食べられるもんなら食べてみろ」って

    言うから、ぺろぺろぺろぺろみんな食べちゃった。

    そしたらね、ご隠居いんきょさんがとっても喜んで「えらいえらい」

    って言ってね、ご褒美ほうびにお小遣こづかいもらったからそれ持って

    さよならって帰ってきた。


叔父:なんだ愛想あいそのねえ野郎だな。

   何しに行ったんだよ。

   そういう時にはな、少しは残りの手伝いかなんかするもんだ。


与太郎:それで帰りがけにね、蕎麦屋そばやの前通ったらまた美味おいしそうなにお

    がしたからね、盛りを三つ食った。


叔父:よく食うなこいつは、ええ?


与太郎:うちに帰ったらね、おふくろがさけでもってお茶漬けを食べてたから

    、あたいもさけでお茶漬け食った。


叔父:お前な、そんないっぺんに食う奴があるか。


与太郎:うん、やっぱりね、あんまり急に食べちゃいけないんだね。

    そしたらさ、お腹が大きくなってね。

    そのうちプッツンなんて音がしたと思ったら、

    お腹が破けてたんだ。


叔父:腹が破けたァ!?

   そりゃ穏やかじゃねえなおめえ。

   それでどうした?


与太郎:いや、お腹が破けたのかなと思ったら、越中えっちゅうふんどしのひもが切れ

    た。


叔父:まぎらわしいなこの野郎!

   ふんどしのひもが切れるほど食う奴があるか!

   おめえのおふくろだってそうだぞ、よく考えてみろ。

   おめえがちゃんとしてりゃ、今ごろは兄貴の所へ行って孫のおもり

   でもして楽隠居らくいんきょだ。

   それじゃおめえが可哀想かわいそうだってんで世間に馬鹿にさ

   れる。

   一緒にいなきゃどうにもならねえってんで、ああやって細々と

   ないしょくなんぞしてるんじゃねえか。

   少しはおふくろの気持ちにもなってやれ。

   ぶらぶらぶらぶら遊んでばかりいやがって、ええ?

   早起きは三文さんもんの得と言ってな、おめえみたいにいつまでも寝てる奴

   に得したためしはねえ。

   「まどろむは愚なり」と言ってな、寝てばかりいる奴にロクなのは

   いねえ。

   寝てばかりいると損をするもんだ。


与太郎:はあぁ、それで昔イギリスにあの、ネルソンて人がいたんだ。


叔父:くだらないよ!

   早起きは三文さんもんとくからなんでネルソンにいくんだよ。


与太郎:ぁそう…叔父おじさん、朝早く起きると得するよ。


叔父:そうだろう?


与太郎:うん、こないだ朝早く目が覚めてね、それで近所を一周ひとまわりして

    帰ってきたらうちの前にね、いい塩梅あんばいにがまぐちが落っこってた。


叔父:それ見ろ、そういうことがあるだろ。


与太郎:拾ってね、よく考えてみたらがけにあたいが落っことしたの

    をまた拾っちゃったんだ。


叔父:【溜息】

   ~~ダぁメだ、おめえみてえな野郎は。

   何が嫁が欲しいだ。黙って聞いてりゃほんとにしょうがねえや。


   おい婆さん、お前もそうだよ。

   俺のおいっ子だからってんで甘やかして、内緒ないしょ小遣こづかいなんかやった

   りするからこういうのができあがる。

   見ろ、いつまでったってこのザマだ。


叔母:それならお前さん、与太郎よたろうをあのお屋敷に連れて行ったらどうです

   か?


叔父:お前な、あんなものお屋敷に連れてったって庭掃にわはきにも門番にも

   なりゃしねえ。


叔母:そうじゃありませんよ。

   お屋敷のお嬢様のお見合い相手としてですよ。


叔父:なに、お嬢様のお婿むこさんに…?

   ふうむ……そうだな、かえってああいうのが良いかもしれねェな。

   おい与太よた、ちょっと待て与太よた


与太郎:なんだよ叔父おじさん。


叔父:おめえのさっきの嫁がもらいてえって話を聞いて思い出したんだが

   な、ちょっとこっちへ来い。話がある。


   今な、婆さんが言ってたんだ。

   実はおめえに養子ようしのクチがあるんだが、どうだおめえ、

   お婿むこさんに行かねえか?


与太郎:えぇ…小糠三合こぬかさんごう持ったら婿養子むこようしに行くなって言う

    よ。


叔父:生意気なまいきなこと言うんじゃねえ。

   そりゃ一人前になってから言うセリフだ。

   本来は「小糠こぬかった奴は婿養子むこようしに行くな」だってんだ。

   おめえは小糠こぬかり(小抜かり)どころか大糠おおぬかり(大抜かり)だ。


与太郎:あぁ、雨降りのみちわりみてえだなぁ。


叔父:なに言ってやんでェこの野郎。

   それでそのお相手ってのがな、叔父おじさんのお出入り先のお屋敷だ。

   ご両親はとうにお亡くなりになってて、お嬢様をお育て申した

   ばあやさん、それに女中じょちゅうが二人だ。

   そこへお前が行くと五人暮らしてことになるんだが、

   たいしたもんだぞ。

   お屋敷は白くて大きくてな、財産なんざもう、お前が一生かかって

   使ったって使い切れないほどあるんだ。

   それにお嬢さんの器量きりょうがというと、これがまた近所じゃ小町こまちと言わ

   れるほどの器量きりょうよしだ。

   そういう女っぷりの良いお嬢さんをおめえがおかみさんにもらって

   な、それでもって毎日美味いのを食っていい着物を着て、

   財産がいくらだってあるから働くこともねえし、

   毎日ぶらぶらぶらぶら遊んでいられるよ。

   そこへおめえを世話せわしようってんだがどうだ、おめえ行くか?


与太郎:へえぇ…ははは、いいなぁそれ。

    行くよそりゃあ。

    行くよ叔父おじさん。

    行こう!行こう!


叔父:あのな、行こうったって今すぐに行けるわけねえだろ。

   それに、おめえでもつとまるとだろうというのには、やっぱり訳が

   あるんだよ。


与太郎:なんだい、そのわけってのは?


叔父:後で何かあってぶつぶつ言われるのも嫌だから、ざっくばらんに

   話すけどな、実はな、お嬢様には悪いおやまいがあるんだ。


与太郎:なんだいその、悪いおやまいてのは。


叔父:ああ、真夜中にな、ぁ~~~ーー…。


与太郎:寝小便ねしょうべんかなんかすんだろ。

    いやぁ、寝小便ねしょうべんぐらいしても大丈夫だよ。

    あたいもちょいちょいやるから。


叔父:25にもなって寝小便ねしょうべんなんぞする奴があるか。

   そんなんじゃねえんだ。

   その、な、お嬢様のお屋敷ってのが、叔父おじさんの所とはわけが違う

   。ここで話してるのが隣で聞こえるところじゃねえんだ。

   何部屋もへだててあってもう、静かなのを通り越して寂しいくらいだ

   。お嬢様のお寝間ねまてのがいまだにな、この電気というものを使わな

   い。

   行燈あんどんを使うんだ。行燈あんどんたって知らねえだろ。


与太郎:知ってるよ、日曜の前の日だ。


叔父:そりゃはんドンだバカ。

   行燈あんどん種油たねあぶら灯心とうしんうすぼんやりしたあかりを障子しょうじかこったものだよ。

   で、お嬢様の枕もとには六枚折ろくまいおれの金屏風きんびょうぶが立て回してある。

   その外にいま言った行燈あんどんが置いてあるんだが、草木くさきも眠る丑三うしみどき

   、むね三寸さんずん下がる、水の流れも止まるという刻限こくげんだ。

   今の時間で言うと…そうだな、ちょうど夜中の二時ごろかな。


   …この時間になるとな、寝ているお嬢様の首が音もなくすーーっと

   伸びて、屏風びょうぶさかさまに越したかと思うと、行燈あんどん障子しょうじを鼻でもっ

   てこう、つつつつっと持ち上げて、中の油をペタペタペタペタと

   めるんだ。


与太郎:ぁぁははっ…おもしれえ。


叔父:おもしろくねえよ。

   このおやまいがあるために、今までずいぶんお婿むこさんの話もあったが、

   みんな財産目当てや器量好きりょうごのみ、辛抱しんぼうできねえで逃げ出しちまう。

   ばあやさんもいろいろ心配をして、

   「このご病気さえ承知のかたなら、どんなかたでも結構けっこうでございます。

   ひとつ、お婿むこさんを世話してください。」

   叔父おじさん前からそう頼まれててな、そこへおめえを世話せわしようって

   んだよ。


与太郎:それァ叔父おじさんあれだよ、それァあれだよそれァ、ど、ど、どく

    、どくどく、どくどっーー


叔父:舌が回ってねえぞ。

   ろくろくびだ。


与太郎:あぁぁあそ、そう、それ。

    あ、あたいはそういうのは好かない性質たちだ。


叔父:そりゃ誰だって好きだっていう奴はいやしないよ。


与太郎:叔父おじさん何かね、それは…夜中だけかい?


叔父:ああ、夜中だけだ。

   昼間は決して、首は伸びたりしない。


与太郎:あ、夜中だけ?それじゃ大丈夫だ。

    あたいなんざね、もう地震が来ようが火事が起きようが風が吹こ

    うが、夜中に目なんか覚めたことないんだから。

    あぁ~夜中だけかぁ。

    夜中ならいくら首が伸びたってかまわねえや。

    夜中のうちに、伸びろや伸びろ、天まで伸びろ。


叔父:のんきな野郎だな。たこじゃねえんだぞ。

   まぁかえってこの寝坊ねぼうがどこで役に立つかわからねえって奴だ。

   それでいってみようかな。

   なりはおめえ小ざっぱりしてるからいいよ、このままで。

   あ、それからな与太、このばあやさんて人が、たいへん言葉の丁寧ていねい

   な人でな。

   挨拶あいさつひとつするにしても、「今日こんにち結構けっこうなお天気様てんきさまでござい

   ます」なんて、天気にさまを付けるような人だ。

   そこにおめえが行っておかしな挨拶あいさつをした日にゃ、ぶち壊しになっ

   てしまう。

   いいか、向こうでな、「今日こんにち結構けっこうなお天気様てんきさまでございます」

   と言ったらな、「さようさよう」とこう鷹揚おうように言っときな。


与太郎:ぇ~、さようさよう?ふーん。

    それから?


叔父:まぁそうだな、あとはそう難しい事もないだろうが、

   「この話がまとまりましたならば、さぞかし草葉くさばかげでお亡くなり

   になりましたご両親様もお喜びのことでございましょう」

   とかなんか向こうで言うだろ。

   そしたら、ごもっともの次第しだいでございます、という心で

   もって、「ごもっともごもっとも」と、こう言っときな。


与太郎:へへぇ、ごもっともごもっとも。


叔父:あとは…そうだな、あのばあやさんはたいへん如才じょさいの無い人だから

   なんだな、「わたくしも年を取っておりまして、何のお役にも立ちません

   が、どうぞよろしく」とか、「末永すえながく」かなんか言うだろ。

   そういう時にはな、なかなかどういたしまして、とこういう心で

   もって、「なかなか」と、こう言っときな。


与太郎:へえ、なかなか!

    それから?


叔父:まあそれくらい覚えときゃいいだろ。

   あとは叔父おじさんがうまくごまかしてやるから。


与太郎:あぁ~そうかぁ、へえ、それじゃあ、

    さ、さようさようとごもっともごもっとも、なかなか、とね…。

    じゃあ向こうで何か言ったらさ、

    「さようさようごもっともごもっともなかなか」って言うと、

    どれかいいのをるんだね。


叔父:りゃしねえよ!

   夜店よみせで物を買ってるんじゃねえんだぞ!

   ダメだそんなこと言ってちゃ。

   ぁあ~まぁよしよし、25にもなって挨拶あいさつ稽古けいこなんてのも

   うすみっともねえが、ここはひとつやっておかねえと心配で行けねえ

   。

   じゃあ叔父おじさんがひとつ、ばあやさんの心でもってやるから。

   いいか?

   えー、私もこんなに年を取っておりますが、とこう言ったら

   おめえ、なんて言う?


与太郎:さようさよう。


叔父:バカ野郎。

   さようさようってのがあるか。


与太郎:ごもっともごもっとも。


叔父:なお良くねえよ!

   おぉい、ちょっとばあさんや!


叔母:はぁーい、なんです?


叔父:あー、隣の子供の忘れてったまりがあったろ。

   あれをこうひもを長めに付けてな、こっち持って来な。   


叔母:いったいなんに使うんです?


叔父:いいから、早くしろ。


叔母:はいはい、人使いの荒いこと…。

   はい。


叔父:おう、できたか。

   おい与太、このまりひもが付いてるだろ。

   そうだな、まりを左のたもとから出して、ひもの先をふんどしにわえつけ

   とくんだ。ほら、やってみろ。


与太郎:あ、うん…っと。


叔父:そうそう、着物脱いで…ってむこう向いてやれ、バカ。

   なんだ、だらしのねえふんどしのめ方しやがって。

   もっときゅっとめ上げろ、きゅっと。


与太郎:わ、わかったよ…。

    これでどうだい、叔父おじさん。


叔父:おうできたか?あぁよしよし、こっち来い。

   いいか?このまりをおめえと叔父おじさんの間に置いてな、こうやって

   叔父おじさんが一つ引っ張ったら「さようさよう」。  

   二つ引っ張ったら「ごもっともごもっとも」。

   三つが「なかなか」。

   こうすりゃ覚えていけるだろ。


与太郎:あぁそうか、一つが「さようさよう」、二つが「ごもっともごも

    っとも」、三つが「なかなか」?

    うんうん、大丈夫。


叔父:そうか。じゃあひとつな、叔父おじさんが稽古けいこをするぞ。

   いいか?

   このお話がまとまりましたならば、さぞかしご両親様もーーほら、

   二つだ、二つ。


与太郎:【たどたどしく】

    ご、ごもっともごもっとも。


叔父:そうだそうだ。

   ぁ~わたくしもこんなに年を取っておりますがーーほら、三つだ、三つ。


与太郎:三つは…

    なかなか!


叔父:おぅうまいぞ。

   ぇぇ、今日こんにちは、結構けっこうなお天気様ーーほら、一つだ一つ。


与太郎:一つは…

    残念でした、またどうぞ!


叔父:バカ、のど自慢のかねの数やってんじゃねえ。

   まぁまぁ、こんなもんで上手うまく向こうへ収まりゃな、

   人間の廃物利用はいぶつりようだ。


与太郎:えぇ…廃物利用はいぶつりよう…。


叔父:あぁ、おめえなんざな、ゴミみてえなもんだ。

   ほれ、行くぞ。


語り:さて与太郎よたろう叔父おじさんに連れられてやって参りました、出入り先の

   お屋敷。結構けっこうな居間まで通されます。


与太郎:叔父おじさーん、叔父おじさん!

    どこ行ってたよ?


叔父:バカ、静かなお屋敷でなんて声を出すんだ。

   今な、ばあやさんと話をしてきた。

   内玄関うちげんかんのとこを通るのをそれとなく見てたってんだな。

   「なかなか立派な方でございますね」なんて言ってたよ。

   いいか、よし、おめえはここへ座ってな、今ばあやさんがここに

   挨拶あいさつに来るからーーおいおい、きょろきょろするんじゃねえ。

   胸張って、姿勢よくして、前をじっと見てろ。


   ほら、足音がしてきたぞ。きょろきょろするんじゃねえ。


ばあや:これはこれは、ようこそおいでいただきました。

    おはつにお目にかかります。

    今日こんにち結構けっこうなお天気様でございます。


与太郎:さようさよう!


ばあや:ただいま、叔父おじ様ともお話をいたしましたが、

    このお話がまとまりましたならば、さぞかしお亡くなりになりま

    したご両親様も、草葉くさばかげで大喜びの事でございましょう。


与太郎:ごもっともごもっとも!…あとはなかなか。


叔父:【語尾に被せるように】

   ぁああどうも、はいっ、はあぁさようでございますか!

   はい、それはどうも、かえって痛み入ります。

   あ、さようでございますか!承知いたしましてございます!

   はい、はい、はは、あ、ではのちほどご造作ぞうさにあずかります。

   はい、では…!


   【二拍】


   バカ野郎。 

   なんだって「あとはなかなか」なんて余計なこと言うんだよ。


与太郎:だってどうせ言うと思ったからさ。

    手回しよく。


叔父:そんなところに手回しなんかいらねえんだよ。

   今ばあやさんの言ってたこと聞いたか?

   本来ならここにお嬢様がな、桜湯かなんか持って出てくるところだ

   が、今回はそれとなく庭先を通るから、それを見てくれとこう言う

   んだ。

   それがんだら御膳ごぜんがいただける。


与太郎:御膳ごぜんってなに?

    おまんま?ふあぁ…おかずなに?


叔父:おかずなんかどうでもいいんだよ。

   上手うまく行ったらお支度金したくきん頂戴ちょうだいして帰れるんだから、

   黙って庭を見てろってんだ。


与太郎:庭なんかどこにもないよ?


叔父:あたりめえだ、いま障子しょうじが閉まってるから見えねえんだよ。

   うちん中に庭があるわけねえだろ。


与太郎:それはそうだよね。

    庭はみんなおもてにあります。

    それで鬼(お庭)は外ーー


叔父:くだらねえこと言ってんじゃねえーーぁほらほら、

   障子しょうじいたぞ障子しょうじが。


与太郎:あ、いた。

    なんでえ叔父おじさん、障子しょうじがひとりでにいたのかと思ったら

    そうじゃないね。

    あれ、あそこにいる女の人が二人でもってけたんだね。


叔父:あれは女中じょちゅうさんだ。


与太郎:なんでえ女中じょちゅうか。


叔父:女中じょちゅうかなんていう奴があるか。

   ああいう人たちが一番大事なんだ。


与太郎:あ、そうなんだ。


叔父:なにも安っぽく頭を下げることはねえけどな。

   よろしくとかなんとか言って、鷹揚おうように頭の一つぐらい下げておかな

   いと、今度来たお婿むこさんは挨拶あいさつ仕方しかたも知らねえバカ殿様って言わ

   れるからああいう人が一番大事なんだぞ。


与太郎:あぁぁ…すごいね叔父おじさん。

    これずいぶん広いよ。

    お山もあるしさ、池もあるし、芝生しばふなんかえちゃってる。

    いやぁこれ、鬼ごっこすると面白おもしろいよ。


叔父:25にもなって鬼ごっこの心配なんかするんじゃねえよこいつは。

   ?何してるんだよ。


与太郎:何をしてるって、向こうからかわいい猫が来たよ。

    真っ白い子猫だ。

    ぉ~こっちこっち、こいこいこい。にゃ~。

    ぁ~来たぁぅふふ。

    柔らかくて美味うまそうな猫だぁ。

    ほら、膝にあがれ。

    あ、叔父おじさんこれ、ほら、見てごらん。

    子猫のくせにヒゲなんぞ生えてら。抜いてやぁいてっ!

    いてて…叔父おじさん引っかれた。


叔父:あたりめえだろ。

   ヒゲを抜く奴があるか。

   猫のヒゲを抜くとネズミをらなくなっちまう。


与太郎:へえ~、猫ってヒゲでネズミるの?

    あたいはまた、爪で引っいてるのかと思ってた。

    うちの近所に木村さんなんてお医者さんがいるんだよね。

    あのお医者さんもヒゲえてんだけどさ、ネズミはらないよ。

    その代わり診察料しんさつりょうを取る。


叔父:なに言ってやがる。

   つまらねえこと言ってねえでーーってほらほら、お嬢様が出てきた

   よ、お嬢様が出てきた。

   お嬢様の可愛かわいがってる猫だから、早くひざから降ろせ。


与太郎:ああぁ、出たぁ…。

    あぁ~、いい女だねえ叔父おじさん。


叔父:ああ、そりゃもうな、こしらえからして違うよ。


与太郎:兄貴の嫁さんよりずっといい女だ。


叔父:あたりめえだ。


与太郎:へええ…あぁ、歩いてく…あの首がーー


叔父:【↑の語尾に喰い気味に】

   しッ!


与太郎:【声を抑えて】

    …あの首が伸びるの…?

    今は何でもないね…。


叔父:【声を抑えて】

   今は何事もない。

   夜中に限ったことだ。


与太郎:【声を抑えて】

    夜中に限った事だってったってさ、本当に夜中だけならいいけど

    。

    「このところ雨が四、五日続いて陰気でしょうがないから、

    ひとつおなぐめに首を伸ばしてご覧にいれましょう!」とか。


叔父:そんな事は言いやしないよ!


与太郎:ごもっとも。

    さようさよう。

    なかなか。

    ごもっとーー


叔父:そんなこと言わなくたっていい。


与太郎:…なかなか。


叔父:もう言わなくたっていいんだよ。


与太郎:だって叔父おじさん引っ張るから。


叔父:誰も引っ張ってねえよ。


与太郎:引っ張ってるよなかなか。

    さようさよう。

    な、なかな、ごもっともごもっとも。

    なかな、さようなかなかなかごもっともなかなかなかさよう

    ごもっともなかなかなかごもっともあれ、四つはなんだよ。


叔父:四つなんてのがあるかいって、あ、猫がじゃれてら…!


語り:それでもこの話にえんがあったと見えまして、日取りを持ちまして

   婚礼こんれいという事になります。

   与太郎よたろう、昼間にすっかり美味うまいものをたらふく食べまして、さて

   とこにつきましたが、こんなバカでもとこが変わるってとよほど寝付ねつ

   れないと見えまして、真夜中になって目が覚める。


与太郎:うぅ~ん…おっさーん。

    おっさーん、水……あれ、おっさんじゃねえや、

    このうちにお婿むこさんに来たんだった。

    昼間、甘いもの一杯食べたなぁ…あ、ここに寝てんのはあたいの

    お嫁さんだよ。…いい女だな。

    あんなご馳走ちそうが食べられるとは思わなかったなァ…。

    …たいの目玉、美味おいしかった。


    …あれ、どっかで時計が鳴ってやがら。

    ちーんちーん…ふたっつだ。

    二つだから、ごもっともごもっともだな。

    嫁さん、顔がいいけど寝相ねぞうが悪くてしょうがねえや。

    まくらはずしちゃってさ。


    まっくら…あ、ぁぁぁあああ、

    ぁぁぁぁあああ伸びたあああああァァァァァ!!!!!


語り:話には聞かされていたが、いざ目の前で首がすーーーっと伸びるの

   を見てしまうと、さすがの与太郎よたろうも恐怖のずんどこ、いやどん底。

   腰を抜かさんばかりに屋敷を飛び出し、叔父おじさんのうちまでけ通し

   ます。


与太郎:はぁっはぁっはぁっ、ひーっ、ひーっ…!!

    【戸を乱打しながら】

    ぁぁぁぁ叔父おじさあァァァァん伸びた伸びたァァァァァ!!

    くび伸びたァァァアアぼく伸びたァァァァアア!!


叔父:~~なんだなんだこの野郎ォ。真夜中だってのにけたたましい…!

   いまけるからそうドンドン戸を叩くんじゃねえ!

   ッとっとォ!


与太郎:【半泣き】

    ぁあったったっああっ、おっ、叔父さっ、

    のっ、のの、のっ、

    伸びたァ…!


叔父:伸びたっておめえな、伸びるのを百も承知で

   お婿むこに行ったんじゃねえか。


与太郎:【半泣き】

    しょ、承知で行ったったって、初日から伸びるとは思わなかった

    ぁぁ…!

    行燈あんどんぺろぺろぺろぺろめてるぅぅ…!


叔父:なんだ初日てのは。


与太郎:【半泣き】

    ぁ、あんなお屋敷もう戻りたくないぃぃ…戻んのやだぁぁあ…!


叔父:やだったったって、そうはいくか!

   これがおめえ、首が伸びてきて喉笛のどぶえ食いちぎったとか、ほっぺたに

   喰い付いたとかってんなら断りようもあるけどな、承知で行ってて

   いまさらそんなこと言われたって困るじゃねえか。

   おめえ、もう夫婦の固めすんだんだろ?


与太郎:【さっきよりは落ち着く】

    なんだいその夫婦の固めって。


叔父:夫婦のちぎりを結んだんだろう?


与太郎:結んだ?何を結ぶんだ?


叔父:そんな事大きな声でいちいちくわしく言えるかこのバカ野郎。

   耳貸せ耳。


   【二拍】


   な、済んだんだろ!?


与太郎:うん…二つ。


叔父:この野郎、二つも済ませときゃがって今さら嫌と言うわけにいくか

   !いいから早くお屋敷へ戻れ。

   けぇけぇれ!


与太郎:【半泣き】

    だ、ダメだよダメだよぅぅもうあんなお屋敷なんて戻りたくない

    ぃぃ、あんな女に「あなたや」なんて言われなくたってもういい

    やぁぁ、おふくろんとこに帰るぅぅ。

    おふくろと一緒に寝るぅぅ。


叔父:なにィ!?

   おふくろの所へどのツラ下げて帰るってんだこのバカ野郎!

   おめえのおふくろだって喜んでるんだ。

   うまく収まってくれりゃいい、明日にもいい便たよりのあるようにと、

   おふくろはうちで首をながーくして待ってんだ!


与太郎:おふくろの首が!?


    ああぁぁうちへも帰れねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小三治(十代目)

柳家小さん(五代目)

立川談志(七代目)



※用語解説


小糠こぬか三合さんごう持ったら婿養子むこようしに行くな

よほどのことがない限り婿養子になどなるなというたとえ。

男はまず独力で一家を立てるべきであることをいう。


はんドン

午前中に業務・授業が終了して午後が休みの早期終業のことを指す俗語。

午後半休のこと。

明治時代から太平洋戦争中にかけ、正午に午砲(空砲)を撃つ地域があり

、半日経った時間に「ドン」と撃つことから「半ドン」と呼ばれるように

なった、または半分休みの土曜日という意味で「半土」という言葉が生ま

れ、それが転じて「半ドン」と言われるようになった、など諸説ある。

週休二日制が導入されるとともに聞かれなくなっていった。


鷹揚おうよう

ゆったりとしてこせこせしない様子。おっとりとして上品なこと。


桜湯さくらゆ

桜を梅酢と塩で漬けて、お湯を注いだ飲み物。

お湯の中で徐々に花開く桜の美しさはつい見惚れてしまうほど。

桜の匂いと酢の酸味が交わる絶妙な味わいも魅力。





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