2話
赤ん坊『零』の誕生から早1週間が過ぎた。
場所は東雲家の屋敷の当主の部屋
黙々と書類を片付ける当主。
朝の光が障子を透かして差し込む。和紙の上に、薄く影が落ちる。
静寂の中、筆の音と紙をめくる音だけが部屋に響いていた。
その穏やかさは、突然の扉の開閉音で断ち切られる――。
仕事に集中している当主の部屋に当主と同等の背を持つ男が現れた。黒髪で目を閉じている男が当主に何も言わずに入ってきたのだ。
「……何しに来た。"凶星"」
凶星と呼ばれた男ーー赤ん坊『零』の兄で現在20歳で成人している男だった。
歳の離れた兄弟であり、兄弟の長男。
「ふん、面倒な仕事をしているようだな。東雲家当主の仕事が書類の山に埋もれて、何ができる?」
「その書類の量からしてサボっただろ?」
地味な仕事から逃げるとはなと嘲笑っていた。地味に図星を当てられて当主は顔を顰める。
「……お前の嫁も似たようなことをしているだろ。それに書類仕事をできない男が何を馬鹿だと笑ってどうする…」
呆れた顔をし、凶星を無視して仕事をしている。
「俺の妻と貴様と比べるな。反吐が出る。同じどころか土台すら立っていないクズとゴミだろ」
「……」
「ささっと死ねばいいものを無駄に生きておって」
悪態をつく。凶星は実の父親を嫌っていた、存在しないほうがいいと言えるほどに毛嫌いを超える大嫌いへと
「……ふん、実の父親に死ねとは酷いもんだな。それに凶星…私はまだ、40だぞ。いくらなんでも死ぬには早すぎる」
「死ぬ年齢なんぞ関係ないだろ」
「……」
「それをお前が言える立場か?」
凶星は近づいて片目だけ開いて当主を睨む。
「貴様のせいで6歳と若すぎるあの子達、3人を殺したんだぞ?」
凶星は亡くなった兄弟たちの顔を思い出す、僅か6歳で亡くなった零の兄弟たち。
次女、三女、四女の3人は実の父親である当主が期待外れという勝手な動機によって亡くなった。
党首のあまりにも外道な判断。凶星は実の父親であろうと当主を許すことは一生ない。
「貴様は存在してはいけない生物ーいや、生物に失礼か」
生物以下の存在に扱われていることに当主は怒りを覚えるも言い訳しても時間の無駄だと考える。
どうしてここに来たのか聞く。
「……婿入りしたお前がどうしてここに来た?零ならここではなく、別の部屋にいる」
弟に会いに来たのか?と当主は息子である凶星に聞いた。
「もう会ったから問題ない。貴様と違って俺はやることはやるからな」
まるで自分がやることをしていない人だと凶星から思われていることに思わずキレそうになったがなんとか心を落ち着かせた。
「……少しは大人になれ。俺に喧嘩を売っても"無駄"だぞ」
「ふん、クズな大人が大人を語るな。外道が」
2人は睨み合う。殺気が充満した空間の中で当主は冷や汗をかく。
「…婿入りした奴が何を言う。お前の女はどうした?この部屋とは別の場所にいるのか?」
「…2月経てば双子が産まれるからな。ここにはいない」
「…なんだと……?」
思わず筆を止め、顔を上げた。
凶星の“女”の妊娠など、初耳だった。
すでに凶星の妻が双子を妊娠していたことに当主は驚愕する。
そもそも凶星の妻が妊娠して数ヶ月も経っていることすら初めて聞いた。あと2ヶ月で生まれると言うことは去年の時点で妊娠していたことになる。
現在は4月。あと、2ヶ月ということは8ヶ月近く前になる。
「お前…もう子供を……報連相をしっかりしないか。社会人の基本になっておらんとはお前は馬鹿か?」
何故、教えなかったのだ?と呆れる当主。
「馬鹿だと?言うわけがないだろ。言っておくが貴様に会わせる気はない」
「弟達には会わせる予定はあるが貴様のような地獄に堕ちるゴミ罪人に会わせるなんぞしない」
「ふん……変わらぬな。まあ、お前が婿入りせぬとも当主にする気はない。親族に嫌われているお前を当主にすると面倒なことを起こすからな」
凶星を"東雲家当主"として継ぐことはないと当主が言うと凶星は反応する。
「彰に当主をさせる気か?」
凶星の10も下の弟、"彰"に当主にするのかと考える。
「違うわ。愚か者め…あいつはお前とは違い、親族との仲が悪いわけではないが別の意味で問題児だ。女関係をまだ10の餓鬼に言うのもアレだが問題は多い」
「……ならば、由良奈にするのか?」
凶星の一つ下の妹。今は嫁入りしているため、この家にはいない。
「お前と同等の問題児を当主にするわけがないだろ。当主にするのは『零』だ。」
「……何?貴様のようなクズの後継者をまだ生まれて間もない赤ん坊にやらせるだと?」
「ふん、貴様は婿入り、彰はラッキースケベや天然などの要素を多く持って女との関係が問題。」
「娘を当主にさせるとしても、あの二人では無理だ」
当主は書類を手繰りながら、淡々と告げた。
「教育すれば多少はマシになるかもしれんが……期待するには遠い。由良奈は既に嫁いでいて、その夫が当主をやってる。あいつに戻ってこいとは言えん」
残るは…
「残るとしたら『零』以外にないだろう?それに過去の当主とは比べ物にならない才能たる力を感じる。俺の後継者としての素質には問題ないだろう」
まるで未来を見ているかのように零に期待していた。当主の話に凶星は驚いた。
自身の息子に期待するだけのクズの男が零に対して大きな期待を抱いていた。
狡いとか羨ましいとかそう言う感情は抱いていない。ただただ、零が可哀想だと抱いていた。
クズで歴代当主の中で最悪の部類に入るどうしようもない男が期待する。
それは希望がある未来に向けてなのか、絶望がある未来に向けてなのか
それは分からなかったが…
「……未来が見えてるとでも言うのか、その“眼”は」
ほんの僅かに、当主の目が細められた。
「それとも……俺たちには見えない、もっと“深いもの”を見てるとでも?」
「ふん、そんなすごい力でもない。単なる勘だ。期待するのは親の役目だろう?」
「期待を仇を返したら実の子供を殺したのをそれを親の責任だと?甘えるよクソ野郎、貴様が何をしようが俺がその気になれば簡単に殺せることを」
「……」
事実、その気になれば凶星は実の父親を殺すことはできる。
「これ以上、実の子を殺すようなことをしたら俺が殺す」
凶星は部屋から出てどこかへ行った。
凶星が居なくなった後、当主は口を開く
「俺が双葉を殺したようにか凶星。確かにお前なら俺を殺せる力はある。だが、お前は覚悟が足らん。覚悟のない人間が殺すなんぞ言葉を使う一丁前に言っている馬鹿にしか思えんぞ」
……ふん、と鼻で笑いながら、再び手元の書類に目を落とす。
だが、その手は、僅かに震えていた。
震える手を見下ろしながら、当主は静かに呟いた。
「零にはあの男のような性格になってほしくないな…」
どうも、ヨウです。
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