1話
その産声は、空気を震わせ、時を止めた。
「……オ、アァァ……ギャァァァァァ──!!」
まるで鐘の音のような泣き声が、東雲家の屋敷を満たした。
すべてが静寂に包まれていた――その瞬間までは。
まるで、空気の層が一枚、ずれたような――奇妙な静けさが辺りに広がっていった。
その異様な空気の中心には、一人の赤子がいた。
銀色に輝く髪。その光は、蝋燭の炎をも照り返し、産室の床に淡く反射していた。
「……はぁ……っ、ふふ……お父さん似……ね……」
赤ん坊の母――長い紫髪をもつ女が、静かに微笑んでその髪を撫でる。
汗と涙に濡れた顔は疲弊を浮かべながらも、優しさに満ちていた。
「ふふっ……本当に可愛い…」
赤ん坊を愛おしげに見つめながら、母はゆっくりと身を横たえた。
「……あなたに似てるわね……お父さんに」
そう呟く声には、どこか安心と、わずかな不安が混じっていた。
赤子は泣き止み、じっと天井を見つめる。まるで、目に映らぬ何かを凝視しているように――。
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少し時間が経った。赤ん坊は泣き止んで寝ていた。
その様子に母は微笑ましく笑っている。
その時、扉が軋むような音がして、母はそっと顔を上げた。
銀の髪、鋭い目元。威圧的な気配とともに現れた男は、赤ん坊を見てすぐ、眉を顰めた。
「……来たのね……」
「……ゴミか。比べるまでもない、他のガキ共とは…」
男――赤ん坊の父は、赤ん坊を一瞥しただけで母の方へ視線を向けた。
「……そんなこと、言わないで……貴方に似た子なの…」
赤ん坊の母の言葉に少し疑い、赤ん坊を見る赤ん坊の父。赤ん坊の髪色が自分の髪色に似ていることに顔を顰めている。
赤ん坊が自分にに似ていることに沈黙になるが口を開く。
「…否定しない。だが…似過ぎてる、ここまでとは…驚愕だ」
「ふふっ…その顔を見たのは久しぶりね……自分に似てるから…嫌なの?」
「いや、そう言うわけではないが……この俺に似た“男の子”など…目の色は分からないが…2人目か。彰に似ている」
「ええ、そうね」
彰という息子。赤ん坊の兄と似ていることに母はニコリと笑う。
母とは対象に父は不機嫌になる。
(俺ではなく、エリー似なら良かったが…俺のような人間にならないことを祈るか)
不機嫌が少し無くなり、無表情へと戻る。
「あの……危険状態ではなさそうだな。悪いが俺は戻る。お前に負担をかける“余計な存在”だからな」
「それが今の"貴方"の意思?」
母は父に首を傾げて聞く。その意味に父はふっ…と笑った。
「閉じこもっている"俺"の意思だな…」
父は母に返し、部屋を出ようとしたその時。
不意に立ち止まり、肩越しに母を振り返る。
「この赤ん坊の名前はすでに決めている。『零』……東雲の名に相応しい」
「反対したければすればいい。……変えたいなら、お前が考えろ」
「いい名前…こ…」
母が何かを言いかけたが、男はそれを遮るように扉を開け、出ていった。
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和の静けさが支配する廊下を、当主は無言で歩く。
その前から、一回りほど若い男が姿を現した。
「当主様、宜しいのですか?側にいたって問題ないのでは」
赤ん坊と母の近くにいる資格がある赤ん坊の父親に文句を言う若い男。
若い男の言葉に、当主はため息を漏らす。
「俺がいたって、何もできん。……そんな幻想を抱けるとはな。……呆れる」
当主は肩をすくめた。
「それに……俺がいたところで何になる」
「母体に負担をかけるような父親なんぞ、いない方が楽になる」
先ほどの母の表情――微笑みから張り詰めた沈黙へ。
あれだけで十分だった。
「だが……その目を見た瞬間に分かった。“才能”は、確かに宿っている」
若い男は小さく息を呑む。
「……次期当主候補に入れますか?」
表情を変えた若い男に、当主は小さく笑った。
「…いや、候補ではないーー決定だ。次期当主にする」
「……なぜです?」
「あの2人よりは、まだ…これからとはいえ、マシだ。俺の実子であるのも間違いないし、才能は――一目で分かる」
「零の兄たちでは、無理だ。……そう判断しただけの話だ」
「…荒れますよ?」
東雲家が荒れる可能性があった。昨日までは彰が次期当主の予定だった。
だが、零に変わったことになり、家は荒れる可能性がある。
「荒れん。対象があの二人だぞ。教育次第で化けるなら、それでいい」
特に問題ないと当主は若い男を真剣に見て言った。その意思は固く、変えることもない決定だった。
「……ですが、“ゴミ”と言っていたのは」
若い男の声に、当主は沈黙する。
「俺に似ているからだ。――才能は、俺以上」
「それに……」
……嫌な思い出が蘇る。
「……いや。なんでもない」
「……」
……ふと、当主の脳裏に、25年前の“惨劇”がよぎる。
まだ十三の少年だった夜。忌まわしい一族の刺客が屋敷に入り込み、
自分以外の家族は皆、血の海に沈んだ。
鉄の匂い。悲鳴。地獄のような夜。
『父さん…!母さん…!』
『……』
生き絶えている家族の顔を見て泣き出す少年。
『兄さん…!姉さん…!』
楽しく、仲の良かった兄弟たちの絶望した顔。
『なんで…なんで…!』
……あの記憶は、今も心のどこかに染みついている。
当主の顔が一瞬だけ曇るが、すぐに表情を取り戻した。
「――あの赤子。“零”と名付けられましたが、その意味は……?」
若い男の問いに、当主は目を細める。わずかに驚きを見せたものの、すぐに無表情に戻った。
「“ゼロ”は、万物の原点。すべての始まりだ」
彼は期待する。
「この東雲家に、新たな風を吹かせるように――それだけだ」
当主は何か言いかけていたが言うのをやめた。
何を言いたかったのかは分からない若い男は言っても答えてくれないだろうとスルーし、感想を述べる。
「……いい意味ですね」
「あいつらとは、別の存在になればいい。……それだけで、充分だ」
当主は珍しく、わずかに口元を緩めた。
静かな部屋で、向かい合って座る二人。
「……お前には、零のことを任せる」
「彰や由良奈では、別の意味で歪んでしまうからな」
「完璧にしろとは言わん。だが――人間らしい人間に、育ててやってくれ」
「常識を知り、礼を持ち、他者と向き合える……そんな男に」
「――決して、あの二人のようにはするな」
若い男は静かにうなずいた。
「……かしこまりました」
「零様の教育係として、私も変わってみせます」
「あの子が“真っ直ぐ”に育つよう、全力を尽くします」
少しの間を置いて、男は続けた。
「……ですが、“彰”様は生まれながらの落ち着きがある分、まだマシかと」
「……あいつは争いに向かん。優しすぎるんだ。当主に必要なのは、判断と責任だ。あの子は、責任を背負う器ではない」
もう1人の…当主は顔を顰める。
「凶星は……言うまでもない」
「あの乱暴者に任せれば、東雲は三年ももたん」
「由良奈もな。あの激情と独善では、家を導くどころか、壊す」
「……否定できませんね」
若い男は静かにうなずいた。
その顔には、零にかける覚悟がにじんでいた。
「零には……我が東雲家の未来を賭ける」
「それだけの才はあると、俺は信じている」
「……目が、俺に似ていたな」
「まあ――あいつの父親の遺伝だろう」
当主の脳裏に浮かぶ銀髪の男。自身より背が低い男から感じる不気味すぎるオーラは当主を震わせる。
「……」
「……たぶん、“白子”ではないと願いたいがな」
「……そう祈りますか?」
「神社に神頼みでもしてやる。毎年でもな」
「……どれだけ嫌いなんですか、"アルビノ"が」
自身がアルビノであることを嫌っている当主に若い男は呆れた。
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部屋の奥では、赤子が目を開いていた。
ただ静かに、天井の向こう――誰にも見えぬ“何か”を見据えるように。
その瞳は、まだ名も力も持たぬまま。
だが確かに、“異質”だった。
――東雲 零。
彼の誕生とともに、物語は静かに、しかし確実に動き出す。
どうも、ヨウです。
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