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供養食堂 灯(とも)  作者: 脇汗ベリッシマ
26/32

ハムカツサンドと、地獄で会おう

人の人生を踏みにじって笑っていた男が、最後に向き合ったのは——“何も出されない食卓”だった。



「なんだよ、ここ……?」


薄暗い空間に、男の声が響いた。

目を開けた瞬間、そこは見慣れた街でも、あの職場でもなかった。

背後には誰もおらず、目の前には古びた木の看板。


『供養食堂 灯』

その文字だけが、妙に浮かび上がって見えた。



男は舌打ちをした。

「ふざけんなよ……殺されたのか、俺……?」


首筋に残る痛み。

あの夜、背後から襲いかかられた何者かの手。

そして最後に見たのは、泣きながら包丁を振り下ろしてきた、“あの被害者”の顔だった。


「チッ……あいつ、やっぱ根に持ってたかよ……」

自業自得? 冗談じゃねぇ。

俺はただ、他人より強くて、賢くて、上手くやってただけだ。


社会の底辺に堕ちていったやつが、勝手に負けただけだろうが。

「……ったく、いい迷惑だぜ」



カラン。扉が開く音がする。

一人の若い女性が、湯気の立つ湯飲みを手に現れた。

淡い光をまとったようなその姿に、男は思わず眉をひそめる。


「お待ちしておりました」

その声は、静かで、やさしくて、冷たかった。



「あなたの最期のごはんを、お作りいたします」

「どうぞ、お入りください。これは“供養”の時間です」



店内に客はおらず、静けさだけが支配していた。

男はカウンター席に腰を下ろすと、鼻で笑った。


「供養ってか? 俺、別に悔いなんてねぇしな」

「いじめ?してたよ。やる方が楽しいに決まってんじゃん。

アイツら、勝手に潰れたんだよ」



灯は静かに湯飲みを置いた。

「あなたが人生で最も記憶に残っている“食べ物”を、お出しします。

その味が、あなたの“本当の声”を引き出してくれるはずです」


「へぇ……お涙ちょうだいってか?」

「俺はさ、小学校のとき担任のババアにも言われたよ、

“そんなことしてると、いつか後悔する”って」


男は笑う。

「だから、“親に言ってやった”んだよ。“先生に差別された”ってな」

「そしたらその教師、辞めてったよ?ざまあねぇよな」



灯の目が、ほんの少し揺れた。

だが、男は気づかない。



「でもまぁ……強いて言えば、運動会の弁当くらいか。

母親が毎年作ってた、ハムカツサンド」


——その瞬間、厨房から、何の音も匂いもしなかった空間に

ふっとソースの匂いが立ち上った。

男の前に、何かが“現れかけて”……そして、消えた。



「……なんだよ、今の……?」


灯は俯きながら言う。

「あなたの中に、後悔も、悔いも、贖罪の意志もない」

「それでは料理は出せません」



「は? ふざけんなよ。なんだよそのルール」

「供養ってのは“死んだ奴全員に出すもん”じゃねぇのかよ!」


灯は、ゆっくりと顔を上げる。


「あなたは、人を潰して笑ってきた」

「教師を、同級生を、後輩を、家族を」

「けれど、それで得たのは“勝ち”ではなく、“呪い”です。

あなた自身の魂を、腐らせる呪いです」



「……は……っ」

男は、立ち上がろうとしたが、足元から黒い影が伸びる。

それは彼の脚に絡みつき、動けなくしていく。


「供養とは、“魂を慰める”ための料理です。

でもあなたには、その資格がありません」



店の外、ギィィ……と重い音を立てて扉が開く。


そこには、“何か”が待っていた。

黒いローブ。見えない顔。焼け焦げたような臭い。



男は怯え、叫んだ。

「やめろ……ふざけんな! 俺は……悪くねぇだろ……!!」


だが黒い影は何も言わず、

ただ男の肩に手を置き——ゆっくりと、地の底へ引きずり込んでいった。



扉が閉まる。

食堂に、静寂が戻る。


灯は、湯飲みをひとつ、丁寧に拭きながらつぶやいた。



「いつかまた、“食べたい”と思える魂になったとき——

その時こそ、本当の供養が始まるのでしょうね」


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