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供養食堂 灯(とも)  作者: 脇汗ベリッシマ
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肉じゃがと、“ふつう”じゃなかった僕へ

夜の供養食堂に、一人の青年がやってきた。

まるで、透明な影のようだった。

姿はあるのに、声も、気配も、ここにはいないようで。


(とも)は、そっと迎える。


「ようこそ。供養食堂へ。

今夜は、あなたのために、一皿だけご用意しています」


青年は、小さく頭を下げて椅子に座った。

俯いたままの声が、震えていた。


「……俺、ずっと、“ふつう”になろうとしてました」


「男は女が好き。恋人は男女。

『あたりまえ』って言われることを、あたりまえにやれない自分が……

ずっと、恥ずかしくて、怖かったです」


 


初めて違和感を抱いたのは、中学生の頃。

誰にも言えなかった。

言ったら、終わると思ったから。


“気持ち悪い”って、思われるのが、怖かった。


「……俺、女の人になりたかったわけじゃない。

女風呂に入りたいわけでも、女の人のトイレを使いたいわけでもない。

ただ、男の子を、好きになっただけだったんです」


それだけなのに、

「普通じゃない」って、何度も言われた。

何度も、自分で思った。


だから、ずっと、声を殺して生きてきた。


“人と違う”って、こんなにも苦しいものなんだと、知ってしまった。


 


灯は静かに頷き、キッチンに消えた。

数分後、あたたかな香りとともに現れたのは――


湯気の立つ肉じゃがだった。


甘く煮たにんじんと、ほろりと崩れるじゃがいも。

しみしみの玉ねぎに、やさしいだしの香り。

そして、添えられたスプーン。


「これは――あなたが、“いつか恋人ができたら作ろう”と、

ずっと練習していた味です」


青年の瞳が揺れた。


「……なんで、それを……」


「あなたは、“誰にもバレないように”料理を練習していました。

料理本のページをコピーして、学校帰りに買い物して、

ひとりで、こっそり台所に立って……」


「“ふつうじゃない俺”が誰かを好きになったって、

その人に喜んでもらえるように、って――

願っていたからです」


 


青年は、スプーンを手に取った。

ひと口、口に運ぶ。


「……あ……」


言葉にならない涙が、ぽろぽろとこぼれる。


「これ……俺の味だ……

俺が、あの時、

誰にも見つからないように、

未来の恋人のために……作った、味だ……」


 


灯は、そっと言った。


「あなたは、誰かを“好き”になれた。

それは、どんな世界より、まっすぐな誇りです」


「あなたは、自分を偽りながらも、

ずっと誰かを想って、生きてきた。

誰にも言えなかった“好き”を、抱きしめてきた――

その心は、絶対に、間違いじゃない」


 


青年は、震える声で言った。


「……生きるの、すごく……しんどかったけど」


「……でも、誰にも届かなかった気持ちが、

ここで、ちゃんと届いた気がします」


「この味だけは……誰かに届く味だったんだって、思えました」


 


やがて、彼の姿は、あたたかな風とともに、静かに消えていった。


カウンターには、食べ終えた肉じゃがの皿と、ひとつのメモが残されていた。


《生まれ変わったら、今度はちゃんと、

 好きな人に、作ってあげられるといいな》


 


灯はそのメモをそっと胸にしまい、微笑んだ。


「きっと、大丈夫。

あなたが作ったその一皿は、

“ふつうじゃなかった君”のままで、誰かを救える」


 


そして今夜も――

供養食堂の窓が、そっと揺れた。


 


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