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供養食堂 灯(とも)  作者: 脇汗ベリッシマ
18/32

グリーンピースと、君に贈った言葉

暖簾がそっと揺れた夜。

店の奥へと進んできたのは、ひとりの青年だった。

きれいな顔立ち。けれど、その瞳はもう、何も映していないようだった。


 


「ようこそ。今夜は、あなたのために、一皿だけご用意しています」


女将・(とも)は、そう微笑んで彼を迎える。


青年――れんは、静かにうなずいて椅子に座った。


 


「……ほんとは、俺じゃなくて。

 アイツに、食べさせたかったんです。最後の一皿、俺じゃなくて……」


 


 


彼の恋人、さきとは中学からの付き合いだった。

きっかけは、ある日の給食。


 


“うえぇ……グリーンピース入ってる……”


 


咲が顔をしかめていたとき――


「俺が食べてやるよ。それ、もらっていい?」


 


彼女の分のオムライスから、そっとグリーンピースをよけて、自分の皿に移す。

それが、ふたりの初めての会話だった。


 


「あんた、変わってるね」

「うるせぇな、食べ物で困ってるやつ見たら、助ける主義なんだよ」


 


その日から、少しずつ話すようになって。

高校、大学、就職――

ずっと隣にいた。ずっと、彼女のことを考えていた。


 


そして先日、ようやく言えた。


 


「咲、俺と結婚しよう」

「……うん、するよ。ずっと一緒にいたいもん」


 


世界で一番幸せだった日。

――その、翌日の朝だった。


不運な事故。信じられない速度で命を奪われた。


 


「泣いてたかな……怒ってるかな……

 言えなかったんだ、俺。『大好きだよ』って……

 伝えたいこと、まだ……いっぱいあったのに……」


 


灯は、そっと立ち上がり、奥の厨房へと向かう。


「では――最後の一皿、ご一緒に作りましょうか」


 


 


出来上がったのは、あの日と同じ、給食風のオムライス。

ケチャップライスに、少し大きめのグリーンピースがコロコロと入っている。

卵はふわりとかぶさり、ケチャップで描かれた「ありがとう」の文字。


 


「……咲、今でもこれ苦手かな」


蓮がそうつぶやくと、静かにもう一人の姿が現れた。


――咲だった。


涙ぐんだ目で、テーブルの上を見つめる。


 


「……これ、蓮が代わりに食べてくれたやつだね」

「今でもちょっと苦手だけど……でも、これがいちばん、“懐かしい味”になった」


 


蓮は、必死に言葉を絞り出す。


 


「俺、咲の未来、一緒に見たかった。

 おばあちゃんになった咲の顔、

隣でずっと見たかった。

 本当は……俺が、幸せにしたかった」


 


咲は、微笑んで首を振る。


 


「……もう、十分だったよ。

 だって、私が“私”でいられたのは、ずっと蓮が隣にいてくれたからだもん」


「だからね。蓮の言葉、ちゃんと全部届いてる。

 私の“幸せ”には、あなたがずっといるよ」


 


ふたりは、最後に並んで座り、

小さなスプーンでオムライスをすくう。


ふたりで分けあう、思い出の味。

たしかに、そこに“愛”があった。


 


咲がふっと立ち上がり、蓮の手をぎゅっと握った。


「……また、いつか。

 そのときは、ちゃんと“またグリーンピース残したな”って怒ってよね」


 


蓮は、泣き笑いでうなずいた。


「……約束な」


 


ふたりの手が離れるとき、咲の姿は光の中に消えていった。


 


 


灯は、ふたりが残した皿をそっと包みながら、言葉をつぶやく。


 


「グリーンピースのオムライス。

 それは、嫌いな味から始まった、誰よりやさしい恋の味――」


 


供養食堂の夜が、そっと静かに明けていく。


 


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