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供養食堂 灯(とも)  作者: 脇汗ベリッシマ
14/32

白いごはんと、“生きててもいい”の味

その夜、供養食堂の戸が、音もなく開いた。

風もなく、足音もなかった。

けれど確かに――誰かが入ってきた気配がした。


 


(とも)は、ゆっくりとカウンターの奥から姿を見せる。

そこには、制服姿の少女が立っていた。

髪は濡れ、肩は細く震えていた。


顔を上げたその瞳は、もう何も映していないように見えた。


 


「いらっしゃいませ。ようこそ――供養食堂へ」


 


少女は、返事をしなかった。

ただ黙って椅子に座り、スマホを見つめていた。


画面には、何度も消しては打ち直されたメッセージ。

「ごめんなさい」

「大丈夫」

「もう、限界」――

言葉にならなかった心の声が、そこににじんでいた。


 


 


「名前、ありますか?」と灯が尋ねると、

少女は、小さく、かすれるように言った。


 


「……あおい、です」


 


少女の名前は、佐倉あおい。十五歳。

中学の頃から、ずっといじめを受けていた。

机に落書き、無視、悪口、LINEでの晒し――

毎日が罰ゲームのようだった。


 


誰にも、言えなかった。


先生には「気にしすぎ」、

親には「あなたにも非があるのでは?」と言われた。


だから彼女は、

「何もないふり」をして笑っていた。


 


「わたし……頑張ってきたんです。

 ずっと……“逃げたら負けだ”って、思ってたから。

 でも……もう、どこにも居場所がなくて……」


 


震える声のまま、

あおいはカウンターに顔を伏せた。


灯は、何も言わずに奥へと下がった。

そして、やがて――静かな湯気と共に、現れた。


 


 


差し出されたのは、

白いごはんと、味噌汁、そしてふわふわの卵焼き。


 


何の飾りもない、ただの朝ごはん。

でもそこには、たしかに“あたたかさ”があった。


 


「これはね、“生きててもいい”って思える味ですよ」


 


あおいは、手を伸ばした。

震えながら、箸をとった。

そして――ひと口。


 


……あたたかい。

おなかじゃない、心の奥が、

――少しずつ、ほぐれていく。


 


「……こんなごはん、

 ……ずっと食べてなかった……」


 


涙が、ぽろりとこぼれた。


「ずっと……わたしが悪いんだと思ってた。

 逃げたいなんて、甘えなんだと思ってた……

 でも、もう……どうすればよかったのか、分からなかった……」


 


灯は、そっと目を細めて言った。


 


「逃げることは、“負け”じゃありません。

 あなたが自分を守るために選んだ、大切な勇気です。

 本当に壊れてしまう前に、ここに来てくれて――ありがとう」


 


あおいは、両手でごはんを抱きしめるようにしながら、泣いた。


「……わたし……生きてても……いいのかな……」


 


灯はうなずいた。


「あなたが、あなたを見捨てなかった。

 その事実だけで、もう充分なんです。

 逃げたあなたは、今日、生き延びたんですよ」


 


 


その夜、あおいは最後まで、全部食べきった。


食べ終わった器を見て、ぽつりとつぶやいた。


「……明日がこわい。でも、

 “またごはんを食べたい”って、思えた」


 


 


灯は、そっと笑った。


「それが、“生きる”ということです」


 


 


そして、供養食堂の窓が、そっと揺れた。


ひとつの命が、

“いなくなる”ことではなく、“ここにいる”ことを選んだ夜だった。


 

今、あなたがいる場所は、

世界のすべてではありません。


つらいときは、そこから逃げてもいいんです。

それは「負け」じゃない。

自分の心と命を守る、立派な“勇気”です。


この物語を読んで、

「逃げてもいいんだ」と思ってくれる人がひとりでもいたら、

それが何より嬉しいです。


“食べる”ことは、“生きる”こと。

あたたかいごはんが、少しでも心に届きますように。


読んでくださって、ありがとうございました。

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