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「久しぶりに、すごく眠いんです。どこかゆっくりとできる場所さえあれば、ぼくはきっと、すぐにでも眠れると思います。眠るのは本当に久しぶりのことなんです。だからそれが、今からとても楽しみなんです」とぼくは言った。ぼくのそんな言葉を聞いて睡蓮さんはようやく少し笑ってくれた。
ぼくと睡蓮さんの手が、ゆっくりと離れていった。それはぼくから睡蓮さんの手を離したのか、睡蓮さんからぼくの手を離したのか、そのどちらかわからないくらい、とても自然な手の離れかただった。
ぶおーーーーーー!! と獣の咆哮のような大きな音がした。機関車の煙突から大量の真っ白な煙が吐き出された。列車が出発しようとしているのだ。ぼくは自分の立っている場所から、……、ゆっくりと、二、三歩後ろに移動した。
「『きらきら星』って知ってる?」と睡蓮さんが言った。
「……きらきら星?」ぼくはその言葉を知らなかった。……、だけど、なぜかその言葉は自分でもびっくりするくらいに、ぼくの心の奥深くにとても鋭く突き刺さった。それはとても不思議な感覚だった。まるでずっと昔に忘れてしまった子供のころの夢の記憶を、なにかのきっかけで思い出そうとしているかのような感覚だった。
「星を探しなさい。この暗闇の中には、どこかにその美しく光る星があるはずです。それを探すのです」と睡蓮さんは言った。
……星を、探す? ぼくには睡蓮さんの言っていることが、なにを意味しているのか、よくわからなかった。




